狂ったモノ
【狂気の凶器】
「豪華だね。すごい!」
会場を見回した篠岡は、感嘆の声を上げた。
今日は艶やかなドレス姿で、髪もメイクもパーティ用に装っている。
水谷は「そうだね」と答えたが、いつもと違う篠岡に見蕩れて上の空だった。
ここは有名ホテルのパーティホール。
もうすぐ結婚披露宴が始まろうとしている。
水谷、篠岡を含めた西浦高校野球部の初代メンバーは、全員が揃っていた。
彼らが卒業して数年、もうすぐ20代の折り返し地点。
野球部卒業生の結婚は、今回が初めてだった。
「やっぱりおうちのことがあると、派手になるんだね。」
部員たちは隅のテーブルの一角に固められている。
篠岡は決められた席から、会場を見回しながらそう言った。
このホテルは老舗の超高級な場所だ。
その中でも一番広いホールを使用している。
招待客の多さや調度品の豪華さなどから、金のかかった披露宴なのだとわかる。
本日結婚するのは、祖父が大きな名門の学校の理事長、または父親が会社経営。
とにかく家の権力を示すべく、そこそこ立派な披露宴にせざるを得ないのだ。
招待客も年配の者が多い。
結婚する彼らの実家の家業の関係者ばかりなのだ。
「幸せになるよね、きっと!」
篠岡は満面の笑顔で、そう言った。
水谷はその美しさに頬を緩ませながら、またもや上の空で頷いていた。
「知らないって平和でいいよね。」
栄口は花井の耳元に口を寄せると、そっと囁いた。
花井は上機嫌の2人、篠岡と水谷をチラリと見る。
だがすぐに深々とため息をついてしまった。
これから行なわれる結婚披露宴の主役は、三橋廉と阿部隆也。
かつてバッテリーを組んでいた2人だ。
だがもちろん男同士の2人が結婚できるはずがない。
2人はそれぞれ別の相手と結婚する。
その披露宴を、合同で行なうのだ。
招待状を受け取ったとき、部員たちはみな悪い冗談だと思った。
阿部と三橋には、高校時代から他の部員たちとは違う怪しい親密さがあった。
卒業した後、恋人として付き合い始めたと知った部員たちは、大いに祝福した。
普通だったら気持ちが悪いと思うものなのだろう。
だが三橋と阿部ならむしろそれが自然に思えた。
それなのに別の相手と結婚し、合同で披露宴だなんて。
それぞれの結婚相手の名も、一同を驚かせた。
三橋の相手が小川美亜、阿部の相手が友井紋乃。
2人とも高校時代、試合の度に応援してくれたチアリーダーだ。
阿部や三橋が高校時代、この2人と仲良かった記憶なんてない。
むしろほとんど口を聞いたことなどなかったのではなかろうか。
この披露宴の数日前、花井と栄口は阿部と三橋を呼び出した。
表向きの名目は結婚祝いの食事会。
本当の目的は、この狂気の沙汰とも言える結婚の理由を聞きだすためだ。
そしてそこで壮大な茶番劇の真相を聞かされたのだった。
「偽装結婚!?」
栄口は思わず大きな声で叫んでいた。
慌てて周囲をキョロキョロと見回す。
だが繁華街の居酒屋はほぼ満席状態の賑わいで、他の客は気にも留めていない。
「まぁ結婚しないと親がうるさいから。」
「うちは、ジィちゃん、うるさい。」
阿部と三橋は、生ビールのジョッキをグイグイあおりながら事情を説明した。
2人とも飲みっぷり同様、単純明快だった。
阿部と三橋はごく自然に、寄り添うように並んで座っている。
2人の関係はまったく変わっていないようだ。
阿部は甲斐甲斐しく三橋に料理を取り分けている。
それにもう確認などしないが、テーブルの下で手を繋いでいるようだ。
見ている方が恥ずかしくなるほど、ラブラブモード全開。
それなのに別々の相手と結婚するなんて。
「最近、お見合い写真、いっぱい来るんだ。このままじゃ、結婚、させられる。」
三橋は鶏の唐揚げを頬張りながら、説明してくれる。
大学を卒業した後、三橋は祖父の経営する学校で働いている。
教師ではなく、事務職だ。
ゆくゆくは学校を継ぐことになるらしい。
