空10題-朝・夕編
【羽ばたき】
「スゲー!カッコいい!!」
「迫力あるなぁ」
田島と泉が感嘆の声を上げる。
三橋も「ス、スゴイ!」と叫んだ。
数十人の部員たちが並んで踊る光景は、迫力満点だった。
桐青野球部の出し物は、試合の時にスタンドで応援するときの踊りだった。
吹奏楽部も来てくれて、演奏を担当する。
ユニフォーム姿で、メガホンを持って、右へ左へ。
手を伸ばし、ステップを踏み、メガホンを鳴らす。
秋だというのに汗まみれで踊る部員たち。
まるで暑くて熱い夏の試合のスタンドを見ているような気分になる。
試合で打者の名前をコールするところでは、引退した3年生部員の名前が順に呼ばれる。
引退し、卒業していく先輩へのエールだ。
3年間ついに試合に出ることはなく、ここで初めて名前を呼ばれる者もいる。
それを悲しいと取るか、最後に呼ばれて嬉しいと取るかは、その者次第だ。
曲にすれば10曲、時間にして約30分。
ノンストップで踊る彼らに、校庭に集まった生徒たちは大いに沸いた。
「は、羽ば、たき、だ」
「そうだなー!メガホンの音、鳥の羽ばたきみたいだったな!」
相変わらず足りない三橋の言葉を、田島が拾う。
泉はそんな2人を見ながら、内心ため息をつく。
元は先輩、今はクラスメートである男が団長を努める応援団には、決して不満はない。
口に出して言うつもりなどないが、むしろ感謝をしているくらいだ。
それでもやはり桐青のこの応援パフォーマンスには圧倒された。
よくもこんな学校に勝ったものだ。
もう一度やったら。桐青が西浦のデータを持っている状態だったら。
きっと負けてしまうのではないだろうか。
だが勝利の立役者である三橋も田島も、すっかり楽しんでいる。
このエースと4番がいるから、勝てたんだろうな。
泉はもう一度2人を見て、苦笑をもらした。
やがて演目が終わると、大歓声が起きた。
昨今は高校野球と同じくらい、応援にも注目が集まっている。
野球の応援によく使われる曲を集めたCDが発売されるほどだ。
応援のパフォーマンスだって例外ではない。
割れるような拍手と歓声に、ユニフォーム姿の部員たちが笑顔で手を振っている。
野球部の出し物はどうやら大成功のようだ。
「なーなー!どうだった?」
出し物を終えた利央が、三橋たちの方に走っていた。
だが三橋は困ったような表情になった。
田島と泉が顔を見合わせると、意地悪い笑みを浮かべる。
「利央は全然ダメーっ!」
「ホントホント。踊ってねーじゃん。」
田島も泉も容赦ない。
泉の指摘の通り、利央は踊っていなかった。
このパフォーマンスは、ベンチ入りしなかった1、2年生で行なわれたものだった。
ベンチ入りした2年生は免除。
利央や真柴のようなベンチ入りの1年生は、指示を出す役だ。
実際の試合でも、そういう役の人間はいる。
応援するメンバーにわかるように、曲目やコールする選手の名前を書いたプラカードを出すのだ。
「オレは振り付けを覚えてないんだよ。」
利央が言い訳するように、そう呟いた。
それはその通りだ。約10曲、30分。
振り付けを完璧に覚えるためには、結構な練習量が必要だろう。
ベンチ入り選手はそんな暇があったら、野球の練習だ。
ベンチ入りすればめいっぱい野球が出来るが、ベンチ入りできなければ応援の練習。
華やかな応援パフォーマンスの裏には、残酷な現実がある。
「なーなー!野球部の出し物はこれで終わりなのか?」
「別の場所で、ゲームもやってるよ。」
田島の問いに、利央は明るい声で答える。
だが口調はどこかぎこちないし、表情も硬い。
「それでさ、お願いなんだけど。三橋にちょっとだけ投げてもらいたいんだよね。」
本当に申し訳なさそうに、利央はそう言った。
三橋はキョトンとした表情で「投、げる?」と聞き返している。
だが田島と泉の表情から笑顔が消えた。
