切ない5題
ああ、また間違えたんだ。
朦朧とする意識の中で、もう身体が動かない。
声を出すこともできない。
もうおしまいだと思った瞬間、三橋の脳裏に浮かんだのは阿部の笑顔だった。
見知らぬ誰かに身体を自由にされた。
悪夢だ、気のせいだと、自分に言い聞かせて誤魔化していた。
だが自分の身体に痕跡を刻まれ、それを阿部に見られた。
そして阿部は、三橋から離れていった。
阿部に頼らず、自力で解決するしかない。
そう思った三橋は、まず犯人は誰なのかと考えた。
その答えは、さほど優秀ではないという自慢にならない自負がある三橋でもすぐにわかった。
まず悪夢を見る日には、規則性があった。
三橋が犯人と目した人物は、その翌日には朝一番の講義を受講していない。
そして強烈な眠気に襲われるのは、決まってバッテリーミーティングの最中だった。
彼はいつもスポーツドリンクなどのペットボトル入りの飲み物を、三橋に直接手渡してくれた。
唯一謎なのは、チェーンロックまで掛けた三橋の部屋への侵入方法だ。
だがそれは、犯人に実際に押し入ってきてもらえればわかることだ。
今日、彼はきっと来るはずだ。
ミーティングの後、三橋は自分の部屋で待っていた。
計算外なのは、この眠気。
渡された飲み物をまったく飲まないわけにはいかなかったのだ。
彼の手前、少し口をつけただけで、残りはこっそりと洗面台に流した。
いつもほどではないが、やはり尋常ではない眠気だ。
やはり渡される飲み物には、睡眠薬のようなものが混入されているのだろう。
気だるい身体をベットに横たえながら、三橋はただただ待っていた。
三橋は物音に気づいて飛び起きた。
うとうとと少し眠ってしまったようだ。
でもそんなに長い時間ではないはずだ。
時間を確認しようと、枕元の携帯電話を手に取ろうとした三橋は息を呑んだ。
部屋の照明は落としており、枕元の蛍光スタンドだけの暗い状態の部屋。
それでも見間違えようのない人物が、三橋を凝視していた。
まさかと思い、でもやはりこの人しか考えられないと思っていた男。
三橋が犯人だと思っていた人物、三橋がこの世で2番目に信頼する捕手。
尊敬する先輩である正捕手が、三橋の身体に手をかけた瞬間だった。
「やっぱり、センパイ、が」
三橋の声がか細く震えた。怖い、そして信じたくない。
相手は三橋が起きたことに心底驚いたようで、一瞬動きを止めた。
だが三橋が悲鳴を上げようと口を開いた瞬間、手のひらでそれを押さえ込んだ。
捕手の大きな掌が、小さな三橋の鼻と口を一気に包んで呼吸を奪う。
もう片方の手で、三橋の細い両手首を纏めて掴んだ。
そうしながら三橋の上に馬乗りになって、その動きを奪う。
三橋は恐怖でパニック状態になった。
腕を取られた恐怖。呼吸を奪われた恐怖。動きを封じられた恐怖。
掴まれた腕が痛い。右腕を傷つけられたら終わりだ。
もう自分には何も残らなくなってしまう。
そう思ったら、三橋はカッと頭に血が上った。
三橋は最後の力を振り絞るように懸命に暴れた。
足をバタつかせると、相手は怯んだ。
口と手を拘束する力が弱くなる。
それが多分、最後のチャンスだろう。
ここで逃れられなければ、三橋に勝機はない。
死に物狂いで暴れたのが功を奏して、相手の腰が引けた。
その瞬間、三橋は相手の腹を思い切り蹴飛ばした。
相手の身体が離れるまで、三橋がさらに蹴りを繰り出した。
どうやら三橋の足の甲が、相手の右肘に当ったらしい。
相手は肘を押さえて、ベットから転落した。
「うう!」
相手が呻く声が聞こえてくる。
