空10題-夜空編
【星明り】
実は前々から思ってたんだ。
夏の甲子園大会っておかしくねーか?
いや別に大会をやらない方がいいって言ってるわけじゃない。
ましてや高野連にケンカを売るつもりなんかない。
ただ「夏」に「甲子園球場」で大会をするのはどうかと思うんだ。
試合をする生徒はいいさ。
守備はともかく、攻撃のときは打席に入っていない間はベンチで涼める。
だけど応援の生徒はそうはいかない。
内野スタンドの一部には屋根はあるけど、応援エリアはまったく関係ないんだ。
つまり試合中はずっと日なたで、夏の陽射しにジリジリと焼かれることになる。
そのうえずっと歌って、踊り続けるんだぜ?
よく倒れないよな、オレたち。
何が言いたいかっていうと、1年で1番暑い時期の暑い時間帯に試合ってどうなんだってことだ。
地球温暖化だか、ヒートアイランドだか知らないが、ここ何年かの夏の暑さは異常だと思うんだけど。
夏の大会ってもう昼間にやるのは限界だろって言いたいんだ。
ナイトゲームにするとか、思い切って甲子園じゃなくてどこかのドーム球場でやることにするとか。
東京ドームとか埼玉ドームなんて、近くていいなぁ。
別に甲子園をドームに改装してくれてもいいんだけどさ
でも関西人ってケチだから、そういうことに金かけなさそうだよな。
じゃあやっぱり東京ドーム?
いや「夏大」なんてドル箱イベント、がめつい関西人が手離すわけないな。
何でこんな馬鹿みたいなことを考えてしまったか。
理由は簡単、疲れていたからだ。
強行日程の上、過酷な夏の太陽の下での応援。
暑さでウンザリしてるんだから、少々心の中で愚痴ったところでバチは当たらないだろう?
西浦高校の甲子園での初戦は、大会3日目の第1試合だった。
オレはこの組み合わせを半分喜び、半分ウンザリした。
大会中、甲子園付近に宿泊するのは、基本的にはベンチ入りする部員だけだ。
理由は高野連で用意してくれる宿舎が、背番号組の分だけだから。
背番号組ではないオレたちは、試合日にあわせて日帰り応援をすることになる。
そこで3日目の第1試合っていうのが、腹立たしいんだ。
これが仮に1日目だったら、開会式も見ようかってことになるだろ?
憧れの甲子園の開会式、やっぱりナマで見てみたいじゃん。
2日目だと今回は特別に泊まりで、開会式は見ようかって話になるかもしれない。
だけど3日目だと、残念ながらもう無理だ。
しかも第1試合ってことは、夜間移動だ。
手配したバスで、応援団やブラスバンドと一緒に夜中に移動する。
どこでも寝られるヤツは関係ないかもしれないが、オレはダメなんだ。
神経質とまでは言わないが、やっぱり眠りが浅い。
それに揺れや誰かのイビキや寝言でイチイチ目が覚めちまう。
寝不足の上、灼熱のスタンドで応援。
もう想像しただけで、頭が痛くなってくる。
それでも試合相手を見ると、どうしても笑みが浮かんでしまう。
第1試合の対戦相手は甲子園の常連で、プロ選手を何人も輩出する野球の名門校だ。
初出場の県立高校が勝てる相手じゃない。
負けてしまえ。
さっさと夏を終わらせて、新しいチームに代替わりさせてくれ。
表面上では勝って欲しいというポーズの裏で、オレは秘かに暗い喜びを感じていた。
そしてついに大会3日目の朝。
オレたちは甲子園球場に着いた。
エアコンが効いたバスから降りると、やはりウンザリするくらい暑い。
それにやっぱり寝不足だ。
だけど休んでいる暇もない。
メガホンとかドリンクが入ったクーラーとかボードとかいろいろ運び入れなくちゃいけない。
あとは応援の父兄や生徒の誘導とか。
とにかくしなければならないことがたくさんある。
ちょうどそのとき小型のバスが球場前に着いた。
うちのチームのレギュラーメンバーとモモカンと責任教師のシガポが乗っているのが見える。
彼らはオレたちみたいな雑用はない。
そのままウォーミングアップをして、試合に備える。
やっぱり背番号があるとないとでは、雲泥の違いだな。
早くオレもレギュラーになりたい。
そのときちょうどバスから降りた三橋先輩と目が合った。
先輩もオレに気付くと、笑顔で手を振っている。
オレは思わず手を振り返しそうになって、慌てて途中まで上げた手を下ろす。
なんとか誤魔化そうと頭を下げてやり過ごす。
今までは目が合えば軽く会釈する、先輩後輩だったのに。
ったく、いきなり手なんか振られたら周りが変に思うだろう?
