空10題-朝・夕編

【染まる街並み】

「うまそぉ!」
まずは田島が「せーの」と号令をかけ、その後3人揃って唱和する。
3人とは言うまでもなく、三橋と田島と泉だ。
桐青の部員たちは、ギョッとしながら3人を見た。
だが3人はお構いなしだ。
本当に慣れとは恐ろしいものだ。
クラスで昼食のときも、当初クラスメイトたちはこんな感じだったし。
もうどこでやっても、人の目なんか気にならなくなった。

「いただきます!」
続いてそう宣言すると、手を伸ばす。
3人の間に置かれた箱には、ぎっしりとクッキーとケーキ。
見事に的当てゲームを全部クリアした三橋の景品だ。
的当てゲームは好評で、順番待ちの生徒たちが並んでいる。
その横に設えられた教室の椅子を並べただけの特設休憩スペース。
そこで3人は、おやつタイムを楽しんでいた。

「それって西浦の儀式?」
3人の様子を横で見ていた利央は、興味津々の様子だ。
三橋も田島も泉も、モゴモゴと頷く。
一応喋っているが、口いっぱいに菓子を頬張っているので、言葉にならないのだ。


「これ、どうぞ。好きなのを選んでください。」
1人の女子生徒が、三橋たちに声をかける。
彼女が両手で重そうに運んできたトレイの上には、大量のペットボトル。
お茶やジュースや炭酸飲料など、様々な種類の飲み物だ。

「うわ、気が利く~!」
「てか、お茶までもらっていいの?」
はしゃぐ田島と、聞き返す泉。
だが女子生徒は「どうぞ、どうぞ」と笑いながら、った。
トレイには小さく「野球部」と書かれている。
彼女は野球部のマネージャーなのだろう。

「盛り上げてもらったから、サービスしろって。和さんが。」
「あ、あり、がと、ござい、ます。」
まずは快挙を達成した三橋が、スポーツドリンクのボトルを選んだ。
泉がウーロン茶、田島がオレンジジュースのボトルを取る。
そして3人揃って「あ、っした~!」と唱和した。

「お前らさぁ。ケーキと一緒になら、お茶だろう?」
泉が2人のチョイスに呆れた声でそう言った。
だが田島はキョトンとした表情で「なんで?」と聞き返す。
三橋が「お、おいしい、よ!」と言うと、田島が「そーだよな!」と笑う。
どこに行こうと、9組ワールドは健在だ。


三橋は的当てゲームで、見事9球で9分割の的の全てに球を当てた。
そもそも1人15球投げられるのだが、6球は使わなかった。
しかも端から順番にだ。
つまりまぐれで当たったのではなく、本当に狙って当てているのだとわかった。
そこに集まって見物していた者たちも、次第に盛り上がる。
練習グラウンドには「頑張れ!」「全部当てろ!」と歓声が飛び交い始める。
そして終盤には「あと何球」というコールに変わった。
だが三橋は表情も変えず、何1つ乱れることなく、それを成し遂げたのだった。

実は問題は、その後に起こった。
三橋があまりにも見事に「パーフェクト」を達成したため、その後誰も投げたがらなかったのだ。
的当て会場である練習グラウンドは、妙な興奮と熱気に包まれてしまった。
一般生徒たちは呑まれてしまい、とても「やる」なんて言える雰囲気ではなかった。
まだ野球部員たちは、三橋と比較されるのを嫌がった。
そんな中「オレもやりたい!」と手を上げた勇者は、言うまでもなく田島だった。

田島もまた的当てに挑んだが、当然三橋のようにはいかなかった。
あの的の中のどこかに当てるのは、簡単だ。
だが9分割のうちの1つに、思いのままに当てるのは無理だった。
15球使って、結局当てたのは4球。
外した球のうちの半分以上は、すでに当てた場所に命中していた。
続いて挑戦した泉は、15球中3球だ。
2人とも野手なのだし、そんなに悪くない成績だった。

そんな田島と泉によって、場の雰囲気は一気にクールダウンされた。
見物していた生徒たちが、皆やりたがって列を作り始めたのだ。
景品以外にサービスされた飲み物は、客寄せの礼ということらしい。


「あの、人、マネジ?」
三橋はポツリとそう聞いた。
その視線の先にいるのは、先程飲み物を持ってきてくれた女子生徒だ。
「そうだよ。この景品のお菓子は彼女の手作りなんだ。」
利央がそう答えると、3人は顔を見合わせて「え~!」と声を上げた。
菓子は売っているものだと言われても疑わないほど、綺麗で美味かったからだ。

「マネジ、って、すごい、ね!この、お菓子。あとツルも!」
三橋は動き回っている何人かの女子生徒たちを見ながら、感嘆の声を上げる。
彼女たちは全員、桐青野球部のマネージャーだ。
的当てゲームに並ぶ生徒たちを誘導したり、実際にボールを渡したりするのは野球部員だ。
だがボールの数を数えたりなど、目立たない雑用にマネジたちは走り回っている。
泉も田島も「そうだな」と頷いた。

三橋が言った「ツル」とは、折り紙で作られた千羽鶴のことだ。
桐青との試合の後に、花井が河合から受け取ったものだ。
マネージャーの手によるものだと聞いた。
チームの勝ちを祈って折られた、色とりどりの鶴たち。
それを見た我らがマネジ篠岡千代は、無念そうな表情だった。
どうやら彼女も時間があれば、千羽鶴を作りたかったらしい。
だが西浦はマネージャーは1人しかいないし、部員もギリギリだ。
雑用のみならずスコアやデータ作りも、篠岡が一気に担っている。
とても千羽鶴などに手が回る状況ではなかった。


「オレたち、もっとマネジに感謝するべきだなー」
ポツリとそう呟いたのは泉だった。
実際にプレイすることもないのに、懸命にチームを支え、ひたむきに勝利を願う。
彼女たちは本当に健気だと思う。

「オレも今度、篠岡にお礼を言おうっと!」
元気よく田島が同意し、三橋もブンブンと首を縦に振る。
「そうだよなぁ。当たり前すぎて考えなかったな。マネジのありがたみなんて。」
利央も感慨深くそう呟いた。

三橋がまだ菓子が残っている箱のフタを、いきなり閉じた。
田島が「まだ残ってるじゃん!」と抗議の声を上げる。
だが三橋は「篠岡さんに、おみやげ!」と宣言してしまった。
食べたりない田島が「感謝は別の形でいいじゃん!」と駄々をこねるのを見て、泉は苦笑した。
確かにどう見ても食べかけの菓子の箱を渡されたら、篠岡も驚くだろうに。

未だに的当てで盛り上がる練習グラウンドも、西日に染まり始めている。
高台にある広い練習グラウンドからは、染まる街並みも見渡せる。
そして何人もいる気が利くマネージャー。
西浦とは全然違う、はるかに恵まれた練習環境だ。

だけど三橋も田島も泉も羨ましいとは思わない。
練習グラウンドの狭さは、工夫でカバーできる
そして西浦にだって、頼りになるマネージャーがいるのだから。

【続く】
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