フローリングの床に転倒して、ベットの横にあるサイドテーブルにどこかをぶつけたらしい。
相手は三橋を睨みつけると、右肘を押さえながら、足を引きずるような仕草で部屋から出て行った。
部屋に残された三橋はハァハァと荒い息をしながら、放心状態だった。
彼が退出した後開けたまま放置されているドアを、呆然と見ていた。
翌朝、正捕手の2年生が怪我をしたのだと聞かされた。
しかも骨折している可能性が高く、当面プレーはできないという。
多分長くリハビリが必要だし、もしかしたら選手生命にかかわるかもしれない。
部屋で転倒しての怪我らしいが、迂闊すぎる。
監督とトレーナーが小声で話しているのをしっかり聞き取った三橋は、顔から血の気が引いた。
彼の怪我は三橋が抵抗したせいに違いない。
たしかに夜中に部屋に忍び込んで、身体を触るなど許せる行為ではない。
だがそれ以外では、彼は三橋に親切にしてくれた。
三橋の体調に気を配り、言葉足らずな三橋の気持ちを考慮してくれた。
バッテリーの相方として、三橋が投げやすいように。
その彼に、野球ができなくなるような怪我をさせてしまったのだ。
しかも彼は将来プロ入り間違いなしと言われる名選手なのだ。
もっと他にも方法があったのではないか。
証拠を掴むためとか言いながら、待ち伏せするようなことをしなくても。
ちゃんと話をして、やめてくれと頼めばよかったのではないか。
判断を誤ったせいで、取り返しがつかないことをしてしまった---!
もうここで投げることなどできない。
まず彼に謝罪して、その後阿部に全て話して。
それで終わりにするしかない。
だから阿部が正捕手になった今日だけ、阿部に投げる。
それだけは許してもらおう。
そして三橋は失意のまま、練習に参加した。
夢にまで見た阿部のミットは、涙で少しぼやけて見えた。
その夜、三橋はまた自室で彼を待っていた。
音もなく、照明も一番暗い状態の静かな部屋。
ベットに腰掛けて、ただ座っていた。
すると不意にガン、と壁を叩くような大きな音がした。
「う、お?」
驚いて声を上げた三橋の前で、壁がスライドするように動く。
そしてこの部屋と隣室を隔てる壁の一部に、1メートル四方くらいの大きさの四角い穴ができた。
「な、に、これ?」
呆然とする三橋に答えるように、その穴から1人の男が部屋に入ってきた。
三橋が待っていたその男は、右腕を白い布で肩から吊っている。
「昔、酒に酔ったヤツが壁に穴開けたんだ。未だにこうやって板一枚で誤魔化して、修理してない」
彼は薄笑いを浮かべながら言った。
「隣の部屋は空き部屋で、鍵はかかってない。つまり三橋の部屋は鍵なんかないも同然なんだ」
何も言えない三橋に、さらに言葉を続ける。
「怪我、は、ど、どうなんですか」
「ああ、これね」
三橋の問いに、彼は自分の腕を見下ろした
「骨折だって。全治4ヶ月。案外重症でしょ。」
「野球、は」
「うん、練習に戻るまでにはもっとかかるだろうな」
彼は不自然なほど明るい口調で、三橋の問いに答えていく。
「オレ、その、すみません、でした。大怪我、させて」
「だったらさ、三橋、オレのものになってくんない?」
彼は気安い口調で、三橋に信じられないような要求を告げた。
「センパイ、オレに、どこまで」
「三橋にどこまでしたかって?」
彼の笑顔はグラウンドで見慣れたそれとは違っていた。
酷薄な狂気が混じっているような気がする。
「安心しなよ。まだ最後まではしてない。服脱がせて触っただけ」
「どうして」
「三橋のこと、好きだからね。」
彼がゆっくりと歩み寄り、ベットに腰掛けている三橋の前に立った。
