空10題-曇・雨編

【静かに降る】

「綺麗に、いなくなる、て、むずかしい、ね。」
三橋はポツリとそう呟く。
それは独り言なのか、阿部に向けての言葉なのか。
ただ静かに振る雨のように、心に沁み込んできた。

阿部と三橋は野球部の部室に来ていた。
とにかくもう有耶無耶にできる状況ではない。
三橋ももうとぼける事はできないと覚悟したようだ。
2人で話せる場所として、部活のない部室は手っ取り早い。

投げ飛ばしてしまった「先生」と呼ばれる男は置き去りだ。
そのままにしておいて、大丈夫なのか。
不安になった阿部は、三橋にそれを訊ねる。
だが三橋は「ほっとけばいいよ」と素っ気ない。

「あの人は、オレの病気、知ってる、し。」
「でも相当勢いよく、投げてたぞ?」
「死にはしない、だろ」

三橋がここまで不快感を見せるのも珍しい。
それほどあの「先生」は、三橋にとって嫌な男なのだろう。
だがそれはわからないでもない。
少ししか話していない阿部も、あまり愉快ではなかった。


「え、と。何から、話そうか」
いつもは部員たちでひしめき合い、せまく感じる部室。
だが2人きりで向き合うと妙に広く感じる。
なんとなく落ち着かない気分なのは、阿部も三橋も同じだった。
そんな微妙な空気の中、阿部は辛抱強く三橋の言葉を待つ。

「オレ、1年で、野球、辞めるつもり、だ。」
三橋はおもむろにそう切り出した。
そう思っていることは察していた。
今までの言動や先程の「先生」とのやり取りに、そんな言葉があった。
だが阿部としては「はい、そうですか」とは言えない。

「何でだよ?」
「オレ、病気だ、から」
どこか諦めたような雰囲気の三橋に、阿部の怒りがつのる。
そもそも病気で続けられないというなら、なぜ1年なのか。
まったく理由になっておらず、納得できない。

「本当は、すぐ、辞めるべき、だ。でも、言い訳」
「言い訳?」
「今、野球部、10人だから。新入生、来るまで、って」
つまり三橋は、野球部に残りたいのだ。
だが自分の病気のせいで、いられないと思っている。

だから野球部が10人しかいないことを言い訳にしたのだ。
今の人数では1人でも欠けると公式戦には出られない。
だから来年新入生が入るまでは、部に留まっている。
それが「1年で辞める」という言葉の意味だ。


「なぁ、そもそも病気なのか?」
「な、なんで?」
「さっきの男の人は『超能力』って言ってたぜ?」
「違うよ。病気」

三橋は素っ気なく、そう答えた。
だが最近三橋の身に起きていることは「病気」より「超能力」の方がしっくりはまる。
納得いかない表情の阿部に、三橋は苦笑する。

「思うように、ならない。それって、力、じゃない、だろ?」
「自分の意思じゃないのか?さっきのも?」
三橋はコクコクと頷く。
そして「勝手に、暴走」と言い足す。

「さっきの人を投げたのも?この前ボールの籠が落ちたのも?」
「うん。強く、思うと、物が、勝手、動く。」
「雨の日にコントロールがすごくいいのも、故意じゃないのか。」
三橋がまたコクコクと何度も首を縦に振った。

「なるほど、な。」
阿部はようやく三橋が「病気」と言い張る理由に、納得した。
自分の思い通りにならない力なんて、怖いだろう。
こんなのは「超能力」じゃなくて「病気」だと言いたい気持ちはよくわかる。


「でも何で今なんだ?中学まではどうしてたんだよ。」
「雨の日、投げやすかった、だけ。暴走、は、最近」
「最近って」
「桐青、戦の、後、から」

阿部は三橋の言葉を丁寧に聞きながら、考える。
今思い出しても桐青高校との試合は出来過ぎだった。
あの試合が三橋の異能を覚醒させたのか。
それとも三橋の覚醒で勝てた試合なのだろうか。

「なぁ、どうしても続けられないのか?」
「え?」
「病気とは関係なく投げることはできないのか?オレ、お前の球、受けたいよ」
「阿部君」
「病気はできるだけフォローする!だから」
「・・・ごめんなさい」

どうしても投げて欲しい。
三橋はその願いを、静かにきっぱりと跳ね除けた。
そして困ったような顔で笑っている。

「すごく、うれしい。ありがと。でも、ズルは、ダメだ。」
「ズル?」
意味がわからない。
三橋の言葉や態度から、投げたい気持ちは痛いほど伝わってくるのに。
阿部は首を傾げながら、三橋の言葉を待つ。


「雨の日は、念力が、きく。それって、ズル、だよ。」
「どういう意味?」
「例えば、バスケで、身長、3メートル、あったら。ズル、だろ?」
「は?ルール上、どうなんだ?っていうか、実際、身長3メートルの選手なんて」
「じゃあ、念力で、投げる、投手、は?」

鈍かった阿部もようやく三橋の言わんとするところがわかった。
三橋は自分の異能が暴発することを恐れてるのではない。
普通の人間が持ち合わせない能力で、野球をするのが嫌なのだ。
念力で投げるということは、まさに3メートルのバスケ選手と同じ。
自分だけズルしているような感覚らしい。

「ね?やっぱり、ダメ、だろ?」
三橋が淋しそうに呟く。
阿部の同意など求めていないのだろう。
独り言のような小さな呟きには、決然とした意思を感じる。
三橋の心は変わりそうにない。

そのとき、いきなりバタンと大きな音がした。
部室のドアが開いたのだ。
顔を覗かせたのは、田島と泉。
その後ろには花井と栄口もいる。
そしてさらに阿部と三橋からは見えないドアの向こうにも、人の気配がある。
みな野球部員のようだ。

「三橋が自分の意思で超能力?を使えるようになれば、問題なくね?ゲンミツに!」
「そしたらズルも何もねーしな。」
立ち聞きしていたのを隠す素振りもなく、田島と泉が平然と喋り出す。
花井や栄口らが決まり悪そうにしているのに、おかまいなしだ。

だが阿部も三橋も驚いて、ツッコミを入れる余裕もない。
ただ固まって、戸口に集まる部員たちを眺めていた。
静かに振る雨の音だけが、平然とリズムを刻んでいる。

【続く】
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