空10題-夜空編
【蛍の唄】
高校野球の試合を見るとき、どちらの学校を応援しようと思う?
もちろん自分の地元とか、ゆかりがある地域のチームだったら、そちら側になるよな。
もしくは注目されている選手がいるチームかな。
今年の夏は神奈川代表の投手が、大記録を成し遂げて盛り上がったよな。
意外とあるのが、北の方のチームを応援しようという風潮だ。
関東、関西の強豪校は強い選手を全国から集めて、環境も恵まれていると思われている。
対して東北や北海道のチームは、気候などの問題で冬場の練習が大変とかってイメージがある。
特にあの大震災があったからな。
特に贔屓の学校がない人は、東北を応援しようってムードがあるような気がする。
でも最近は東北のチームだって、東北出身の選手は少数派なんてところも少なくないんだ。
現在メジャーで活躍中のあの投手は東北高校卒だけど、出身は大阪だ。
楽天で活躍するあの投手だって駒大苫小牧高校卒だけど、出身は兵庫だしな。
2012年の決勝は「大阪代表対青森代表」だったけど、裏では「大阪代表対大阪第2代表」なんて呼ばれた。
北の学校に通いながら関西弁を話す高校球児なんて、珍しくも何ともない。
一昔前は、関東や関西の強豪校ではレギュラーになれない選手が、東北に行ったりしたらしい。
だけど今はあえて東北を選ぶって選択も多いんだ。
昔ながらの強豪校って「軍隊か!」ってツッコミたくなるスパルタを未だにやってたりする。
東北の強豪はそういうのを受けて、比較的自由で、練習も効率的にやってるみたいだ。
さっき例に挙げたプロの投手たちが北の学校を選んだのは、そういう環境面が大きいらしい。
なんでこんな話になったかって?
西浦高校の次の対戦相手は、そんな北の強豪校だったからだ。
ベンチ入りメンバー18名のうち、東北出身者は5名。
しかも先発は全員関西出身者で、中学ではリトルリーグとかで名を馳せた選手ばかり。
それなのに球場は何となく「東北に希望の光を」なんて雰囲気になってるんだ。
関係ないって言えばそれまでなんだけど、何となく理不尽な気がするのは何でだろうな。
先発は三橋先輩だった。
オレはスタンドで応援の準備をしながら、投球練習をする三橋先輩を見ていた。
三橋先輩はいつも通りの冷静さで、淡々とボールを投げ込んでいる。
スタンドは相手校の応援の方が圧倒的に多かった。
オレたちは、創部3年目の初出場の県立高校が3回戦まで残っている方が奇跡な学校。
だけどそれ以上でもそれ以下でもない。
それに対して相手は「地元の期待を背負って」なんて、イメージになっている。
選手はインタビューなんかで口を揃えて「東北に希望を」なんて躊躇いなく口にしている。
正直言って、オレたちにはまったく関係ない。
こういうアウェー状態で試合するなんて、慣れっこだ。
だけど相手高校の選手たちはどう思ってるんだろう。
関西出身のなのに「地元の希望」なんて枠をはめさせられて、困惑したりしてないのかな。
本当に着目しなきゃいけないのは、彼らは強いってことなんだ。
元々強い選手たちが、いろいろな理由で東北の学校を選んで、そして努力して勝ち進んだ。
今までの西浦の対戦相手の中では、間違いなく最強だ。
オレは阿部先輩を見た。
この人も、三橋先輩と同じようにまったく普通に見えた。
落ち着いた様子で三橋先輩に何かを話しかけて、三橋先輩はそれに頷いている。
オレはいつになったら阿部先輩のところまで行けるんだろう。
どうしたらあんな風に冷静に、強豪校にも怯まずに立ち向かえるようになるんだろう?
