アイスクリームで6題
【ミルクチョコレィトな時間】
「本日のメニューはミルクチョコレィトな時間、ゲストは大阪バガブーズの田島悠一郎投手です~~!」
瑠里は営業用の笑顔と声で高らかに宣言する。
入場してきたのは、従兄弟の廉のかつてのチームメイト。
廉と同様に、高校卒業後にプロ野球選手として活躍する田島悠一郎だった。
田島は10年に1度の逸材といわれ、高校の頃から注目されていた選手だ。
そして多分、人気や知名度では今のところ廉を上回っているだろう。
単に実力があるというだけではなく、いわゆる華があるというタイプだ。
同じグラウンドに選手が何人かいても、ついつい田島に目がいってしまうのだ。
田島が入団した年に、大阪バガブーズは監督が変わっている。
この監督はいわゆる頭脳派で、選手を使うのが上手い人物だった。
その前の年までBクラスで低迷していたチームは、一気に優勝争いにからむほどの勢い。
新監督に変わったのと田島の入団が重なったのは、もちろんただの偶然だ。
だがファンの間では「田島が入団して強くなった」というイメージが定着している。
そういう強運もまた田島の「華」といえるだろう。
そして田島もまた廉のように、マスコミの取材を受けない選手だった。
彼の理由は実に簡単、練習時間が減るからだ。
今や田島の取材をしたいメディアは多く、全部を受けていたら練習に支障をきたす。
相手を選んで取材を受けるのも面倒だ。
そして田島も当然先輩などのしがらみがないから、取材を受ける義務もない。
その田島が今回テレビ出演をするのは、もちろん廉の依頼によるものだった。
田島も高校時代、たびたび応援に来てくれた廉の従姉妹、瑠里のことは憶えていた。
それに何より、大事な友人である廉の頼みでもある。
田島は依頼を快諾し、このテレビ出演が実現したのである。
「田島君って、高校の時に比べたら背が伸びたよね~」
「わかる?そうなんだよね~!」
瑠里は無理矢理貼り付けた笑顔と、わざと語尾を上げた口調でそう聞いた。
内心は悔しくて仕方がない。
身長の話なんてどうでもいいのだ。
せっかくめったに取材に応じない大選手が来てくれたのに、貴重な時間がもったいない。
今回のメニュー、ミルクチョコレィトというのは田島のリクエストだ。
高校の頃、部活帰りのコンビニでよく「ミルクチョコレィトバー」というアイスを食べたのだという。
なぜ「な時間」がついたのかはわからないが、もうこの辺はどうでもいいと瑠里は割り切った。
どうせ抗議しても取り合ってもらえないのだから、時間の無駄だ。
「お休みの日は、何をしてらっしゃるんですか~?」
「だいたい自主練かな。オレ趣味も野球なんだ。」
「すごいですね~!遊んだりしないんですか?お友達と出かけるとか。」
「あまり行けないんだ。友達となかなか休みが合わないから。」
どうでもいいような質問にも、田島は丁寧に答えてくれる。
瑠里は心の底から、申し訳ない気分になった。
「廉から聞いてますけど、田島選手のご実家は大家族なんですよね。」
「え~あいつ、そんなことバラしてるの?」
「あはは。いろいろ聞いてますよ。」
これらは全て雑談に見えるが、あらかじめ決められた質問だった。
ちょっと頭が悪くて、野球には無知な女子アナ。
番組製作サイドが瑠里に期待しているのは、そんな役だ。
「それでは最後に、今シーズンの目標をお願いします。」
「出来れば三冠!でもまずは首位打者かな~」
ようやく野球に関する質問だ。
本当はもっと他に聞きたい質問があったのだ。
「田島選手は昨シーズンから、少しだけ打撃フォームを変えてませんか?」
それは生放送直前の打ち合わせのこと。
瑠里は気になっていたことを聞いたのだ。
田島をインタビューするに当たって、瑠里は局のライブラリから田島のビデオを見まくった。
すると昨シーズンから微妙にフォームが変わっているように見えたのだ。
足の踏み込みと体重移動。
本当に何度も見なければわからないほどの些細な違いだ。
「すげー!よく気付いたな。うちのスタッフとコーチしか知らない話だぜ?」
「あ、やっぱり!」
「よく勉強してるんだな。三橋もそう言って褒めてたけど。」
「番組の中でで質問させてもらってもいいですか?」
