空10題-夜空編

【夜桜】

最近思うことがある。
強いチームっていうのは、ちゃんとそういう雰囲気があるってこと。
それをお父さんとお母さんに言ったら「オーラってやつ?」って聞き返された。
でもそういう大げさなものでも、訳がわからないものでもない。
しっかりと観察すれば、きちんと目に見えるものだ。

例えば入場行進。
全員がキッチリ前を向いて、同じ方向へとしっかり足が上がっていること。
当たり前だって思う?そうでもないんだよ。
そうだな。例えば地区予選の開会式とか。
全員みんなバラバラの方向を見てて、足を引きずるようにダラダラ歩いてる学校はそんなに珍しくない。

あとは道具を大事にしているかどうか。
道具を雑に扱っている選手がいるチームで、強いトコはまずない。
何か失敗した時、バットを放り投げたり、グローブを叩きつけたりする。
自分が悪いのにモノに当たるって最低だと思うんだ。
それに一緒に頑張って練習してきたグローブやバットがかわいそうだって思う。

それと目つきが怖いこととか、かな。
例えば打席で微妙なコースを見逃してストライク取られると、なぜかオレ-っていうか投手を睨むんだ。
不利な判定で受けると、イチイチ審判を睨み付けたり、ね。
そういうのが流行った時代もあったらしいって、阿部君が言ってた。
そういうのがカッコいいって思ってるとしたらダサいよな、って言ったのは泉君だったかな。
流行?とかカッコいいか?なんてわからないけど、無駄だと思う。
審判からの印象が悪くなったとしたら、損することはあっても得することなんかないもん。

まだまだ思い当たることはいっぱいあるけど、キリがないから止めておくね。
とにかくこういう細かいところを、オレたちは知らないうちに観察している。
そういう目に見えるものを積み重ねて「強そう」とか「弱そう」って思うんだ。
そんなの野球には関係ないじゃん?って思う人も多いかもしれない。
だけど不思議なことに、この「見た目」ってほとんど外れないんだ。
少なくてもオレは、パッと見てこのチームは強くないって思ったけど実は強かったっていうチームを知らない。


なんでそんなことを言い出したかっていうと、ちょっと嬉しかったからだ。
部を引退した後の野球部を見たのは、秋の大会だった。
花井君とか田島君はマメに練習に顔を出してるみたいだけど、オレは行かなかった。
あまり言葉が出ないオレは、的確なアドバイスなんてできないから。
ただ黙って練習を見るのも、邪魔なだけだよね。
それに練習を見たら、どうしても投げたくなっちゃうと思うし。

とにかく久しぶりに、しかも球場で後輩たちの姿を見たときに思ったんだ。
うちのチームはちゃんと強いチームに見えるって。
今まではオレもあの中にいたから、自分たちがどう見えるかなんてわからなかった。
っていうかそもそも、そんなことを考えもしなかった。
でもこうやって外から見てみて「西浦、強そう」って思えることがすごく嬉しかった。

それにもう1つ、嬉しいことがあった。
オレはこの夏、1人の後輩と仲良くなった。
あれ?「仲良くなった」でいいのかな?
とにかく彼は補欠の捕手で夏にはベンチ入りもしていたかったんだけど、今回は背番号「12」だ。
そして今日、初めて公式戦でスタメン出場していた。

お前、アイツと何があったの?
今オレの隣で試合を見ている阿部君に、そう聞かれたことがある。
でも彼とオレとの関係は説明できない。
説明するのは恥ずかしいし、そもそも誰にも言わないって約束してるんだ。

彼は甲子園に出発する前日、部室で道具を壊そうとしてたんだ。
たまたま忘れ物を取りに行ったオレは、結果としてそれを止めることになった。
ここだけ聞くと、ちょっとカッコいい、かな。
ベンチに入れなくてヤケを起こした後輩を、正しい道に戻す先輩、とか。

でも本当は全然そんなんじゃない。
彼が部室を荒らそうとしていたのにやめたのは、急に部室に現れたオレに驚いて固まったからだ。
オレときたら何が起きたかわからなくて、一緒になって固まってしまった。
まるでコントみたいな間の後、部室荒らしを打ち明けられたときには、頭の中は真っ白だった。
本当にどうしていいかわからなかった。
困ったオレは、とんでもなく無責任で卑怯なことを言った。

阿部君はスゴイ捕手なんだ。
オレたちが引退するまで、阿部君を見て。それで学んで。

咄嗟に出てしまった言葉に、オレは自分で驚いた。
だって全部阿部君に押し付けたんだから。
今思い出すだけでも本当に恥ずかしいんだ。


試合は終盤を過ぎて、順調に西浦のペースだった。
彼は堂々としたプレイで、投手をリードしていた。
点は取られたけど、投手は崩れることなく何とか立て直してる。
ついこの間まで、彼がベンチにも入れなかったなんて嘘みたいだ。