三橋先輩と最後に会ったのは、背番号組が甲子園に向かう前夜の部室だった。
秘かに忍び込んで道具を壊そうとしていたとき、偶然忘れ物を取りに来た先輩と出くわしたんだ。
すぐにモモカンとシガポに報告されると思った。
だけど三橋先輩は「誰にも、言わない」と言った。
そして「その、かわりに」とオレに交換条件を出したのだった。
オレ、ね。中学の時、ヒイキ、で、レギュラー、だった。
あの深夜の部室で、三橋先輩は自分の過去の話をした。
中学時代、理事長の孫だからって理由でずっとエースだった3年間。
打たれまくって、負けまくって、それでもマウンドを譲らなかったという。
捕手からサインももらえず、チームメイトから嫌われた。
野球を辞めるつもりで来た西浦で、阿部先輩に見出された。
三橋先輩の中学の3年間は、1分にも満たないほど短くまとめて語られた。
聞かされたオレは妙に白けた気分だった。
何となく次の展開が予想できてしまったからだ。
ヒイキされてレギュラーになるよりも、ちゃんと実力で勝負できる方がずっと幸せだ。
だから頑張って実力で背番号を勝ち取れと、そんな風に続くと思ったんだ。
だけど三橋先輩はオレの予想とはまったく違うことを言った。
だから、阿部、君、は、スゴイ、捕手なんだ!
三橋先輩は不意に全開の笑顔で叫んだ。
オレは予想外の言葉に驚いて、三橋先輩を見る。
三橋先輩は少し照れたように、頬を赤らめた。
だから、オレたち、引退する、まで、阿部君、を、見て。それ、で、学んで。
それが三橋先輩が出した条件だった。
オレが部室を荒らそうとしていたことを黙っているから、その代わりに阿部先輩から学べと。
正直言って何かが違うっていうか、噛み合っていないような気がしてならない。
第一学べってどういうことなんだ?
だけどオレとしては「はい」って頷くしかなかった。
未遂とはいえ、部室を荒らそうとしていたなんてバレたら停学モノだからな。
じゃあ、大会!頑張ろう、ね!
三橋先輩はオレが頷いたのを見届けると、部室を飛び出していった。
何だったんだ、いったい。
オレは呆然としながら、三橋先輩の後ろ姿を見送った。
1度だけ振り返ってオレに手を振った三橋先輩の笑顔は、夜の闇の中で星明りのように光っていた。
結局どういうことだったのかな。
オレは三橋先輩と交わした約束の意味を考えている。
阿部先輩から学べ。
もちろん捕手としての極意とか心構えとか、そういうことを学べってことだろう。
でもそれって三橋先輩は、どうやって確認するつもりなんだろう。
結局三橋先輩は、オレに何をさせたいんだろう。
それと別に、オレは1つだけ怖い想像をしている。
阿部先輩と三橋先輩って実は恋人同士だったりしないか?
何でそんなことを思うかっていうと、それは三橋先輩のあの表情だ。
阿部、君、は、スゴイ、捕手なんだ!
そう言い切った三橋先輩って、まるで恋人のことをノロケてるみたいに見えた。
阿部先輩のことが大好きで、それをオレに伝えたくてたまらないって感じだった。
間違いないと思う反面、信じられない気もしている。
男同士で恋愛ってどうなんだ?
キスとかするのか?セックスは?
うわ~!ない。ない。
そりゃ三橋先輩はかわいらしいルックスではあるけど、いくらなんでもありえない。
休まずに運んでくれよ。
応援団の浜田先輩に声をかけられたオレは慌てて「すみません」とあやまった。
三橋先輩のことを考え込んでいたオレは、いつの間にか動きが止まっていたのだ。
慌てて応援に使う選手の名前と応援歌の曲目を書いたボードを掴んで、走り出した。
とにかく今は応援の準備。
そして阿部先輩と三橋先輩を注意深く見ていよう。
まるで謎掛けみたいなあの約束の先に、いったい何があるのか知りたい。
試合に勝っても負けても、オレたちはすぐに埼玉に戻る。
きっと家に帰りつく頃には、夜になっているだろう。
そのときオレは星明りの下で、何を思っているだろう。
【続く】
実は前々から思ってたんだ。
夏の甲子園大会っておかしくねーか?