田島が無邪気に驚く顔と惜しみない賛辞に、瑠里も嬉しくなった。
「ちょっといいですか?」
田島と瑠里の会話に割って入ったのは、番組のプロデューサーだ。
瑠里のコーナーは選手の素顔を見せるものだから、趣旨が違う。
フォームの改造とか専門的な話は、メインの先輩アナウンサーに質問させたい。
番組プロデューサーはそんなことを言って、田島に瑠里のコーナー以外の出演交渉を始めてしまった。
「悪いけど、三橋瑠里さんのコーナーしか出ません。」
田島は番組プロデューサーの誘いをきっぱりと断った。
それにフォーム改造云々の話は、過去の試合の映像などを集めてVTRを作った方が効果的だろう。
とりあえず今日の放送では、フォームの話はしないことになったのだ。
瑠里としては無念の思いだった。
本当はちゃんと野球に関する質問をしたい。
少しずつ野球に関する話を増やして、いずれは「アイスクリーム」なんて馬鹿なことを止めたかった。
「ありがとうございました!田島悠一郎選手でした~!」
瑠里のコーナーが終わり、放送はCMに切り替わった。
改めて田島に礼を言い、頭を下げて見送る。
だが瑠里の仕事はこれで終わりではない。
放送終了後に今日の放送の反省会があるのだ。
とりあえずアナウンス部の自分のデスクに戻る。
番組が終わるのを待つ間、まず自分で放送内容を振り返ったり、次回のプランを練ったりする。
スタジオを出ようとした瑠里は、先輩の女性アナウンサーとすれ違った。
彼女はこの後の天気予報のコーナーを担当するため、スタジオに入ってきたのだ。
瑠里は彼女に軽く頭を下げて、通り過ぎようとした。
「いい気にならないでね。」
先輩女子アナがすれ違いざまに、瑠里の耳元で囁いた。
最初は何を言われたのか、わからなかった。
足を止めて彼女の顔を見た瑠里は驚いた。
彼女は憎悪を込めて、瑠里を睨んでいた。
「つけ上がるなってことよ。」
「私は別に」
「三橋選手と従姉妹で、田島選手も呼べる。あんたの価値はそれだけよ。」
先輩女子アナはさっさとスタジオに入っていく。
呼び止めてちゃんと話をしたいが、もうすぐ彼女の出番だ。
それに多分彼女は瑠里の言い分など、聞く耳を持っていないだろう。
元々別の女性アナウンサーがやっていたコーナーがなくなり、瑠里のコーナーになった。
瑠里に追い出された形の女子アナは、さっきの先輩女子アナと仲がいいのだ。
入社したばかりの抜擢で妬まれていることはわかっていた。
だがこんなにも露骨に悪意をぶつけられるのはつらい。
「よし!」
瑠里はアナウンス部に戻ると、パソコンを立ち上げた。
不愉快だったが、落ち込んでなどいられない。
誰に何を思われても、今できることを一生懸命やろう。
「ええと。。。」
立ち上がったパソコンで、ネットの書き込みをチェックする。
番組のホームページは、Web担当にチェックされるから批判などは掲載されない。
見るのは大手の検索サイトやSNSなどだ。
多分もういくつか意見などが書き込まれているだろう。
書かれているのは概ね辛口のコメントで、中には目を背けたくなるような悪口もある。
だがそんな意見の中に、自分では気付けないような的確な指摘もあるかもしれない。
だから瑠里は必ずあちこちのネットの書き込みを見るようにしていた。
『せっかく田島選手が出演するんだから、もっと野球の話をして欲しい』
『自分が田島なら、絶対にこんなインタビューは受けない』
『バカみたいな質問にちゃんと答える田島、エラい!』
案の定、並ぶのは手厳しいコメントだ。
質問内容がくだらないことは、瑠里が一番よくわかっている。
『三橋瑠里、バカっぽい』
『大してカワイくもないのに、勘違い女』
瑠里はそんな自分の評価にため息をつく。
確かにわざとバカっぽい口調で喋っているが、瑠里の意思ではないのに。
別に自分のことをかわいいなどとは思っていないし、勘違いなどしていないつもりのに。
唯一の救いは田島の好感度が下がってないことだ。
田島がバカみたいな質問にちゃんと答える誠実な人柄だと伝わったのだから、それでよしとしよう。
こんなことで負けてなんかいられない。
瑠里はきつく唇を噛みしめると、次回のゲストへの質問をまとめ始めた。
