空10題-朝・夕編
【燃えるような夕焼け】
「楽しかったな~!」
「お、美味し、かった!」
「他の学校の文化祭ってのも、悪くないよな。」
田島と三橋は無邪気に喜び、泉はやや斜に構えたもののやはり楽しさを表現する。
でも楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。
練習に明け暮れた夏に比べて、随分日が短くなった秋。
日差しはそろそろ夕方のものに変わろうとしていた。
桐青高校の文化祭も終わりにさしかかった頃、4人は利央の家に向かっていた。
文化祭の店をまわっている間に、田島がやりたいと思っていたゲームの話になった。
そのゲームを利央が持っているということが判明したからだ。
田島が「貸してくれよ」と強請ると、利央はあっさりと「いいよ」と答えた。
そこで田島たちは利央の家に寄ることになったのだ。
3人はそのまま帰宅するが、利央は片付けなどの作業があるので学校に戻る。
「面倒じゃねぇの?それにいつ返せるかわかんねーぜ?」
泉が聞いたが、利央は「かまわないよ」と笑った。
もう何年も前に流行ったゲームで、利央はとっくにクリアしている。
当分このゲームをすることはないだろう。
それにお詫びのつもりもあった。
文化祭の野球部の出し物である的当てゲームに、三橋を引っ張り出したことへのだ。
結果的には良好な雰囲気で終わったが、不愉快な思いもさせてしまった。
利央としても、少しでも気分よく帰ってもらえた方が嬉しい。
「じゃあ、ちょっと取ってくるから。」
利央はそう言って、家の中へ入っていく。
家で何か飲むかと利央は誘ってくれたのだが、3人はことわった。
利央はすぐに学校に戻るのだし、慌しいだけだろう。
家の人にも気を使わせてしまっては申し訳ない。
だから利央がゲームソフトを取ってくるのを、家の前で待つことにしたのだ。
「こうやって見ると、普通の家だよな。」
田島が首を傾げると、三橋が「普通?」と聞き返す。
泉が「声、デケーよ」と顔をしかめた。
仮にも人様の家の前で「普通の家」と大声で呼ばわるなど、失礼極まりない。
田島の疑問の根拠は、利央から聞いていた彼の生い立ちだ。
利央の父は日系ブラジル人、母もハーフだと聞いていた。
利央の名前の由来もブラジルの地名だという。
だから田島は勝手に利央の家-仲沢家を異彩を放つ洋館だと想像したのだ。
「もっとブラジルっぽい家かなって思ってた。」
「お前の勝手な想像だろ?そもそもブラジルっぽい家って何だよ。」
泉の忠告により、少し音量を落とした声で田島と泉が会話する。
三橋はそんな2人の会話を聞きながら「ブラジル」と口の中で呟いた。
外国人の知り合いなどいない三橋にとっては、どうにもピンとこない。
普通に楽しく話をした利央が外国の血を引いていることに、実感がわかなかった。
「あれ、お前ら。。。」
不意に前から歩いてきた男が、3人の前で足を止めた。
年齢は20歳くらい、ガッチリした体格の男だった。
男は田島と三橋と泉の顔を、交互に見回した。
何気なくではなく、ジロジロと観察するような無遠慮な視線だ。
「あの。何すか?」
「利央が連れてきたのか?」
たまりかねて泉が聞いたが、男は答えず逆に聞き返してきた。
泉は「そう、すけど」と曖昧に頷く。
すると田島が「あ!」と大きな声を上げた。
「もしかして利央の兄ちゃんすか?美丞大狭山のコーチの!」
田島が大声でそう叫ぶと、泉も三橋も「あっ」と声を上げた。
男は「当たり」と答えると、ニィッと意地悪そうに笑った。
阿部の笑顔に似てる、と泉は何とはなしにそう思った。
男-仲沢呂佳の話は聞いている。
桐青高校のOBで、美丞大狭山高校の野球部のコーチをしているのだということを。
そして西浦と桐青の試合のデータが利央から、この男の手に渡ったということもだ。
田島が「ちわっす!」と頭を下げた。
泉もそれに続き、一拍遅れて三橋も続く。
呂佳はそんな3人を面白そうに眺めていた。
「オレら西浦の」
「知ってるよ。田島だろ。あと投手の三橋だったな。そっちのはセンターだっけ?」
呂佳が次々に言い当てると、3人は「おお!」と声を上げた。
一応試合相手とはいえ、名前やポジションを言えるほど憶えられているとは思わなかった。
「お前は、うちにも誘ったんだけどな。」
呂佳は田島の方を向くと、苦笑まじりにそう言った。
「すいません。いろいろ考えて西浦にしました!」
田島が神妙な表情で、頭を下げた。
何が「いろいろ考えて」だ。近いからだろ?
