アイスクリームで6題
【チョコミントで約束】
『本日のメニューはチョコミントで約束、ゲストは。。。』
テレビの中から女子アナの声が聞こえる。
私じゃなくても、アイス縛りは続くのか。
瑠里はテレビ画面を見ながら、ぼんやりとそう思った。
スポーツニュースの生放送の日、瑠里は自宅マンションにいた。
写真週刊誌に叶修悟の「密会写真」が載ったことが原因だった。
上司に「しばらくは自宅待機だ」と言い渡された。
だからこうして自宅マンションにじっと身を潜めている。
まったく理不尽だと思う。
あの日は同窓会の日であり、叶とは断じて「密会」したわけではない。
直前まで他の友人たちも一緒にいたことは、ちょっと調べればわかることだ。
叶とは一緒に歩いていただけで、別にキスなどをしたわけでもなければ、一緒に泊まったわけでもない。
ただ撮られた写真が叶が瑠里の肩に手を回しているというのがまずかった。
瑠里はあの日、少々酒を飲みすぎたために足元がふらついていたのだ。
心配した叶は転ばないようにと、瑠里の肩を支えてくれていたのだ。
写真週刊誌が出ると連絡があったその日、上司に呼び出された瑠里は当然そのことを言った。
だが上司は取り合わなかった。
事実でも誤解でも、そんなことは関係ない。
そういう風に見える写真が出回ったことが、もうアウトなのだと言われた。
瑠里を呼び出したのは、言い分を聞くためではない。
処分はすでに決められており、それを言い渡すためだったのだ。
「センパイ、かわいそう」
瑠里はポツリと呟くと、テレビ画面に冷笑を向けた。
本来瑠里がするはずだったインタビュアー役をしているのは、瑠里を目の敵にしていた先輩女子アナだ。
瑠里からすると随分先輩で、年齢は10歳以上も年上だ。
アイスクリーム云々は、瑠里でさえいい歳して恥ずかしいと思う。
この先輩が口にするのは、相当勇気がいるのではなかろうか?
そう思うと少しだけ気分がよくなることに、瑠里はため息をついた。
女子アナになって、どんどん性格が悪くなっているような気がする。
それにしても憎まれたものだと思う。
叶とのことは聞かれれば「何もない」と答えるし、それが真実だ。
だが仮にそれを信じてもらえなくても、別に問題もないだろう。
瑠里は別にアイドルでも何でもないのだ。
成人を過ぎた女が誰と会おうと、恋をしようと関係ないと思う。
事実プロ野球選手と恋愛したり、結婚する女子アナは決して少なくないのだし。
「やっぱり日頃の態度が悪いのかな。」
瑠里はまた1人でポツリと呟いた。
日頃から尖がっていたという自覚はある。
ムダに女性を強調するような物言いは嫌った。
野球選手と相対する時はなおさら、野球に関する質問だけしたいと主張した。
アイスクリーム云々という馬鹿馬鹿しい縛りも、最後まで嫌だと言い張った。
他の女子アナが瑠里を敵視することがあれば、受けて立った。
決して回りにケンカを売ったつもりはないが、自分を曲げてまで従うことはしなかった。
そもそも廉の存在がなければ、瑠里がテレビ局に入社できたかどうかもあやしい。
そのことと日頃の態度から、社内で嫌われていたことは間違いない。
だからこんなことになっても、会社からかばってもらえないのだと思う。
『ゲストは、千葉マリナーズの高見樹選手です~』
それでも自分の仕事はちゃんとしたい。
自分は出演していなくても、このコーナーはちゃんとチェックしなくては。
そう思って、腹が立つのを我慢してテレビを見ていた瑠里は「あれ?」と声を上げた。
予定のゲストと違う。
今日出演するはずだった人物は、野球選手ではなくスタッフ、いわば裏方だ。
だが彼の野球観は優れており、面白い意見が聞けるはずだった。
瑠里はとりあえずテレビに集中した。
この先輩女子アナのことは決して好きにはなれないが、尊敬すべき点は多々あると思う。
急に出演することになって、しかもゲストも急に変更されているのに、そつがない。