【続く】
「本日のメニューはミルクチョコレィトな時間、ゲストは大阪バガブーズの田島悠一郎投手です~~!」
瑠里は営業用の笑顔と声で高らかに宣言する。
入場してきたのは、従兄弟の廉のかつてのチームメイト。
廉と同様に、高校卒業後にプロ野球選手として活躍する田島悠一郎だった。
田島は10年に1度の逸材といわれ、高校の頃から注目されていた選手だ。
そして多分、人気や知名度では今のところ廉を上回っているだろう。
単に実力があるというだけではなく、いわゆる華があるというタイプだ。
同じグラウンドに選手が何人かいても、ついつい田島に目がいってしまうのだ。
田島が入団した年に、大阪バガブーズは監督が変わっている。
この監督はいわゆる頭脳派で、選手を使うのが上手い人物だった。
その前の年までBクラスで低迷していたチームは、一気に優勝争いにからむほどの勢い。
新監督に変わったのと田島の入団が重なったのは、もちろんただの偶然だ。
だがファンの間では「田島が入団して強くなった」というイメージが定着している。
そういう強運もまた田島の「華」といえるだろう。
そして田島もまた廉のように、マスコミの取材を受けない選手だった。
彼の理由は実に簡単、練習時間が減るからだ。
今や田島の取材をしたいメディアは多く、全部を受けていたら練習に支障をきたす。
相手を選んで取材を受けるのも面倒だ。
そして田島も当然先輩などのしがらみがないから、取材を受ける義務もない。
その田島が今回テレビ出演をするのは、もちろん廉の依頼によるものだった。
田島も高校時代、たびたび応援に来てくれた廉の従姉妹、瑠里のことは憶えていた。
それに何より、大事な友人である廉の頼みでもある。
田島は依頼を快諾し、このテレビ出演が実現したのである。
「田島君って、高校の時に比べたら背が伸びたよね~」
「わかる?そうなんだよね~!」
瑠里は無理矢理貼り付けた笑顔と、わざと語尾を上げた口調でそう聞いた。
内心は悔しくて仕方がない。
身長の話なんてどうでもいいのだ。
せっかくめったに取材に応じない大選手が来てくれたのに、貴重な時間がもったいない。
今回のメニュー、ミルクチョコレィトというのは田島のリクエストだ。
高校の頃、部活帰りのコンビニでよく「ミルクチョコレィトバー」というアイスを食べたのだという。
なぜ「な時間」がついたのかはわからないが、もうこの辺はどうでもいいと瑠里は割り切った。
どうせ抗議しても取り合ってもらえないのだから、時間の無駄だ。
「お休みの日は、何をしてらっしゃるんですか~?」
「だいたい自主練かな。オレ趣味も野球なんだ。」
「すごいですね~!遊んだりしないんですか?お友達と出かけるとか。」
「あまり行けないんだ。友達となかなか休みが合わないから。」
どうでもいいような質問にも、田島は丁寧に答えてくれる。
瑠里は心の底から、申し訳ない気分になった。
「廉から聞いてますけど、田島選手のご実家は大家族なんですよね。」
「え~あいつ、そんなことバラしてるの?」
「あはは。いろいろ聞いてますよ。」
これらは全て雑談に見えるが、あらかじめ決められた質問だった。
ちょっと頭が悪くて、野球には無知な女子アナ。
番組製作サイドが瑠里に期待しているのは、そんな役だ。
「それでは最後に、今シーズンの目標をお願いします。」
「出来れば三冠!でもまずは首位打者かな~」
ようやく野球に関する質問だ。
本当はもっと他に聞きたい質問があったのだ。
「田島選手は昨シーズンから、少しだけ打撃フォームを変えてませんか?」
それは生放送直前の打ち合わせのこと。
瑠里は気になっていたことを聞いたのだ。
田島をインタビューするに当たって、瑠里は局のライブラリから田島のビデオを見まくった。
すると昨シーズンから微妙にフォームが変わっているように見えたのだ。
足の踏み込みと体重移動。
本当に何度も見なければわからないほどの些細な違いだ。
「すげー!よく気付いたな。うちのスタッフとコーチしか知らない話だぜ?」
「あ、やっぱり!」
「よく勉強してるんだな。三橋もそう言って褒めてたけど。」
「番組の中でで質問させてもらってもいいですか?」