三橋先輩から言われた「約束」の答えを、オレは未だに見つけられずにいた。
試合は、嫌な展開だった。
決定的なミスもなければ、劇的なシーンもない。
だけどこちらが1点取る間に、相手は2点取る。
中立な立場で見ている人には、淡々とした試合に見えただろう。
だけど静かに着実に、点差が開いていった。
典型的な負けパターンの試合だった。
阿部先輩は何度もマウンドに行って、三橋先輩に声をかけた。
球数が増えて、しかも今日は暑い。
三橋先輩は消耗しているようだった。
阿部先輩と三橋先輩は何度も手のひらを合わせて、三橋先輩の手を確認していた。
阿部先輩と三橋先輩はよくこれをやっている。
三橋先輩の右手と、阿部先輩の左手。
手のひらを重ね合わせると、お互いの状態がわかるのだという。
最初これを見たときには、ぶっちゃけ「キモイ」と思った。
男同士で手を握り合うなんて、ありえない。
だけど不思議なもので、見慣れてくると何とも思わなくなる。
試合の緊張した場面でこれをしているのを見ると、何だか崇高な祈りのようにさえ見えてくるんだ。
阿部先輩がこれをするのは、三橋先輩だけだ。
他の投手にはやらない。
つまり阿部先輩のエースは三橋先輩だけってことなんだろう。
そんな投手に出逢えるなんて、阿部先輩は捕手としては幸運な人だ。
試合は結局、西浦の負けだった。
スコアは8-3、あっけない負け方だ。
だけどベンチ入りした選手たちは必死で戦ったし、オレたちも全力で応援をした。
こうして西浦高校の夏は終わったのだった。
正直言って、不思議な気分だった。
オレは西浦が負けたとき、きっともっと清々した気分になると思っていたんだ。
そりゃもちろん勝ち進んで欲しい気持ちもあった。
だけどそれはオレの力とはまったく関係ないんだから。
早く新チームが立ち上がって欲しい。
だからもっとすっきりと終わったって気分になれると思ったんだ。
だけど今、こうして負けてしまった後、全然そんな気持ちにならなかった。
悔しくて、悲しい。
相手チームが勝って「東北に勇気をくれた」なんて聞こえてくるのが、ムカつく。
応援席の父さん母さん連中が「ここまでよく頑張った」なんて言ってるのが、ムカつく。
甲子園で負けることがこんなに悔しいなんて。
最後のエール交換、そして撤収。
オレは球場を出る前にもう1度、球場を見回した。
グラウンドではレギュラーの選手たちが、泣きながら甲子園の土を袋に詰めている。
その中には三橋先輩と阿部先輩もいた。
背番号1番と2番が寄り添うようにしながら、グラウンドに揺れる。
それをマスコミのカメラが撮影していた。
時々光るフラッシュの光を見て、蛍のようだと思った。
去っていく球児たちを照らし、さよならを告げる蛍の唄。
甲子園球場。
ひょっとしてもう2度と来ることがないかもしれない。
オレはこの光景をしっかりと目に焼きつけ、忘れないようにしようと思った。
球場の外に出て、オレたちは集合した。
背番号のある選手もない選手も全員がモモカンを囲む。
モモカンは「力が足りなくてゴメン」って言った。
たった3年で甲子園まで来たのは快挙だと思うけど、全然満足していないみたいだ。
細かい話は埼玉に帰って、引退式でということになった。
背番号組はもう1泊して身体を休めてから帰るけど、オレたちはまた日帰りだ。
オレは出発までのわずかな時間のあいだに、三橋先輩に声をかけた。
三橋先輩。オレは。
呼び止めてしまったものの、言葉が出てこない。
三橋先輩に言われて、阿部先輩を見続けながら、散々考えたんだ。
阿部先輩がどういう捕手なのか、オレとの差は何なのか。
何かが掴めたような気はするけど、うまく言葉にならない。
ひょっとしたら何も掴めていないのかもしれない。
引退式、の後。話を、しよう!
三橋先輩は笑顔でそう答えてくれた。
涙で膨れた瞳はとても綺麗だ。
ついに試合でこの人の球を受けられなかったことが悲しい。
だけど最後に単なる先輩後輩以上に、この人と関われたことが嬉しい。
帰りのバスは夕方に甲子園を出て、埼玉に着いたのは真夜中だった。
疲れてウトウトしながら、オレは窓の外に蛍を見たような気がした。
遠ざかる甲子園の余韻の名残を惜しむような、蛍の唄。
だけどそれは現実のことなのか、夢の中でのことなのか。
思い出そうとしてもよくわからないんだ。
【続く】
高校野球の試合を見るとき、どちらの学校を応援しようと思う?
