「おお振り」×「◆A」6年後
【お宝映像?】
「阿部、君!」
三橋は驚き、声を上げた。
本当に驚いたのだ。
平日の昼間、仕事をしているはずの阿部が、三橋の前に現れたのだから。
負傷して2週間ほど、戦線離脱を余儀なくされた三橋だったが、完全に痛みも違和感もなくなった。
チームドクターからも完治のお墨付きをいただき、今日は二軍で調整登板だ。
いきなり飛ばさないようにという指示だったので、7割程度の力で3イニング投げた。
結果は2安打を浴びたものの無失点。まずまずだ。
二軍コーチからは、おそらく明日には一軍から呼び戻されるだろうと言われた。
ホッと胸をなで下ろしたものの、何だか気分が晴れない。
試合後、球場を出ようとしたところで、三橋は「阿部、君!」と声を上げた。
さすがに平日の二軍戦は、客の入りが少ない。
そんな中、バックネット中段の席座っているのは、阿部だった。
相変わらずタレ目のくせに目つき悪く、じっとこちらを見下ろしている。
試合中は集中していたから、まったく気づかなかった。
「知り合いがいるなら、話して来ていいぞ」
二軍コーチがそう言ってくれたので、ロッカールームに駆け戻った。
そしてシャワーを省略して、慌てて着替えると、スタンドへと走る。
阿部は先程の席に座ったまま、三橋を待っていた。
どうしよう。もしかして別れ話、されるんじゃ。
三橋はテンション高く飛び出してきたものの、阿部の威嚇するような視線に勢いが止まった。
恐る恐る隣の椅子に腰を下ろすと「ひ、さし、ぶり」と声をかけた。
「ケガ、もうすっかりよさそうだな。」
「うん。二軍、コーチ、が、多分、明日、から、一、軍、だ、て」
緊張した三橋は、いつも以上に吃音が酷い。
それに気付いた阿部が、クスリと笑った。
「別れ話とかじゃないから。っていうか別れる気、ないし。」
三橋の顔色を読んだ阿部が、まずは先手を打った。
そしておもむろにポケットに手を入れると、パスケースを取り出す。
三橋はその行動の意味がわからず、思わず小首を傾げた。
「ゴメンな。ずっと隠してた。オレ、今、会社帰りに通っているところがあるんだ。」
阿部がパスケースから取り出したのは、学生証だった。
スポーツトレーナーや理学療法士の勉強をする専門学校の名が書かれている。
そして阿部の名前が印字され、顔写真も貼られていた。
「授業は週3、4回で、平日は夕方から夜まで。だから帰りは深夜になる。」
「どう、して。」
「いつかお前の専属トレーナーになりたくて、勉強してる。」
「・・・だから、この前」
「うちに来てくれただろ。ごめんな。授業受けてたから帰りが遅かった。」
なんとなく沈んでいた三橋の表情が、一気に晴れた。
勢いよく阿部に抱き付こうとしたが、阿部が慌てて「場所、考えろ!」と叫んだので、動きを止める。
確かにまだ客がチラホラ残っているし、球場スタッフもウロウロしている。
三橋は少しだけ残念に思いながら、阿部の耳元で「嬉、しい」と囁いた。
*****
「ったく、人騒がせな」
沢村は鼻息荒く、言い放つ。
だが御幸が「お前が言うか?」と呆れた声で言い返すと、不満そうに頬を膨らませた。
三橋が二軍で調整登板をして、試合後に阿部と話をしたその夜。
一軍では御幸と沢村は、対戦相手として同じ球場にいた。
御幸はスタメン出場、セットアッパーの沢村は試合の流れによって出るかどうかというところだ。
試合前練習が終わった後、選手専用エリアの通路で、御幸と沢村は話をしていた。
2人の関係はもちろん秘密だが、高校時代にバッテリーだったことは知れ渡っている。
だからここで話し込んだところで、特に怪しまれることもなかった。
「三橋からすごいメール、来たっすよ。」