そして無傷な左手を伸ばしてくる。
その指先がゆっくりと、三橋の頬に触れた。
「三橋のこと、初めてみたときから好きだった。」
彼の言葉に、三橋の身体がビクリと震えた。
「最初は顔見て、一緒に練習するだけでよかったんだ。」
頬に触れていた手が、ゆっくりと三橋の身体を伝って下りた。
そして三橋の細い首を捕らえて、グッと力がこめられた。
軽く絞められるような形になり、三橋が「う」と声を上げた。
「でも可愛くてさ。触りたくなって。」
さらに指に力がかかり、呼吸が苦しくなってきた。
利き腕ではないと思って油断していた三橋は、ようやくこの状況の危うさに気がついた。
「触ったら、今度はオレのものにしたくなったんだ」
泣きたいけど泣けない。
だって間抜けすぎる。あまりにも簡単に相手の手中に落ちてしまった。
話をしたかっただけなのに。まさかこのまま殺されるのだろうか。
自分の迂闊さを呪いながら、三橋は意識が遠のくのを感じた。
「その手を離せ」
先程彼が侵入してきた壁から、不意に別の声が聞こえた。
声の主はこちらに駆け寄ってくると、三橋を絞め上げていた腕を勢いよく払いのけた。
そして2人の間に身体を滑り込ませて、三橋を背後に庇うように立った。
「阿部、く。。。」
三橋は彼との間に立ちはだかる男の名を呼んだ。
助けに来てくれた、大好きな恋人。
阿部は三橋の呼びかけに答えるように、三橋の右手を取ってギュッと握った。
「なるほどね。こんな抜け穴があったわけね」
阿部は呆れたような口調で言った。
「これ以上、三橋に手を出すのはやめろ。さもないと。。。」
「何を言って。。。」
阿部と彼が何か話している。
三橋はそれをぼんやりとした意識の中で聞いていた。
正確には、なんか喋っているみたいだなと思っただけだった。
何だか酷く疲れているようで、急激に眠くなってきた。
「三橋?」
三橋はスッと吸い込まれるように、前に倒れた。
頭が阿部の背中に勢いよくぶつかり、焦ったような阿部の声が聞こえる。
だが三橋はもう答える力も、目を開けている力もなかった。
慌てて抱きとめる阿部の腕の中で、三橋はゆっくりと意識を手放していった。
【続く】
朦朧とする意識の中で、もう身体が動かない。
声を出すこともできない。
もうおしまいだと思った瞬間、三橋の脳裏に浮かんだのは阿部の笑顔だった。
見知らぬ誰かに身体を自由にされた。
悪夢だ、気のせいだと、自分に言い聞かせて誤魔化していた。
だが自分の身体に痕跡を刻まれ、それを阿部に見られた。
そして阿部は、三橋から離れていった。
阿部に頼らず、自力で解決するしかない。
そう思った三橋は、まず犯人は誰なのかと考えた。
その答えは、さほど優秀ではないという自慢にならない自負がある三橋でもすぐにわかった。
まず悪夢を見る日には、規則性があった。
三橋が犯人と目した人物は、その翌日には朝一番の講義を受講していない。
そして強烈な眠気に襲われるのは、決まってバッテリーミーティングの最中だった。
彼はいつもスポーツドリンクなどのペットボトル入りの飲み物を、三橋に直接手渡してくれた。
唯一謎なのは、チェーンロックまで掛けた三橋の部屋への侵入方法だ。
だがそれは、犯人に実際に押し入ってきてもらえればわかることだ。
今日、彼はきっと来るはずだ。
ミーティングの後、三橋は自分の部屋で待っていた。
計算外なのは、この眠気。
渡された飲み物をまったく飲まないわけにはいかなかったのだ。
彼の手前、少し口をつけただけで、残りはこっそりと洗面台に流した。
いつもほどではないが、やはり尋常ではない眠気だ。
