退廃5
【瓦礫の城】
「廉様、お目覚めのお時間でございます。」
隆也は部屋のドアをノックをした後、静かにそう告げた。
隆也は返事を待たずに、部屋のドアを開けた。
豪奢な部屋の中を静かに進み、カーテンを開ける。
ベットで眠る主に近寄り、その顔を見下ろした。
規則正しく繰り返す、朝の恒例の儀式だ。
ベットに眠る主-廉の顔。
歳のわりには幼くて、可愛らしい顔だ。
寝顔だけは昔と変わらない、と隆也は思う。
隆也は毎朝、この寝顔を見て思い出す。
まだ主を「三橋」と名字で呼び、バッテリーを組んでいたあの懐かしい日のことを。
だがほんの一瞬のことだ。
隆也はすぐに執事の顔を作って「廉様」と声をかける。
廉が目覚めて冷淡な主の顔を見せると、隆也も感情のない冷徹な執事になる。
程なくして部屋に、ワゴンに乗せた朝食が運ばれる。
メニューは必ずサンドイッチと野菜か果物のジュース、そしてコーヒーだ。
朝食は必ず隆也が作る。
料理人はいるが通いなので、朝食の時間にはまだ出勤していないのだ。
新聞に目を通しながら朝食をとるので、片手で食べられるものがいい。
廉はそれだけ希望して、後は任せると言った。
ならば、おにぎりかサンドイッチ。
そう考えた隆也は、迷わずサンドイッチを選んだ。
サンドイッチなら野菜などを挟めば、バランスよく栄養も摂れる。
それにおにぎりは捨てたつもりの野球部の思い出を呼び起こされてしまう。
そうして廉が食事をしている間、隆也は横で給仕する。
食事を終えた廉が、新聞をたたむのが合図だ。
洗顔や歯磨きの間、隆也はタオルを持って、ひかえている。
そしてスーツを着せて、くせの強い髪にブラシをを入れて、主の身なりを隙のないよう整える。
この屋敷には、住み込んでいる使用人が隆也を含めて3人いる。
だがその中の誰も、仕事以外の廉の様子を知らない。
眠っていたり、食事や入浴をしている無防備な廉のそばにいていいのは隆也だけだ。
そのことに隆也は秘かに優越感を感じている。
「おはようございます、廉様」
身支度を整えた廉とともに屋敷内の執務室に入ると、住み込みの使用人のもう2人が待っていた。
秘書の叶と、ボディガードの織田だ。
ここからもう隆也の仕事は夕方までない。
時々屋敷を訪ねてくる廉の仕事関係の来客を取り次ぎ、言いつけられれば茶の支度をする。
あとは夜、廉の入浴の際にやはりひかえていて、着替えを手伝う。
そのくらいしか本当にすることがないのだ。
掃除も洗濯も頼んでいる業者がする。
廉が屋敷内で仕事をするときは昼食の給仕もあるが、通いの料理人が来るからほとんど手間はない。
夕食も同様で、またその夕食も廉は外で済ませることも多い。
もっと何か仕事をくれと、廉に頼んだこともある。
だが廉は特にないのだと言った。
仕事の補佐には叶と織田がいるし、家の事は業者がする。
隆也はその隙間の時間を埋めてくれればいいのだと。
空いた時間は何をしていてもいい。
本を読んでいてもいいし、テレビを見てもパソコンをしてもいい。
廉が仕事で家を空けるときは、外出しても構わない。
最初は意味がわからなかった。
そんなことのために、廉が大金をはたいて隆也を雇う理由が。
だが今は何となくわかったような気がする。
廉はきっとただ見ていて欲しいのだと思う。
汚れて堕ちていく自分の姿を。
それは今から数ヶ月程前、高校卒業を目前にひかえた早春のことだった。
西浦高校硬式野球部の初代メンバーは最後の夏が終えて、部を引退していた。
全員が大学または就職と新たな未来に向けて歩き出す。
廉と隆也は同じ大学への進学が決まっており、大学でも野球を続けたいと思っていた。
そんなある秋の日、隆也は廉の家を訪問した。
廉の両親は、しばらく群馬の祖父宅に滞在することになったのだという。
廉は学校があるので、埼玉に残った。
