アイスクリームで6題
【ストロベリィの微笑み】
「本日のメニューは。。。何だっけ?」
「ストロベリィの微笑み」
瑠里は話を振ってきたかつてのクラスメイトに仏頂面でそう答えた。
今日は母校である三星学園の同窓会。
クラス会は何度もあったが、今回は同じ学年の卒業生が集まる大規模な会だ。
これだけ大人数が一度に集まったのは、卒業して以来初めてのことだろう。
場所も居酒屋やレストランなどではなく、ホテルの宴会場だ。
瑠里はそこで、懐かしい旧友たちと楽しい時間を過ごしていた。
それにしてもやはりテレビの影響力は絶大だ。
元々在学中から、瑠里は校内では顔を知られた存在ではあった。
なぜなら三星学園は祖父が経営する学校であり、瑠里は理事の孫という立場だったからだ。
だが今日の注目のされっぷりは、高校時代をはるかに超えている。
立食形式のパーティであることも手伝って、とにかくよく声をかけられた。
「テレビいつも見てるよ。」
「応援してます。」
「頑張ってくださいね!」
すれ違う同窓生たちの声援は正直言って心苦しいものだった。
瑠里自身は元々女子アナ志望ではないし、今の地位にいるのはほとんど廉の力によるものだ。
テレビで放送されている内容だって、瑠里の意見など少しも入っていない。
もっと言えば気に入らないものだ。
瑠里自身には、こんなにチヤホヤともてはやされる理由など何もないと思う。
「三橋、元気だったか?」
「・・・叶」
瑠里に声をかけてきたのは、同級生にして幼なじみの叶修悟だ。
表情も体格ももうすっかり大人の青年だが、人懐っこい笑顔は昔のままだ。
懐かしい友人の変わらない笑顔に、瑠里も頬を緩ませた。
「活躍してんな~。昨日も見たぜ。あのイチゴのアイスの」
「ストロベリィの微笑み、だよ」
「あの児島選手がイチゴのアイス食べるなんて、笑えたぜ。」
叶の口調は、決して馬鹿にした感じではない。
どうやら本当に面白いと思っての感想のようだ。
「ストロベリィの微笑み」とは、昨日の生放送のメニューだった。
昨日は廉と同じ、埼京彩珠リカオンズの児島弘道がゲストだった。
リカオンズ4番打者で、チームの大黒柱である児島はすでに40代半ばの現役最高齢選手だ。
数々のタイトルを手にし、三冠王にも2回輝いたことがある。
球界を代表する大打者であり、国民的ヒーローでもあるこの選手も、マスコミ取材を好まない。
彼の出演を実現させたのも、同じチームに所属する廉の依頼によるものだった。
派手な戦績の割りに、真面目で職人気質な男は、馬鹿馬鹿しい質問にも誠実に答えてくれた。
彼から見れば親子ほども歳が離れた瑠里など、まともな大人になんか見えないだろうに。
アイスクリームは何でもいいと言ってくれたので、色味が綺麗なストロベリィということになった。
「バカみたいでしょ?いい歳してアイスクリームなんて。」
「それなりに面白いから、いいんじゃねーの?」
叶はどうやら瑠里が嫌いなあのアイスクリーム設定まで楽しんでいるらしい。
瑠里としては嬉しいような、悔しいような、複雑な気分だ。
「やってられないわよ。」
「アイスクリームなんて、別に好きじゃないし。」
「結局女子アナなんて、プロデューサーやディレクターには逆らえないしさ。」
「おまけに先輩からは嫌がらせされて。」
「たまに褒められるようなことをしても、廉のおかげなんて言われてさ。」
酒が回った瑠里の愚痴は止まらない。
気の置けない仲間だけになったことで気が緩んだせいもあるかもしれない。
女子アナってどうなの?と話を振られた瑠里は、心のうちを吐露していた。
大人数の同窓会が無事に終わり、参加者たちは少人数に分かれて2次会に繰り出していた。
瑠里も誘われて、その中の1つに加わった。
高校の時に仲がよかった同じ部活のチームメイトの女子が数名と、野球部の男子が数名。
その中には叶もいた。
それ以外の他の者たちも、本当に気を使わずにすむ心を許した友人たちばかりだ。
テレビに出る者の宿命として、ずっと注目され、時には無遠慮な携帯カメラのフラッシュまで浴びせられた。
気分直しに楽しく飲んで、騒ぎたかったのだ。
「本当は私、報道志望なんだけどなぁ。。。」
瑠里はポツリと呟くと、ビールのジョッキを一気に煽った。
いつの間にか隣に座っていた叶が「おい、もう止めとけよ」と諭す。
その声がやけに遠く聞こえるのは、きっと酔っているせいだろう。
「叶は頑張ってるよね。」
結局瑠里はかなりの量の酒を飲んでしまった。
三橋家の血統は、幸いなことに大食いで酒も強い。
だから前後不覚になったり、嘔吐するようなことはない。
それでも帰ろうと立ち上がったときには、すこしフラついてしまった。