「利央、君、に、投げる、のか?」
ついに来たか、と思わず身構える田島と泉。
だが三橋はそんな気配に気付かぬ様子で聞いた。
利央は申し訳なさそうに首を振る。
「ちょっと的当てみたいなもんでさ。三橋もやってみないかと思って。」
「的?当て?」
「練習グラウンドでやってるんだ。まずは見てみない?」
「うん!」
三橋はニコニコしながら、利央と並んで歩き出す。
田島と泉が険しい表情のまま、2人に続いた。
桐青高校野球部の練習グラウンドは、校外にある。
それでも徒歩10分程度、充分歩いて行ける場所だ。
学校の敷地内で練習をする西浦のメンバーからすれば、遠く感じる。
だが強豪校としてはかなり恵まれている。
関東、特に東京などではなかなか大勢の部員が練習できる敷地が取れない。
学校から練習グラウンドまで、車で1時間なんて学校もあるほどだ。
そういう学校はだいたい練習グラウンドの近くに寮があったりする。
利央に案内されて到着したグラウンドには、人が集まっていた。
先程まで校庭で踊りを披露した部員たちも、随分こちらに来ている。
その他にも桐青の制服を着た生徒や、三橋たちのような他校の生徒たちも。
ここでの野球部のイベントは、利央の言う通りの的当てゲームだった。
昔、テレビ番組で「ストラックアウト」などと呼ばれたものだ。
それは三橋の家の庭にある的に似ていた。
縦が3つ、横が3つ、9分割された的。
そこにボールを投げて、何箇所に当たるかを競うゲームだ。
変わっているのは、的となる板が透明であることだ。
材質は多分アクリルか何かだろう。
1枚の大きな板を黒いビニールテープで的を9分割していた。
これなら球筋などは丸見えだ。
そしてその向こう側では、ビデオカメラを操作している野球部員がいる。
ようやくわかった桐青高校の目的。
それは三橋のデータを取ることだったのだ。
田島と泉は顔を見合わせると、硬い表情で頷き合った。
【続く】
「スゲー!カッコいい!!」
「迫力あるなぁ」
田島と泉が感嘆の声を上げる。
三橋も「ス、スゴイ!」と叫んだ。
数十人の部員たちが並んで踊る光景は、迫力満点だった。
桐青野球部の出し物は、試合の時にスタンドで応援するときの踊りだった。
吹奏楽部も来てくれて、演奏を担当する。
ユニフォーム姿で、メガホンを持って、右へ左へ。
手を伸ばし、ステップを踏み、メガホンを鳴らす。
秋だというのに汗まみれで踊る部員たち。
まるで暑くて熱い夏の試合のスタンドを見ているような気分になる。
試合で打者の名前をコールするところでは、引退した3年生部員の名前が順に呼ばれる。
引退し、卒業していく先輩へのエールだ。
3年間ついに試合に出ることはなく、ここで初めて名前を呼ばれる者もいる。
それを悲しいと取るか、最後に呼ばれて嬉しいと取るかは、その者次第だ。
曲にすれば10曲、時間にして約30分。
ノンストップで踊る彼らに、校庭に集まった生徒たちは大いに沸いた。
「は、羽ば、たき、だ」
「そうだなー!メガホンの音、鳥の羽ばたきみたいだったな!」
相変わらず足りない三橋の言葉を、田島が拾う。
泉はそんな2人を見ながら、内心ため息をつく。
元は先輩、今はクラスメートである男が団長を努める応援団には、決して不満はない。
口に出して言うつもりなどないが、むしろ感謝をしているくらいだ。
それでもやはり桐青のこの応援パフォーマンスには圧倒された。
よくもこんな学校に勝ったものだ。
もう一度やったら。桐青が西浦のデータを持っている状態だったら。
きっと負けてしまうのではないだろうか。
だが勝利の立役者である三橋も田島も、すっかり楽しんでいる。
このエースと4番がいるから、勝てたんだろうな。
泉はもう一度2人を見て、苦笑をもらした。
やがて演目が終わると、大歓声が起きた。
昨今は高校野球と同じくらい、応援にも注目が集まっている。
