空10題-青空編
【七色の架け橋】
部活の途中から、にわか雨が降り始めてしまった。
だからいつもよりかなり早く練習を切り上げた。
天気予報では全然言ってなかったから、自転車で来ちまったよ。どうする?
そんなことを言いながら着替えていたら、部室を出る頃には止んでいた。
また練習を再開ほどの時間でもないし、グラウンドのコンディションも悪い。
オレたちは濡れた路面に注意しながら、コンビニへと繰り出した。
めいめいにおやつを買った部員たちが、コンビニ前でパッケージを剥き、食べる準備にかかる。
オレの「うまそぉ!」の掛け声の後、全員で「いただきます!」と唱和して、ガツガツと食べ始めた。
最初はコンビニの店員や他の客がこの「儀式」に面食らっていたし、オレも恥ずかしかった。
でも今やすっかり慣れたものだ。
顔馴染みの店員はニコニコと笑って見ているし、時には拍手まで巻き起こったりもする。
他の客の間でも有名になってしまっているらしい。
モグモグとパンを頬張りながら、オレは阿部と栄口と話をしていた。
予定より早く部活を切り上げたので、やり残してしまった練習をどうするか相談だ。
その横では泉と沖が、巣山に今日の服はどこで買ったのかと聞いている。
さらにその横では明日授業で当たるから明日の朝ちょっと教えてくれと、西広に頼んでいる水谷。
そして一番向こうにいるのは、半分ずつ食べた中華まんを交換している田島と三橋。
時間がいつもより早く、まだ空が明るい以外はまったくいつもと同じ。平和な光景だ。
あー、君は西浦の投手だよね。
大きな声がして、オレはそちらの方を見た。
一番端で肉まんを頬張っている三橋に、1人の男性が声をかけていた。
年配。60代くらいだろうか?
オレたちから見れば祖父くらいの年齢だろう。
いるんだよな。高校野球のマニア。
しかもどういうわけか、このくらいの年齢の男が多いんだ。
その手には、缶のビールが握られている。
オレたちと同じくこのコンビニで買ったのだろう。
桐青との試合、おじさん、スタンドで見てたんだよ。
孫が桐青の選手でねぇ。
男はそう言って、ガハハと笑った。
うわ、ここまで酒クセぇよ。
声もデケぇし、この人、酔っ払ってんな。
君を見たとき、この試合は楽勝!だと思ったんだよ。でもやられちゃったねぇ。
酔っ払い男は、さらにそう言って三橋の背中をバンバンと叩いた。
ヤベ。三橋、からまれてんじゃん。
鬼みたいな顔で酔っ払いを睨んでいた阿部が、三橋たちの方へと歩き始めた。
こりゃフォローしないと、まずそうだ。
下手に喧嘩沙汰にでもなって大会出場辞退なんてことになったら、シャレになんねーし。
オレも慌てて、阿部の後に続いた。
桐青、すごく、強か、た、けど。オレ、たち、も、頑張った、です!
阿部とオレが助けに入る前に、三橋は酔っ払いに負けない大声でそう答えた。
そして「フヒ」と妙な声で笑う。
酔っ払いは一瞬驚いた顔になったが「そうか!」と喜んだ。
横から田島が「オレ、4番!」と手を上げる。
酔っ払いはすっかり上機嫌で「4番か。スゲーな!」と楽しそうに応じた。
阿部、く、捕手。で、花井、君、最後の、返球!
助けに入ろうとした阿部とオレを指差して、三橋が教える。
すると酔っ払いがオレたちを見て「おお!」と感激した様子だ。
そんな感じですっかりテンションが上がった酔っ払い。
ビールを飲み終えると「頑張れよ!」と手を振りながら、去っていった。
阿部がハァと肩を落としてため息をついている。
オレも何か疲れたな。
何としても止めなくてはいけない、と勢い込んだ分拍子抜けした反動だ。
よくああいうのに話しかけられるけど、三橋も田島もジイちゃんの扱いは上手いぜ。
いつのまにかオレの横に立っていた泉が、そう言って笑った。
確かに、中学時代ジイちゃんと暮らしていた三橋と、大家族の田島。
何とか酔っ払いの機嫌を損ねないように追い払おうと考えたオレよりも、確かに扱いは上手い。
あいつらといて、疲れねぇ?とオレは泉に聞いてみる。
だが泉は「オレは慣れてるぜ」と涼しい顔だ。
何となく9組の連中は、部員の中でも子供っぽいやつらだと思っていた。
特に三橋はみんなの弟という感じで、一番幼いと。
だけど適応力とか、危機回避能力とか、そういうのはオレよりはありそうだ。
よくも悪くも常識人のオレに、その力を少し分けて欲しいよ。
三橋が「見て、見て!」と天を指差した。
夕暮れの空に見えるのは、七色の架け橋。
高らかに「オレたちも頑張った!」と宣言した三橋の笑顔のように、綺麗な虹だ。
【終】
部活の途中から、にわか雨が降り始めてしまった。
だからいつもよりかなり早く練習を切り上げた。
天気予報では全然言ってなかったから、自転車で来ちまったよ。どうする?