そうなると結婚も早いうちがいいと、とにかく矢のように縁談が持ち込まれるらしい。
「俺んトコもお得意さんに、会うだけ会ってみろなんて結構あるぜ。」
モグモグと枝豆を食べながら、阿部は恨めしそうだ。
阿部も父親の会社で働いており、自他共に認める跡取りだ。
だから健康を気遣い、遺伝的に太りやすい体質なので野菜を選んで食べている。
恨めしいのは次期社長の重責か、肉をモリモリ食べている三橋か。
「つまり友井と小川が好きとかそういう気持ちは?」
花井が確認するように聞くと、阿部も三橋も首を振った。
阿部に至っては「まさか」と鼻で笑う始末だ。
これにはさすがの花井も少々腹が立った。
そんな花井の顔色を読んだ阿部がこれ見よがしにため息をついた。
「普通なら親に俺らのことを言うさ。わかってもらえないなら勘当されてもいい。」
「それくらいの覚悟はあるなら。。。」
「家が商売やってると差し障るんだ。跡継ぎがホモなんて下手すると潰れるぜ?」
「だからって偽装結婚って」
阿部の説明に、花井の反論は弱々しい。
三橋に「学校は、もっと深刻、だ!」とダメ押しされると、もう言葉が出なかった。
それを見て今度は栄口が口を開いた。
「お前らはいいだろうけど、友井と小川の気持ちは?」
「言っとくけど、別にあいつらを騙したわけじゃないぜ?」
阿部はその問いにも冷静に答えを返してきた。
決して欺いたわけではない。
彼女たちは事情を知った上で、この偽装結婚に同意した。
戸籍の上だけの仮初めの夫婦になることを決断したのだ。
もちろん彼女たちにも事情がある。
だからこんな馬鹿げた状況を受け入れたのだ。
だがその事情については、三橋も阿部も話してくれなかった。
花井と栄口は阿部と三橋の友人であって、彼女たちと親しいわけではないからだ。
偽装結婚などと理不尽なことをしようとしているくせに、変なところで義理堅い。
事情を理解した花井と栄口は、微妙な気分だった。
どうしても素直におめでとうとは言えない。
それでも結婚披露宴には出席することにした。
偽装でも何でも、とにかく阿部と三橋の人生の節目を見届ける。
それが友人としての義務だと思ったのだ。
「それでは新郎新婦の入場です!」
司会者の声がスピーカーを通して、会場に響き渡った。
ホールの照明が落とされ、入場口の扉にスポットライトが当たる。
そして2組の夫婦が音楽と共に、静かに腕を組んで入場した。
事情を知らなければ、それはステキな光景だっただろう。
阿部と三橋の羽織袴姿はまぁまぁ様になっている。
花嫁たちの内掛け姿も綺麗だった。
何よりも高校時代に共に甲子園を目指したバッテリーとチアリーダーのカップル。
その設定が2組のカップルに花を添えている。
披露宴は特に問題もなく、順調に進んでいく。
スピーチがことごとくつまらないのは、ご愛嬌だ。
とにかく三橋の祖父や阿部の父の仕事の関係者ばかり、会社のPR大会なのだ。
だがそれは双方の家の裕福さを示している。
そしてウェディングケーキ入刀になった。
最初のお色直しを済ませ、新郎2人はタキシード、新婦2人はウエディングドレス。
ごくごく普通に微笑んでいる4人を見ていると、偽装結婚なんて嘘のようだ。
司会者が「カメラをお持ちの方はどうぞ前へ」と告げている。
花井も栄口もスマートフォンのカメラを起動させながら、4人に近づいた。
後日、このとき撮影した画像を確認した花井は背筋が寒くなった。
2組のカップルは概ね笑っているが、よくよく見るとどこかぎこちない。
それどころか所々で、相手のカップルを睨みつけているようなものがあるのだ。
例えば阿部が三橋の妻になった小川美亜を、阿部の妻になった友井紋乃が三橋を。
まるで敵でも見るような目で、見ていたりする。
その表情で、ケーキ入刀用の長いナイフを持っているのは、かなり怖い。
狂気の凶器。
ふとそんな言葉が頭に浮かぶ。
世間体のために、愛情もないのに夫婦になった彼らは幸せなのだろうか?