沢村はそう言って、自分の携帯電話を開いて見せた。
覗き見た御幸は、思わずブッと吹き出した。
文面はシンプルだった。
明日から一軍合流と、二軍戦を見に来てくれた阿部と話をしたということだけ。
だが普段は使わない絵文字があちこちに踊っていた。
極めつけは、阿部の仏頂面の写真が添付されている。
「三橋にとっちゃお宝映像なんだろうけど、オレはいらねーつうの!」
真剣に文句を言う沢村に、御幸は「まったくだな」と頷く。
そして自分のスマホを取り出して「こっちは阿部から」と画面を操作した。
阿部のメールは、対照的に長かった。
二軍戦を見た感想、というよりは三橋の投球についてのコメントが書かれている。
腕の振りがすこし鈍いとか、ケガは完全に治っているようだとか。
おそらく御幸への申し送りのつもりなのだろう。
「阿部って、三橋の保護者かよ。」
沢村のもっともなツッコミに、御幸はまたしても「まったくだ」と同意した。
これはもう阿部の気質というか、キャラなのだろう。
過保護な上に、独占欲が強い。
恋人としてはなかなかにウザいと思うが、三橋が嬉しいと思っているのだからすごい。
「でも残念っすね。三橋、もう1日早ければ、今日会えたのに。」
沢村の言葉に、御幸は「そうだな」と頷きながら、微笑した。
友人というよりもかわいい弟的な存在の三橋に会えないことを、沢村は心底残念がっている。
それが何とも微笑ましかった。
もうシーズンは終盤で、この組み合わせでの対戦はもうないのだ。
「クライマックスシリーズで当たるだろ」
御幸がそう告げると、沢村は気を取り直したように「そうっすね!」と元気よく答えた。
阿部と三橋は仲直り(?)したようだし、沢村も調子がいい。
このままシーズン終了まで、突っ走っていけそうだ。
御幸は沢村の肩をポンポンと叩き「じゃあな」と声をかけると、ロッカールームへと歩き出した。
【続く】
「阿部、君!」
三橋は驚き、声を上げた。
本当に驚いたのだ。
平日の昼間、仕事をしているはずの阿部が、三橋の前に現れたのだから。
負傷して2週間ほど、戦線離脱を余儀なくされた三橋だったが、完全に痛みも違和感もなくなった。
チームドクターからも完治のお墨付きをいただき、今日は二軍で調整登板だ。
いきなり飛ばさないようにという指示だったので、7割程度の力で3イニング投げた。
結果は2安打を浴びたものの無失点。まずまずだ。
二軍コーチからは、おそらく明日には一軍から呼び戻されるだろうと言われた。
ホッと胸をなで下ろしたものの、何だか気分が晴れない。
試合後、球場を出ようとしたところで、三橋は「阿部、君!」と声を上げた。
さすがに平日の二軍戦は、客の入りが少ない。
そんな中、バックネット中段の席座っているのは、阿部だった。
相変わらずタレ目のくせに目つき悪く、じっとこちらを見下ろしている。
試合中は集中していたから、まったく気づかなかった。
「知り合いがいるなら、話して来ていいぞ」
二軍コーチがそう言ってくれたので、ロッカールームに駆け戻った。
そしてシャワーを省略して、慌てて着替えると、スタンドへと走る。
阿部は先程の席に座ったまま、三橋を待っていた。
どうしよう。もしかして別れ話、されるんじゃ。
三橋はテンション高く飛び出してきたものの、阿部の威嚇するような視線に勢いが止まった。
恐る恐る隣の椅子に腰を下ろすと「ひ、さし、ぶり」と声をかけた。
「ケガ、もうすっかりよさそうだな。」
「うん。二軍、コーチ、が、多分、明日、から、一、軍、だ、て」
緊張した三橋は、いつも以上に吃音が酷い。
それに気付いた阿部が、クスリと笑った。
「別れ話とかじゃないから。っていうか別れる気、ないし。」
三橋の顔色を読んだ阿部が、まずは先手を打った。
