空10題-夜空編

【打ち上げ花火】

高校野球には時々ヒーローって言うのが存在する。
最近なら奪三振記録を更新した神奈川のあの投手。
少し前なら「ハンカチ王子」と呼ばれたあの人とか、今シーズンからメジャーに移籍した長身のイケメンとか。
彼らはマスコミなどの注目を一気にさらう。

理由は簡単、高校生の中では実力が圧倒的に抜きん出ているからだ。
学生の部活でほとんどの人間が野球を終える。
その中でプロに進むほどの能力を持つ選手は、眩しい光を放つんだ。
県立高校のベンチにすら入れないオレには、一生持つことができない光。
それは時に野球を知らない人間さえ魅了する。

だがその選手がいるから、試合に勝てるかと言ったらそうでもないんだ。
野球とはチームプレイで、決して1人のスーパースターがいるから勝てるってもんじゃない。
チーム力は確かに上がるけど、それだけで勝ち進めるようにはならない。
例えばあの榛名投手がいた武蔵野なんかが、良い例かな。

つまり強いチームや選手はマークされ、対策を取られてしまうってことだ。
しかも甲子園では各県でトップになるほどの選手たちが、全力でそれをやる。
強ければ強いほど、様々な攻略法を研究され尽くすんだ。
そうそう勝ち抜けるもんじゃない。
その証拠に、現在プロ野球で活躍する選手のほとんどは甲子園優勝の経験なんかない。

西浦高校の次の試合の相手は、いわゆるデータ野球を売りにしているチームだった。
目立ったスター選手はおらず、人によっては「華がない」なんて言ったりする。
だけどその強さは本物だ。
どんな才能の選手でも徹底的に研究して、攻略する。
確か県予選で、おそらくプロ入り間違いなしって言われてる選手がいる学校を破っている。
多分三橋先輩たち投手陣の情報も、田島先輩たち打者の情報も、全部しっかり分析されているだろう。
西浦だって当然それをやるけど、あの分析力にはかなわない。
つまりデータ戦では勝ち目がないってことだ。

それでも試合を諦めることはできない。
モモカンも先輩たちも、必死にデータを分析していることだろう。


最初の試合の後、オレたち背番号のない選手たちは1度埼玉に戻った。
そして次の試合に合わせて、またバスで甲子園に向かうことになる。
正直言って、こういうのってシンドいよな。
勝ち進んでいった場合の試合の日程は決まっている。
だけどどこまで西浦が勝ち進めるかなんて、わからない。
つまり予定がまったく立てられないのと同じだ。
いつまで応援が続くのか、いつから新チームが立ち上がるのか。

西浦が勝ち進んで、もちろん嬉しい気持ちはある。
だけど同じくらい、はやく終わってくれという気持ちもある。
万が一優勝でもされたら、夏休みの終わりまで応援に専念だ。
それなら早く負けてもらって、秋に向けてスタートしたいだろ?

それに次の試合の日は、地元の花火大会なんだ。
実を言うとオレも彼女なんていたりする。
1回戦で負けててくれれば、一緒に行けたんだけどなぁ。
オレだって背番号組だったら、彼女を甲子園に呼びたい。
でもベンチに入れずに応援している姿は見られなくない。

オレは一応相手校のデータを元に、オレだったらどうリードするか考えてみたりもした。
だけどこれって結構虚しい作業なんだよな。
だって実際に試合に出るわけじゃないから、試すことはできない。
それに実際のリードなんて試合の展開で変わっていくものだ。
いくらやっても所詮は机上の空論ってヤツだ。

本当にジリジリと気持ちばかり焦る。
早くちゃんと練習したい。
もっと上手くなりたいのに。
その上「阿部先輩を見る」っていう三橋先輩との「約束」はさらにオレを焦らせた。
確かに正捕手の阿部先輩がどういう捕手か知るのって、大事なことだけど。
オレはその答えを見つけるどころか、そのヒントさえ掴めずにいた。
阿部先輩と今の自分との差を思い知るだけだからだ。


そして2回戦は、オレの予想とは全然違う展開になった。
データ野球のチーム相手なら、なかなか点が入らない試合になると思っていたんだ。
事実相手校のデータを見ると、そんな展開の試合を多かった。
だけどこの試合は、壮絶な打ち合い、点の取り合いになったんだ。

ちなみにその日、三橋先輩の登板はなかった。
先発は2年生で、その後も2年生、最後に1年生の投手が登場した。
後で聞いたことだけど、三橋先輩を外したのは配球を読まれにくくするためだそうだ。
リード通りにほぼ全球投げてくる三橋先輩は、裏を返せば読みやすい。
その点下級生投手は、公式戦での登板回数が少ないのでデータも少ない。
それに慣れていない分、いい感じで球が荒れるからちょうどいいらしい。
ある意味賭けだったけど当たった、とモモカンは上機嫌だった。

