空10題-青空編
【青空】
ホントに見てて飽きねーな。
オレはそんなことを思いながら、なおも三橋のことを見ていた。
桐青戦の後、体重を落としてしまった三橋の練習の合間のおにぎりが増えた。
オレが監督に進言して、篠岡に頼んだのだ。
全員2個なのに、三橋だけ3個のおにぎり。
桐青戦のときの三橋の消耗を知っている部員たちは、特に文句もなかった。
むしろ「もっと食え」って感じのノリだ。
思いのほかメンドくさかったのは「オレだけ、ヒイキ」と恐縮していた三橋本人。
仕方がないので「体重戻さねーと、無理矢理口につっこむぞ」と脅した。
そんなこんなで、今三橋は3個のおにぎりを食べている。
2個のとき、三橋は両手におにぎりを持って、一口ずつ交互に食べていた。
なんで1口ずつ食うんだ?と聞いたのは、確か泉だったか?
この、方が。いっぱい、食べて、る気に、なるんだ!
三橋は元気よくそう答えていた。
両手に持っていると、まだたくさん残っている気になるらしい。
では3個のおにぎりはどうするか、というとなかなかメンドーな食い方をする。
まず2個を手に取り、1口ずつ食べる。
そして右手に持ったおにぎりと、3個目のおにぎりを持ち替えて、また1口ずつ。
今度は左手に持ったおにぎりと、先程置いたおにぎりを持ち替えて、また1口ずつ。
そうやって右手と左手の持ち替えを繰り返しながら、一口ずつ食べていくのだ。
見ている方にすると、忙しないことこの上ない。
三橋は何だかんだ言っても、育ちがいい。
ジイちゃんが学校を経営しているくらい、金持ちの家だからな。
おにぎりを1口ずつ食べるなど、本来行儀悪いことこの上ない行為だ。
カレー食べてるときだって、デカイ口開けて食ってるし。
それでいて全然見苦しくないのは、多分品がいいってことなんだと思う。
今だって3個のおにぎりを回しながら食べる三橋は、なんか微笑ましい。
そんなに美味しそうに食べてくれると、作り甲斐があるわ。
篠岡がそう言って笑う。
確かに今日はツナと昆布と明太子だ!などと毎回大喜びするんだから、作り手は嬉しいだろう。
三橋を見ていると、いつかオレもおにぎり作って食わしてやろうかなんて気になるし。
夢中でおにぎりを頬張っている三橋は、カワイイなんて思ったりもする。
ん?カワイイ?
三橋がカワイイって思ったのか?オレは。
それってヤバくねぇ?
そうか、弟みたいにカワイイってことかな。
オレで言えば、シュンみたいな。
確かに母さんは「シュンちゃんはカワイイ」をいつも連発している。
オレの家の食卓はだいたいシュンの好物が並ぶし、試合が重なると両親ともシュンの方に行く。
オレとシュンがケンカすれば、だいたい両親はシュンの味方だし。
オレは誕生日とクリスマスのプレゼント、1つにまとまられるけど、シュンは2つ貰うし。
あれ?なんだかシュンが憎たらしくなってきた。
三橋が弟みたいっていうのは、どうも違う気がする。
もしかして、動物的なカワイイってことか?
ペット。アイちゃんみたいな感じか?
そうだ、それ!そうに違いない。
いい投球したときに、アイちゃんにするみたいに頭をグリグリ撫でてやったりしてるし。
オレがグリグリするときに、気持ちよさそうに目を細めるのもアイちゃんぽいし。
三橋の髪ってクセが強いのにやわらかくて、気持ちいいんだよな。
いつまでもさわっていたいと思うし。
いつまでもさわっていたい?
それって、カワイイよりもヤバくねぇ?
阿部、君。
オレを呼ぶ声にそちらを見ると、三橋は困ったような目でオレを見ていた。
どうやらオレは考え込みながら、三橋をガン見していたらしい。
阿部、君も、3個、食べ、たい?
