「おお振り」×「◆A」6年後

【活躍したい】

一軍復帰、おめでとう。
沢村はそのメールを確認すると、思わず「情報、早!」と声を上げていた。

次の3連戦は一軍だ。
沢村が二軍コーチに言い渡されたのは、1時間ほど前だ。
選手登録もまだされたばかりで、ほとんど誰も知らないはずである。
それなのに「おめでとう」のメールが3通も来た。

最初の差出人は、沢村が直接連絡した御幸だから、これはある意味当たり前だ。
そして2通目の差出人は、三橋だ。
おそらく御幸が教えたのだろう。
弟のようにかわいい三橋が、自分のことのように喜んでくれているのが目に浮かぶ。
恋人からのメールとは、また違う嬉しさがあった。

そして3通目は阿部だった。
これは三橋が知らせたのだろう。
阿部も大事な友人であり、祝ってくれるのはすごく嬉しい。
だがやはり、伝達が早過ぎる気がする。
三橋は何かあればすぐに阿部に知らせていると言っていたが、それにしても。

「まぁ、でも、いいか!」
沢村は阿部のメールを見ながら、頬を緩ませた。
とにかくシーズン終盤、チームが首位争いを繰り広げる中での一軍昇格だ。
御幸たちのチームも好調だし、おそらく終盤まで優勝争いをすることになるだろう。
二軍のままだったら、それを指をくわえて見ていなければならなかった。
それを想像して、落ちそうなテンションを懸命に引っ張り上げながら、頑張ったのだ。

ありがとな。お前と三橋のおかげでがんばれる!
沢村は阿部に、早速メールを返信する。
すると5分も経たないうちに、阿部からまたもう1度メールが届いた。

お前が頑張れるのは、御幸センパイのおかげだろ。
冷やかすようなメールに、沢村の顔が緩んだ。
間の悪いことに、ここは球団の寮のロビーである。
見事に弛み切ったその顔に、ある者は吹き出し、またある者は気味悪いものでも見たような顔で通り過ぎた。

いろいろあったけど、これでシーズンが終わるまで突っ走ってやる!
沢村は決意を新たにすると「ムッフ、フ~ン」と鼻唄を歌いながら、部屋へと戻って行く。
おそらく御幸なり阿部なりがそこにいたら「三橋のハナウタ、うつってるぞ」とツッコミを入れただろう。
だが上機嫌の沢村は気付くこともなく、スキップしそうな勢いで廊下を進んでいた。

*****

「お前、足、どうした?」
球団の練習グラウンドで、三橋の球を受けた御幸は、そう聞いた。
三橋は「へ?え?」と惚けた声を上げたが、御幸は「誤魔化すのヘタ過ぎ」と苦笑した。

シーズン終盤になり、チームは2位と3位の間を行ったり来たりしていた。
御幸はその中で不動のレギュラー捕手として活躍している。
そして三橋は、相変わらずセットアッパーで頑張っていた。
場合によっては、そのまま最終回まで投げ切ることもある。
三橋は本当はスターター、つまり先発投手希望であり上を見始めればきりがない。
だが1年目としては、かなり上出来だと言えるだろう。

だが今日、三橋のボールを数球受けた御幸は、違和感に気付いた。
何となくフォームがいつもと違う。
そう思って見てみれば、すぐに気付いた。
右足が踏ん張りきれていないのだ。
ボールにもいつもほど力が乗っていないようだ。

「痛いのか?」
「いた、く、ない!」
「嘘つくな!」
「ううう、御幸、センパイ、阿部君、みたい」
「・・・あまり嬉しくないな」
コントのようなやり取りの後、三橋は白状した。
昨日の守備練習で、ゴロをさばいた時に足を少し捻ったと。
大した痛みではないので湿布だけしたが、今日になって昨日より痛み出した。

「あの、なぁ」
「でも、今、外れ、たく、ない、です!」
三橋にそう言われて、御幸は思い出した。
2年の秋の大会、準決勝で負傷した御幸は、決勝に出た。
どうしても優勝して、片岡監督と甲子園に行きたかったのだ。
負ければ明日がない高校野球だからこそ、必死になってした無理だ。

三橋の気持ちもわかる。
今は好調で試合に出してもらえているが、安泰というわけではない。
少しでも戦線を離脱すれば、もう戻れない可能性もあるのだ。
しかもシーズン終盤で、チームが波に乗っている時期でもある。
試合の間隔が空いてしまえば、試合勘が鈍る。
好調の波が切れてしまうのは、何よりも怖い。

三橋が猫がおねだりするように御幸を見た。
このことは黙っていてほしいと、無言のうちに訴えてくる。
だが御幸は「ダメだ」と首を振った。

「チームドクターに看てもらえ。ここで無理して悪化したら、選手生命にも影響しかねない。」
御幸がバッサリと言い放つと、三橋が「ハイ」と答えつつも項垂れた。
三橋は選手寿命より、活躍することを重視している節がある。
二軍にダラダラいるよりも、短い期間でも一軍で活躍して、阿部に見て欲しいのだろう。
だが御幸は知っている。
阿部は三橋に内緒で、スポーツ医学の勉強をしていることを。
こっそりと三橋の専属トレーナーになる夢に向かって、頑張っている。
だからこそ三橋は、1年でも長くプロ野球選手でいなければダメなのだ。

「コーチにはオレから言っておくから、医務室に行けよ」
御幸は三橋にそう告げると、そのまま背を向けた。
三橋の捨てられた猫みたいな目に、これ以上耐えられそうにないからだ。

【続く】
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