【続く】
「豪華だね。すごい!」
会場を見回した篠岡は、感嘆の声を上げた。
今日は艶やかなドレス姿で、髪もメイクもパーティ用に装っている。
水谷は「そうだね」と答えたが、いつもと違う篠岡に見蕩れて上の空だった。
ここは有名ホテルのパーティホール。
もうすぐ結婚披露宴が始まろうとしている。
水谷、篠岡を含めた西浦高校野球部の初代メンバーは、全員が揃っていた。
彼らが卒業して数年、もうすぐ20代の折り返し地点。
野球部卒業生の結婚は、今回が初めてだった。
「やっぱりおうちのことがあると、派手になるんだね。」
部員たちは隅のテーブルの一角に固められている。
篠岡は決められた席から、会場を見回しながらそう言った。
このホテルは老舗の超高級な場所だ。
その中でも一番広いホールを使用している。
招待客の多さや調度品の豪華さなどから、金のかかった披露宴なのだとわかる。
本日結婚するのは、祖父が大きな名門の学校の理事長、または父親が会社経営。
とにかく家の権力を示すべく、そこそこ立派な披露宴にせざるを得ないのだ。
招待客も年配の者が多い。
結婚する彼らの実家の家業の関係者ばかりなのだ。
「幸せになるよね、きっと!」
篠岡は満面の笑顔で、そう言った。
水谷はその美しさに頬を緩ませながら、またもや上の空で頷いていた。
「知らないって平和でいいよね。」
栄口は花井の耳元に口を寄せると、そっと囁いた。
花井は上機嫌の2人、篠岡と水谷をチラリと見る。
だがすぐに深々とため息をついてしまった。
これから行なわれる結婚披露宴の主役は、三橋廉と阿部隆也。
かつてバッテリーを組んでいた2人だ。
だがもちろん男同士の2人が結婚できるはずがない。
2人はそれぞれ別の相手と結婚する。
その披露宴を、合同で行なうのだ。
招待状を受け取ったとき、部員たちはみな悪い冗談だと思った。
阿部と三橋には、高校時代から他の部員たちとは違う怪しい親密さがあった。
卒業した後、恋人として付き合い始めたと知った部員たちは、大いに祝福した。
普通だったら気持ちが悪いと思うものなのだろう。
だが三橋と阿部ならむしろそれが自然に思えた。
それなのに別の相手と結婚し、合同で披露宴だなんて。
それぞれの結婚相手の名も、一同を驚かせた。
三橋の相手が小川美亜、阿部の相手が友井紋乃。
2人とも高校時代、試合の度に応援してくれたチアリーダーだ。
阿部や三橋が高校時代、この2人と仲良かった記憶なんてない。
むしろほとんど口を聞いたことなどなかったのではなかろうか。
この披露宴の数日前、花井と栄口は阿部と三橋を呼び出した。
表向きの名目は結婚祝いの食事会。
本当の目的は、この狂気の沙汰とも言える結婚の理由を聞きだすためだ。
そしてそこで壮大な茶番劇の真相を聞かされたのだった。
「偽装結婚!?」
栄口は思わず大きな声で叫んでいた。
慌てて周囲をキョロキョロと見回す。
だが繁華街の居酒屋はほぼ満席状態の賑わいで、他の客は気にも留めていない。
「まぁ結婚しないと親がうるさいから。」
「うちは、ジィちゃん、うるさい。」
阿部と三橋は、生ビールのジョッキをグイグイあおりながら事情を説明した。
2人とも飲みっぷり同様、単純明快だった。
阿部と三橋はごく自然に、寄り添うように並んで座っている。
2人の関係はまったく変わっていないようだ。
阿部は甲斐甲斐しく三橋に料理を取り分けている。
それにもう確認などしないが、テーブルの下で手を繋いでいるようだ。
見ている方が恥ずかしくなるほど、ラブラブモード全開。
それなのに別々の相手と結婚するなんて。
「最近、お見合い写真、いっぱい来るんだ。このままじゃ、結婚、させられる。」
三橋は鶏の唐揚げを頬張りながら、説明してくれる。
大学を卒業した後、三橋は祖父の経営する学校で働いている。
教師ではなく、事務職だ。
ゆくゆくは学校を継ぐことになるらしい。
そうなると結婚も早いうちがいいと、とにかく矢のように縁談が持ち込まれるらしい。
