空10題-朝・夕編
【月の目覚め】
「次、何食べる~?」
田島と三橋が相談しているのを見て、利央がため息をつく。
野球部の出し物を見た後、三橋たちは利央の案内で校舎の中を見て回っていた。
一緒にいろいろ歩き回って、利央がこの3人について思ったこと。
それはとにかくよく食べるということだった。
自分と比べると身長差は約20センチ、体格はほとんど大人と子供ほど違う。
そんなチビッ子たちの食欲たるや、ものすごい。
とにかく食べて、はしゃいで、また食べるのだ。
「お前はもう身体が出来上がってっからいいだろうけど、オレらはまだまだなんだよ。」
泉がフォローとも言い訳ともつかないことを言う。
泉は田島と三橋と並ぶと少しだけ背は高いが、利央から見ればほぼ同じ。
つまり3人とも、身体はまだまだ成長途中。
だからたくさん食べるのだと言いたいのだろう。
「オレだって身体はまだまだだよ。っていうか食い意地を身体のせいにすんな。」
利央は呆れながら、反論した。
クォーターである利央は、普通の高校生に比べたら成長が早い。
高校1年生としては、身長186センチは充分なものだ。
だが捕手としては、もう少し体重が欲しいところだ。
利央だって運動部員でよく食べる方だが、この3人の食べっぷりにはかなわないと思う。
「どっか店に入るか?えーとここから一番近い店は。。。」
利央は食べ物の出店をしている場所を思い出そうとした。
だがその前に三橋が「あそこ、は?」と前方の店を指差す。
そこはこの階の一番端の教室だった。
殴り書きのような下手な字で「たこ焼き」と、無愛想な貼り紙がしてある。
「あー、そこは。。。」
利央が困ったように言いよどんだ。
泉も何となく悪い予感がした。
文化祭という楽しい雰囲気の中で、その店だけ空気が澱んでいるように見える。
奥まった場所で、日当たりがよくないというだけではない。
呼び込みなど活気溢れる他の店に比べて、人の気配というものが感じられないのだ。
利央が何となく困ったような表情になったのも含めて、なにやらいわくがありそうだ。
「オレ、たこ焼き食いてー!」
「オ、オレ、も!」
田島と三橋は、そんな微妙な空気は読まない。
いったん思考がたこ焼きに向かうと、もう止められないのだ。
2人から1歩引いて見ていた泉も、次第にたこ焼きモードになってきた。
たこ焼きとはそういう食べ物なのだ。
3人が一斉に利央を見た。
無言の6個の目が雄弁に「たこ焼き食べたい!」と言っている。
利央は諦めたようにため息をつくと「入ろうか」と答えた。
「ちわっす!」
利央がまず先に店に入ると、深々と頭を下げた。
それを見た3人は、慌てて「ちわ!」と頭を下げた。
利央の行動から、野球部の先輩のクラスが出店しているのかと思ったのだ。
「あ~?あ、野球部の1年生か。どうしたの?」
生徒の1人が、おっとりとした声で応じた。
中は本当に活気がない。
エプロンをしている男子生徒が3人いるだけだ。
並べられた机や椅子はあるが、客はいなかった。
「たこ焼き4つ、お願いします。」
「へぇぇ。お客さんなんだ。」
応対してくれる男子生徒が、心底意外だという表情だ。
「他校の友だちなんです。たこ焼きが食べたいって言うんで来ました。」
「なるほどね。どうぞ座って。ちょっと待っててね。」
男子生徒が手で椅子を示して、座るようにと促した。
男子生徒が利央と話をしている間に、他の生徒が教室を出て行った。
4人分のたこ焼きを用意するためだ。
安全のため、ここで焼いたりすることはできない。
この店のたこ焼きは、実は冷凍ものだ。
注文が入るたびに、1つ下の階の料理部の電子レンジを借りて温める。
そしてこの場でこの何種類かあるソースを客に選ばせ、それをかけて出すのだ。
「それにしても、活気がない店だな。」
4人はテーブル席に座りながら、たこ焼きを待つ。