野球の応援によく使われる曲を集めたCDが発売されるほどだ。
応援のパフォーマンスだって例外ではない。
割れるような拍手と歓声に、ユニフォーム姿の部員たちが笑顔で手を振っている。
野球部の出し物はどうやら大成功のようだ。
「なーなー!どうだった?」
出し物を終えた利央が、三橋たちの方に走っていた。
だが三橋は困ったような表情になった。
田島と泉が顔を見合わせると、意地悪い笑みを浮かべる。
「利央は全然ダメーっ!」
「ホントホント。踊ってねーじゃん。」
田島も泉も容赦ない。
泉の指摘の通り、利央は踊っていなかった。
このパフォーマンスは、ベンチ入りしなかった1、2年生で行なわれたものだった。
ベンチ入りした2年生は免除。
利央や真柴のようなベンチ入りの1年生は、指示を出す役だ。
実際の試合でも、そういう役の人間はいる。
応援するメンバーにわかるように、曲目やコールする選手の名前を書いたプラカードを出すのだ。
「オレは振り付けを覚えてないんだよ。」
利央が言い訳するように、そう呟いた。
それはその通りだ。約10曲、30分。
振り付けを完璧に覚えるためには、結構な練習量が必要だろう。
ベンチ入り選手はそんな暇があったら、野球の練習だ。
ベンチ入りすればめいっぱい野球が出来るが、ベンチ入りできなければ応援の練習。
華やかな応援パフォーマンスの裏には、残酷な現実がある。
「なーなー!野球部の出し物はこれで終わりなのか?」
「別の場所で、ゲームもやってるよ。」
田島の問いに、利央は明るい声で答える。
だが口調はどこかぎこちないし、表情も硬い。
「それでさ、お願いなんだけど。三橋にちょっとだけ投げてもらいたいんだよね。」
本当に申し訳なさそうに、利央はそう言った。
三橋はキョトンとした表情で「投、げる?」と聞き返している。
だが田島と泉の表情から笑顔が消えた。
「利央、君、に、投げる、のか?」
ついに来たか、と思わず身構える田島と泉。
だが三橋はそんな気配に気付かぬ様子で聞いた。
利央は申し訳なさそうに首を振る。
「ちょっと的当てみたいなもんでさ。三橋もやってみないかと思って。」
「的?当て?」
「練習グラウンドでやってるんだ。まずは見てみない?」
「うん!」
三橋はニコニコしながら、利央と並んで歩き出す。
田島と泉が険しい表情のまま、2人に続いた。
桐青高校野球部の練習グラウンドは、校外にある。
それでも徒歩10分程度、充分歩いて行ける場所だ。
学校の敷地内で練習をする西浦のメンバーからすれば、遠く感じる。
だが強豪校としてはかなり恵まれている。
関東、特に東京などではなかなか大勢の部員が練習できる敷地が取れない。
学校から練習グラウンドまで、車で1時間なんて学校もあるほどだ。
そういう学校はだいたい練習グラウンドの近くに寮があったりする。
利央に案内されて到着したグラウンドには、人が集まっていた。
先程まで校庭で踊りを披露した部員たちも、随分こちらに来ている。
その他にも桐青の制服を着た生徒や、三橋たちのような他校の生徒たちも。
ここでの野球部のイベントは、利央の言う通りの的当てゲームだった。
昔、テレビ番組で「ストラックアウト」などと呼ばれたものだ。
それは三橋の家の庭にある的に似ていた。
縦が3つ、横が3つ、9分割された的。
そこにボールを投げて、何箇所に当たるかを競うゲームだ。
変わっているのは、的となる板が透明であることだ。
材質は多分アクリルか何かだろう。
1枚の大きな板を黒いビニールテープで的を9分割していた。
これなら球筋などは丸見えだ。
そしてその向こう側では、ビデオカメラを操作している野球部員がいる。
ようやくわかった桐青高校の目的。
それは三橋のデータを取ることだったのだ。
田島と泉は顔を見合わせると、硬い表情で頷き合った。
【続く】