アイツ、もしかしたら春は正捕手になるかもな。
阿部君はポツリとそう言った。
オレに言ったのかな?それとも独り言?
でもオレはコクコクと首を縦に振った。

引退式の後、オレは彼と阿部君を2人で話をさせるように仕組んだ。
彼は捕手だから、オレが必死に何か言うより阿部君と話した方がいいと思ったんだ。
それにオレが何を言っていいのか、全然わからなかったし。

でも阿部君はやっぱりスゴイと思う。
何の説明もないのに、彼と話をしてうまくまとめてしまったらしい。
彼からはお礼のメールが来たし、阿部君はよくわからないと文句を言いながら目は笑っていた。
そして彼は短期間ですごく上手くなった。

正直言って阿部君が彼と何を話したか、ちょっと気になる。
もちろん阿部君には聞いてみたりもしたんだけど。
そしたら「教えない」って言われちゃったんだ。
オレが彼と話すようになったきっかけを言わないから、その仕返しだって。
阿部君ってスゴイ捕手なのに、時々子供っぽいんだよね。

試合は4-2で西浦が勝った。
点差こそ2点だけど、内容では完全にうちが圧倒してた。
喜んでベンチに戻ってきた彼は、こちらに向かって手を振っている。
オレは「阿部君に手を振ってるよ」って言ったら、阿部君は「お前にだろ」と笑った。

今日の夜は、阿部君と大事な話をする。
その前に元気をもらえたような気がして、嬉しかった。


その夜、オレと阿部君はオレの思い出の場所に来ていた。
ここは昔住んでいたギシギシ荘の近く。
ハマちゃんたちとよく遊んだ公園だ。
有名でもないし、広くもない。
だけど大きな桜の木が3本植わっていて、春先はとても綺麗なんだ。

すげぇな。秋なのに桜が咲いてる。
阿部君は桜の木を見上げて、そう言った。
そうなんだ。
この中の1本は、秋だというのに花をつけたりする。
冷え込んだ日が続いてから暖かくなると、咲いてることがあるんだ。
お父さんが「きっと春だって勘違いしたんだよ」って教えてくれたっけ。
さすがに満開にはならないけど、遠くからでもわかるくらいにはちゃんと花が咲いてる。

オレと阿部君は、大学になってもまたバッテリーを組みたいと思ってる。
そのためにどうしたらいいか相談するために、わざわざここに来たんだ。
別に学校で話してもいいし、どっちかの家だっていい。

だけどオレはこの場所に阿部君を誘った。
小さい頃、秋に咲いた桜を見て、ちょっと得した気分になった。
それを阿部君にも見せてあげたくなったんだ。
それに桜の下で話をすれば、夢がかないそうな気がする。
これからも阿部君に投げて、阿部君と一緒の時間を過ごすっていう夢だ。

夜桜か。見ながら相談すると、何かうまくいきそうな気がするな。
阿部君は桜を見上げてそう言った。
同じことを考えてくれてる。
オレは嬉しくなって「ウヒ」と笑った。


お前さ、今から死ぬほど勉強できる?
阿部君はオレにサインを出す時と同じ、真剣な顔でそう聞いた。
オレは一瞬、答えに詰まる。
やっぱりオレと阿部君が同じ大学に進むとなると、どうしても成績が問題になる。

行きたい学部は2人とも経営学部か、経済学部。
阿部君はお父さんの仕事、オレは三星学園。
いずれは継ぐのかもしれないっていうのが、漠然と頭にあるからだ。
入る部活はもちろん野球部。
ここまで希望は一緒なんだけど、学力の差だけはどうしようもない。

甲子園を目指したのと同じ勢いで勉強しろ。できるよな?
阿部君は何も答えないオレに、また聞いてきた。
さっきのは質問だったけど、今度のは命令だ。

できれば六大学のどこかに入ろうぜ。
さらに念を押されて、オレは「うう」と唸った。
オレの脳みそで六大学??
自慢じゃないけど、西浦に入るだけで死にそうだったんだよ?

夏まで背番号もなかったアイツが、あと少しで正捕手ってとこまで来たんだ。
お前も先輩として、奇跡を見せろよ。
阿部君はそう言って、ニタ~って笑った。
野球部のみんなが「意地が悪い」って言ってた怖くて黒い笑顔。

阿部君はスゴイけど、ズルイ。
そんな風に言われたら、逃げることなんかできない。
首を縦に振るしかないじゃないか。

オレと阿部君の未来はまだまだ続く。
夜桜にお願いするんじゃなくて、自力で夢をかなえるために。
オレは必死で頑張らなくちゃいけないみたいだ。

【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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