恋3題

【…顔熱い】

卒業後の進路。
野球をしていた頃には遠くにあると思っていたそれは、もう目の前に迫っている。
三橋はそう遠からず訪れるであろう別れを思い、心を重くしていた。

引退した三橋たち3年生は、ほとんどの人間が大学進学を希望していた。
そして何らかの形で、野球を続ける。
受験となると、問題が発生するのは三橋と田島だ。
試験の度に部員たちによる補習授業で何とか切り抜けてきた低空飛行の成績。
だがその同志・田島はプロ野球に照準を絞ってしまった。
1人取り残された気分の三橋は、それでも懸命に進路を模索した。
自分の成績で入れる大学、もしくは就職。
とにかくまだ野球は続けたい。

そんな時に、三橋は大学野球の強豪校から推薦入学の誘いを受けた。
まともに受験したら、入学など到底かなわない名門大学だ。
夢のようないい話だった。
期待に答えられるのかと思うと不安になるが、評価されたことは嬉しい。
だが進路に具体的な大学名が挙がったことで。
チームメイト、そして阿部との別れを意識せざるを得ない。


三橋は自分の部屋のベットに寝転んで、大きなため息をついた。
阿部に告白されて、キスを交わした日から半月余り。
2人の距離はまったくといっていいほど変わっていなかった。
学校では相変わらず、偶然にすれ違うくらいでしか会うことはない。
登下校や休日、2人きりで会うようなこともない。

あの告白は、あのキスは、夢だったのだろうか?
ふと三橋はそんなことを考える。
辛うじて夢であることを否定できるものがあった。
あの日から始まった2人の習慣。
三橋はそれを確認するために、携帯電話を開く。
今日は何してた?とか、ご飯が美味しかったとか。
専用のフォルダに入った他愛のないことをやりとりするメール。
それだけが三橋に、あの日のことが嘘ではないと教えてくれる。

阿部もまた有名大学から野球推薦による入学の話が来ているという。
だが阿部はそれを断わり、受験の準備を進めているらしい。
それらのことを三橋はすべて他の部員から聞かされた。

三橋は揺れる心を、懸命に抑えようとしていた。
野球部の頃、阿部のメールは用件だけの素っ気ないものだった。
そんな阿部が日に何度も雑談のようなメールをくれる。
しかも受験勉強に追われている合間に。
それだけで満足するべきだ。
それ以上を求めるなど、贅沢だ。


三橋の手の中で、不意に携帯電話が鳴った。
短い着信音。メールだ。
差出人は恋人である阿部隆也。
慌ててメールを開いた三橋は、驚きに目を見開いた。

『今、おまえの家の前』

三橋は慌ててベットから跳ね起きて、窓へ向かう。
そして玄関口を見下ろすと、仏頂面でこちらを見上げる阿部と目が合った。

まったくこの前の時といい、どうして予告もなしに現れるのだろう。
そんなことを思いながら、三橋は大急ぎで玄関へと向かった。


「親は?いねぇの?」
三橋の部屋に入ると、阿部は開口一番に聞いてきた。
「今日も、遅いよ。今は、オレしか、いない。」
答えを聞くや否や、阿部が腕を広げた。
ちょうど「なにか飲み物でも」と部屋を出ようとした三橋を捕らえる。
不意をつかれた三橋が、背後から抱きしめられる形になった。

「話がある。進路のことで」
耳元で囁かれて、ふっと息を吹きかけられて。
身体の力が抜けてしまった三橋は、ただただ頷くしかなかった。
三橋は阿部と並んでベットに腰掛けて、阿部の話を待った。

「オレ、三橋が推薦貰った大学受けるから」
「う、え?」
驚いた三橋が頓狂な声を上げると、阿部が不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「不満かよ」
「そんな、わけ、ないよ」
嬉しいに決まってる。でもそれ以上に。
「なんで?」
三橋は恐る恐る問いかけた。
いい大学から推薦が来ているのに、それを蹴ってまで受験する理由は何だろう。

「はぁぁ?」
三橋の問いに、阿部は隠すことなく怒りの声を上げた。
そして腕を伸ばして、三橋の肩を抱き寄せる。
「好きなヤツと同じ大学に行きたいって言ってんだよ!」
至近距離で大声を出された三橋は、ビクリと身体を震わせた。


「でも。阿部君、せっかく、推薦、もらってて」
「いいんだよ」
「嬉しいけど。それじゃ、オレだけ。楽をして。」
「いいんだって」
困ったような照れているような表情。
こんな表情の阿部は初めて見る、と三橋は思う。

「だから受験が終わるまではあまり会えないけど。待っててくれるか?」
「うん。待つ」
隣に座る阿部の顔を見上げて、三橋は微笑んだ。
卒業=別れだと思い込んで、落ち込んできた。
でも阿部はその先の未来のことを考えていてくれたのだ。
先程までは不安でたまらなかった三橋を、幸せな気分が満たしていく。

「でも、オレばっかり、大事にされてる。阿部、くんに、悪い。。。」
「じゃあさ」
阿部は不意に三橋の両肩を掴み、そのままベットへと押し倒した。
小さく「ヒッ」と怯えた声を上げた三橋に構うことなく、阿部は三橋に圧し掛かる。


「合格したら、抱いていい?」
両方の手を三橋の手のひらに重ねて指を絡めながら、阿部が囁いた。
「抱、く?」
「ご褒美に、三橋が欲しい」
三橋はその意味に気付いて、阿部を凝視した。
自分でも呆れるほどの速度で、顔が火照るのを感じる。

「阿部君、絶対、合格して。オレを、抱いて。」
三橋は阿部の顔を真っ直ぐに見上げて、言った。
こんなに好きなのだ。
本当は今すぐここで抱かれてしまいたい。
恐らくは阿部も同じ気持ちなのだろう。
見下ろす阿部の目は、艶を含みながら三橋に狙いを定めている。

「残念だけど、今はこれだけな」
阿部がゆっくりと身を屈めて、2人は唇を重ねた。
互いの舌を絡めて、吐息を味わいながら、長い長いキスを交わす。

「三橋、顔が真っ赤だ」
「…顔熱い、よ」
キスで呼吸が乱れた三橋の髪を撫でながら、阿部が笑う。
三橋はキスの余韻に浸りながら、いつまでも阿部を見つめていた。

【続く】
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