やはり渡される飲み物には、睡眠薬のようなものが混入されているのだろう。
気だるい身体をベットに横たえながら、三橋はただただ待っていた。
三橋は物音に気づいて飛び起きた。
うとうとと少し眠ってしまったようだ。
でもそんなに長い時間ではないはずだ。
時間を確認しようと、枕元の携帯電話を手に取ろうとした三橋は息を呑んだ。
部屋の照明は落としており、枕元の蛍光スタンドだけの暗い状態の部屋。
それでも見間違えようのない人物が、三橋を凝視していた。
まさかと思い、でもやはりこの人しか考えられないと思っていた男。
三橋が犯人だと思っていた人物、三橋がこの世で2番目に信頼する捕手。
尊敬する先輩である正捕手が、三橋の身体に手をかけた瞬間だった。
「やっぱり、センパイ、が」
三橋の声がか細く震えた。怖い、そして信じたくない。
相手は三橋が起きたことに心底驚いたようで、一瞬動きを止めた。
だが三橋が悲鳴を上げようと口を開いた瞬間、手のひらでそれを押さえ込んだ。
捕手の大きな掌が、小さな三橋の鼻と口を一気に包んで呼吸を奪う。
もう片方の手で、三橋の細い両手首を纏めて掴んだ。
そうしながら三橋の上に馬乗りになって、その動きを奪う。
三橋は恐怖でパニック状態になった。
腕を取られた恐怖。呼吸を奪われた恐怖。動きを封じられた恐怖。
掴まれた腕が痛い。右腕を傷つけられたら終わりだ。
もう自分には何も残らなくなってしまう。
そう思ったら、三橋はカッと頭に血が上った。
三橋は最後の力を振り絞るように懸命に暴れた。
足をバタつかせると、相手は怯んだ。
口と手を拘束する力が弱くなる。
それが多分、最後のチャンスだろう。
ここで逃れられなければ、三橋に勝機はない。
死に物狂いで暴れたのが功を奏して、相手の腰が引けた。
その瞬間、三橋は相手の腹を思い切り蹴飛ばした。
相手の身体が離れるまで、三橋がさらに蹴りを繰り出した。
どうやら三橋の足の甲が、相手の右肘に当ったらしい。
相手は肘を押さえて、ベットから転落した。
「うう!」
相手が呻く声が聞こえてくる。
フローリングの床に転倒して、ベットの横にあるサイドテーブルにどこかをぶつけたらしい。
相手は三橋を睨みつけると、右肘を押さえながら、足を引きずるような仕草で部屋から出て行った。
部屋に残された三橋はハァハァと荒い息をしながら、放心状態だった。
彼が退出した後開けたまま放置されているドアを、呆然と見ていた。
翌朝、正捕手の2年生が怪我をしたのだと聞かされた。
しかも骨折している可能性が高く、当面プレーはできないという。
多分長くリハビリが必要だし、もしかしたら選手生命にかかわるかもしれない。
部屋で転倒しての怪我らしいが、迂闊すぎる。
監督とトレーナーが小声で話しているのをしっかり聞き取った三橋は、顔から血の気が引いた。
彼の怪我は三橋が抵抗したせいに違いない。
たしかに夜中に部屋に忍び込んで、身体を触るなど許せる行為ではない。
だがそれ以外では、彼は三橋に親切にしてくれた。
三橋の体調に気を配り、言葉足らずな三橋の気持ちを考慮してくれた。
バッテリーの相方として、三橋が投げやすいように。
その彼に、野球ができなくなるような怪我をさせてしまったのだ。
しかも彼は将来プロ入り間違いなしと言われる名選手なのだ。
もっと他にも方法があったのではないか。
証拠を掴むためとか言いながら、待ち伏せするようなことをしなくても。
ちゃんと話をして、やめてくれと頼めばよかったのではないか。
判断を誤ったせいで、取り返しがつかないことをしてしまった---!
