「おお振り」×「◆A」6年後

【シーズンの終わり】

「いい、なぁ。栄純、君!」
三橋はもう何度繰り返したかわからないセリフを、また繰り返した。
阿部は呆れながらも「まぁ気持ちはわかる」と苦笑した。

日本シリーズが終わった。
沢村は、というより沢村のチームは日本一になった。
三橋と阿部は、御幸も交えて3人でしっかりとテレビ観戦した。
御幸の解説付きの観戦はわかりやすかった。
捕手の配球とか、監督の采配などを読み、裏情報などを交えて教えてくれるのだ。
阿部などはメモを取るほどの熱心さだったし、三橋も勉強になるなぁと思いながら聞いていた。

では沢村の登板はと言えば、微妙だった。
最終的に対戦成績は、4-2だった。
沢村は2勝目の試合に途中から登板し、1失点の後、クローザーにつないだ。
つまりぶっちゃければ、勝ちにも負けにも影響しなかったという感じだ。
余談ではあるが、2敗のうちの1試合は、かつてのチームメイト降谷が先発していた。
沢村的には降谷に「試合では勝ったが勝負に負けた」のだそうで、大いに悔しがった。

「それでも、日本、シリーズ、投げ、れた、のは、羨ましいっ!」
三橋は悔しがる沢村を見ながら、さらに悔しがっていた。
阿部はそれを宥めることを繰り返している。
どんな形であれ、やはり日本シリーズのマウンドは三橋にとっては憧れの場所なのだ。

三橋はずっと阿部の部屋で過ごしていた。
阿部が会社に行っている間は、家事をしている。
三橋曰く「恩、返し!」だそうで、楽しそうに掃除や洗濯、食事の支度をこなしている。
阿部は「無理しなくていい」と言ってくれたが、三橋にすれば楽しい時間だ。
束の間の恋人らしい時間。
すぐに自主トレだ、キャンプだと、また慌ただしい日々が始まる。

「阿部、君、自主、トレ、来る?」
夜、阿部の腕の中で、三橋は半分微睡みながら、聞いた。
三橋の部屋は、御幸と沢村に貸しているので、眠るのはもっぱら阿部の部屋だ。
阿部は「どうかな。休み、取れるかどうか」と曖昧に堪える。
三橋は「一緒、に、行き、たい」と告げるや否や、眠りに落ちる。
寝息が聞こえて、完全に三橋が眠ったことを確認した阿部は「無理だろ」と呟いた。

三橋はこの1年で、破格に成長した。
単なる学生野球ではなく、プロとして通用するほどに。
もう会社員となり、野球から離れてしまった阿部が一緒にトレーニングできるレベルではない。
それも三橋に言った通り、そもそもまとまった休みを取ることさえむずかしいのだ。

「もうバッテリーは無理だけど、お前の1番のファンだからな。」
阿部はため息まじりにそう呟くと、三橋の髪をなでた。
三橋は「ウヒ」と笑ったが、目を覚ますことはなかった。

*****

「ったく、オレはまだ降谷にかなわないんすかぁ!?」
沢村は悔しそうに、吠えた。
御幸は呆れながら「お前もしつこいヤツだな」と苦笑した。

沢村が三橋の部屋にやって来たのは、日本シリーズ終了の3日後だった。
祝勝会やら、ビールかけやら、報告会やらイベントはいくつかあった。
だが出場こそしたものの、さほど目立つ活躍のなかった沢村は早々に解放されたのだ。
活躍した選手は、メディアへの出演など忙しくしているのに。
御幸に早く会えるのはいいが、微妙に悔しい。
それが久々に会えた沢村が、まず三橋にぶちまけた言葉だった。

「で、御幸センパイは元気になったんすよね!」
直球勝負の沢村は、ドストレートにそう言った。
御幸は「心配かけて悪かった」と、正直に詫びる。
一時期、御幸はふさぎ込んでいた。
御幸のストーカーと化したファンが、三橋にケガをさせた事件のせいだ。

自分の身の回りに無頓着すぎた。
かわいい恋人はいるのだし、ファンとどうこうなることはない。
むしろトラブルにならないようにと、あえて見ないようにしていた。
もう少し注意していれば、三橋はケガなどせずにすんだかもしれない。
捕手である自分が、投手が負傷する原因を作るなんて、恥ずべきことだと。

それでも沢村と再会する前に元に戻れたのは、三橋のおかげだった。
三橋はまったく普段と変わらず、明るかった。
そしてクライマックスシリーズが終わるなり「うちに、来ま、せんか?」と誘ってくれた。
日本シリーズ中は阿部、三橋と3人でテレビ観戦し、終われば沢村と甘い恋人タイム。
ここまで甘やかされて、元気にならないわけがない。

「まぁな。元気だよ」
「よかったっす!」
「って、お前、声がデケーよ。隣の阿部たちに聞こえるだろうが!」
「イケネ。そーっすよね。寮でもよく声がデカいって言われるし。」
「・・・だろうな」

2人は三橋の部屋で、イチャイチャと時間を過ごしていた。
日本シリーズの間は御幸をさかんにかまっていた三橋たちは、沢村が来るなり放置状態だ。
まったく行き届いているというか、なんというか。

「寮って言えば、オレ、このオフに寮を出ようと思ってる。」
「え、そうなんすか?」
「ああ。食費も安いし便利なんだが、そろそろもう出ろって言われてるんだ。」
「へぇぇ」
「お前だって1年しか違わないんだし、来年あたり出ろって言われるぞ。」
「めんどくせーなぁ。」

三橋たち同様、御幸と沢村はベットの中で話していた。
そして沢村がそろそろ眠りそうになった瞬間、御幸は本題に触れた。

「オレらも、同じマンションに住むとかしないか?」
御幸はそう告げてから、目を閉じる。
半分眠りかけていた沢村は惰性で「はい」と答え、一気に覚醒した。

それって、同棲!?
思わず叫び出しそうになった沢村の口を、御幸が押さえた。
そして耳元で「考えとけ」と告げる。
沢村はコクコクと頷きながら、一気に火照ってしまった頬を手でさすった。

【続く】
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