「おお振り」×「◆A」6年後
【クライマックスシリーズ!】
「う、う、う~!」
三橋はテレビの前で、唸り声を上げる。
阿部は三橋の頭にポンと手を置き、グシャグシャとなでた。
思いもかけないアクシデントが起こった。
御幸のファンの女性から、三橋は刃物で切り付けられてしまったのだ。
阿部は今でも、それを聞いた瞬間のことを思い出すと背筋が寒くなる。
すぐにほんのかすり傷だとわかり、ホッとした。
だけど安心はできない。
今回はたまたま大したことがなかったが、もう2度とこんなことがないとは言い切れないのだ。
そしてその危険は、三橋がプロ野球選手という露出が多い仕事である以上はなくならない。
そして迎えたクライマックスシリーズ。
三橋はそのメンバーから外された。
かすり傷とはいえ、ケガをしたこと。
それにメンタル面へのダメージが考慮されたせいだ。
投手というポジションは、精神的なゆとりがピッチングに影響する。
日本シリーズまで視野に入れ、ここで三橋の好調が崩れることを危惧されたのだ。
「オレ、投げ、れる、のに!」
三橋は一時帰宅した後も、ブチブチと文句を言い続けた。
その様子に阿部は笑ってしまう。
高校1年の春、監督の百枝が三橋以外にも投手が必要と言ったときのことを思い出す。
マウンドを譲りたくないのは、あの頃と同じ。
いや三橋だけでなく、沢村や他の投手もそうなのだろう。
「う~、また、逆転、された!」
かくして三橋は、楽しみにしていたクライマックスシリーズをテレビ観戦するハメになった。
試合展開に一喜一憂する三橋を見て、阿部は秘かに胸を撫で下ろしていた。
事件に巻き込まれたショックは、まったく感じられないからだ。
三橋はただひたすらマウンドに上がれないことを悔しがっている。
しかも対戦相手は沢村のチームだ。
同じリーグにいる以上、戦う上で最高の舞台はこのクライマックスシリーズである。
それなのにそのマウンドに上がれない三橋の悔しがり方は、尋常じゃない。
「負け、るなぁぁ!!」
三橋がテレビに向かって本気で声を張るので、阿部は慌ててその口を塞いだ。
そんなに壁が薄くはないが、マンションなのだ。
近所迷惑な大声はよろしくない。
「三橋、声、デカい!」
「ゴメン。だって、負け、そうで」
三橋はしょんぼりと肩を落とすが、またすぐにテレビに集中する。
リーグ優勝を決める大一番は抜きつ抜かれつのシーソーゲームで、見ているだけで消耗する。
御幸センパイは、大丈夫かな。
阿部はテレビ画面を見ながら、ため息をつく。
おそらく三橋よりもメンタル面で堪えているであろう御幸が、打席に立っていた。
*****
御幸センパイ、調子悪そうだ。
沢村は今1つ精彩を欠いている御幸が気になって仕方なかった。
御幸のファンが、三橋に刃物で切りつけた。
沢村がこのニュースを知ったのは、当の三橋からだった。
いずれ報道されるであろう御幸がらみのニュース。
それを見て驚かないように、事前に「たいしたことないから」と知らせてくれたのだ。
どうせなら、御幸から直接聞きたかった。
沢村は三橋に礼を言いながら、心の中ではそう思った。
沢村にとって、この一件は何とも言えない微妙なものだった。
御幸がショックを受けているのは、よくわかる。
自分のせいでチームの投手が、しかも弟みたいに可愛がっている三橋がケガをしたのだ。
悔やんでも悔やみきれない、腹立たしくもやりきれない気持ちでいるのだろう。
だが沢村的には「何で三橋なんだ」という気持ちが強いのだ。
何しろ犯人の女は「御幸選手と仲がよさそうだった」という理由で、三橋を襲ったと聞いている。
沢村は、そんな風に見えていたであろう三橋に嫉妬した。
そしてそんな風に見えていたのが、自分であって欲しかったと思うのだ。
傷ついている御幸やケガをした三橋には、絶対に言えないが。
そしてクライマックスシリーズ。
シーズンの順位が3位だった沢村のチームは、2位のチームを倒した。
そしてついに1位である御幸のチームと対戦。
これに勝った方が、日本シリーズ出場だ。
「御幸センパイ、大丈夫っすか?」
試合前のグラウンドで、沢村は御幸を捕まえて声をかけた。
最近は電話はないし、メールの返信も素っ気ない。
だから少しでもいいから、直接話したかった。
「三橋は大丈夫だ。」
「それは知ってます。三橋本人と電話で話しましたから」
「・・・それじゃ」
「アンタが大丈夫かって、聞いてるんです!」
沢村は思わず声を荒げた。
幸い試合前の喧騒で、まわりには2人の会話は聞こえていなかった。
御幸は「オレは大丈夫だ。それより試合のことを考えろ」と告げ、さっさとベンチに戻って行く。
だがその言葉に信憑性はなかった。
軽くいなされ、相手にもされなかったようで悔しい。
だが確かに今は試合のことが第一であるのは、間違いない。
沢村は御幸の背中を睨みつけると、踵を返した。
その日、沢村は登板がなかった。
だからこそ御幸を冷静に観察できたし、調子が悪いことがわかった。
そして試合は抜きつ抜かれつのシーソーゲームを沢村のチームが制して、日本シリーズ出場を決めた。