もちろん自分の地元とか、ゆかりがある地域のチームだったら、そちら側になるよな。
もしくは注目されている選手がいるチームかな。
今年の夏は神奈川代表の投手が、大記録を成し遂げて盛り上がったよな。
意外とあるのが、北の方のチームを応援しようという風潮だ。
関東、関西の強豪校は強い選手を全国から集めて、環境も恵まれていると思われている。
対して東北や北海道のチームは、気候などの問題で冬場の練習が大変とかってイメージがある。
特にあの大震災があったからな。
特に贔屓の学校がない人は、東北を応援しようってムードがあるような気がする。
でも最近は東北のチームだって、東北出身の選手は少数派なんてところも少なくないんだ。
現在メジャーで活躍中のあの投手は東北高校卒だけど、出身は大阪だ。
楽天で活躍するあの投手だって駒大苫小牧高校卒だけど、出身は兵庫だしな。
2012年の決勝は「大阪代表対青森代表」だったけど、裏では「大阪代表対大阪第2代表」なんて呼ばれた。
北の学校に通いながら関西弁を話す高校球児なんて、珍しくも何ともない。
一昔前は、関東や関西の強豪校ではレギュラーになれない選手が、東北に行ったりしたらしい。
だけど今はあえて東北を選ぶって選択も多いんだ。
昔ながらの強豪校って「軍隊か!」ってツッコミたくなるスパルタを未だにやってたりする。
東北の強豪はそういうのを受けて、比較的自由で、練習も効率的にやってるみたいだ。
さっき例に挙げたプロの投手たちが北の学校を選んだのは、そういう環境面が大きいらしい。
なんでこんな話になったかって?
西浦高校の次の対戦相手は、そんな北の強豪校だったからだ。
ベンチ入りメンバー18名のうち、東北出身者は5名。
しかも先発は全員関西出身者で、中学ではリトルリーグとかで名を馳せた選手ばかり。
それなのに球場は何となく「東北に希望の光を」なんて雰囲気になってるんだ。
関係ないって言えばそれまでなんだけど、何となく理不尽な気がするのは何でだろうな。
先発は三橋先輩だった。
オレはスタンドで応援の準備をしながら、投球練習をする三橋先輩を見ていた。
三橋先輩はいつも通りの冷静さで、淡々とボールを投げ込んでいる。
スタンドは相手校の応援の方が圧倒的に多かった。
オレたちは、創部3年目の初出場の県立高校が3回戦まで残っている方が奇跡な学校。
だけどそれ以上でもそれ以下でもない。
それに対して相手は「地元の期待を背負って」なんて、イメージになっている。
選手はインタビューなんかで口を揃えて「東北に希望を」なんて躊躇いなく口にしている。
正直言って、オレたちにはまったく関係ない。
こういうアウェー状態で試合するなんて、慣れっこだ。
だけど相手高校の選手たちはどう思ってるんだろう。
関西出身のなのに「地元の希望」なんて枠をはめさせられて、困惑したりしてないのかな。
本当に着目しなきゃいけないのは、彼らは強いってことなんだ。
元々強い選手たちが、いろいろな理由で東北の学校を選んで、そして努力して勝ち進んだ。
今までの西浦の対戦相手の中では、間違いなく最強だ。
オレは阿部先輩を見た。
この人も、三橋先輩と同じようにまったく普通に見えた。
落ち着いた様子で三橋先輩に何かを話しかけて、三橋先輩はそれに頷いている。
オレはいつになったら阿部先輩のところまで行けるんだろう。
どうしたらあんな風に冷静に、強豪校にも怯まずに立ち向かえるようになるんだろう?
