「おお振り」×「◆A」
【2日目、試合終盤!】
あれは、沢村か?
御幸は目を凝らして、外野を走る練習着を凝視した。
今日は西浦高校と青道Bチームとの試合だ。
だがAチームはその内容を見ることを禁じられている。
明日はAチームが西浦と対戦することになっているが、初見でやるようにと言われているのだ。
試合後にどちらが勝ったかは聞けるが、それ以上の情報はもらえない。
こんな感じは初めてだ。
御幸は落ち着かない気分を持て余していた。
公式戦ならまったくデータがないチームと当たることはある。
だがそれはだいたい地区予選の1回戦とか2回戦。
そして今まで勝ち進んでいないからデータがない弱小校だ。
だが西浦はきっとそうじゃない。
何しろあの高島礼が連れて来た対戦相手なのだから。
そう考えると、何とも不気味だ。
しかも時折、試合中の歓声が聞こえてきて、ヒットが出たり点が入った気配は伝わって来る。
これで練習に集中しろというのも無理な話だ。
だからグラウンドに1人、部員が増えていることに気付くのが遅れた。
あれは、沢村か?
御幸は目を凝らして、外野を走る練習着を凝視した。
こちらのグラウンドでは、ノックの真っ最中。
その一番外側を走っているのは、沢村だ。
今日はBチームに加わって、調整のために先発したはずなのに。
どうして今、ここを走っているのだろう。
御幸はスポルディングサングラスに手をかけながら、その横顔に焦点を合わせた。
沢村は歯を食いしばって、今にも泣きだしそうな表情で、黙々と走っている。
よくも悪くも、この少年の表情はわかりやすいのだ。
つまり試合は、かなり不本意な内容だったのだろう。
昨晩感じた漠然とした不安は当たってしまったらしい。
「御幸、集中しろ!」
耳元で片岡の怒声が聞こえて、御幸は慌てて「すみません!」と叫んだ。
今御幸が何を見ていたか、何を考えていたかなど、お見通しだ。
御幸は今すぐ駆け寄ってやりたい気持ちをこらえて、目の前の練習に意識を向けた。
声をかけてやるのは夜になりそうだ。
まったくどうしてあいつから目を離せないんだ。
御幸は目の端をチラチラと動く沢村に心の中で悪態をついた。
これまで何人もの投手とバッテリーを組んだ。
マウンド上で彼らの力を存分に引き出し、最高のパフォーマンスをさせたという自負がある。
だがマウンド以外のところで、こんなに気になったのは沢村だけだ。
バカで真っ直ぐだから、困難にも正面からぶつかってしまう。
やりすごすということができないのだ。
落ち込んでも自分で立ち直る強さがあるのはわかっているが、気を揉んでしまう。
助けてやりたいと思ってしまう何かがあるのだ。
ったく勘弁してくれ。
御幸は秘かにため息をつきながら、外野を走る沢村を盗み見る。
するとあの西浦の投手が、沢村に駆け寄っていくのが見えた。
*****
「オレ、だいじょ、ぶ!」
三橋がしまりのない顔で「フヒ」と笑う。
この顔に見ているとこちらまで元気になってくるから、不思議だった。
Aチームがノックの練習をするグラウンドの外野を、沢村は黙々と走っていた。
本当は誰もいないところを走りたい。
だがメインのグラウンドでは試合中だし、それ以外の場所には試合に出ない部員が練習している。
まとまった距離を走れる場所はここしかなかった。
インコースをぶつけてしまった。
しかも投手の利き腕にだ。
まったく三橋のヤツ、何で投手のくせに右投げで左打ちなんだ。
沢村は心の中で何度もそう思った。
右投げ左打ちだと、打席に入った時、利き腕がもろに投手の方を向くのだ。
だけどさすがに口に出しては言わない。
なぜなら明らかに沢村の投球ミス、まだインコースのコントロールは定まらないのだ。
結局あの後、三橋は大事を取って、交代することになった。
おそらく三橋は沢村と違って、5回降板の予定ではなかったはずだ。
「あ?あ?あ?ぁぁ!」
思わず沢村の口から、盛大な自己嫌悪の呻きが出た。
ノックをしているAチームの面々から「うるせー!」と文句を言われるが、耳に入らない。
ただただ悔しくて、情けなかった。
だがそのときグラウンドの外から「さ、沢村、君!」と呼ぶ声が聞こえた。
2日間ですっかりおなじみになった吃音気味の声は、間違いなく三橋だ。
フワフワと髪を揺らしながら、三橋がトコトコとこちらに小走りでやって来た。
「三橋。ごめん。あのな」
「腕、シガポ、いや、先生に、診て、もらった!異常、ないって!」
「そう、か。よかった。」
「オレ、だいじょ、ぶ!」
三橋がしまりのない顔で「フヒ」と笑う。
この顔に見ているとこちらまで元気になってくるから、不思議だった。
多分沢村が落ち込んでいることに気が付いて、わざわざ教えに来てくれたのだろう。
沢村はホッと胸をなで下ろすと、心の底から「よかった!」と叫んだ。
「明日も、投げるのか?」
「うん。先生も、いいって!」
「一応、休んだ方が、よくないか?」
「でも、うち、部員、少ない。それに、Aチームだから、エース、オレ、投げるんだ!」
三橋の言葉に、沢村はドキリとした。
大事な試合には投げなければならない。
それが人数の少ないチームのエースの責任だ。
三橋にはちゃんとその自覚があるのだ。
同じ歳のこの小さなエースの気迫に負けていられない。
落ち込んでなんかいられない。
前を向いて、とにかく前進するのみだ。
そのとき試合をしているグラウンドから歓声が聞こえた。
どうやら試合が終わったようだ。
沢村と三橋は顔を見合わせると、歓声に向かって走り出した。
【続く】
あれは、沢村か?