1人で心細いんだ、とポツリと漏らした廉。
それを聞きつけた隆也が、泊まってやろうか?と申し出た。
廉の両親が帰るまで泊まって、面倒見てやると。
そういう事情ならと隆也の両親も快諾し、隆也は三橋宅に数日間宿泊することになったのだ。
隆也はその夜、廉に「好きだ」と告白した。
バッテリーではなくて、恋愛として好き。
またバッテリーを組んで、一緒に住みたい。
廉は隆也の告白を受け入れ、自分も同じだと告げた。
ずっと想いを隠してきた2人は、相手の気持ちを知って歓喜に震えた。
廉の部屋で2人で抱き合って、唇を重ねようとした瞬間、電話が鳴った。
携帯電話ではなく、三橋宅の家の電話だ。
この電話が誕生したばかりのカップルを、あっけなく引き裂くことになったのだ。
電話の相手は群馬の警察からだった。
群馬の三橋本家から出火があり、全焼したという。
廉の両親、祖父母、叔父夫婦、そして従兄弟たちも全員亡くなった。
廉は三橋家の膨大な資産を相続し、事業を継続することになったのだ。
「今、何て。。。?」
廉はキョトンとした顔で、小首を傾げ、相手を見る。
正面に座るその人物は額を床に擦りつけるように身を伏せており、廉からは後頭部しか見えない。
土下座。こんな立派な大人の人が。
廉は生まれて初めて実際に見る土下座に、困惑する。
「あの。。。」
状況が飲み込めない廉は、土下座したその人物の隣に座る女性を見た。
すると彼女も慌てて、同じように土下座をする。
ますますわからなくなった廉はさらに隣に座る人物に、視線を移す。
彼ならば、この訳がわからない状況を何とかしてくれるに違いない。
高校の3年間、バッテリーを組んだ彼を、廉は誰よりも信頼している。
何よりも土下座をしているのは、彼の両親なのだから。
だが廉が頼りにする彼-阿部隆也が廉の視線を受け止めることはなかった。
隆也はつかの間、廉と視線を合わせたが、すぐに悲しそうに顔を歪めて目を伏せた。
そしてそのまま視線を足元に落としたまま、2度と廉を見ることはなかった。
廉の両親や祖父母たちの葬儀は群馬の催事場で執り行われた。
そのまま廉は群馬のホテルに滞在し、遺産相続や事業の引継ぎなどの手続きをしていた。
隆也とその両親はそのホテルの一室を訪ねた。
そして隆也の父は、廉に金を貸して欲しいと頼んだのだった。
隆也の父親は会社を営んでいたが、経営状態は悪かった。
もっと言えば経営難であり、金に困っていたのだった。
隆也は廉に土下座する両親を呆然とした思いで見ていた。
廉に会いに行くから、一緒に来いと言われただけだ。
近しい親戚を一気に失った廉へのお悔やみを言うのかと思っていたのに。
「お金は差し上げます。ご希望の金額を。」
廉は隆也の父にきっぱりとそう告げた。
その声に隆也は戸惑う。
いつものような吃音もなく、大きくはっきりとした声。
この3年、隆也は廉のこんな口調を聞いたことがなかった。
「その代わり阿部君をオレにください。」
金をくれるという廉の言葉に喜びの表情になった隆也の両親は、そのまま顔を見合わせる。
隆也もまたどういうことかと、怪訝な表情になった。
これではまるで好きな女性の両親に、男が言う台詞だ。
「正確には、阿部君の10年をください。」
廉は3人の顔を順に見回しながら、そう付け加えた。
大学へ進学するのをやめて、廉は三橋家の長となり家業を引き継ぐ。
隆也には廉の家の執事になって欲しい。期限は10年。
その間はもちろん阿部家に融通する金とは別に、隆也には給料を支払う。
もし何かの都合で10年を待たずに辞めたい場合は、阿部家に融通した金を返済すること。
その場合は隆也の給料の返却は不要。
三橋は淡々と条件を数え上げていく。
隆也の父と母は困惑しながら、隆也を見た。
断ることなどできるはずもない。
