「おお振り」×「◆A」6年後
【逆恨みの刃】
「う、おお!」
三橋は思わず声を上げていた。
だが現実味がない。
御幸が「大丈夫か!」といつになく取り乱した声を、案外冷静に聞いていた。
長かったシーズンが終わった。
三橋はプロ入り1年目にして、リーグ優勝を果たした。
もっとも三橋の力など微力であり、この幸運は偶然によるところが大きい。
優勝できる実力のあるチームに、三橋が加入できたのだ。
それでも嬉しいことにか変わりはなく、絶対に日本シリーズのマウンドに上がりたいと思う。
とはいえ、その前にクライマックスシリーズだ。
リーグの上位3チームが日本シリーズ出場をかけて、短期決戦の変則トーナメントで戦う。
ちなみに沢村のチームは何とか3位に滑り込んだ。
展開次第では沢村と投げ合うこともあるかもしれない。
想像するだけで、三橋のテンションは上がっていた。
「調子いいな。三橋。」
クライマックスシリーズまで、あと数日。
当然練習に余念はなかった。
三橋は先発予定には入っていない。
だがコーチからは、いつでもいけるように準備をしておくように言われている。
「あれ?」
練習グラウンドで投球練習をした後、ふと客席を見た三橋は首を傾げた。
優勝効果もあって、練習グラウンドの客席にはいつもよりファンの姿が多い。
そんな中、三橋のことをじっと見ている女性がいたのだ。
三橋と同じくらいの年齢のその女性は知り合いではないが、見覚えがある。
よく練習グラウンドに来ていた人だからだ。
わざわざこんな場所まで足を運ぶのだから、余程のファンなのだろうと思っていた。
「何だ?熱い視線、送られてるな。」
御幸もその女性に気付いて、三橋を冷やかした。
だが三橋は「あの、人、御幸、センパイ、の、ファン、じゃ」と聞き返す。
そう、三橋の記憶では彼女はここに来るたびに、御幸のことを見ていたと思うのだ。
なのに今日はなぜか、三橋のことをガン見している。
「な~に、言ってるんだ。お前を見てるじゃん。」
御幸は自分が見られていたという自覚はないらしい。
三橋の頭をグリグリとなでながら「照れ隠しかぁ?」と茶化してくる。
御幸的には、彼女のことはまったく認識していないようだ。
三橋はそれ以上ツッコむことなく、御幸と2人で練習グラウンドを後にしたのだが。
「栄純、君、勝つと、いい、ですね」
「そうだな。あいつ悪運強いからな」
2人で笑い合いながら歩いている最中に、事件は起きた。
先程の女性が奇声を上げながら突進してくると、三橋に向かって何かを振り上げたのだ。
「う、おお!」
三橋は思わず声を上げていた。
だが現実味がない。
御幸が「大丈夫か!」といつになく取り乱した声を、案外冷静に聞いていた。
*****
「大丈夫なのかよ、三橋!!」
自宅マンション、正確には阿部の部屋でのんびりしていた三橋を訪ねてきたのは沢村だった。
三橋は驚き「試合、前、に、いいの!?」と大声で叫んでいた。
三橋は練習グラウンドに現れた女性に、刃物で切り付けられた。
突然の凶行に、三橋はなんとか咄嗟に身体を捻って、右肩と右腕をかばった。
だから右手はまったく無傷なのだが、左腕をザックリと切られたのだ。
そのせいで、クライマックスシリーズは欠場だ。
三橋は左手だから大丈夫だと言い張ったが、監督もコーチも許可をくれなかった。
日本シリーズには何とかしたいと思うものの、三橋に出来ることは療養あるのみだ。
三橋は仕方なく自宅マンションに戻っていた。
思いかけない事件で、球団もショックを受けている。
当事者の三橋が包帯姿でウロウロすれば、みんなが気を使うだろう。
包帯をグルグルに巻かれた左腕を見て、阿部は予想以上に動揺した。
オロオロしながら、何度も「本当に大丈夫なのか?」と聞く。
今までいろいろ心配はかけたが、阿部がここまで取り乱したのは初めてだ。
ああ、心配をかけた。
三橋は自分のせいではないとは思いつつ、申し訳ない気持ちになるのだった。
クライマックスシリーズの2日前、マンションに沢村が現れた。
阿部も三橋も驚き「いいの!?」と聞いてしまう。
見舞いに来たらしいのだが、もうすぐ試合なのだ。
こんなところに来ていて、大丈夫なのかと。
「いいんだよ、気にすんな。」
「気に、する、よ!!」
「そのケガ、御幸センパイのせいって本当か?」
「・・・そっち?」
三橋のケガは大きく報道されていた。
そして犯人の女性は、熱烈な御幸ファンだったのだ。
練習グラウンドに何度も足を運んでいるのに、御幸には認識してもらえない。
イラついていたところで、御幸と親しそうにしている三橋に逆恨みの刃が向いたのだ。
「御幸、センパイ、の、せい、じゃない。」
「だけど御幸センパイ、気にしてるだろうな。」
御幸をかばう三橋に、阿部が言葉を重ねる。
そう、気にならないはずがない。
犯人は元々御幸のストーカーであり、三橋はとばっちりを食ったのだ。
それに自分のせいで投手がケガをするのは、捕手としてはこの上ない屈辱なのだ。
「御幸、センパイ、励ま、して、あげて、」
三橋は沢村にそう言った。
すると沢村は「あの人、電話、出てくれねーんだもん」と拗ねたように唇を尖らせた。