そうしながら泉は小声で、隣に座る利央に話しかけた。
利央は「うん、まぁ」と曖昧に笑う。
そして同じく小さな声で、ここがどういう店なのかを話し始めた。
ここは、野球部を除く運動部が共同で出している店だ。
それだけ聞かされても、部外者にとっては何のことかはわからない。
だが桐青高校においては「野球部を除く運動部」という言葉は、重い意味がある。
桐青高校は甲子園出場を果たしたこともある強豪校であり、野球に力を入れている。
毎年集められる野球特待生、野球部のための練習グラウンド、整った設備。
桐青で運動部といえば野球部しかないと言っても、過言ではないのだ。
そんな中で、他の運動部の練習環境はとにかく悪い。
すべてを野球部に取られてしまっているからだ。
だから高校で野球以外のスポーツを真剣にやろうと思うものは、桐青には来ない。
当然と結果として、野球部以外の運動部は概ね弱小。
下手をすると競技に必要な最低人数さえ集まっていない部もある。
この閑散とした店は、そんな運動部の事情をそのまま反映していた。
「まぁオレらも、ヒトゴトじゃねーよな。」
それが話を聞いた3人の感想だった。
泉の言葉に、三橋と田島が深く頷く。
西浦高校硬式野球部は、今年発足したばかりの部だ。
特に野球に特化した学校でもないから、練習環境もよくはない。
人数だってギリギリだ。
それに1年生ばかりだから舐められてしまうということもある。
練習場所の交渉などのため、他の部の人間と話をするときに痛感するのだ。
出来たばかりの部の1年生など、馬鹿にしたような態度の生徒も多い。
それでも桐青に勝ったことで、周囲の評価は随分変わったが。
「西浦も大変なんだな。」
今度は泉たちの話を聞いた利央が、しみじみとした表情で頷く。
すると先程の男子生徒が「ほんとだな」と相槌を打った。
もう1人の店番の生徒も、深く頷いている。
小声で話していたつもりだったが、全部丸聞こえだったようだ。
「人数、少なく、ても。場所、狭くて、も。楽しいよ!」
不意に三橋が、大声で叫んだ。
一瞬店内がシンとしてしまい、三橋がオロオロと「ゴメ、なさい」とあやまる。
だがすぐに「そーだよな!」と声を上げて、豪快に笑った。
泉も、店番の男子生徒たちも笑顔になった。
「お前ら野球部は、オレらのことをかわいそうって思ってるかもしれないけど。そうでもないぜ。」
「そうそう。好きなことをやってるんだから。」
「こんな寂れた店だけど、たまにお前らみたいな面白い客が来るしな。」
「桐青じゃ野球部が太陽で、他の運動部は月みたいなもんだけど。」
「月だってちゃんと光るんだぜ。」
2人の店番の生徒が、照れくさそうに話している。
その口調はごく自然で、嘘でも負け惜しみでもないことがわかる。
彼らはごく普通に、好きなスポーツに打ち込み、高校生活を楽しんでいるのだ。
「たこ焼き、できたよ~」
先程出て行った生徒が、トレーに4つの皿を乗せて戻ってきた。
「オレ、照り焼きマヨネーズ!」
「エスニック風チリソースってちょっと惹かれねぇ?」
「明太子、ソース、も、う、うまそぉ!」
田島と泉が壁のメニューを見ながらはしゃぎ、三橋が決めきれずに迷う。
利央が「何で誰も王道のたこ焼きソースにいかねーんだよ」と苦笑した。
コイツらといると、物の見方が変わるなぁ。
結局4種類のソースを1つずつ頼んで、みんなで分けることになった。
ハフハフとたこ焼きを頬張る3人を見ながら、利央は思う。
恵まれた環境で野球をしているから、そうでない人間はかわいそうだと思っていた。
だがみんな与えられた状況で、精一杯頑張っている。
かわいそうなんて、とんでもない思い上がりだ。
月が目覚めたら、太陽だってうかうかしていられねーな。
そうひとりごちた利央は、慌ててたこ焼きに手を伸ばした。
早くしないと、この3人は利央の分など残してくれないようだからだ。
負けてなどいられない。