隆也には両親の視線に、縋るような色が込められていることがわかったからだ。
隆也は廉の条件を呑んで、三橋家で働くことにした。
大学は通ってもかまわないと言われたが、廉と同じく諦めた。
このとき隆也は廉を失ったのだと思う。
まだ四十九日も終わらないうちの父から廉への金の無心。
2人の純粋な想いが、金という世俗的な欲に汚れた瞬間だった。
そして相続や事業再開などの事務的な手続きを終えた後。
廉と隆也は、群馬の三橋本家にいた。
とは言っても、火事で全焼してしまった家だ。
今あるのはまるで城のような広大な敷地と、黒焦げの焼け跡だけだ。
「ここはこのままにしておくんだ。」
廉はポツリとそう言った。
焼け落ちてしまった瓦礫からは、未だに焦げたにおいが立ち込めている。
「三橋家は表向き、三星学園の経営をしていることになってる。」
「違うんですか?」
「ここを出るまではまだ敬語じゃなくていいよ。阿部君」
廉はそう言って、焼け落ちた家を見ながら言葉を続けた。
「三星学園の経営はやってるよ。でもそれ以外の裏の顔があるんだ。」
「裏の、顔?」
「うん。それがオレはそれが嫌で逃げてたんだ。頭悪い振りして、ビクビク卑屈な振りして。」
「じゃあ赤点スレスレも、ドモるのも、演技?」
「ずっと騙しててごめんね。」
「何でそんなことを?」
「三橋の家を継ぎたくなかったんだ。跡継ぎを従兄弟に押し付けるつもりだった。」
「そうか。。。」
「でも安心して。阿部君の仕事はオレの家の管理。裏の仕事は関係ないから。」
廉はそう言って、じっと瓦礫の城を見据えていた。
隆也はその横顔を見ながら、この廉に仕えるのだと決意を固めていた。
そして隆也は廉の執事になった。
「三橋」と「阿部君」は「廉様」と「隆也」になった。
だが隆也はいつまでも忘れることが出来ないでいる。
瓦礫の城の前で見た廉の寂しそうな横顔を。
【続く】
「廉様、お目覚めのお時間でございます。」
隆也は部屋のドアをノックをした後、静かにそう告げた。
隆也は返事を待たずに、部屋のドアを開けた。
豪奢な部屋の中を静かに進み、カーテンを開ける。
ベットで眠る主に近寄り、その顔を見下ろした。
規則正しく繰り返す、朝の恒例の儀式だ。
ベットに眠る主-廉の顔。
歳のわりには幼くて、可愛らしい顔だ。
寝顔だけは昔と変わらない、と隆也は思う。
隆也は毎朝、この寝顔を見て思い出す。
まだ主を「三橋」と名字で呼び、バッテリーを組んでいたあの懐かしい日のことを。
だがほんの一瞬のことだ。
隆也はすぐに執事の顔を作って「廉様」と声をかける。
廉が目覚めて冷淡な主の顔を見せると、隆也も感情のない冷徹な執事になる。
程なくして部屋に、ワゴンに乗せた朝食が運ばれる。
メニューは必ずサンドイッチと野菜か果物のジュース、そしてコーヒーだ。
朝食は必ず隆也が作る。
料理人はいるが通いなので、朝食の時間にはまだ出勤していないのだ。
新聞に目を通しながら朝食をとるので、片手で食べられるものがいい。
廉はそれだけ希望して、後は任せると言った。
ならば、おにぎりかサンドイッチ。
そう考えた隆也は、迷わずサンドイッチを選んだ。
サンドイッチなら野菜などを挟めば、バランスよく栄養も摂れる。
それにおにぎりは捨てたつもりの野球部の思い出を呼び起こされてしまう。
そうして廉が食事をしている間、隆也は横で給仕する。
食事を終えた廉が、新聞をたたむのが合図だ。
洗顔や歯磨きの間、隆也はタオルを持って、ひかえている。
そしてスーツを着せて、くせの強い髪にブラシをを入れて、主の身なりを隙のないよう整える。
この屋敷には、住み込んでいる使用人が隆也を含めて3人いる。
だがその中の誰も、仕事以外の廉の様子を知らない。
眠っていたり、食事や入浴をしている無防備な廉のそばにいていいのは隆也だけだ。
そのことに隆也は秘かに優越感を感じている。