「まっすぐ歩けなくなるほど、飲むなよな~」
呆れた様子で瑠里に肩を貸しているのは、叶だった。
瑠里としてはそんなに酔っていないつもりだったが、周りから見れば泥酔していたらしい。
結局叶が瑠里を自宅マンションまで送ってくれることになった。
「叶もいつかはプロ入り目指してるの?」
「当たり前だろ。ぜってー廉より上に行く!」
叶は憤慨した様子で息巻いた。
叶修悟は大学野球ではそこそこの成績を修めた。
評価は決して低くなかったが、ドラフトにはかからなかったのだ。
とある企業の実業団チーム、いわゆるノンプロとして活躍している。
だが決してプロ野球への夢を諦めたわけではない。
活躍してプロ入りを目指して、頑張っているのだ。
「いつかプロになって、私の番組に出てよね。」
「そうだな。三橋もそれまで頑張れよ。」
「アイスクリーム、食べなきゃいけないのよ?」
「何にするか、今から考えとく。」
叶が真面目に言うので、瑠里は笑った。
多分叶がプロになる頃、あんなコーナーはなくなっているだろう。
それでも瑠里は笑い、叶も笑う。
2人はまだ知らなかった。
この笑顔がのちに瑠里を窮地に陥れ、苦しめることを。
「まったく、軽率にも程がある。」
「申し訳ありません!」
瑠里はなす術もなく、ただただひたすら頭を下げるしかなかった。
あの同窓会の2週間後。
ある出版社から瑠里が在籍するテレビ局へと連絡があった。
女子アナ三橋瑠里と実業団所属の野球選手、叶修悟の密会写真を撮ったというものだ。
その写真は写真週刊誌に掲載されるのだ。
日付はあの同窓会の日。
写真は叶が瑠里を送って帰ったあの時のものだろう。
「誤解です。叶とはなんでもありません!」
「ではこの内容も誤解か?」
瑠里は見せられた数枚の紙片-掲載される記事の内容に凍りついた。
結局女子アナなんて、プロデューサーやディレクターには逆らえない。
先輩からは嫌がらせをされている。
たまに褒められるようなことをしても、廉のおかげなどと言われる。
アイスクリームなど、別に好きではない等々。。。
あの日、瑠里がぶっちゃけた内容が、そのまま掲載されている。
居酒屋でしゃべった内容の詳細まで、筒抜けになっているのはなぜなのか。
「三橋、しばらく休め。」
アナウンス部部長の勧告は、瑠里にとってはもうすでに命令だ。
瑠里は黙って頷くしかなかった。
【続く】
「本日のメニューは。。。何だっけ?」
「ストロベリィの微笑み」
瑠里は話を振ってきたかつてのクラスメイトに仏頂面でそう答えた。
今日は母校である三星学園の同窓会。
クラス会は何度もあったが、今回は同じ学年の卒業生が集まる大規模な会だ。
これだけ大人数が一度に集まったのは、卒業して以来初めてのことだろう。
場所も居酒屋やレストランなどではなく、ホテルの宴会場だ。
瑠里はそこで、懐かしい旧友たちと楽しい時間を過ごしていた。
それにしてもやはりテレビの影響力は絶大だ。
元々在学中から、瑠里は校内では顔を知られた存在ではあった。
なぜなら三星学園は祖父が経営する学校であり、瑠里は理事の孫という立場だったからだ。
だが今日の注目のされっぷりは、高校時代をはるかに超えている。
立食形式のパーティであることも手伝って、とにかくよく声をかけられた。
「テレビいつも見てるよ。」
「応援してます。」
「頑張ってくださいね!」
すれ違う同窓生たちの声援は正直言って心苦しいものだった。
瑠里自身は元々女子アナ志望ではないし、今の地位にいるのはほとんど廉の力によるものだ。
テレビで放送されている内容だって、瑠里の意見など少しも入っていない。
もっと言えば気に入らないものだ。
瑠里自身には、こんなにチヤホヤともてはやされる理由など何もないと思う。
「三橋、元気だったか?」
「・・・叶」
瑠里に声をかけてきたのは、同級生にして幼なじみの叶修悟だ。
表情も体格ももうすっかり大人の青年だが、人懐っこい笑顔は昔のままだ。
懐かしい友人の変わらない笑顔に、瑠里も頬を緩ませた。
「活躍してんな~。昨日も見たぜ。あのイチゴのアイスの」
「ストロベリィの微笑み、だよ」
「あの児島選手がイチゴのアイス食べるなんて、笑えたぜ。」
叶の口調は、決して馬鹿にした感じではない。
どうやら本当に面白いと思っての感想のようだ。
「ストロベリィの微笑み」とは、昨日の生放送のメニューだった。
昨日は廉と同じ、埼京彩珠リカオンズの児島弘道がゲストだった。
リカオンズ4番打者で、チームの大黒柱である児島はすでに40代半ばの現役最高齢選手だ。
数々のタイトルを手にし、三冠王にも2回輝いたことがある。
球界を代表する大打者であり、国民的ヒーローでもあるこの選手も、マスコミ取材を好まない。