そしておもむろにポケットに手を入れると、パスケースを取り出す。
三橋はその行動の意味がわからず、思わず小首を傾げた。
「ゴメンな。ずっと隠してた。オレ、今、会社帰りに通っているところがあるんだ。」
阿部がパスケースから取り出したのは、学生証だった。
スポーツトレーナーや理学療法士の勉強をする専門学校の名が書かれている。
そして阿部の名前が印字され、顔写真も貼られていた。
「授業は週3、4回で、平日は夕方から夜まで。だから帰りは深夜になる。」
「どう、して。」
「いつかお前の専属トレーナーになりたくて、勉強してる。」
「・・・だから、この前」
「うちに来てくれただろ。ごめんな。授業受けてたから帰りが遅かった。」
なんとなく沈んでいた三橋の表情が、一気に晴れた。
勢いよく阿部に抱き付こうとしたが、阿部が慌てて「場所、考えろ!」と叫んだので、動きを止める。
確かにまだ客がチラホラ残っているし、球場スタッフもウロウロしている。
三橋は少しだけ残念に思いながら、阿部の耳元で「嬉、しい」と囁いた。
*****
「ったく、人騒がせな」
沢村は鼻息荒く、言い放つ。
だが御幸が「お前が言うか?」と呆れた声で言い返すと、不満そうに頬を膨らませた。
三橋が二軍で調整登板をして、試合後に阿部と話をしたその夜。
一軍では御幸と沢村は、対戦相手として同じ球場にいた。
御幸はスタメン出場、セットアッパーの沢村は試合の流れによって出るかどうかというところだ。
試合前練習が終わった後、選手専用エリアの通路で、御幸と沢村は話をしていた。
2人の関係はもちろん秘密だが、高校時代にバッテリーだったことは知れ渡っている。
だからここで話し込んだところで、特に怪しまれることもなかった。
「三橋からすごいメール、来たっすよ。」
沢村はそう言って、自分の携帯電話を開いて見せた。
覗き見た御幸は、思わずブッと吹き出した。
文面はシンプルだった。
明日から一軍合流と、二軍戦を見に来てくれた阿部と話をしたということだけ。
だが普段は使わない絵文字があちこちに踊っていた。
極めつけは、阿部の仏頂面の写真が添付されている。
「三橋にとっちゃお宝映像なんだろうけど、オレはいらねーつうの!」
真剣に文句を言う沢村に、御幸は「まったくだな」と頷く。
そして自分のスマホを取り出して「こっちは阿部から」と画面を操作した。
阿部のメールは、対照的に長かった。
二軍戦を見た感想、というよりは三橋の投球についてのコメントが書かれている。
腕の振りがすこし鈍いとか、ケガは完全に治っているようだとか。
おそらく御幸への申し送りのつもりなのだろう。
「阿部って、三橋の保護者かよ。」
沢村のもっともなツッコミに、御幸はまたしても「まったくだ」と同意した。
これはもう阿部の気質というか、キャラなのだろう。
過保護な上に、独占欲が強い。
恋人としてはなかなかにウザいと思うが、三橋が嬉しいと思っているのだからすごい。
「でも残念っすね。三橋、もう1日早ければ、今日会えたのに。」
沢村の言葉に、御幸は「そうだな」と頷きながら、微笑した。
友人というよりもかわいい弟的な存在の三橋に会えないことを、沢村は心底残念がっている。
それが何とも微笑ましかった。
もうシーズンは終盤で、この組み合わせでの対戦はもうないのだ。
「クライマックスシリーズで当たるだろ」
御幸がそう告げると、沢村は気を取り直したように「そうっすね!」と元気よく答えた。
阿部と三橋は仲直り(?)したようだし、沢村も調子がいい。
このままシーズン終了まで、突っ走っていけそうだ。
御幸は沢村の肩をポンポンと叩き「じゃあな」と声をかけると、ロッカールームへと歩き出した。
【続く】