「おお振り」×「◆A」6年後

【何でも話そう】

なるほどな。
御幸は沢村からのメールを確認すると、思わずフフンと鼻を鳴らして笑った。

御幸は困っていた。
沢村が二軍に落ちた頃から、何だが様子が違うと思った。
微妙に距離を取られているような気がしたのだ。
だが電話とメールだけのことだし、気のせいかも知れない。
確かめたくても、シーズン中は直接会うのもままならない。

だがオールスター戦の後、謎は解けた。
いつもメールでは短文専門の沢村が送ってきた長いメール。
それに事の顛末が書かれていたからだ。
再び始まった公式戦、試合前のロッカールームで御幸はそれを読んだ。

・・・さんの妹が御幸センパイのファンで、紹介しろってたのまれました。
だけど紹介したくなくて、でも恋人いるっていうわけにもいかなくて。
だから最近ケー番かえたらしくて、連絡つかないってウソ言いました。
かってにことわっちゃって、すみませんです。
でもそのあと、御幸センパイもカノジョほしいかなとか考えた。
すごくヒキョウなことをしたみたいな気になって、おちこんでました。

お前は何歳だと言いたくなるくらい、平仮名ばかりのメール。
しかもタメ口と敬語が混在して、もはやクチャクチャだ。
だが逆にそれが沢村っぽく、ありのままの気持ちを打ち明けてくれているのだとわかった。

まったくかわいいことをしてくれる。
御幸は口元に笑みを浮かべながら、返信メールを打ち始める。
するといつの間にか隣に立っていた三橋が「御幸、センパイ。顔、デレデレ」とニヤニヤ笑っている。

「お前、沢村に相談されただろ」
「そーだん?」
「お前も平仮名で喋るヤツだな」
「???」
「いや、いい。色々ありがとうな。」

おそらく阿部と三橋が、沢村の話を聞いたのだろう。
その上で、御幸に話した方がいいとでも助言してくれたのだ。
まったくありがたい。
このところ気になっていた謎も解けたし、嫉妬されるのも案外気分がいい。
御幸は手を伸ばすと、三橋の髪をグシャグシャとなでた。

「髪、乱、れた!」
三橋が騒いでいる声を聞きながら、御幸はメールを送信した。
そして試合なんか放り出して沢村と過ごしたいなどと、プロとしてあるまじきことを少しだけ妄想した。

*****

「やった!」
沢村は思い切りガッツポーズをした。
試合が終わったばかりの二軍の選手たちは、沢村の大声に驚き、何事かと凝視した。

二軍の選手は大きく分けて、3通りある。
1つはケガなどで、一時的に一軍登録を抹消されている選手。
つまり二軍にいるのは一時的なもので、一軍復帰が最初から決まっている。
2つめは、保証はないが真剣に一軍入りを目指す選手。
沢村はこのパターンになる。
そして3つめは、何となくダラダラと二軍にいる選手である。
すっかり二軍にいることに慣れてしまって、本人も何となくあきらめムードになっている。

沢村に妹を御幸に紹介してほしいと頼んできたのは、まさに3番目のパターンの先輩の内野手だった。
今年こそ一軍、などと口癖のように言っているが、意気込みはあまり感じられない。
雰囲気もどことなく怠惰で、沢村は好きになれないタイプだった。
そもそも御幸は沢村の恋人であり、女を紹介するなんてありえない。
だがもしも御幸と単なる先輩後輩だったしても、こんな男の妹はお勧めできないと思う。

御幸先輩は、ケー番変えたらしくて、新しい番号は知らないんすよ。
沢村は咄嗟にそう答えた。
先輩内野手は「んだよ。使えねーな」と悪態をつかれたが、別にそれはいい。
問題は御幸に言わずに、ことわってしまったことだった。
御幸だって、そろそろ女の恋人が欲しいと思うかも知れない。
いやそもそも、嘘をついてことわったのはフェアじゃない。

悩んでいたとき、ちょうどオールスター戦に入った。
沢村は三橋のマンションで、一緒にテレビ観戦した。
そして三橋と阿部に、この悩みを打ち明けた。
すると阿部は自分のスマートフォンを操作して、三橋のメールを見せてくれた。

知らない女の人に今度、食事に行きませんか?とさそわれました。
気持ち悪かったので、タイプじゃないって言ったら、キレられました。
御幸センパイが女子アナのなんとかパンだって教えてくれました。

少し前のメールだ。
そしてこの話は沢村も御幸から教えてもらったネタだ。
確か入社3年目くらいの女子アナにコクられた三橋が、バッサリと振ったのだとか。
ちなみにその局の女子アナは「~パン」っていうニックネームで呼ばれている。

「三橋はこうやって、何でもメールで送ってくれるんだ。だからオレも安心できる。」
「それにしても、細かくないか?」
沢村は他のメールを見せてもらいながら、素朴な感想を漏らした。
女子アナの話はともかく、何を食べたとか、練習のメニューとか、果てはスマホゲームでハイスコアが出たとか。
日に何度も、あったことを全部書いて送っている。

「オレが頼んだんだ。何でも知りたいから、下らないことでも教えてくれって。」
「そっか」
「御幸先輩もきっと何でも知りたいと思ってると思うぞ。」
「・・・そうだな。」

そんな風に阿部と三橋に背中を押された形で、沢村は白状することにした。
自分にしては脳みそが沸騰しそうなほど長いメールを送り、しばらく待つ。
すると御幸から、すぐに返信が来た。

ことわってくれて正解だ。むしろ手間がなくてありがたい。
オレはお前がいれば、カノジョはいらないからな。
早く一軍に上がって来いよ。待ってるぞ。

御幸からのメールに、沢村は声を上げて喜んだ。
怒ってない。それどころか正解だと言ってくれた。
そして一軍で待ってくれるとも。

「沢村、うるせーよ!!」
喜びの雄叫びを聞きつけた他の選手たちが、文句を言う。
沢村は「すんません!!」と頭を下げると、スキップしそうなほど軽い足取りで歩き始めた。

【続く】
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