【続く】
「う、う、う~!」
三橋はテレビの前で、唸り声を上げる。
阿部は三橋の頭にポンと手を置き、グシャグシャとなでた。
思いもかけないアクシデントが起こった。
御幸のファンの女性から、三橋は刃物で切り付けられてしまったのだ。
阿部は今でも、それを聞いた瞬間のことを思い出すと背筋が寒くなる。
すぐにほんのかすり傷だとわかり、ホッとした。
だけど安心はできない。
今回はたまたま大したことがなかったが、もう2度とこんなことがないとは言い切れないのだ。
そしてその危険は、三橋がプロ野球選手という露出が多い仕事である以上はなくならない。
そして迎えたクライマックスシリーズ。
三橋はそのメンバーから外された。
かすり傷とはいえ、ケガをしたこと。
それにメンタル面へのダメージが考慮されたせいだ。
投手というポジションは、精神的なゆとりがピッチングに影響する。
日本シリーズまで視野に入れ、ここで三橋の好調が崩れることを危惧されたのだ。
「オレ、投げ、れる、のに!」
三橋は一時帰宅した後も、ブチブチと文句を言い続けた。
その様子に阿部は笑ってしまう。
高校1年の春、監督の百枝が三橋以外にも投手が必要と言ったときのことを思い出す。
マウンドを譲りたくないのは、あの頃と同じ。
いや三橋だけでなく、沢村や他の投手もそうなのだろう。
「う~、また、逆転、された!」
かくして三橋は、楽しみにしていたクライマックスシリーズをテレビ観戦するハメになった。
試合展開に一喜一憂する三橋を見て、阿部は秘かに胸を撫で下ろしていた。
事件に巻き込まれたショックは、まったく感じられないからだ。
三橋はただひたすらマウンドに上がれないことを悔しがっている。
しかも対戦相手は沢村のチームだ。
同じリーグにいる以上、戦う上で最高の舞台はこのクライマックスシリーズである。
それなのにそのマウンドに上がれない三橋の悔しがり方は、尋常じゃない。
「負け、るなぁぁ!!」
三橋がテレビに向かって本気で声を張るので、阿部は慌ててその口を塞いだ。
そんなに壁が薄くはないが、マンションなのだ。
近所迷惑な大声はよろしくない。
「三橋、声、デカい!」
「ゴメン。だって、負け、そうで」
三橋はしょんぼりと肩を落とすが、またすぐにテレビに集中する。
リーグ優勝を決める大一番は抜きつ抜かれつのシーソーゲームで、見ているだけで消耗する。
御幸センパイは、大丈夫かな。
阿部はテレビ画面を見ながら、ため息をつく。
おそらく三橋よりもメンタル面で堪えているであろう御幸が、打席に立っていた。
*****
御幸センパイ、調子悪そうだ。
沢村は今1つ精彩を欠いている御幸が気になって仕方なかった。
御幸のファンが、三橋に刃物で切りつけた。
沢村がこのニュースを知ったのは、当の三橋からだった。
いずれ報道されるであろう御幸がらみのニュース。
それを見て驚かないように、事前に「たいしたことないから」と知らせてくれたのだ。
どうせなら、御幸から直接聞きたかった。
沢村は三橋に礼を言いながら、心の中ではそう思った。
沢村にとって、この一件は何とも言えない微妙なものだった。
御幸がショックを受けているのは、よくわかる。
自分のせいでチームの投手が、しかも弟みたいに可愛がっている三橋がケガをしたのだ。
悔やんでも悔やみきれない、腹立たしくもやりきれない気持ちでいるのだろう。
だが沢村的には「何で三橋なんだ」という気持ちが強いのだ。
何しろ犯人の女は「御幸選手と仲がよさそうだった」という理由で、三橋を襲ったと聞いている。
沢村は、そんな風に見えていたであろう三橋に嫉妬した。
そしてそんな風に見えていたのが、自分であって欲しかったと思うのだ。
傷ついている御幸やケガをした三橋には、絶対に言えないが。
そしてクライマックスシリーズ。
シーズンの順位が3位だった沢村のチームは、2位のチームを倒した。
そしてついに1位である御幸のチームと対戦。
これに勝った方が、日本シリーズ出場だ。
「御幸センパイ、大丈夫っすか?」
試合前のグラウンドで、沢村は御幸を捕まえて声をかけた。
最近は電話はないし、メールの返信も素っ気ない。
だから少しでもいいから、直接話したかった。
「三橋は大丈夫だ。」
「それは知ってます。三橋本人と電話で話しましたから」
「・・・それじゃ」
「アンタが大丈夫かって、聞いてるんです!」
沢村は思わず声を荒げた。
幸い試合前の喧騒で、まわりには2人の会話は聞こえていなかった。
御幸は「オレは大丈夫だ。それより試合のことを考えろ」と告げ、さっさとベンチに戻って行く。
だがその言葉に信憑性はなかった。
軽くいなされ、相手にもされなかったようで悔しい。
だが確かに今は試合のことが第一であるのは、間違いない。
沢村は御幸の背中を睨みつけると、踵を返した。
その日、沢村は登板がなかった。
だからこそ御幸を冷静に観察できたし、調子が悪いことがわかった。
そして試合は抜きつ抜かれつのシーソーゲームを沢村のチームが制して、日本シリーズ出場を決めた。
【続く】