「俺んトコもお得意さんに、会うだけ会ってみろなんて結構あるぜ。」
モグモグと枝豆を食べながら、阿部は恨めしそうだ。
阿部も父親の会社で働いており、自他共に認める跡取りだ。
だから健康を気遣い、遺伝的に太りやすい体質なので野菜を選んで食べている。
恨めしいのは次期社長の重責か、肉をモリモリ食べている三橋か。
「つまり友井と小川が好きとかそういう気持ちは?」
花井が確認するように聞くと、阿部も三橋も首を振った。
阿部に至っては「まさか」と鼻で笑う始末だ。
これにはさすがの花井も少々腹が立った。
そんな花井の顔色を読んだ阿部がこれ見よがしにため息をついた。
「普通なら親に俺らのことを言うさ。わかってもらえないなら勘当されてもいい。」
「それくらいの覚悟はあるなら。。。」
「家が商売やってると差し障るんだ。跡継ぎがホモなんて下手すると潰れるぜ?」
「だからって偽装結婚って」
阿部の説明に、花井の反論は弱々しい。
三橋に「学校は、もっと深刻、だ!」とダメ押しされると、もう言葉が出なかった。
それを見て今度は栄口が口を開いた。
「お前らはいいだろうけど、友井と小川の気持ちは?」
「言っとくけど、別にあいつらを騙したわけじゃないぜ?」
阿部はその問いにも冷静に答えを返してきた。
決して欺いたわけではない。
彼女たちは事情を知った上で、この偽装結婚に同意した。
戸籍の上だけの仮初めの夫婦になることを決断したのだ。
もちろん彼女たちにも事情がある。
だからこんな馬鹿げた状況を受け入れたのだ。
だがその事情については、三橋も阿部も話してくれなかった。
花井と栄口は阿部と三橋の友人であって、彼女たちと親しいわけではないからだ。
偽装結婚などと理不尽なことをしようとしているくせに、変なところで義理堅い。
事情を理解した花井と栄口は、微妙な気分だった。
どうしても素直におめでとうとは言えない。
それでも結婚披露宴には出席することにした。
偽装でも何でも、とにかく阿部と三橋の人生の節目を見届ける。
それが友人としての義務だと思ったのだ。
「それでは新郎新婦の入場です!」
司会者の声がスピーカーを通して、会場に響き渡った。
ホールの照明が落とされ、入場口の扉にスポットライトが当たる。
そして2組の夫婦が音楽と共に、静かに腕を組んで入場した。
事情を知らなければ、それはステキな光景だっただろう。
阿部と三橋の羽織袴姿はまぁまぁ様になっている。
花嫁たちの内掛け姿も綺麗だった。
何よりも高校時代に共に甲子園を目指したバッテリーとチアリーダーのカップル。
その設定が2組のカップルに花を添えている。
披露宴は特に問題もなく、順調に進んでいく。
スピーチがことごとくつまらないのは、ご愛嬌だ。
とにかく三橋の祖父や阿部の父の仕事の関係者ばかり、会社のPR大会なのだ。
だがそれは双方の家の裕福さを示している。
そしてウェディングケーキ入刀になった。
最初のお色直しを済ませ、新郎2人はタキシード、新婦2人はウエディングドレス。
ごくごく普通に微笑んでいる4人を見ていると、偽装結婚なんて嘘のようだ。
司会者が「カメラをお持ちの方はどうぞ前へ」と告げている。
花井も栄口もスマートフォンのカメラを起動させながら、4人に近づいた。
後日、このとき撮影した画像を確認した花井は背筋が寒くなった。
2組のカップルは概ね笑っているが、よくよく見るとどこかぎこちない。
それどころか所々で、相手のカップルを睨みつけているようなものがあるのだ。
例えば阿部が三橋の妻になった小川美亜を、阿部の妻になった友井紋乃が三橋を。
まるで敵でも見るような目で、見ていたりする。
その表情で、ケーキ入刀用の長いナイフを持っているのは、かなり怖い。
狂気の凶器。
ふとそんな言葉が頭に浮かぶ。
世間体のために、愛情もないのに夫婦になった彼らは幸せなのだろうか?
【続く】
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