「おはようございます、廉様」
身支度を整えた廉とともに屋敷内の執務室に入ると、住み込みの使用人のもう2人が待っていた。
秘書の叶と、ボディガードの織田だ。
ここからもう隆也の仕事は夕方までない。
時々屋敷を訪ねてくる廉の仕事関係の来客を取り次ぎ、言いつけられれば茶の支度をする。
あとは夜、廉の入浴の際にやはりひかえていて、着替えを手伝う。
そのくらいしか本当にすることがないのだ。
掃除も洗濯も頼んでいる業者がする。
廉が屋敷内で仕事をするときは昼食の給仕もあるが、通いの料理人が来るからほとんど手間はない。
夕食も同様で、またその夕食も廉は外で済ませることも多い。
もっと何か仕事をくれと、廉に頼んだこともある。
だが廉は特にないのだと言った。
仕事の補佐には叶と織田がいるし、家の事は業者がする。
隆也はその隙間の時間を埋めてくれればいいのだと。
空いた時間は何をしていてもいい。
本を読んでいてもいいし、テレビを見てもパソコンをしてもいい。
廉が仕事で家を空けるときは、外出しても構わない。
最初は意味がわからなかった。
そんなことのために、廉が大金をはたいて隆也を雇う理由が。
だが今は何となくわかったような気がする。
廉はきっとただ見ていて欲しいのだと思う。
汚れて堕ちていく自分の姿を。
それは今から数ヶ月程前、高校卒業を目前にひかえた早春のことだった。
西浦高校硬式野球部の初代メンバーは最後の夏が終えて、部を引退していた。
全員が大学または就職と新たな未来に向けて歩き出す。
廉と隆也は同じ大学への進学が決まっており、大学でも野球を続けたいと思っていた。
そんなある秋の日、隆也は廉の家を訪問した。
廉の両親は、しばらく群馬の祖父宅に滞在することになったのだという。
廉は学校があるので、埼玉に残った。
1人で心細いんだ、とポツリと漏らした廉。
それを聞きつけた隆也が、泊まってやろうか?と申し出た。
廉の両親が帰るまで泊まって、面倒見てやると。
そういう事情ならと隆也の両親も快諾し、隆也は三橋宅に数日間宿泊することになったのだ。
隆也はその夜、廉に「好きだ」と告白した。
バッテリーではなくて、恋愛として好き。
またバッテリーを組んで、一緒に住みたい。
廉は隆也の告白を受け入れ、自分も同じだと告げた。
ずっと想いを隠してきた2人は、相手の気持ちを知って歓喜に震えた。
廉の部屋で2人で抱き合って、唇を重ねようとした瞬間、電話が鳴った。
携帯電話ではなく、三橋宅の家の電話だ。
この電話が誕生したばかりのカップルを、あっけなく引き裂くことになったのだ。
電話の相手は群馬の警察からだった。
群馬の三橋本家から出火があり、全焼したという。
廉の両親、祖父母、叔父夫婦、そして従兄弟たちも全員亡くなった。
廉は三橋家の膨大な資産を相続し、事業を継続することになったのだ。
「今、何て。。。?」
廉はキョトンとした顔で、小首を傾げ、相手を見る。
正面に座るその人物は額を床に擦りつけるように身を伏せており、廉からは後頭部しか見えない。
土下座。こんな立派な大人の人が。
廉は生まれて初めて実際に見る土下座に、困惑する。
「あの。。。」
状況が飲み込めない廉は、土下座したその人物の隣に座る女性を見た。
すると彼女も慌てて、同じように土下座をする。
ますますわからなくなった廉はさらに隣に座る人物に、視線を移す。
彼ならば、この訳がわからない状況を何とかしてくれるに違いない。
高校の3年間、バッテリーを組んだ彼を、廉は誰よりも信頼している。
何よりも土下座をしているのは、彼の両親なのだから。
だが廉が頼りにする彼-阿部隆也が廉の視線を受け止めることはなかった。
隆也はつかの間、廉と視線を合わせたが、すぐに悲しそうに顔を歪めて目を伏せた。