泉は内心でそうツッコミを入れたが、もちろん顔に出すことはない。
「お前もうちに来てたら、面白かったかもな。」
呂佳が今度は三橋の方を向くと、冗談とも本気ともつかない口調でそう言った。
三橋はオドオドと視線を泳がせながら、落ち着きなく身体を揺らす。
こんな風に、まるで品定めでもするように見られたことなどない。
どうしても田島のように、堂々と受け答えなどできなかった。
「いいコントロールだもんな。案外うちのエースになってたかも。。。」
「あれ?兄ちゃん、帰ってたの?」
家の中からゲームソフトを持って戻ってきた利央が、話に割って入った。
呂佳は「ちょっとな」と曖昧に答えて、肩をすくめる。
そして利央と入れ替わるように、さっさと家に入っていった。
利央が「これ」と言いながら、ゲームソフトを差し出した。
その言葉に、呂佳の登場で微妙な緊張を帯びた空気が破れる。
田島が「サンキュー!」と元気よく受け取り、ここでお開きになった。
「またいつか遊ぼーな!」と声をかけて、西浦と桐青の1年生たちは別れた。
「三橋、すげーな!美丞でもエースだぜ!」
「でも、オレ、西浦、が、楽しい!」
「そーだよなぁ!オレも!」
田島と三橋が笑顔で話しているのを見て、泉は少しだけ傷ついていた。
田島は美丞大狭山からも入学時に誘いを受けていた。
三橋は利央の兄である美丞のコーチに、うちでもエースと言わしめていた。
それに引き換え自分は、かろうじて守備位置を覚えられていただけだ。
田島も三橋も、自分とはポジションも選手としてのタイプも違う。
気にしても仕方がないとは思いながら、やはりどこか悔しいと思うのだ。
「田島、終わったら、オレにも貸して。」
泉がゲームソフトを指差すと、田島が「おう!」と明るく返事をした。
三橋が「オ、オレ、オレ」と声を上げたので「三橋もやるよな」とフォローする。
一瞬感じてしまった嫉妬のような感情も、すぐにどうでもよくなった。
ライバルでもあり、仲のよい友達でもある田島も三橋、そして泉。
やっぱりこのチームが一番だよな。
泉は心の底からそう思った。
3人の後ろ姿を見送りながら、利央も内心ため息をついていた。
野球選手として兄に憧れていて、一時は美丞大狭山に行こうと思った時期もある。
だけど兄には「来るな」と言われてしまった。
その兄は選手として、田島や三橋のことを認めているらしい。
次に西浦と当たったら、絶対に勝ってやる!
利央はその悔しさに、決意を新たにしていた。
いろいろあったけど楽しい時間を過ごした。
そんな4人の1年生野球部員たちを、燃えるような夕焼けが照らしていた。
【続く】
「楽しかったな~!」
「お、美味し、かった!」
「他の学校の文化祭ってのも、悪くないよな。」
田島と三橋は無邪気に喜び、泉はやや斜に構えたもののやはり楽しさを表現する。
でも楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。
練習に明け暮れた夏に比べて、随分日が短くなった秋。
日差しはそろそろ夕方のものに変わろうとしていた。
桐青高校の文化祭も終わりにさしかかった頃、4人は利央の家に向かっていた。
文化祭の店をまわっている間に、田島がやりたいと思っていたゲームの話になった。
そのゲームを利央が持っているということが判明したからだ。
田島が「貸してくれよ」と強請ると、利央はあっさりと「いいよ」と答えた。
そこで田島たちは利央の家に寄ることになったのだ。
3人はそのまま帰宅するが、利央は片付けなどの作業があるので学校に戻る。
「面倒じゃねぇの?それにいつ返せるかわかんねーぜ?」
泉が聞いたが、利央は「かまわないよ」と笑った。
もう何年も前に流行ったゲームで、利央はとっくにクリアしている。
当分このゲームをすることはないだろう。
それにお詫びのつもりもあった。
文化祭の野球部の出し物である的当てゲームに、三橋を引っ張り出したことへのだ。
結果的には良好な雰囲気で終わったが、不愉快な思いもさせてしまった。
利央としても、少しでも気分よく帰ってもらえた方が嬉しい。
「じゃあ、ちょっと取ってくるから。」
利央はそう言って、家の中へ入っていく。
家で何か飲むかと利央は誘ってくれたのだが、3人はことわった。
利央はすぐに学校に戻るのだし、慌しいだけだろう。
家の人にも気を使わせてしまっては申し訳ない。
だから利央がゲームソフトを取ってくるのを、家の前で待つことにしたのだ。
「こうやって見ると、普通の家だよな。」
田島が首を傾げると、三橋が「普通?」と聞き返す。
泉が「声、デケーよ」と顔をしかめた。
仮にも人様の家の前で「普通の家」と大声で呼ばわるなど、失礼極まりない。
田島の疑問の根拠は、利央から聞いていた彼の生い立ちだ。
利央の父は日系ブラジル人、母もハーフだと聞いていた。