ドタバタした慌てた様子もなく、余裕たっぷりだ。
野球の質問はほどほどに、女性らしさを強調して「彼女はいますか?」なんて聞いてる。
野球の話を聞きたい視聴者のための質問もする。
そして女子アナにアイドル的要素を求める視聴者のために、媚を売ることだってする。
彼女はまさにプロの女子アナだ。
強かな性格を隠して、かわいらしく馬鹿っぽく自分を演出する。
この業界で10年以上も君臨するために培った立派な技術だ。
「ここまで割り切って演じられたらいいんだろうけど」
瑠里はまた1人で呟いてしまう。
独り言が増えているのは落ち込んでいるせいだ。
何かしたいのに、出来ることがないのは本当につらい。
『それではCMの後は、明日のお天気です。』
テレビの中の先輩女子アナが、コーナーの終わりを告げる。
瑠里はそれと同時に、リモコンでテレビのスイッチを切った。
このまま不貞寝してしまおうか。
だが今夜は眠れないかもしれない。
そんなことを思っていた瑠里は、テーブルの上の携帯電話が点滅していることに気がついた。
「メールだ」
瑠里はまたポツリと呟きながら、携帯電話を手に取った。
携帯電話はずっとマナーモードにしていたので気が付かなかったのだ。
写真週刊誌が発売されてから、一番困ったのは電話とメールだった。
もちろん心配してくれる親族や友人からのものもある。
だがほとんどは興味本位なものだった。
大して親しくもない知人や、取材目的のマスコミなど。
中には視聴者を名乗る知らない人からの誹謗中傷もあった。
まったくどこで番号を知るのだろう。
局の名簿には載せているから、そこからバレているとしか思えない。
瑠里は携帯電話を開いて、メールをチェックする。
明らかに知らない宛先のものは、片っ端から削除。
知っている宛先のものを、順に開いていた。
『無神経に肩を抱いたりして悪かった。』
一番最新は叶からのメールだ。
迷惑をかけているのはこっちなのに、叶らしいメールだと思う。
「私こそ迷惑をかけてゴメン。こっちは大丈夫だから。っと送信。」
瑠里はすかさず返信すると、次のメールを開く。
『気にせず頑張れ!』と田島。
『今回はドジったな。次は気をつけろ!』と榛名。
かつて瑠里のコーナーに出演してくれた2人の励ましに瑠里も思わず笑顔になる。
『絶対に負けるな!』
次に廉からのメールを見て、瑠里は苦笑した。
中学時代は励ます役は瑠里の方だったのに、逆転してしまった。
「レンレンのくせに生意気」と言いながら、これにも返事を送信する。
『番組出演は三橋さんが復帰してからにします。』
これは本来今日ゲストで出演するはずだった人物からだ。
廉からよく話は聞くものの、実はあまり話したことはない。
それでも心のこもったメールに、瑠里の心もあたたかくなるような気がする。
最後のメールは実家の父親からだった。
娘の色恋沙汰の話を、親はどう思うのだろう。
瑠里は身構えながら、そのメールを開く。
『世間は騒いでいるようだが、大丈夫か』
父親のメールは祖父母や母も会いたがっているから、落ち着いたら実家に顔を出せと続いていた。
大丈夫かとだけ聞かれたメールに瑠里は申し訳ない気持ちになった。
本当はあの記事は本当なのかと聞きたいだろうに。
ただ大丈夫かとだけ聞いて、瑠里の心配をしてくれているのだ。
そして父のメールを読み進めた瑠里は、思わず手を止める。
『局の上の人間に話を通すこともできるが、どうする?』
予想もしない内容に、瑠里は固まった。
今回の件の収束に力を貸せるけど、手を回した方がいいのかと聞いている。
おそらくは父というよりは、祖父の人脈だろう。
女子アナになれたのは廉の力。
そして窮地になったら助けてくれるのは祖父や父の力だ。
それなら瑠里自身の価値はどこにあるのだろう。
何と返信していいかわからず、瑠里は携帯電話の画面をじっと見ていた。