そしてそのまま視線を足元に落としたまま、2度と廉を見ることはなかった。
廉の両親や祖父母たちの葬儀は群馬の催事場で執り行われた。
そのまま廉は群馬のホテルに滞在し、遺産相続や事業の引継ぎなどの手続きをしていた。
隆也とその両親はそのホテルの一室を訪ねた。
そして隆也の父は、廉に金を貸して欲しいと頼んだのだった。
隆也の父親は会社を営んでいたが、経営状態は悪かった。
もっと言えば経営難であり、金に困っていたのだった。
隆也は廉に土下座する両親を呆然とした思いで見ていた。
廉に会いに行くから、一緒に来いと言われただけだ。
近しい親戚を一気に失った廉へのお悔やみを言うのかと思っていたのに。
「お金は差し上げます。ご希望の金額を。」
廉は隆也の父にきっぱりとそう告げた。
その声に隆也は戸惑う。
いつものような吃音もなく、大きくはっきりとした声。
この3年、隆也は廉のこんな口調を聞いたことがなかった。
「その代わり阿部君をオレにください。」
金をくれるという廉の言葉に喜びの表情になった隆也の両親は、そのまま顔を見合わせる。
隆也もまたどういうことかと、怪訝な表情になった。
これではまるで好きな女性の両親に、男が言う台詞だ。
「正確には、阿部君の10年をください。」
廉は3人の顔を順に見回しながら、そう付け加えた。
大学へ進学するのをやめて、廉は三橋家の長となり家業を引き継ぐ。
隆也には廉の家の執事になって欲しい。期限は10年。
その間はもちろん阿部家に融通する金とは別に、隆也には給料を支払う。
もし何かの都合で10年を待たずに辞めたい場合は、阿部家に融通した金を返済すること。
その場合は隆也の給料の返却は不要。
三橋は淡々と条件を数え上げていく。
隆也の父と母は困惑しながら、隆也を見た。
断ることなどできるはずもない。
隆也には両親の視線に、縋るような色が込められていることがわかったからだ。
隆也は廉の条件を呑んで、三橋家で働くことにした。
大学は通ってもかまわないと言われたが、廉と同じく諦めた。
このとき隆也は廉を失ったのだと思う。
まだ四十九日も終わらないうちの父から廉への金の無心。
2人の純粋な想いが、金という世俗的な欲に汚れた瞬間だった。
そして相続や事業再開などの事務的な手続きを終えた後。
廉と隆也は、群馬の三橋本家にいた。
とは言っても、火事で全焼してしまった家だ。
今あるのはまるで城のような広大な敷地と、黒焦げの焼け跡だけだ。
「ここはこのままにしておくんだ。」
廉はポツリとそう言った。
焼け落ちてしまった瓦礫からは、未だに焦げたにおいが立ち込めている。
「三橋家は表向き、三星学園の経営をしていることになってる。」
「違うんですか?」
「ここを出るまではまだ敬語じゃなくていいよ。阿部君」
廉はそう言って、焼け落ちた家を見ながら言葉を続けた。
「三星学園の経営はやってるよ。でもそれ以外の裏の顔があるんだ。」
「裏の、顔?」
「うん。それがオレはそれが嫌で逃げてたんだ。頭悪い振りして、ビクビク卑屈な振りして。」
「じゃあ赤点スレスレも、ドモるのも、演技?」
「ずっと騙しててごめんね。」
「何でそんなことを?」
「三橋の家を継ぎたくなかったんだ。跡継ぎを従兄弟に押し付けるつもりだった。」
「そうか。。。」
「でも安心して。阿部君の仕事はオレの家の管理。裏の仕事は関係ないから。」
廉はそう言って、じっと瓦礫の城を見据えていた。
隆也はその横顔を見ながら、この廉に仕えるのだと決意を固めていた。
そして隆也は廉の執事になった。
「三橋」と「阿部君」は「廉様」と「隆也」になった。
だが隆也はいつまでも忘れることが出来ないでいる。
瓦礫の城の前で見た廉の寂しそうな横顔を。
【続く】
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