【続く】
「次、何食べる~?」
田島と三橋が相談しているのを見て、利央がため息をつく。
野球部の出し物を見た後、三橋たちは利央の案内で校舎の中を見て回っていた。
一緒にいろいろ歩き回って、利央がこの3人について思ったこと。
それはとにかくよく食べるということだった。
自分と比べると身長差は約20センチ、体格はほとんど大人と子供ほど違う。
そんなチビッ子たちの食欲たるや、ものすごい。
とにかく食べて、はしゃいで、また食べるのだ。
「お前はもう身体が出来上がってっからいいだろうけど、オレらはまだまだなんだよ。」
泉がフォローとも言い訳ともつかないことを言う。
泉は田島と三橋と並ぶと少しだけ背は高いが、利央から見ればほぼ同じ。
つまり3人とも、身体はまだまだ成長途中。
だからたくさん食べるのだと言いたいのだろう。
「オレだって身体はまだまだだよ。っていうか食い意地を身体のせいにすんな。」
利央は呆れながら、反論した。
クォーターである利央は、普通の高校生に比べたら成長が早い。
高校1年生としては、身長186センチは充分なものだ。
だが捕手としては、もう少し体重が欲しいところだ。
利央だって運動部員でよく食べる方だが、この3人の食べっぷりにはかなわないと思う。
「どっか店に入るか?えーとここから一番近い店は。。。」
利央は食べ物の出店をしている場所を思い出そうとした。
だがその前に三橋が「あそこ、は?」と前方の店を指差す。
そこはこの階の一番端の教室だった。
殴り書きのような下手な字で「たこ焼き」と、無愛想な貼り紙がしてある。
「あー、そこは。。。」
利央が困ったように言いよどんだ。
泉も何となく悪い予感がした。
文化祭という楽しい雰囲気の中で、その店だけ空気が澱んでいるように見える。
奥まった場所で、日当たりがよくないというだけではない。
呼び込みなど活気溢れる他の店に比べて、人の気配というものが感じられないのだ。
利央が何となく困ったような表情になったのも含めて、なにやらいわくがありそうだ。
「オレ、たこ焼き食いてー!」
「オ、オレ、も!」
田島と三橋は、そんな微妙な空気は読まない。
いったん思考がたこ焼きに向かうと、もう止められないのだ。
2人から1歩引いて見ていた泉も、次第にたこ焼きモードになってきた。
たこ焼きとはそういう食べ物なのだ。
3人が一斉に利央を見た。
無言の6個の目が雄弁に「たこ焼き食べたい!」と言っている。
利央は諦めたようにため息をつくと「入ろうか」と答えた。
「ちわっす!」
利央がまず先に店に入ると、深々と頭を下げた。
それを見た3人は、慌てて「ちわ!」と頭を下げた。
利央の行動から、野球部の先輩のクラスが出店しているのかと思ったのだ。
「あ~?あ、野球部の1年生か。どうしたの?」
生徒の1人が、おっとりとした声で応じた。
中は本当に活気がない。
エプロンをしている男子生徒が3人いるだけだ。
並べられた机や椅子はあるが、客はいなかった。
「たこ焼き4つ、お願いします。」
「へぇぇ。お客さんなんだ。」
応対してくれる男子生徒が、心底意外だという表情だ。
「他校の友だちなんです。たこ焼きが食べたいって言うんで来ました。」
「なるほどね。どうぞ座って。ちょっと待っててね。」
男子生徒が手で椅子を示して、座るようにと促した。
男子生徒が利央と話をしている間に、他の生徒が教室を出て行った。
4人分のたこ焼きを用意するためだ。
安全のため、ここで焼いたりすることはできない。
この店のたこ焼きは、実は冷凍ものだ。
注文が入るたびに、1つ下の階の料理部の電子レンジを借りて温める。
そしてこの場でこの何種類かあるソースを客に選ばせ、それをかけて出すのだ。
「それにしても、活気がない店だな。」
4人はテーブル席に座りながら、たこ焼きを待つ。
そうしながら泉は小声で、隣に座る利央に話しかけた。
