空10題-青空編

【映える鮮やかさ】

巣山ってさ、本当にちゃんとしてるよね。
栄口に言われて、オレは「何が?」と聞き返した。
身だしなみって言うのかな?
栄口はそう答えながら、オレの手元を指差す。
オレは右手にクシ、左手に小さな鏡を持って、髪を整えているところだった。

もうすぐ放課後の部活が始まる部室。
放課後の部員たちは、特に当番やら日直やらがなければクラスごとにやって来る。
今日一番最初に現れたのは、1組のオレと栄口。
そしてつい今しがた現れたのが7組の花井、阿部、水谷だ。
3組、9組の連中はまだ現れないが、程なく来るだろう。

ほんとにそうだよ。
練習が終わった後はみんな髪を直したりするけど、練習前はやんないよ。帽子かぶっちゃうしね。
そう言って、話に割り込んできたのは水谷だ。
若干ウザい口調で「オシャレだよね~」と笑う水谷に、栄口が「そうそう」と相槌を打つ。
花井と阿部は、特に会話に入ってくることなく、淡々と着替えている。


ねぇ今度の休みに服を買いに行こうと思ってるんだけど、巣山がよく行く店教えてよ。
水谷の言葉に、オレは「いいけど」と答えながら、一瞬考えた。
いくつか服を買う店はあるけど、結構マニアックな古着屋とか傾向が偏るショップが多いからだ。
オレと水谷では、顔や雰囲気が全然違うもんな。
水谷にも似合う服を置いてる店だと、どこがいいだろう。

巣山とお前じゃ似合う服が全然違うだろ。
容赦なく突っ込んだのは、阿部だ。
オレも栄口も花井も喉まで出かかったものの、結局言わなかった言葉。
阿部は容赦なく、水谷に言い放つ。
栄口が「阿部は性格がワルイぜ」とポツリと呟き、オレはその言葉に内心同意した。

当の水谷は「え~?」と言いながら、拗ねたような表情になった。
だって巣山の服っていつもカッコいいし、憧れるんだもん。
オレは「そりゃ、ありがとな」と短く礼を言った。
水谷の拗ねた顔はキモいけど、褒められたら悪い気はしない。

ねぇ巣山から見てさ、巣山以外で一番オシャレだって思うのは誰?
水谷がめげることなく、なおも聞いてくる。
オレはさして迷うことなく「三橋かな」と言った。
水谷が「ええ~?」と驚きの声をあげ、花井も栄口も怪訝な表情になる。
それまでは興味ないと言わんばかりだった阿部も、三橋の名が出たことで少しこちらに身を乗り出した。


みんながオレのことを「オシャレ」だと言うが、オレ自身はそうは思っていない。
ただ周りに見苦しい印象を与えたくないという、その思いが強いだけだと思っている。

まずオレの髪は硬質で頑固なので、伸ばすとすぐに跳ねてしまう。
野球部にいて、練習に時間を取られる今は髪に時間などかけられない。
だから短髪にして、着替えなどの時にはマメにクシで押さえるようにしている。

服については、さすがに全然時間をかけないわけにはいかない。
西浦高校は決められた制服がない。
ずっと制服を着ていた者からすれば、それは意外と大変な問題なんだと思う。

例えば急に気温が上がっても、ひどく暑苦しい格好をしているヤツとか。
逆に冷え込んだりしても、寒々しい格好をしてたりするヤツもいる。
制服ならば決められているのだから、仕方ないと割り切れる。
だが私服だと日々の天候を見ながら、服を選ばなくてはならない。
オレはそういう手間を絶対に惜しみたくない。

あと流行っていうやつもむずかしい。
例えば今年の流行だと言う、芸能人がしているような髪型や服装。
そんなモノを真似るヤツも多いが、それは誰にも似合うわけじゃない。
オレだって「着たいけどオレには似合わない」と諦めた服はいくつもある。

つまり今の自分に一番似合うモノを見極める。
オレがオシャレだというなら、その極意はそういうことだと思う。


だが三橋を見ると、その思いがグラつく。
あいつは一見さり気ないが、実はなかなか金のかかった格好をしている。
あまり日本では有名ではないが、欧米では人気があるブランドのやつをよく着ている。
しかもいかにも「着飾りました」という感じになっていない。
いい服をいっぱい持っていて、着慣れている証拠だ。

お母さんが、買って、くれた、シャツ、で。
三橋には1回「そのブランド、気に入ってるの?」と聞いたことがある。
その時の三橋の答えだ。
三橋は親に買い与えられた服を、何も考えずに着ているだけなのだ。
確かにアイツの家はデカイし、お金もあるんだろう。
さらに聞いてみると、自分で服を選んで買ったことはないのだという。

三橋はオレとは正反対だ。
柔らかい髪は寝グセで大変なのだろう、微妙に毎日少しずつ違う感じだ。
でもそれが全然見苦しく見えない。
三橋はまったく時間もかけず、オシャレなど意識することさえなさそうだ。
そんなヒマがあったら投げたいとか、三橋はそんなヤツだ。
だが母親見立ての服も、寝グセの髪さえ、三橋によく似合っている。

映える鮮やかさは、どちらが先だ?
服が三橋を引き立てるのか?三橋が服を綺麗に見せるのか?
もしもその人間のキャラクターが、身に着ける物さえ映えさせると言うのなら。
周りに見苦しい印象を与えたくないというオレの持論は何と小ざかしいことか。
三橋を見ていると、そんな妙に負けたような気持ちになるんだ。


ねぇねぇ何で三橋なの?
ふと物思いにふけって黙ってしまったオレに、水谷がまくし立ててきた。
花井も栄口も阿部も、目でオレの話の先を急かしている。
だがオレは「何か可愛いからさ」と言って、誤魔化すように笑った。
水谷が「そんな理由?」と納得がいかない様子で食い下がってくる。
三橋がいつも来ているような服は、オレは絶対に似合わないから。
そういうと水谷は「確かにねぇ」とようやく着替えを始めた。

何か悔しいじゃないか。
同じ歳のチームメイトに負けた気がするなんて。
それが例え野球とはまったく関係がない、どうでもいいようなことでも。
しかも仮にも「オシャレ」と言われたオレが、その「オシャレ」で負けるなんて。

遠くから話し声が近づいてきた。
あれは田島と泉、それに西広の声もする。
どうやら3組と9組は途中で一緒になったんだろう。
すぐに部室のドアが開き、予想通り3組と9組の5人が現れた。
人数が倍になった部室は、一気に喧騒に包まれる。

先に着替え終わったオレたち1組7組は、何となく三橋を見てしまう。
今日来ている白いシャツも、三橋によく似合っている。
襟元についている黒いシミは醤油だな、多分。
それでも全然みっともなく見えないのは、やはり三橋だからだろう。

阿部が三橋を見ながら、フッと笑った。
オレも花井も栄口も水谷も、つられたように笑う。
当の三橋は自分を見て笑う5人に動揺して、キョドり始めた。
両の拳を握って、ソロソロと三橋に近づく阿部を見て、オレはまた苦笑する。

ああ、ゴメンな。三橋。
阿部がもうすぐ早く着替えろって、ウメボシを繰り出すぞ。

【終】
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