【続く】
『本日のメニューはチョコミントで約束、ゲストは。。。』
テレビの中から女子アナの声が聞こえる。
私じゃなくても、アイス縛りは続くのか。
瑠里はテレビ画面を見ながら、ぼんやりとそう思った。
スポーツニュースの生放送の日、瑠里は自宅マンションにいた。
写真週刊誌に叶修悟の「密会写真」が載ったことが原因だった。
上司に「しばらくは自宅待機だ」と言い渡された。
だからこうして自宅マンションにじっと身を潜めている。
まったく理不尽だと思う。
あの日は同窓会の日であり、叶とは断じて「密会」したわけではない。
直前まで他の友人たちも一緒にいたことは、ちょっと調べればわかることだ。
叶とは一緒に歩いていただけで、別にキスなどをしたわけでもなければ、一緒に泊まったわけでもない。
ただ撮られた写真が叶が瑠里の肩に手を回しているというのがまずかった。
瑠里はあの日、少々酒を飲みすぎたために足元がふらついていたのだ。
心配した叶は転ばないようにと、瑠里の肩を支えてくれていたのだ。
写真週刊誌が出ると連絡があったその日、上司に呼び出された瑠里は当然そのことを言った。
だが上司は取り合わなかった。
事実でも誤解でも、そんなことは関係ない。
そういう風に見える写真が出回ったことが、もうアウトなのだと言われた。
瑠里を呼び出したのは、言い分を聞くためではない。
処分はすでに決められており、それを言い渡すためだったのだ。
「センパイ、かわいそう」
瑠里はポツリと呟くと、テレビ画面に冷笑を向けた。
本来瑠里がするはずだったインタビュアー役をしているのは、瑠里を目の敵にしていた先輩女子アナだ。
瑠里からすると随分先輩で、年齢は10歳以上も年上だ。
アイスクリーム云々は、瑠里でさえいい歳して恥ずかしいと思う。
この先輩が口にするのは、相当勇気がいるのではなかろうか?
そう思うと少しだけ気分がよくなることに、瑠里はため息をついた。
女子アナになって、どんどん性格が悪くなっているような気がする。
それにしても憎まれたものだと思う。
叶とのことは聞かれれば「何もない」と答えるし、それが真実だ。
だが仮にそれを信じてもらえなくても、別に問題もないだろう。
瑠里は別にアイドルでも何でもないのだ。
成人を過ぎた女が誰と会おうと、恋をしようと関係ないと思う。
事実プロ野球選手と恋愛したり、結婚する女子アナは決して少なくないのだし。
「やっぱり日頃の態度が悪いのかな。」
瑠里はまた1人でポツリと呟いた。
日頃から尖がっていたという自覚はある。
ムダに女性を強調するような物言いは嫌った。
野球選手と相対する時はなおさら、野球に関する質問だけしたいと主張した。
アイスクリーム云々という馬鹿馬鹿しい縛りも、最後まで嫌だと言い張った。
他の女子アナが瑠里を敵視することがあれば、受けて立った。
決して回りにケンカを売ったつもりはないが、自分を曲げてまで従うことはしなかった。
そもそも廉の存在がなければ、瑠里がテレビ局に入社できたかどうかもあやしい。
そのことと日頃の態度から、社内で嫌われていたことは間違いない。
だからこんなことになっても、会社からかばってもらえないのだと思う。
『ゲストは、千葉マリナーズの高見樹選手です~』
それでも自分の仕事はちゃんとしたい。
自分は出演していなくても、このコーナーはちゃんとチェックしなくては。
そう思って、腹が立つのを我慢してテレビを見ていた瑠里は「あれ?」と声を上げた。
予定のゲストと違う。
今日出演するはずだった人物は、野球選手ではなくスタッフ、いわば裏方だ。
だが彼の野球観は優れており、面白い意見が聞けるはずだった。
瑠里はとりあえずテレビに集中した。
この先輩女子アナのことは決して好きにはなれないが、尊敬すべき点は多々あると思う。
急に出演することになって、しかもゲストも急に変更されているのに、そつがない。
