空10題-青空編

【かけっこ】

なぁなぁ部室まで、かけっこしねぇ?
オレは、横を歩いている三橋にそう言った。
三橋は「かけ、っこ、する!」と笑っている。
別に勝ち負けを競いたいわけじゃない。
オレたちは野球が大好きで、大好きで、もうホントに好きだから。
とにかく少しでも早く練習を始めたいんだ。

放課後の部活に向かうオレたち。
いつもは泉も含めた同じクラスの3人で部室に向かう。
だが今日は泉は当番で、オレと三橋は先に出た。
かけっこ、なんて泉がいれば「あぶねぇぞ」なんて言われるだろう。
でも三橋は、そんなヤボなことを言わないからいい。
オレの言うことに、何でも嬉しそうにしてくれる。
そういうの何て言ったっけ?この前西広に言われたんだ。
そうだ感性!感性が似ているってヤツだ。
かわいい弟みたいな三橋は、野球と同じくらい好きだ。

田島君だよね、1年9組の。
かけ声をかけて、走り出そうとしたオレたちに声をかけるヤツがいた。
振り返ると2人の男子生徒が立っていて、1人がオレの肩をポンと叩いた。


球技大会で、君のプレー見てさ。
サッカーやらないかと思って。
2人組の1人が、オレの肩に手を置いたままでそう言った。
この2人はサッカー部の2年生で、どうやらオレをサッカー部に誘うつもりらしい。

野球もいいけど、サッカーも楽しいよ。
モロに身体能力が勝負に出るから、君の力が出やすいんじゃないかな?
野球よりも断然、やりがいがあると思うよ。
もう1人のヤツがそう言って、2人が顔を見合わせて笑う。
何かその笑いが、妙にヘラヘラして見えるのは気のせいかな。

誘ってもらって、ありがとうございます。
でもオレは野球が好きなんで、すんません。
一応相手は2年生、少し感じが悪くてもセンパイだ。
オレはそう言って、ていねいに頭を下げた。
そして三橋の左手をつかんで、歩き始める。
だが2人は諦めず、しつこくオレたちについて来た。

野球より女の子にモテるよ。
こっちは新設の野球部と違って、環境もいいよ。
それに野球は打者がよくても、ピッチャーが打たれたらダメでしょ。
サッカーは守備も攻撃も1人じゃないから、そういうのないし。
そう言って2人は、ちょっと見下したような視線で三橋を見た。
三橋はオロオロと「オレ、ダメピー、で」とキョドっている。


仮に西浦の部活がサッカー部1つだけになっても、絶対に入らないっす。
オレはそう言って、もう1回頭を下げた。
そして三橋の肩を抱いて、そのまま足を速めた。

野球よりも断然、やりがいがあるだって?
オレは野球が好きだけど、サッカーやってるやつに「サッカーよりも野球がいい」なんて絶対言わない。
真剣にその種目をやっているヤツに対して、失礼だからだ。
そういうの何て言ったっけ?この前じーちゃんに言われた。
そうだ礼儀!相手に対する礼儀ってヤツだ。

それに何より!三橋が「ダメピー」って何だよ。
三橋はあの桐青に投げ勝ったんだぞ。
オレたちがみんなに自慢できる大事なエースなんだ。
美丞との試合を見て言っているのかもしれないが、とにかく許せない。
三橋を悪く言うヤツがいる部なんて、他にそれしか部がないって言われたって絶対に入らない。

田島、君、かけっこ、しよ?
三橋は何もなかったような顔で笑う。
オレの怒りがわかっているのか、いないのか。
いや三橋はオレが野球をやめるなんて出来ないってこと、知ってるんだ。
何たって、同じ感性の持ち主だもんな。
三橋の笑顔を見ていると、このモヤモヤした気持ち悪さがどんどん薄まっていく気がするから不思議だ。

ようい、ドン!
かけ声をかけて、2人で走り始めた。
部室に付く頃には、きっとモヤモヤは完全に消えてなくなっているだろう。

【終】
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