そんなことを言いながら着替えていたら、部室を出る頃には止んでいた。
また練習を再開ほどの時間でもないし、グラウンドのコンディションも悪い。
オレたちは濡れた路面に注意しながら、コンビニへと繰り出した。
めいめいにおやつを買った部員たちが、コンビニ前でパッケージを剥き、食べる準備にかかる。
オレの「うまそぉ!」の掛け声の後、全員で「いただきます!」と唱和して、ガツガツと食べ始めた。
最初はコンビニの店員や他の客がこの「儀式」に面食らっていたし、オレも恥ずかしかった。
でも今やすっかり慣れたものだ。
顔馴染みの店員はニコニコと笑って見ているし、時には拍手まで巻き起こったりもする。
他の客の間でも有名になってしまっているらしい。
モグモグとパンを頬張りながら、オレは阿部と栄口と話をしていた。
予定より早く部活を切り上げたので、やり残してしまった練習をどうするか相談だ。
その横では泉と沖が、巣山に今日の服はどこで買ったのかと聞いている。
さらにその横では明日授業で当たるから明日の朝ちょっと教えてくれと、西広に頼んでいる水谷。
そして一番向こうにいるのは、半分ずつ食べた中華まんを交換している田島と三橋。
時間がいつもより早く、まだ空が明るい以外はまったくいつもと同じ。平和な光景だ。
あー、君は西浦の投手だよね。
大きな声がして、オレはそちらの方を見た。
一番端で肉まんを頬張っている三橋に、1人の男性が声をかけていた。
年配。60代くらいだろうか?
オレたちから見れば祖父くらいの年齢だろう。
いるんだよな。高校野球のマニア。
しかもどういうわけか、このくらいの年齢の男が多いんだ。
その手には、缶のビールが握られている。
オレたちと同じくこのコンビニで買ったのだろう。
桐青との試合、おじさん、スタンドで見てたんだよ。
孫が桐青の選手でねぇ。
男はそう言って、ガハハと笑った。
うわ、ここまで酒クセぇよ。
声もデケぇし、この人、酔っ払ってんな。
君を見たとき、この試合は楽勝!だと思ったんだよ。でもやられちゃったねぇ。
酔っ払い男は、さらにそう言って三橋の背中をバンバンと叩いた。
ヤベ。三橋、からまれてんじゃん。
鬼みたいな顔で酔っ払いを睨んでいた阿部が、三橋たちの方へと歩き始めた。
こりゃフォローしないと、まずそうだ。
下手に喧嘩沙汰にでもなって大会出場辞退なんてことになったら、シャレになんねーし。
オレも慌てて、阿部の後に続いた。
桐青、すごく、強か、た、けど。オレ、たち、も、頑張った、です!
阿部とオレが助けに入る前に、三橋は酔っ払いに負けない大声でそう答えた。
そして「フヒ」と妙な声で笑う。
酔っ払いは一瞬驚いた顔になったが「そうか!」と喜んだ。
横から田島が「オレ、4番!」と手を上げる。
酔っ払いはすっかり上機嫌で「4番か。スゲーな!」と楽しそうに応じた。
阿部、く、捕手。で、花井、君、最後の、返球!
助けに入ろうとした阿部とオレを指差して、三橋が教える。
すると酔っ払いがオレたちを見て「おお!」と感激した様子だ。
そんな感じですっかりテンションが上がった酔っ払い。
ビールを飲み終えると「頑張れよ!」と手を振りながら、去っていった。
阿部がハァと肩を落としてため息をついている。
オレも何か疲れたな。
何としても止めなくてはいけない、と勢い込んだ分拍子抜けした反動だ。
よくああいうのに話しかけられるけど、三橋も田島もジイちゃんの扱いは上手いぜ。
いつのまにかオレの横に立っていた泉が、そう言って笑った。
確かに、中学時代ジイちゃんと暮らしていた三橋と、大家族の田島。
何とか酔っ払いの機嫌を損ねないように追い払おうと考えたオレよりも、確かに扱いは上手い。
あいつらといて、疲れねぇ?とオレは泉に聞いてみる。
だが泉は「オレは慣れてるぜ」と涼しい顔だ。
何となく9組の連中は、部員の中でも子供っぽいやつらだと思っていた。
特に三橋はみんなの弟という感じで、一番幼いと。
だけど適応力とか、危機回避能力とか、そういうのはオレよりはありそうだ。
よくも悪くも常識人のオレに、その力を少し分けて欲しいよ。
三橋が「見て、見て!」と天を指差した。
夕暮れの空に見えるのは、七色の架け橋。
高らかに「オレたちも頑張った!」と宣言した三橋の笑顔のように、綺麗な虹だ。
【終】