三橋先輩から言われた「約束」の答えを、オレは未だに見つけられずにいた。
試合は、嫌な展開だった。
決定的なミスもなければ、劇的なシーンもない。
だけどこちらが1点取る間に、相手は2点取る。
中立な立場で見ている人には、淡々とした試合に見えただろう。
だけど静かに着実に、点差が開いていった。
典型的な負けパターンの試合だった。
阿部先輩は何度もマウンドに行って、三橋先輩に声をかけた。
球数が増えて、しかも今日は暑い。
三橋先輩は消耗しているようだった。
阿部先輩と三橋先輩は何度も手のひらを合わせて、三橋先輩の手を確認していた。
阿部先輩と三橋先輩はよくこれをやっている。
三橋先輩の右手と、阿部先輩の左手。
手のひらを重ね合わせると、お互いの状態がわかるのだという。
最初これを見たときには、ぶっちゃけ「キモイ」と思った。
男同士で手を握り合うなんて、ありえない。
だけど不思議なもので、見慣れてくると何とも思わなくなる。
試合の緊張した場面でこれをしているのを見ると、何だか崇高な祈りのようにさえ見えてくるんだ。
阿部先輩がこれをするのは、三橋先輩だけだ。
他の投手にはやらない。
つまり阿部先輩のエースは三橋先輩だけってことなんだろう。
そんな投手に出逢えるなんて、阿部先輩は捕手としては幸運な人だ。
試合は結局、西浦の負けだった。
スコアは8-3、あっけない負け方だ。
だけどベンチ入りした選手たちは必死で戦ったし、オレたちも全力で応援をした。
こうして西浦高校の夏は終わったのだった。
正直言って、不思議な気分だった。
オレは西浦が負けたとき、きっともっと清々した気分になると思っていたんだ。
そりゃもちろん勝ち進んで欲しい気持ちもあった。
だけどそれはオレの力とはまったく関係ないんだから。
早く新チームが立ち上がって欲しい。
だからもっとすっきりと終わったって気分になれると思ったんだ。
だけど今、こうして負けてしまった後、全然そんな気持ちにならなかった。
悔しくて、悲しい。
相手チームが勝って「東北に勇気をくれた」なんて聞こえてくるのが、ムカつく。
応援席の父さん母さん連中が「ここまでよく頑張った」なんて言ってるのが、ムカつく。
甲子園で負けることがこんなに悔しいなんて。
最後のエール交換、そして撤収。
オレは球場を出る前にもう1度、球場を見回した。
グラウンドではレギュラーの選手たちが、泣きながら甲子園の土を袋に詰めている。
その中には三橋先輩と阿部先輩もいた。
背番号1番と2番が寄り添うようにしながら、グラウンドに揺れる。
それをマスコミのカメラが撮影していた。
時々光るフラッシュの光を見て、蛍のようだと思った。
去っていく球児たちを照らし、さよならを告げる蛍の唄。
甲子園球場。
ひょっとしてもう2度と来ることがないかもしれない。
オレはこの光景をしっかりと目に焼きつけ、忘れないようにしようと思った。
球場の外に出て、オレたちは集合した。
背番号のある選手もない選手も全員がモモカンを囲む。
モモカンは「力が足りなくてゴメン」って言った。
たった3年で甲子園まで来たのは快挙だと思うけど、全然満足していないみたいだ。
細かい話は埼玉に帰って、引退式でということになった。
背番号組はもう1泊して身体を休めてから帰るけど、オレたちはまた日帰りだ。
オレは出発までのわずかな時間のあいだに、三橋先輩に声をかけた。
三橋先輩。オレは。
呼び止めてしまったものの、言葉が出てこない。
三橋先輩に言われて、阿部先輩を見続けながら、散々考えたんだ。
阿部先輩がどういう捕手なのか、オレとの差は何なのか。
何かが掴めたような気はするけど、うまく言葉にならない。
ひょっとしたら何も掴めていないのかもしれない。
引退式、の後。話を、しよう!
三橋先輩は笑顔でそう答えてくれた。
涙で膨れた瞳はとても綺麗だ。
ついに試合でこの人の球を受けられなかったことが悲しい。
だけど最後に単なる先輩後輩以上に、この人と関われたことが嬉しい。
帰りのバスは夕方に甲子園を出て、埼玉に着いたのは真夜中だった。
疲れてウトウトしながら、オレは窓の外に蛍を見たような気がした。
遠ざかる甲子園の余韻の名残を惜しむような、蛍の唄。
だけどそれは現実のことなのか、夢の中でのことなのか。
思い出そうとしてもよくわからないんだ。
【続く】