エースが投げない分そこそこ点は取られたけど、うちはそれ以上に打った。
ついに田島先輩にホームランが出たし、花井先輩も2試合連続のホームランを打った。
うちの打撃の中心は田島先輩で、打率も打点もナンバーワンだ。
だけど本塁打の数は花井先輩が勝っている。
この2人は常日頃からライバル意識を燃やしていて、この試合でも競うように打った。

この2人だけではなくて、3年生はとにかく打った。
泉先輩、巣山先輩、阿部先輩も打った。
普段はバントが多い不動の2番、栄口先輩でさえ、今日はヒッティングが多かった。
本日スタメンの6人の3年生は、多分全員今日は打率5割以上だ。

何が起こっていたのか、スタンドからはよくわからなかった。
とにかく応援する立場としては、これほど疲れる試合はない。
片方が1点入れると、その裏には2点入れて逆転、回が変わると1点返して同点。
そんな感じで、とにかく抜きつ抜かれつのシーソーゲームだった。
そして最後は10対8という僅差で、西浦高校は勝利を収めたのだった。


試合後に聞かされた「オチ」は何とも間が抜けた話だった。
相手チームは、西浦の打撃を徹底研究していた。
特に3年生の先輩たちは、3年分のデータを調べたんだろう。
得意なコースも苦手なコースも、分析されていた。
だから打者ごとどころか一球ごとに、守備位置を変えるほどの徹底したシフトを引いていた。

だけど彼らが計算外だったのは、西浦高校野球部は創部3年目だったということだ。
今の3年生には先輩がおらず、1年生の時から公式戦に出ていた。
つまり3年間分析されて、弱点をつかれることには慣れていたんだ。
相手を見てその裏をかくことを、普通に1年生の時から意識してた。

そんな先輩たちにとって、ここまで完璧にシフトを取られると逆にわかってしまうんだ。
彼らがどういう分析をしたのか。
そして次に投げてくる球は何なのか。
それが面白いように当たって、やたらとヒットやホームランが出るって結果になった。

完璧なシフトを引いたから、逆に球種を読まれる。
馬鹿みたいだと思うだろ?
でも案外こういう話は、昔から結構あるんだ。

こういうのを考えるのは、だいたい世間から「頭脳派」って評価される監督だ。
頭脳派だったら、完璧なシフトは諸刃の剣だってわかりそうなもんだけど。
策士って、案外自分が策略にかけられるってことに考えがいかないのかもしれない。


何だよ、せっかくホームラン打ったのに、花井も打つんだもん。また1本差かよ!
田島先輩がブツブツと文句を言っている。
この2人は1年生の頃、身長差が15センチ以上あったんだって。
信じられないよな。
今だって花井先輩の方が少し大きいけど、ほとんど差はない。
体重だってほぼ同じくらいだよな。
身体が小さいのがコンプレックスで花井先輩に嫉妬してたっていうけど、信じられない。

オレはもっと打つからな!この差は開くぞ。
花井先輩が得意気にそう言った。
この人も普段は気配りの人だ。
普通は1年しかやらない主将を3年やるとこうなるのかねって思う。
だけど田島先輩とこんな話をしているときは、途端に子供っぽい。

阿部、君、惜しかった、ね!
今日は投球練習だけで結局出番がなかった三橋先輩が、阿部先輩に声をかけている。
阿部先輩も今日は5打数3安打。
打てなかった2打席は、あわやホームランって感じのレフトフライだった。

阿部先輩が「お前こそ疲れただろ?」と言って、三橋先輩の頭をガシガシと撫でている。
そうだ。三橋先輩はずっとベンチの横で投球練習をしていた。
相手チームはどこかで三橋先輩が投げてくると予想していただろう。
だけど三橋先輩を出すことなく、途中から公式戦初登板の投手を出した。
さぞかし驚いたに違いない。
それにうちの投手陣だって、やばくなったら三橋先輩がいると思えば思い切り投げられただろう。
実は結局登板しなかった三橋先輩が、この試合の重要なキーマンだったんだ。

花火大会は見られなかったけど、先輩たちの打ち上げ花火のようなホームランは見られた。
この夏はこれで我慢するしかなさそうだ。
これからは試合感覚が短くなる。
次の試合からは応援も泊り込みになるらしい。
まだまだ熱い夏は続きそうだ。

【続く】
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