アイスクリームで6題

【ペパーミントの口づけ】

「番組をご覧の皆様、あけましておめでとうございます!」
年明け最初の生放送の始まり。
瑠里はいつも以上に声を張り、笑顔を作る。

「本日は新春スペシャルということで、いつもより時間を拡大してお届けいたします。」
笑顔とは裏腹に、瑠里は内心ため息をついている。
いつもと同じ不満とは別に、今日は疲れも溜まっていたせいだ。
とにかく本日のゲストは、とにかく事前の打ち合わせに時間がかかった。

まず食事管理をしているから、アイスクリームは食べないと言ったのだ。
瑠里としては内心ごもっともだと思い、実は喜んだ。
これを機にこの馬鹿げた「アイスクリーム縛り」はなくなるのではないかと。
だがプロデューサーやディレクターは「そこを何とか」と食い下がる。
なぜ野球と関係ないところで、こんなにもめるのだろう?

「一応アイスは出すけど、口はつけないってことでどうですか?」
瑠里は助け舟のつもりでそう言った。
だが番組スタッフたちは「それじゃダメだよ」と譲らない。
くだらないし、こんなやり取りで時間を使うのはもったいない。

そんな調子で、打ち合わせはとにかく意見が合わないのだ。
このゲストは野球以外の質問はしないで欲しいと言う。
瑠里にしては、ひどく当たり前の要望だと思った。
好きな女性のタイプは?とか、オフの日は何をしていますか?とか趣味は?とか。
正直言って野球選手にとっては、どうでもいい質問だ。
瑠里もいくら上からの指示とはいえ、こんな質問を繰り返してきたから決して大きな声では言えないのだが。

とにかく打ち合わせは廉や田島のときと比べて、何倍も時間がかかった。
だが彼も廉や田島同様、メディアへの露出はほとんどない。
テレビ出演をOKしてくれたこのチャンスを逃したくなかった。
慎重に質問の内容がまとめられ、瑠里に託された。


「本日のメニューはペパーミントの口づけ、ゲストは神戸ブルーマーズの榛名元希投手です~~!」
瑠里は営業用の笑顔と声で高らかに宣言する。
いつもとは違うファンファーレ風の音楽は、一応正月用の特別なもの。
入場してきたのは、注目の若手ナンバーワン投手だ。

榛名元希は、廉や田島とは同じ埼玉の高校から大学に進んだ。
そして全国区で有名になったのは、大学になってから。
六大学野球で活躍し「神宮のエース」とまで呼ばれた。
そしてドラフト1位指名で現在の球団に入団し、プロでも順調に勝ち星を重ねている。

榛名もまたメディアの取材を受けない選手だった。
理由は田島と同じで、そんな時間があるならトレーニングや休息に当てたいという。
榛名が練習にはすごくストイックなのだということは、有名な話だった。

名門大学を卒業した榛名は、あちこちのメディアに母校の先輩に当たる記者がいる。
だがそんな特別な縁を使った依頼も、ことごとくことわっていた。
それは榛名の過去に起因している。
中学時代、当時の監督に酷使されて故障し、完治後もその監督は他の投手を起用した。
だから今の榛名の人気に吸い寄せられるように群がる人間を信用していないのだ。

そんな榛名のテレビ出演が実現できたのも、やはり廉の力によるものだった。
廉のかつてのチームメイトがシニア時代に榛名とバッテリーを組んでいた。
その縁で廉は榛名とは高校時代から時々メールをやりとりする仲だった。
廉は榛名を「スゴイ投手」と尊敬しているし、榛名は廉を「かわいい後輩」と思っている。
高校からすぐプロに進んだ廉は、榛名から聞く大学野球の話を面白がった。
榛名は榛名で、後輩とはいえ先にプロ入りした廉の話をありがたがった。

榛名が取材拒否をしているせいで、一部のメディアは「わがまま」などと書きたてている。
廉はそれを心配し、また瑠里の役にも立ちたいと思い、これなら一石二鳥と考えたのだ。
榛名には「従姉妹を助けると思って出演して欲しい」と説き伏せた。
そして瑠里には「榛名さんがいい人だってわかるようなインタビューをして」と頼んできたのだった。


「今回は特別に、アイスではなくミントソーダをご用意しました~♪」
瑠里の台詞と同時に、カメラがテーブルの上の飲み物をアップで撮る。
炭酸の泡が立ち上る、鮮やかなペパーミントグリーン。
砂糖不使用の飲み物の中で、色味が美しく画面に映えるものを選んだ結果だ。
アイスクリームを含めて甘いものは食べないと言った榛名と、ようやく見つけた妥協点だ。

「よろしくお願いします。」
榛名は軽く頭を下げた。
そして「こういうの初めてだから緊張する~」と言って、笑顔になる。
その瞬間、瑠里はこれはいいインタビューが撮れると思った。
榛名のマウンドでの強気な態度と真剣な表情。
それは取材を受けないという彼の姿勢と相まって、高慢なイメージになっていた。
だからこの低姿勢と笑顔とのギャップはいい映像になっているはずだ。