いや別に大会をやらない方がいいって言ってるわけじゃない。
ましてや高野連にケンカを売るつもりなんかない。
ただ「夏」に「甲子園球場」で大会をするのはどうかと思うんだ。
試合をする生徒はいいさ。
守備はともかく、攻撃のときは打席に入っていない間はベンチで涼める。
だけど応援の生徒はそうはいかない。
内野スタンドの一部には屋根はあるけど、応援エリアはまったく関係ないんだ。
つまり試合中はずっと日なたで、夏の陽射しにジリジリと焼かれることになる。
そのうえずっと歌って、踊り続けるんだぜ?
よく倒れないよな、オレたち。
何が言いたいかっていうと、1年で1番暑い時期の暑い時間帯に試合ってどうなんだってことだ。
地球温暖化だか、ヒートアイランドだか知らないが、ここ何年かの夏の暑さは異常だと思うんだけど。
夏の大会ってもう昼間にやるのは限界だろって言いたいんだ。
ナイトゲームにするとか、思い切って甲子園じゃなくてどこかのドーム球場でやることにするとか。
東京ドームとか埼玉ドームなんて、近くていいなぁ。
別に甲子園をドームに改装してくれてもいいんだけどさ
でも関西人ってケチだから、そういうことに金かけなさそうだよな。
じゃあやっぱり東京ドーム?
いや「夏大」なんてドル箱イベント、がめつい関西人が手離すわけないな。
何でこんな馬鹿みたいなことを考えてしまったか。
理由は簡単、疲れていたからだ。
強行日程の上、過酷な夏の太陽の下での応援。
暑さでウンザリしてるんだから、少々心の中で愚痴ったところでバチは当たらないだろう?
西浦高校の甲子園での初戦は、大会3日目の第1試合だった。
オレはこの組み合わせを半分喜び、半分ウンザリした。
大会中、甲子園付近に宿泊するのは、基本的にはベンチ入りする部員だけだ。
理由は高野連で用意してくれる宿舎が、背番号組の分だけだから。
背番号組ではないオレたちは、試合日にあわせて日帰り応援をすることになる。
そこで3日目の第1試合っていうのが、腹立たしいんだ。
これが仮に1日目だったら、開会式も見ようかってことになるだろ?
憧れの甲子園の開会式、やっぱりナマで見てみたいじゃん。
2日目だと今回は特別に泊まりで、開会式は見ようかって話になるかもしれない。
だけど3日目だと、残念ながらもう無理だ。
しかも第1試合ってことは、夜間移動だ。
手配したバスで、応援団やブラスバンドと一緒に夜中に移動する。
どこでも寝られるヤツは関係ないかもしれないが、オレはダメなんだ。
神経質とまでは言わないが、やっぱり眠りが浅い。
それに揺れや誰かのイビキや寝言でイチイチ目が覚めちまう。
寝不足の上、灼熱のスタンドで応援。
もう想像しただけで、頭が痛くなってくる。
それでも試合相手を見ると、どうしても笑みが浮かんでしまう。
第1試合の対戦相手は甲子園の常連で、プロ選手を何人も輩出する野球の名門校だ。
初出場の県立高校が勝てる相手じゃない。
負けてしまえ。
さっさと夏を終わらせて、新しいチームに代替わりさせてくれ。
表面上では勝って欲しいというポーズの裏で、オレは秘かに暗い喜びを感じていた。
そしてついに大会3日目の朝。
オレたちは甲子園球場に着いた。
エアコンが効いたバスから降りると、やはりウンザリするくらい暑い。
それにやっぱり寝不足だ。
だけど休んでいる暇もない。
メガホンとかドリンクが入ったクーラーとかボードとかいろいろ運び入れなくちゃいけない。
あとは応援の父兄や生徒の誘導とか。
とにかくしなければならないことがたくさんある。
ちょうどそのとき小型のバスが球場前に着いた。
うちのチームのレギュラーメンバーとモモカンと責任教師のシガポが乗っているのが見える。
彼らはオレたちみたいな雑用はない。
そのままウォーミングアップをして、試合に備える。
やっぱり背番号があるとないとでは、雲泥の違いだな。
早くオレもレギュラーになりたい。
そのときちょうどバスから降りた三橋先輩と目が合った。
先輩もオレに気付くと、笑顔で手を振っている。
オレは思わず手を振り返しそうになって、慌てて途中まで上げた手を下ろす。
なんとか誤魔化そうと頭を下げてやり過ごす。
今までは目が合えば軽く会釈する、先輩後輩だったのに。
ったく、いきなり手なんか振られたら周りが変に思うだろう?