利央の名前の由来もブラジルの地名だという。
だから田島は勝手に利央の家-仲沢家を異彩を放つ洋館だと想像したのだ。
「もっとブラジルっぽい家かなって思ってた。」
「お前の勝手な想像だろ?そもそもブラジルっぽい家って何だよ。」
泉の忠告により、少し音量を落とした声で田島と泉が会話する。
三橋はそんな2人の会話を聞きながら「ブラジル」と口の中で呟いた。
外国人の知り合いなどいない三橋にとっては、どうにもピンとこない。
普通に楽しく話をした利央が外国の血を引いていることに、実感がわかなかった。
「あれ、お前ら。。。」
不意に前から歩いてきた男が、3人の前で足を止めた。
年齢は20歳くらい、ガッチリした体格の男だった。
男は田島と三橋と泉の顔を、交互に見回した。
何気なくではなく、ジロジロと観察するような無遠慮な視線だ。
「あの。何すか?」
「利央が連れてきたのか?」
たまりかねて泉が聞いたが、男は答えず逆に聞き返してきた。
泉は「そう、すけど」と曖昧に頷く。
すると田島が「あ!」と大きな声を上げた。
「もしかして利央の兄ちゃんすか?美丞大狭山のコーチの!」
田島が大声でそう叫ぶと、泉も三橋も「あっ」と声を上げた。
男は「当たり」と答えると、ニィッと意地悪そうに笑った。
阿部の笑顔に似てる、と泉は何とはなしにそう思った。
男-仲沢呂佳の話は聞いている。
桐青高校のOBで、美丞大狭山高校の野球部のコーチをしているのだということを。
そして西浦と桐青の試合のデータが利央から、この男の手に渡ったということもだ。
田島が「ちわっす!」と頭を下げた。
泉もそれに続き、一拍遅れて三橋も続く。
呂佳はそんな3人を面白そうに眺めていた。
「オレら西浦の」
「知ってるよ。田島だろ。あと投手の三橋だったな。そっちのはセンターだっけ?」
呂佳が次々に言い当てると、3人は「おお!」と声を上げた。
一応試合相手とはいえ、名前やポジションを言えるほど憶えられているとは思わなかった。
「お前は、うちにも誘ったんだけどな。」
呂佳は田島の方を向くと、苦笑まじりにそう言った。
「すいません。いろいろ考えて西浦にしました!」
田島が神妙な表情で、頭を下げた。
何が「いろいろ考えて」だ。近いからだろ?
泉は内心でそうツッコミを入れたが、もちろん顔に出すことはない。
「お前もうちに来てたら、面白かったかもな。」
呂佳が今度は三橋の方を向くと、冗談とも本気ともつかない口調でそう言った。
三橋はオドオドと視線を泳がせながら、落ち着きなく身体を揺らす。
こんな風に、まるで品定めでもするように見られたことなどない。
どうしても田島のように、堂々と受け答えなどできなかった。
「いいコントロールだもんな。案外うちのエースになってたかも。。。」
「あれ?兄ちゃん、帰ってたの?」
家の中からゲームソフトを持って戻ってきた利央が、話に割って入った。
呂佳は「ちょっとな」と曖昧に答えて、肩をすくめる。
そして利央と入れ替わるように、さっさと家に入っていった。
利央が「これ」と言いながら、ゲームソフトを差し出した。
その言葉に、呂佳の登場で微妙な緊張を帯びた空気が破れる。
田島が「サンキュー!」と元気よく受け取り、ここでお開きになった。
「またいつか遊ぼーな!」と声をかけて、西浦と桐青の1年生たちは別れた。
「三橋、すげーな!美丞でもエースだぜ!」
「でも、オレ、西浦、が、楽しい!」
「そーだよなぁ!オレも!」
田島と三橋が笑顔で話しているのを見て、泉は少しだけ傷ついていた。
田島は美丞大狭山からも入学時に誘いを受けていた。
三橋は利央の兄である美丞のコーチに、うちでもエースと言わしめていた。
それに引き換え自分は、かろうじて守備位置を覚えられていただけだ。
田島も三橋も、自分とはポジションも選手としてのタイプも違う。
気にしても仕方がないとは思いながら、やはりどこか悔しいと思うのだ。
「田島、終わったら、オレにも貸して。」
泉がゲームソフトを指差すと、田島が「おう!」と明るく返事をした。
三橋が「オ、オレ、オレ」と声を上げたので「三橋もやるよな」とフォローする。
一瞬感じてしまった嫉妬のような感情も、すぐにどうでもよくなった。
ライバルでもあり、仲のよい友達でもある田島も三橋、そして泉。
やっぱりこのチームが一番だよな。
泉は心の底からそう思った。
3人の後ろ姿を見送りながら、利央も内心ため息をついていた。
野球選手として兄に憧れていて、一時は美丞大狭山に行こうと思った時期もある。
だけど兄には「来るな」と言われてしまった。
その兄は選手として、田島や三橋のことを認めているらしい。
次に西浦と当たったら、絶対に勝ってやる!
利央はその悔しさに、決意を新たにしていた。
いろいろあったけど楽しい時間を過ごした。
そんな4人の1年生野球部員たちを、燃えるような夕焼けが照らしていた。
【続く】