もうここで投げることなどできない。
まず彼に謝罪して、その後阿部に全て話して。
それで終わりにするしかない。
だから阿部が正捕手になった今日だけ、阿部に投げる。
それだけは許してもらおう。
そして三橋は失意のまま、練習に参加した。
夢にまで見た阿部のミットは、涙で少しぼやけて見えた。
その夜、三橋はまた自室で彼を待っていた。
音もなく、照明も一番暗い状態の静かな部屋。
ベットに腰掛けて、ただ座っていた。
すると不意にガン、と壁を叩くような大きな音がした。
「う、お?」
驚いて声を上げた三橋の前で、壁がスライドするように動く。
そしてこの部屋と隣室を隔てる壁の一部に、1メートル四方くらいの大きさの四角い穴ができた。
「な、に、これ?」
呆然とする三橋に答えるように、その穴から1人の男が部屋に入ってきた。
三橋が待っていたその男は、右腕を白い布で肩から吊っている。
「昔、酒に酔ったヤツが壁に穴開けたんだ。未だにこうやって板一枚で誤魔化して、修理してない」
彼は薄笑いを浮かべながら言った。
「隣の部屋は空き部屋で、鍵はかかってない。つまり三橋の部屋は鍵なんかないも同然なんだ」
何も言えない三橋に、さらに言葉を続ける。
「怪我、は、ど、どうなんですか」
「ああ、これね」
三橋の問いに、彼は自分の腕を見下ろした
「骨折だって。全治4ヶ月。案外重症でしょ。」
「野球、は」
「うん、練習に戻るまでにはもっとかかるだろうな」
彼は不自然なほど明るい口調で、三橋の問いに答えていく。
「オレ、その、すみません、でした。大怪我、させて」
「だったらさ、三橋、オレのものになってくんない?」
彼は気安い口調で、三橋に信じられないような要求を告げた。
「センパイ、オレに、どこまで」
「三橋にどこまでしたかって?」
彼の笑顔はグラウンドで見慣れたそれとは違っていた。
酷薄な狂気が混じっているような気がする。
「安心しなよ。まだ最後まではしてない。服脱がせて触っただけ」
「どうして」
「三橋のこと、好きだからね。」
彼がゆっくりと歩み寄り、ベットに腰掛けている三橋の前に立った。
そして無傷な左手を伸ばしてくる。
その指先がゆっくりと、三橋の頬に触れた。
「三橋のこと、初めてみたときから好きだった。」
彼の言葉に、三橋の身体がビクリと震えた。
「最初は顔見て、一緒に練習するだけでよかったんだ。」
頬に触れていた手が、ゆっくりと三橋の身体を伝って下りた。
そして三橋の細い首を捕らえて、グッと力がこめられた。
軽く絞められるような形になり、三橋が「う」と声を上げた。
「でも可愛くてさ。触りたくなって。」
さらに指に力がかかり、呼吸が苦しくなってきた。
利き腕ではないと思って油断していた三橋は、ようやくこの状況の危うさに気がついた。
「触ったら、今度はオレのものにしたくなったんだ」
泣きたいけど泣けない。
だって間抜けすぎる。あまりにも簡単に相手の手中に落ちてしまった。
話をしたかっただけなのに。まさかこのまま殺されるのだろうか。
自分の迂闊さを呪いながら、三橋は意識が遠のくのを感じた。
「その手を離せ」
先程彼が侵入してきた壁から、不意に別の声が聞こえた。
声の主はこちらに駆け寄ってくると、三橋を絞め上げていた腕を勢いよく払いのけた。
そして2人の間に身体を滑り込ませて、三橋を背後に庇うように立った。
「阿部、く。。。」
三橋は彼との間に立ちはだかる男の名を呼んだ。
助けに来てくれた、大好きな恋人。
阿部は三橋の呼びかけに答えるように、三橋の右手を取ってギュッと握った。
「なるほどね。こんな抜け穴があったわけね」
阿部は呆れたような口調で言った。
「これ以上、三橋に手を出すのはやめろ。さもないと。。。」
「何を言って。。。」
阿部と彼が何か話している。
三橋はそれをぼんやりとした意識の中で聞いていた。
正確には、なんか喋っているみたいだなと思っただけだった。
何だか酷く疲れているようで、急激に眠くなってきた。
「三橋?」
三橋はスッと吸い込まれるように、前に倒れた。
頭が阿部の背中に勢いよくぶつかり、焦ったような阿部の声が聞こえる。
だが三橋はもう答える力も、目を開けている力もなかった。
慌てて抱きとめる阿部の腕の中で、三橋はゆっくりと意識を手放していった。
【続く】