「将来的にメジャーリーグに行きたいというご希望はありますか?」
「そりゃやっぱりいつかは最高峰の舞台で投げたいですよ。」
普段の練習や、投球へのこだわり、そして来シーズンの目標。
榛名は瑠里の投げかける質問に、1つ1つ丁寧に答えてくれた。
そして最後の質問は、メジャーリーグへの希望だ。
「でも今はまだまだそのレベルに達してないと思うんで。」
榛名は謙虚にそう付け加えた。

エースと呼ばれる人間には、周りを惹き付ける雰囲気がある。
瑠里は常日頃からそう思っていたが、榛名を見ているとますますそう確信した。
その存在だけで周りを明るくするし、その一挙手一投足に思わず目がいってしまう。
廉もそうだが、この榛名もそういう人間だ。

「では榛名選手、来シーズンも期待しています。ありがとうございました。」
事前の打ち合わせの混乱が嘘のように、インタビューは見事に決まった。
瑠里はホッと胸を撫で下ろしながら締めの挨拶をして、収録は無事に終了したのだった。


「三橋。この前の榛名選手のインタビューの分計。」
「はい。すみません。」
瑠里は上司から渡された資料を受け取ると、すばやく目を走らせる。
そして思いのほか数字が高いことに、顔をほころばせた。

分計と言うのは、毎分の視聴率を折れ線グラフにしたものだ。
さらに瑠里の質問や榛名の答えも、時間軸に記入されている。
つまり何を聞いた時に一番視聴率がよかったとか悪かったというのが、わかるように図解されているのだ。
これはテレビ局にとって貴重な資料であり、局アナは必ず自分のコーナーのチェックを義務付けられている。

「視聴者からの反応もすごくいい。これからもこの調子で頑張れ。」
「ありがとうございます!」
瑠里の上司であるアナウンス室長に激励の言葉をかけられて、瑠里のテンションも上がる。
彼は安易に部下を褒めたりしないことで有名な人物なのだ。

瑠里も、今まで一番いいインタビューだったと思う。
榛名がいろいろ注文をつけてくれたおかげで、くだらない質問をしないですんだ。
今度廉をインタビューするときには、事前の打ち合わせで榛名と同じことを言ってもらおう。
いい気分でそんなことを思っていたとき、背後から声をかけられた。

「三橋さん。お土産は?」
「お土産。。。ですか?」
声をかけてきたのは、先輩の女子アナウンサーだ。
朝のニュース番組を担当しており、多分この局の女子アナの中では一番人気がある。
おっとりとしたキャラクターだと思われているが、実際は違う。
勝気な性格で、頭の回転も速く、計算高い。
そうでなければ朝の顔など務まらないのだ。

「すみません。買う暇がなくて。」
瑠里は慌てて先輩女子アナに頭を下げた。
女子アナのルールの中に、仕事で地方に行った者は土産を買ってくるというものがある。
明文化などされていない暗黙のルールだ。
ほとんどの女子アナは大人数でも分けられるようにと菓子折りなどを買い求める。

今回瑠里は榛名のインタビューのために、球団本拠地である神戸まで出張している。
だが到着してすぐに打ち合わせ、そして生放送の本番、その後すぐに東京に戻った。
土産を買っている暇など、まったくなかったのだ。


「駅だってどこだって、買えるでしょう?」
「でも、それは」
確かにその通り、品物に拘らなければ何でも買える。
正直なところ瑠里も迷わなかったわけではない。
だけど本当に時間がなかったのだから、許してもらえるだろうと思ったのだ。
1、2分で間に合わせに選んで心がこもっていない品物を、皆が喜ぶとも思えなかった。

「言い訳はやめて。今度から気をつけなさい。」
先輩女子アナは瑠里の返事も待たずに、さっさと自分の席へと戻ってしまう。
きちんと説明しなければと足を踏み出そうとした瑠里は、周りの視線に気がついた。

いい気味と言わんばかりの嘲笑の視線。
そして気の毒そうな色を浮かべた同情の視線。
それを見た瞬間、瑠里は悟った。
彼女は瑠里を目障りな存在として、認識したのだ。
つまり出る杭を打とうということ。
仮に瑠里がお土産を買っていたら、別の何かを見つけて難癖をつけられたのだろう。

よりによって女子アナのリーダー的存在の彼女に目を付けられた。
この先は今まで以上にやりにくくなるに違いない。
廉が中学時代に受けた、いやそれ以上の攻撃を覚悟しなくてはならないだろう。

売られたケンカは買ってやる。
榛名のインタビューの評価がよかったこともあり、瑠里の闘争心に火がついた。
負けるわけにはいかないのだ。
廉は高校に入る時に、埼玉に帰れる家があった。
だが今の瑠里には逃げ場所などないのだ。
自分の居場所は自分で勝ち取るしかない。

【続く】
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