彼の出演を実現させたのも、同じチームに所属する廉の依頼によるものだった。
派手な戦績の割りに、真面目で職人気質な男は、馬鹿馬鹿しい質問にも誠実に答えてくれた。
彼から見れば親子ほども歳が離れた瑠里など、まともな大人になんか見えないだろうに。
アイスクリームは何でもいいと言ってくれたので、色味が綺麗なストロベリィということになった。
「バカみたいでしょ?いい歳してアイスクリームなんて。」
「それなりに面白いから、いいんじゃねーの?」
叶はどうやら瑠里が嫌いなあのアイスクリーム設定まで楽しんでいるらしい。
瑠里としては嬉しいような、悔しいような、複雑な気分だ。
「やってられないわよ。」
「アイスクリームなんて、別に好きじゃないし。」
「結局女子アナなんて、プロデューサーやディレクターには逆らえないしさ。」
「おまけに先輩からは嫌がらせされて。」
「たまに褒められるようなことをしても、廉のおかげなんて言われてさ。」
酒が回った瑠里の愚痴は止まらない。
気の置けない仲間だけになったことで気が緩んだせいもあるかもしれない。
女子アナってどうなの?と話を振られた瑠里は、心のうちを吐露していた。
大人数の同窓会が無事に終わり、参加者たちは少人数に分かれて2次会に繰り出していた。
瑠里も誘われて、その中の1つに加わった。
高校の時に仲がよかった同じ部活のチームメイトの女子が数名と、野球部の男子が数名。
その中には叶もいた。
それ以外の他の者たちも、本当に気を使わずにすむ心を許した友人たちばかりだ。
テレビに出る者の宿命として、ずっと注目され、時には無遠慮な携帯カメラのフラッシュまで浴びせられた。
気分直しに楽しく飲んで、騒ぎたかったのだ。
「本当は私、報道志望なんだけどなぁ。。。」
瑠里はポツリと呟くと、ビールのジョッキを一気に煽った。
いつの間にか隣に座っていた叶が「おい、もう止めとけよ」と諭す。
その声がやけに遠く聞こえるのは、きっと酔っているせいだろう。
「叶は頑張ってるよね。」
結局瑠里はかなりの量の酒を飲んでしまった。
三橋家の血統は、幸いなことに大食いで酒も強い。
だから前後不覚になったり、嘔吐するようなことはない。
それでも帰ろうと立ち上がったときには、すこしフラついてしまった。
「まっすぐ歩けなくなるほど、飲むなよな~」
呆れた様子で瑠里に肩を貸しているのは、叶だった。
瑠里としてはそんなに酔っていないつもりだったが、周りから見れば泥酔していたらしい。
結局叶が瑠里を自宅マンションまで送ってくれることになった。
「叶もいつかはプロ入り目指してるの?」
「当たり前だろ。ぜってー廉より上に行く!」
叶は憤慨した様子で息巻いた。
叶修悟は大学野球ではそこそこの成績を修めた。
評価は決して低くなかったが、ドラフトにはかからなかったのだ。
とある企業の実業団チーム、いわゆるノンプロとして活躍している。
だが決してプロ野球への夢を諦めたわけではない。
活躍してプロ入りを目指して、頑張っているのだ。
「いつかプロになって、私の番組に出てよね。」
「そうだな。三橋もそれまで頑張れよ。」
「アイスクリーム、食べなきゃいけないのよ?」
「何にするか、今から考えとく。」
叶が真面目に言うので、瑠里は笑った。
多分叶がプロになる頃、あんなコーナーはなくなっているだろう。
それでも瑠里は笑い、叶も笑う。
2人はまだ知らなかった。
この笑顔がのちに瑠里を窮地に陥れ、苦しめることを。
「まったく、軽率にも程がある。」
「申し訳ありません!」
瑠里はなす術もなく、ただただひたすら頭を下げるしかなかった。
あの同窓会の2週間後。
ある出版社から瑠里が在籍するテレビ局へと連絡があった。
女子アナ三橋瑠里と実業団所属の野球選手、叶修悟の密会写真を撮ったというものだ。
その写真は写真週刊誌に掲載されるのだ。
日付はあの同窓会の日。
写真は叶が瑠里を送って帰ったあの時のものだろう。
「誤解です。叶とはなんでもありません!」
「ではこの内容も誤解か?」
瑠里は見せられた数枚の紙片-掲載される記事の内容に凍りついた。
結局女子アナなんて、プロデューサーやディレクターには逆らえない。
先輩からは嫌がらせをされている。
たまに褒められるようなことをしても、廉のおかげなどと言われる。
アイスクリームなど、別に好きではない等々。。。
あの日、瑠里がぶっちゃけた内容が、そのまま掲載されている。
居酒屋でしゃべった内容の詳細まで、筒抜けになっているのはなぜなのか。
「三橋、しばらく休め。」
アナウンス部部長の勧告は、瑠里にとってはもうすでに命令だ。
瑠里は黙って頷くしかなかった。
【続く】