御幸は目を凝らして、外野を走る練習着を凝視した。
今日は西浦高校と青道Bチームとの試合だ。
だがAチームはその内容を見ることを禁じられている。
明日はAチームが西浦と対戦することになっているが、初見でやるようにと言われているのだ。
試合後にどちらが勝ったかは聞けるが、それ以上の情報はもらえない。
こんな感じは初めてだ。
御幸は落ち着かない気分を持て余していた。
公式戦ならまったくデータがないチームと当たることはある。
だがそれはだいたい地区予選の1回戦とか2回戦。
そして今まで勝ち進んでいないからデータがない弱小校だ。
だが西浦はきっとそうじゃない。
何しろあの高島礼が連れて来た対戦相手なのだから。
そう考えると、何とも不気味だ。
しかも時折、試合中の歓声が聞こえてきて、ヒットが出たり点が入った気配は伝わって来る。
これで練習に集中しろというのも無理な話だ。
だからグラウンドに1人、部員が増えていることに気付くのが遅れた。
あれは、沢村か?
御幸は目を凝らして、外野を走る練習着を凝視した。
こちらのグラウンドでは、ノックの真っ最中。
その一番外側を走っているのは、沢村だ。
今日はBチームに加わって、調整のために先発したはずなのに。
どうして今、ここを走っているのだろう。
御幸はスポルディングサングラスに手をかけながら、その横顔に焦点を合わせた。
沢村は歯を食いしばって、今にも泣きだしそうな表情で、黙々と走っている。
よくも悪くも、この少年の表情はわかりやすいのだ。
つまり試合は、かなり不本意な内容だったのだろう。
昨晩感じた漠然とした不安は当たってしまったらしい。
「御幸、集中しろ!」
耳元で片岡の怒声が聞こえて、御幸は慌てて「すみません!」と叫んだ。
今御幸が何を見ていたか、何を考えていたかなど、お見通しだ。
御幸は今すぐ駆け寄ってやりたい気持ちをこらえて、目の前の練習に意識を向けた。
声をかけてやるのは夜になりそうだ。
まったくどうしてあいつから目を離せないんだ。
御幸は目の端をチラチラと動く沢村に心の中で悪態をついた。
これまで何人もの投手とバッテリーを組んだ。
マウンド上で彼らの力を存分に引き出し、最高のパフォーマンスをさせたという自負がある。
だがマウンド以外のところで、こんなに気になったのは沢村だけだ。
バカで真っ直ぐだから、困難にも正面からぶつかってしまう。
やりすごすということができないのだ。
落ち込んでも自分で立ち直る強さがあるのはわかっているが、気を揉んでしまう。
助けてやりたいと思ってしまう何かがあるのだ。
ったく勘弁してくれ。
御幸は秘かにため息をつきながら、外野を走る沢村を盗み見る。
するとあの西浦の投手が、沢村に駆け寄っていくのが見えた。
*****
「オレ、だいじょ、ぶ!」
三橋がしまりのない顔で「フヒ」と笑う。
この顔に見ているとこちらまで元気になってくるから、不思議だった。
Aチームがノックの練習をするグラウンドの外野を、沢村は黙々と走っていた。
本当は誰もいないところを走りたい。
だがメインのグラウンドでは試合中だし、それ以外の場所には試合に出ない部員が練習している。
まとまった距離を走れる場所はここしかなかった。
インコースをぶつけてしまった。
しかも投手の利き腕にだ。
まったく三橋のヤツ、何で投手のくせに右投げで左打ちなんだ。
沢村は心の中で何度もそう思った。
右投げ左打ちだと、打席に入った時、利き腕がもろに投手の方を向くのだ。
だけどさすがに口に出しては言わない。
なぜなら明らかに沢村の投球ミス、まだインコースのコントロールは定まらないのだ。
結局あの後、三橋は大事を取って、交代することになった。
おそらく三橋は沢村と違って、5回降板の予定ではなかったはずだ。
「あ?あ?あ?ぁぁ!」
思わず沢村の口から、盛大な自己嫌悪の呻きが出た。
ノックをしているAチームの面々から「うるせー!」と文句を言われるが、耳に入らない。
ただただ悔しくて、情けなかった。
だがそのときグラウンドの外から「さ、沢村、君!」と呼ぶ声が聞こえた。
2日間ですっかりおなじみになった吃音気味の声は、間違いなく三橋だ。
フワフワと髪を揺らしながら、三橋がトコトコとこちらに小走りでやって来た。
「三橋。ごめん。あのな」
「腕、シガポ、いや、先生に、診て、もらった!異常、ないって!」
「そう、か。よかった。」
「オレ、だいじょ、ぶ!」
三橋がしまりのない顔で「フヒ」と笑う。
この顔に見ているとこちらまで元気になってくるから、不思議だった。
多分沢村が落ち込んでいることに気が付いて、わざわざ教えに来てくれたのだろう。
沢村はホッと胸をなで下ろすと、心の底から「よかった!」と叫んだ。
「明日も、投げるのか?」
「うん。先生も、いいって!」
「一応、休んだ方が、よくないか?」
「でも、うち、部員、少ない。それに、Aチームだから、エース、オレ、投げるんだ!」
三橋の言葉に、沢村はドキリとした。
大事な試合には投げなければならない。
それが人数の少ないチームのエースの責任だ。
三橋にはちゃんとその自覚があるのだ。
同じ歳のこの小さなエースの気迫に負けていられない。
落ち込んでなんかいられない。
前を向いて、とにかく前進するのみだ。
そのとき試合をしているグラウンドから歓声が聞こえた。
どうやら試合が終わったようだ。
沢村と三橋は顔を見合わせると、歓声に向かって走り出した。
【続く】