【続く】
「う、おお!」
三橋は思わず声を上げていた。
だが現実味がない。
御幸が「大丈夫か!」といつになく取り乱した声を、案外冷静に聞いていた。
長かったシーズンが終わった。
三橋はプロ入り1年目にして、リーグ優勝を果たした。
もっとも三橋の力など微力であり、この幸運は偶然によるところが大きい。
優勝できる実力のあるチームに、三橋が加入できたのだ。
それでも嬉しいことにか変わりはなく、絶対に日本シリーズのマウンドに上がりたいと思う。
とはいえ、その前にクライマックスシリーズだ。
リーグの上位3チームが日本シリーズ出場をかけて、短期決戦の変則トーナメントで戦う。
ちなみに沢村のチームは何とか3位に滑り込んだ。
展開次第では沢村と投げ合うこともあるかもしれない。
想像するだけで、三橋のテンションは上がっていた。
「調子いいな。三橋。」
クライマックスシリーズまで、あと数日。
当然練習に余念はなかった。
三橋は先発予定には入っていない。
だがコーチからは、いつでもいけるように準備をしておくように言われている。
「あれ?」
練習グラウンドで投球練習をした後、ふと客席を見た三橋は首を傾げた。
優勝効果もあって、練習グラウンドの客席にはいつもよりファンの姿が多い。
そんな中、三橋のことをじっと見ている女性がいたのだ。
三橋と同じくらいの年齢のその女性は知り合いではないが、見覚えがある。
よく練習グラウンドに来ていた人だからだ。
わざわざこんな場所まで足を運ぶのだから、余程のファンなのだろうと思っていた。
「何だ?熱い視線、送られてるな。」
御幸もその女性に気付いて、三橋を冷やかした。
だが三橋は「あの、人、御幸、センパイ、の、ファン、じゃ」と聞き返す。
そう、三橋の記憶では彼女はここに来るたびに、御幸のことを見ていたと思うのだ。
なのに今日はなぜか、三橋のことをガン見している。
「な~に、言ってるんだ。お前を見てるじゃん。」
御幸は自分が見られていたという自覚はないらしい。
三橋の頭をグリグリとなでながら「照れ隠しかぁ?」と茶化してくる。
御幸的には、彼女のことはまったく認識していないようだ。
三橋はそれ以上ツッコむことなく、御幸と2人で練習グラウンドを後にしたのだが。
「栄純、君、勝つと、いい、ですね」
「そうだな。あいつ悪運強いからな」
2人で笑い合いながら歩いている最中に、事件は起きた。
先程の女性が奇声を上げながら突進してくると、三橋に向かって何かを振り上げたのだ。
「う、おお!」
三橋は思わず声を上げていた。
だが現実味がない。
御幸が「大丈夫か!」といつになく取り乱した声を、案外冷静に聞いていた。
*****
「大丈夫なのかよ、三橋!!」
自宅マンション、正確には阿部の部屋でのんびりしていた三橋を訪ねてきたのは沢村だった。
三橋は驚き「試合、前、に、いいの!?」と大声で叫んでいた。
三橋は練習グラウンドに現れた女性に、刃物で切り付けられた。
突然の凶行に、三橋はなんとか咄嗟に身体を捻って、右肩と右腕をかばった。
だから右手はまったく無傷なのだが、左腕をザックリと切られたのだ。
そのせいで、クライマックスシリーズは欠場だ。
三橋は左手だから大丈夫だと言い張ったが、監督もコーチも許可をくれなかった。
日本シリーズには何とかしたいと思うものの、三橋に出来ることは療養あるのみだ。
三橋は仕方なく自宅マンションに戻っていた。
思いかけない事件で、球団もショックを受けている。
当事者の三橋が包帯姿でウロウロすれば、みんなが気を使うだろう。
包帯をグルグルに巻かれた左腕を見て、阿部は予想以上に動揺した。
オロオロしながら、何度も「本当に大丈夫なのか?」と聞く。
今までいろいろ心配はかけたが、阿部がここまで取り乱したのは初めてだ。
ああ、心配をかけた。
三橋は自分のせいではないとは思いつつ、申し訳ない気持ちになるのだった。
クライマックスシリーズの2日前、マンションに沢村が現れた。
阿部も三橋も驚き「いいの!?」と聞いてしまう。
見舞いに来たらしいのだが、もうすぐ試合なのだ。
こんなところに来ていて、大丈夫なのかと。
「いいんだよ、気にすんな。」
「気に、する、よ!!」
「そのケガ、御幸センパイのせいって本当か?」
「・・・そっち?」
三橋のケガは大きく報道されていた。
そして犯人の女性は、熱烈な御幸ファンだったのだ。
練習グラウンドに何度も足を運んでいるのに、御幸には認識してもらえない。
イラついていたところで、御幸と親しそうにしている三橋に逆恨みの刃が向いたのだ。
「御幸、センパイ、の、せい、じゃない。」
「だけど御幸センパイ、気にしてるだろうな。」
御幸をかばう三橋に、阿部が言葉を重ねる。
そう、気にならないはずがない。
犯人は元々御幸のストーカーであり、三橋はとばっちりを食ったのだ。
それに自分のせいで投手がケガをするのは、捕手としてはこの上ない屈辱なのだ。
「御幸、センパイ、励ま、して、あげて、」
三橋は沢村にそう言った。
すると沢村は「あの人、電話、出てくれねーんだもん」と拗ねたように唇を尖らせた。
【続く】