田島が無邪気に驚く顔と惜しみない賛辞に、瑠里も嬉しくなった。
「ちょっといいですか?」
田島と瑠里の会話に割って入ったのは、番組のプロデューサーだ。
瑠里のコーナーは選手の素顔を見せるものだから、趣旨が違う。
フォームの改造とか専門的な話は、メインの先輩アナウンサーに質問させたい。
番組プロデューサーはそんなことを言って、田島に瑠里のコーナー以外の出演交渉を始めてしまった。
「悪いけど、三橋瑠里さんのコーナーしか出ません。」
田島は番組プロデューサーの誘いをきっぱりと断った。
それにフォーム改造云々の話は、過去の試合の映像などを集めてVTRを作った方が効果的だろう。
とりあえず今日の放送では、フォームの話はしないことになったのだ。
瑠里としては無念の思いだった。
本当はちゃんと野球に関する質問をしたい。
少しずつ野球に関する話を増やして、いずれは「アイスクリーム」なんて馬鹿なことを止めたかった。
「ありがとうございました!田島悠一郎選手でした~!」
瑠里のコーナーが終わり、放送はCMに切り替わった。
改めて田島に礼を言い、頭を下げて見送る。
だが瑠里の仕事はこれで終わりではない。
放送終了後に今日の放送の反省会があるのだ。
とりあえずアナウンス部の自分のデスクに戻る。
番組が終わるのを待つ間、まず自分で放送内容を振り返ったり、次回のプランを練ったりする。
スタジオを出ようとした瑠里は、先輩の女性アナウンサーとすれ違った。
彼女はこの後の天気予報のコーナーを担当するため、スタジオに入ってきたのだ。
瑠里は彼女に軽く頭を下げて、通り過ぎようとした。
「いい気にならないでね。」
先輩女子アナがすれ違いざまに、瑠里の耳元で囁いた。
最初は何を言われたのか、わからなかった。
足を止めて彼女の顔を見た瑠里は驚いた。
彼女は憎悪を込めて、瑠里を睨んでいた。
「つけ上がるなってことよ。」
「私は別に」
「三橋選手と従姉妹で、田島選手も呼べる。あんたの価値はそれだけよ。」
先輩女子アナはさっさとスタジオに入っていく。
呼び止めてちゃんと話をしたいが、もうすぐ彼女の出番だ。
それに多分彼女は瑠里の言い分など、聞く耳を持っていないだろう。
元々別の女性アナウンサーがやっていたコーナーがなくなり、瑠里のコーナーになった。
瑠里に追い出された形の女子アナは、さっきの先輩女子アナと仲がいいのだ。
入社したばかりの抜擢で妬まれていることはわかっていた。
だがこんなにも露骨に悪意をぶつけられるのはつらい。
「よし!」
瑠里はアナウンス部に戻ると、パソコンを立ち上げた。
不愉快だったが、落ち込んでなどいられない。
誰に何を思われても、今できることを一生懸命やろう。
「ええと。。。」
立ち上がったパソコンで、ネットの書き込みをチェックする。
番組のホームページは、Web担当にチェックされるから批判などは掲載されない。
見るのは大手の検索サイトやSNSなどだ。
多分もういくつか意見などが書き込まれているだろう。
書かれているのは概ね辛口のコメントで、中には目を背けたくなるような悪口もある。
だがそんな意見の中に、自分では気付けないような的確な指摘もあるかもしれない。
だから瑠里は必ずあちこちのネットの書き込みを見るようにしていた。
『せっかく田島選手が出演するんだから、もっと野球の話をして欲しい』
『自分が田島なら、絶対にこんなインタビューは受けない』
『バカみたいな質問にちゃんと答える田島、エラい!』
案の定、並ぶのは手厳しいコメントだ。
質問内容がくだらないことは、瑠里が一番よくわかっている。
『三橋瑠里、バカっぽい』
『大してカワイくもないのに、勘違い女』
瑠里はそんな自分の評価にため息をつく。
確かにわざとバカっぽい口調で喋っているが、瑠里の意思ではないのに。
別に自分のことをかわいいなどとは思っていないし、勘違いなどしていないつもりのに。
唯一の救いは田島の好感度が下がってないことだ。
田島がバカみたいな質問にちゃんと答える誠実な人柄だと伝わったのだから、それでよしとしよう。
こんなことで負けてなんかいられない。
瑠里はきつく唇を噛みしめると、次回のゲストへの質問をまとめ始めた。
【続く】