狂ったモノ

【バラバラ自動人形(オートマタ)】

「そういうことか!」
浜田が唖然としながら、目の前の女たちを見た。
2人の女は顔を見合わせると、悪戯っぽく笑った。

阿部と三橋の結婚披露宴の1週間後。
浜田は田島、泉と共に、新婚家庭を訪れていた。
一見しただけで高価であることがわかる豪華なマンション。
阿部と三橋は同じマンションを新居としていたのだ。

最上階の奥の角部屋が三橋家、その真下の部屋が阿部家。
そういうことになっているが、それはあくまで表向きだ。
実際は上の部屋に阿部と三橋、下の部屋には新妻となった2人が住む。
彼らは新婚旅行もせずに、新生活をスタートさせていた。

それを知った浜田は驚きを通り越して、呆れた。
偽装のスケールが大きすぎる。
そこまでして世間を欺き、なおかつ自分たちの幸せを掴むのか。
その手段を選ばない傲慢さは、いっそ見事でさえある。

そしてそれ以上に、気になることがある。
阿部と三橋は自分たちの好きにしているのだから、まぁいい。
だけど彼女たちはどういう思いで、この結婚を受け入れたのだろう。
かつて一緒に野球部を応援した2人の女性は幸せなのか。

一緒に来た田島と泉は、真っ直ぐに阿部と三橋の部屋に行く。
だが浜田はその前に下の部屋を訪ねることにした。
彼女たちがどういう生活をしているのか見届けたかった。


「いらっしゃい、浜田さん!」
笑顔で出迎えてくれたのは、三橋夫人である旧姓小川美亜だ。
浜田は「久しぶり」と声をかけながら、部屋に上がる。
通されたリビングでは、阿部夫人である旧姓友井紋乃が動き回っていた。
テーブルの上には高級そうなティーカップと菓子。
来訪は事前に告げていたから、用意してくれていたのだろう。

「元気そうだね。」
浜田は豪華なソファに腰を下ろすと、部屋を見回した。
本当に彼女たちは元気そうに見えた。
年齢には不相応の高級マンション、オシャレな家具やインテリア。
その中で暮らす彼女たちの表情は、思いのほか明るい。

「もしかして、利用されて暗く沈んでるって思いました?」
美亜は浜田の正面に座りながら、悪戯っぽい笑顔を見せた。
紋乃がごく自然にその横に座る。
その距離が異様に近いことに、浜田は奇妙な違和感を覚えた。
これは、まさか。
違和感の理由を想像した浜田の表情が凍る。

「私たちも恋愛してるんです。」
美亜は浜田の顔色を読んで、そう言った。
すると紋乃が美亜に自分の腕をからませ、そっと身体を預ける。
長身の美亜に紋乃が甘える様子は絵にならないこともない。
つまり彼女たちも同性同士で恋をしており、偽装結婚は渡りに舟だったということだ。

「そういうことか!」
浜田が唖然としながら、目の前の女たちを見た。
2人の女は顔を見合わせると、悪戯っぽく笑った。


「浜田は下に寄ってから、来るってよ。」
泉は持参したケーキの箱を三橋に渡しながら、無造作に部屋に上がりこんだ。
田島もまったく自然な足取りで、その後に続く。
2人とも豪華なマンションに特に恐縮する素振りはまったくなかった。

浜田が、元チアリーダーの2人と話をしている頃、田島と泉はその真上にいた。
表向きは三橋夫妻の部屋だが、実は三橋と阿部の愛の巣だ。
田島と泉の興味は、もっぱら弟分の三橋だった。
偽装結婚には正直言って、賛同しかねる気持ちはある。
だが結局、三橋が幸せになれるならいいのだと思う。

「よくこんな部屋、見つけたよな。」
田島がどっかりとソファに腰を下ろすと、率直な感想を述べた。
泉もその横に座りながら「確かに」と呟く。
三橋の職場である三星学園へも、阿部の実家兼父親の会社へも通える場所。
しかもそこそこ豪華で新しく、上下の2部屋が開いている。
そんな物件が見つかったのは、奇跡のような確率だろう。

「愛の力ってやつ?」
「そう、だね!」
阿部と三橋が、照れることなく惚気ている。
泉は小さく「このバカップル!」と文句を言った。

三橋が手土産のケーキを見ながら、目を輝かせている。
阿部はそんな三橋を見ながら、湯を沸かし、カップを並べている。
ごくごく自然な若夫婦の光景に見える。両方とも男でなければ。


「下の2人は、何してるんだ?」
泉がケーキを食べながら、ふとそう聞いた。
仮にも友人の妻を「下の2人」などと表現するのは、少々不躾な気がする。
だが高校時代もそれほど親しく口を聞いたこともないし、呼び方がわからなかった。

「ハマちゃんと、話?」
「違う。普段何してるのかと思って。仕事とか。」
今浜田と話していることは、聞かなくてもわかる。
見事に的外れな三橋の答えに、泉は苦笑した。

「2人とも会社勤めだったよな?何て会社だったっけ?」
「あれ?辞めた、んじゃ、なかった?」
阿部がチョコレートケーキを食べながら、聞く。
三橋はショートケーキの苺を齧りながら、さらに質問を重ねた。

「そんなでいいのか?偽装でもゲンミツに嫁だろ?」
田島もさすがに咎めるような声色だ。
泉も思わず頷いてしまう。
仮にも自分たちの妻、しかも結婚したばかりの新妻なのだ。
もう少し興味を持ってもいいのではないか。
だがその瞬間、ドアフォンの音が響いた。
三橋が「ハマちゃん、かな?」と立ち上がり、玄関に向かった。

「三橋!元気だった~?」
程なくして、玄関から浜田の声が聞こえる。
その明るい声に泉と田島は顔を見合わせて、笑顔になった。
新妻2人はそれなりに幸せそうだったのだろう。
浜田の様子から、それが読み取れた。


「美味しそう♪」
遅れて現れた浜田の前に、阿部がチーズケーキの皿を置く。
そして三橋がその横に紅茶のカップを置いた。

「美亜ちゃんと紋乃ちゃんも、元気そうだね。」
浜田がケーキにフォークを入れながら、そう言った。
さり気なさを装っているが、確信犯だ。
泉と田島に彼女たちの様子を伝える。
そして三橋と阿部に少々の皮肉を込めたつもりだった。

「もしかしてあいつら、自分たちも恋愛中とか言ってた?」
阿部がそんな浜田の心を見透かしたように、告げる。
浜田はスプーンを置くと「違うの?」と聞き返した。
田島と泉も驚き、カップを持つ手が止まっている。

「まぁよくもそんな大嘘を」
阿部が吐き捨てると、三橋が「まぁ、まぁ」と諌めた。
楽しかった雰囲気が一瞬で凍りつく。
すると三橋が「ハマちゃん、騙された!」と微笑した。
三橋にすれば、場を和ませるつもりだったのだろう。
だがそれはむしろ不気味さを増す効果を生んだ。

三橋、阿部、美亜、紋乃。
よく知っていたはずの4人なのに。
何かが違う、狂っているような気がする。
そう思うとこの広い高級マンションも、作り物じみて見えてきた。
さながら豪華な舞台セットの中で、バラバラに踊る人形のようだ。

浜田は心に浮かんだ想像を振り払うように、紅茶のカップを取った。
だが安いティーバックに慣れた浜田の口には、高級な紅茶の香りは合わなかった。

【続く】
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