ドタバタした慌てた様子もなく、余裕たっぷりだ。
野球の質問はほどほどに、女性らしさを強調して「彼女はいますか?」なんて聞いてる。
野球の話を聞きたい視聴者のための質問もする。
そして女子アナにアイドル的要素を求める視聴者のために、媚を売ることだってする。
彼女はまさにプロの女子アナだ。
強かな性格を隠して、かわいらしく馬鹿っぽく自分を演出する。
この業界で10年以上も君臨するために培った立派な技術だ。
「ここまで割り切って演じられたらいいんだろうけど」
瑠里はまた1人で呟いてしまう。
独り言が増えているのは落ち込んでいるせいだ。
何かしたいのに、出来ることがないのは本当につらい。
『それではCMの後は、明日のお天気です。』
テレビの中の先輩女子アナが、コーナーの終わりを告げる。
瑠里はそれと同時に、リモコンでテレビのスイッチを切った。
このまま不貞寝してしまおうか。
だが今夜は眠れないかもしれない。
そんなことを思っていた瑠里は、テーブルの上の携帯電話が点滅していることに気がついた。
「メールだ」
瑠里はまたポツリと呟きながら、携帯電話を手に取った。
携帯電話はずっとマナーモードにしていたので気が付かなかったのだ。
写真週刊誌が発売されてから、一番困ったのは電話とメールだった。
もちろん心配してくれる親族や友人からのものもある。
だがほとんどは興味本位なものだった。
大して親しくもない知人や、取材目的のマスコミなど。
中には視聴者を名乗る知らない人からの誹謗中傷もあった。
まったくどこで番号を知るのだろう。
局の名簿には載せているから、そこからバレているとしか思えない。
瑠里は携帯電話を開いて、メールをチェックする。
明らかに知らない宛先のものは、片っ端から削除。
知っている宛先のものを、順に開いていた。
『無神経に肩を抱いたりして悪かった。』
一番最新は叶からのメールだ。
迷惑をかけているのはこっちなのに、叶らしいメールだと思う。
「私こそ迷惑をかけてゴメン。こっちは大丈夫だから。っと送信。」
瑠里はすかさず返信すると、次のメールを開く。
『気にせず頑張れ!』と田島。
『今回はドジったな。次は気をつけろ!』と榛名。
かつて瑠里のコーナーに出演してくれた2人の励ましに瑠里も思わず笑顔になる。
『絶対に負けるな!』
次に廉からのメールを見て、瑠里は苦笑した。
中学時代は励ます役は瑠里の方だったのに、逆転してしまった。
「レンレンのくせに生意気」と言いながら、これにも返事を送信する。
『番組出演は三橋さんが復帰してからにします。』
これは本来今日ゲストで出演するはずだった人物からだ。
廉からよく話は聞くものの、実はあまり話したことはない。
それでも心のこもったメールに、瑠里の心もあたたかくなるような気がする。
最後のメールは実家の父親からだった。
娘の色恋沙汰の話を、親はどう思うのだろう。
瑠里は身構えながら、そのメールを開く。
『世間は騒いでいるようだが、大丈夫か』
父親のメールは祖父母や母も会いたがっているから、落ち着いたら実家に顔を出せと続いていた。
大丈夫かとだけ聞かれたメールに瑠里は申し訳ない気持ちになった。
本当はあの記事は本当なのかと聞きたいだろうに。
ただ大丈夫かとだけ聞いて、瑠里の心配をしてくれているのだ。
そして父のメールを読み進めた瑠里は、思わず手を止める。
『局の上の人間に話を通すこともできるが、どうする?』
予想もしない内容に、瑠里は固まった。
今回の件の収束に力を貸せるけど、手を回した方がいいのかと聞いている。
おそらくは父というよりは、祖父の人脈だろう。
女子アナになれたのは廉の力。
そして窮地になったら助けてくれるのは祖父や父の力だ。
それなら瑠里自身の価値はどこにあるのだろう。
何と返信していいかわからず、瑠里は携帯電話の画面をじっと見ていた。
【続く】