利央は「うん、まぁ」と曖昧に笑う。
そして同じく小さな声で、ここがどういう店なのかを話し始めた。
ここは、野球部を除く運動部が共同で出している店だ。
それだけ聞かされても、部外者にとっては何のことかはわからない。
だが桐青高校においては「野球部を除く運動部」という言葉は、重い意味がある。
桐青高校は甲子園出場を果たしたこともある強豪校であり、野球に力を入れている。
毎年集められる野球特待生、野球部のための練習グラウンド、整った設備。
桐青で運動部といえば野球部しかないと言っても、過言ではないのだ。
そんな中で、他の運動部の練習環境はとにかく悪い。
すべてを野球部に取られてしまっているからだ。
だから高校で野球以外のスポーツを真剣にやろうと思うものは、桐青には来ない。
当然と結果として、野球部以外の運動部は概ね弱小。
下手をすると競技に必要な最低人数さえ集まっていない部もある。
この閑散とした店は、そんな運動部の事情をそのまま反映していた。
「まぁオレらも、ヒトゴトじゃねーよな。」
それが話を聞いた3人の感想だった。
泉の言葉に、三橋と田島が深く頷く。
西浦高校硬式野球部は、今年発足したばかりの部だ。
特に野球に特化した学校でもないから、練習環境もよくはない。
人数だってギリギリだ。
それに1年生ばかりだから舐められてしまうということもある。
練習場所の交渉などのため、他の部の人間と話をするときに痛感するのだ。
出来たばかりの部の1年生など、馬鹿にしたような態度の生徒も多い。
それでも桐青に勝ったことで、周囲の評価は随分変わったが。
「西浦も大変なんだな。」
今度は泉たちの話を聞いた利央が、しみじみとした表情で頷く。
すると先程の男子生徒が「ほんとだな」と相槌を打った。
もう1人の店番の生徒も、深く頷いている。
小声で話していたつもりだったが、全部丸聞こえだったようだ。
「人数、少なく、ても。場所、狭くて、も。楽しいよ!」
不意に三橋が、大声で叫んだ。
一瞬店内がシンとしてしまい、三橋がオロオロと「ゴメ、なさい」とあやまる。
だがすぐに「そーだよな!」と声を上げて、豪快に笑った。
泉も、店番の男子生徒たちも笑顔になった。
「お前ら野球部は、オレらのことをかわいそうって思ってるかもしれないけど。そうでもないぜ。」
「そうそう。好きなことをやってるんだから。」
「こんな寂れた店だけど、たまにお前らみたいな面白い客が来るしな。」
「桐青じゃ野球部が太陽で、他の運動部は月みたいなもんだけど。」
「月だってちゃんと光るんだぜ。」
2人の店番の生徒が、照れくさそうに話している。
その口調はごく自然で、嘘でも負け惜しみでもないことがわかる。
彼らはごく普通に、好きなスポーツに打ち込み、高校生活を楽しんでいるのだ。
「たこ焼き、できたよ~」
先程出て行った生徒が、トレーに4つの皿を乗せて戻ってきた。
「オレ、照り焼きマヨネーズ!」
「エスニック風チリソースってちょっと惹かれねぇ?」
「明太子、ソース、も、う、うまそぉ!」
田島と泉が壁のメニューを見ながらはしゃぎ、三橋が決めきれずに迷う。
利央が「何で誰も王道のたこ焼きソースにいかねーんだよ」と苦笑した。
コイツらといると、物の見方が変わるなぁ。
結局4種類のソースを1つずつ頼んで、みんなで分けることになった。
ハフハフとたこ焼きを頬張る3人を見ながら、利央は思う。
恵まれた環境で野球をしているから、そうでない人間はかわいそうだと思っていた。
だがみんな与えられた状況で、精一杯頑張っている。
かわいそうなんて、とんでもない思い上がりだ。
月が目覚めたら、太陽だってうかうかしていられねーな。
そうひとりごちた利央は、慌ててたこ焼きに手を伸ばした。
早くしないと、この3人は利央の分など残してくれないようだからだ。
負けてなどいられない。
【続く】