三橋先輩と最後に会ったのは、背番号組が甲子園に向かう前夜の部室だった。
秘かに忍び込んで道具を壊そうとしていたとき、偶然忘れ物を取りに来た先輩と出くわしたんだ。
すぐにモモカンとシガポに報告されると思った。
だけど三橋先輩は「誰にも、言わない」と言った。
そして「その、かわりに」とオレに交換条件を出したのだった。
オレ、ね。中学の時、ヒイキ、で、レギュラー、だった。
あの深夜の部室で、三橋先輩は自分の過去の話をした。
中学時代、理事長の孫だからって理由でずっとエースだった3年間。
打たれまくって、負けまくって、それでもマウンドを譲らなかったという。
捕手からサインももらえず、チームメイトから嫌われた。
野球を辞めるつもりで来た西浦で、阿部先輩に見出された。
三橋先輩の中学の3年間は、1分にも満たないほど短くまとめて語られた。
聞かされたオレは妙に白けた気分だった。
何となく次の展開が予想できてしまったからだ。
ヒイキされてレギュラーになるよりも、ちゃんと実力で勝負できる方がずっと幸せだ。
だから頑張って実力で背番号を勝ち取れと、そんな風に続くと思ったんだ。
だけど三橋先輩はオレの予想とはまったく違うことを言った。
だから、阿部、君、は、スゴイ、捕手なんだ!
三橋先輩は不意に全開の笑顔で叫んだ。
オレは予想外の言葉に驚いて、三橋先輩を見る。
三橋先輩は少し照れたように、頬を赤らめた。
だから、オレたち、引退する、まで、阿部君、を、見て。それ、で、学んで。
それが三橋先輩が出した条件だった。
オレが部室を荒らそうとしていたことを黙っているから、その代わりに阿部先輩から学べと。
正直言って何かが違うっていうか、噛み合っていないような気がしてならない。
第一学べってどういうことなんだ?
だけどオレとしては「はい」って頷くしかなかった。
未遂とはいえ、部室を荒らそうとしていたなんてバレたら停学モノだからな。
じゃあ、大会!頑張ろう、ね!
三橋先輩はオレが頷いたのを見届けると、部室を飛び出していった。
何だったんだ、いったい。
オレは呆然としながら、三橋先輩の後ろ姿を見送った。
1度だけ振り返ってオレに手を振った三橋先輩の笑顔は、夜の闇の中で星明りのように光っていた。
結局どういうことだったのかな。
オレは三橋先輩と交わした約束の意味を考えている。
阿部先輩から学べ。
もちろん捕手としての極意とか心構えとか、そういうことを学べってことだろう。
でもそれって三橋先輩は、どうやって確認するつもりなんだろう。
結局三橋先輩は、オレに何をさせたいんだろう。
それと別に、オレは1つだけ怖い想像をしている。
阿部先輩と三橋先輩って実は恋人同士だったりしないか?
何でそんなことを思うかっていうと、それは三橋先輩のあの表情だ。
阿部、君、は、スゴイ、捕手なんだ!
そう言い切った三橋先輩って、まるで恋人のことをノロケてるみたいに見えた。
阿部先輩のことが大好きで、それをオレに伝えたくてたまらないって感じだった。
間違いないと思う反面、信じられない気もしている。
男同士で恋愛ってどうなんだ?
キスとかするのか?セックスは?
うわ~!ない。ない。
そりゃ三橋先輩はかわいらしいルックスではあるけど、いくらなんでもありえない。
休まずに運んでくれよ。
応援団の浜田先輩に声をかけられたオレは慌てて「すみません」とあやまった。
三橋先輩のことを考え込んでいたオレは、いつの間にか動きが止まっていたのだ。
慌てて応援に使う選手の名前と応援歌の曲目を書いたボードを掴んで、走り出した。
とにかく今は応援の準備。
そして阿部先輩と三橋先輩を注意深く見ていよう。
まるで謎掛けみたいなあの約束の先に、いったい何があるのか知りたい。
試合に勝っても負けても、オレたちはすぐに埼玉に戻る。
きっと家に帰りつく頃には、夜になっているだろう。
そのときオレは星明りの下で、何を思っているだろう。
【続く】