三橋はそう言いながら、齧りかけのおにぎりをオレに差し出した。
ガン見の理由を、オレがもっとおにぎりが食べたがっていると思ったらしい。
いやいや、そんなんじゃねーよ。
いいからお前が食いな、とオレは言った。
三橋が「でも」と言いながら、オレと差し出したおにぎりを交互に見る。
差し出しながら未練たっぷりな表情すんなよ。
たまたま考え事してて、そっちを向いてただけだ。おにぎりが欲しいんじゃねーから。
オレはそう言って、三橋の頭をグリグリと撫でた。
やわらかい髪。
やっぱりカワイイし、いつまでもさわっていたいと思う。
青空がなぜ綺麗かと問うようなもんだ。
考えてもわからないし、わからないから困ることもない。
そこにあって心地がよくて、それだけで充分満たされるんだ。
ならば無理に結論を出さなくてもいいだろう。
オレはそう思いながら、青空のような笑顔の三橋に「はやく食っちゃいな」と声をかけた。
この気持ちの正体が何なのか。
オレがそれに気づくのは、まだまだずっと先のことだ。
【終】
ホントに見てて飽きねーな。
オレはそんなことを思いながら、なおも三橋のことを見ていた。
桐青戦の後、体重を落としてしまった三橋の練習の合間のおにぎりが増えた。
オレが監督に進言して、篠岡に頼んだのだ。
全員2個なのに、三橋だけ3個のおにぎり。
桐青戦のときの三橋の消耗を知っている部員たちは、特に文句もなかった。
むしろ「もっと食え」って感じのノリだ。
思いのほかメンドくさかったのは「オレだけ、ヒイキ」と恐縮していた三橋本人。
仕方がないので「体重戻さねーと、無理矢理口につっこむぞ」と脅した。
そんなこんなで、今三橋は3個のおにぎりを食べている。
2個のとき、三橋は両手におにぎりを持って、一口ずつ交互に食べていた。
なんで1口ずつ食うんだ?と聞いたのは、確か泉だったか?
この、方が。いっぱい、食べて、る気に、なるんだ!
三橋は元気よくそう答えていた。
両手に持っていると、まだたくさん残っている気になるらしい。
では3個のおにぎりはどうするか、というとなかなかメンドーな食い方をする。
まず2個を手に取り、1口ずつ食べる。
そして右手に持ったおにぎりと、3個目のおにぎりを持ち替えて、また1口ずつ。
今度は左手に持ったおにぎりと、先程置いたおにぎりを持ち替えて、また1口ずつ。
そうやって右手と左手の持ち替えを繰り返しながら、一口ずつ食べていくのだ。
見ている方にすると、忙しないことこの上ない。
三橋は何だかんだ言っても、育ちがいい。
ジイちゃんが学校を経営しているくらい、金持ちの家だからな。
おにぎりを1口ずつ食べるなど、本来行儀悪いことこの上ない行為だ。
カレー食べてるときだって、デカイ口開けて食ってるし。
それでいて全然見苦しくないのは、多分品がいいってことなんだと思う。
今だって3個のおにぎりを回しながら食べる三橋は、なんか微笑ましい。
そんなに美味しそうに食べてくれると、作り甲斐があるわ。
篠岡がそう言って笑う。
確かに今日はツナと昆布と明太子だ!などと毎回大喜びするんだから、作り手は嬉しいだろう。
三橋を見ていると、いつかオレもおにぎり作って食わしてやろうかなんて気になるし。
夢中でおにぎりを頬張っている三橋は、カワイイなんて思ったりもする。
ん?カワイイ?
三橋がカワイイって思ったのか?オレは。
それってヤバくねぇ?
そうか、弟みたいにカワイイってことかな。
オレで言えば、シュンみたいな。
確かに母さんは「シュンちゃんはカワイイ」をいつも連発している。
オレの家の食卓はだいたいシュンの好物が並ぶし、試合が重なると両親ともシュンの方に行く。
オレとシュンがケンカすれば、だいたい両親はシュンの味方だし。
オレは誕生日とクリスマスのプレゼント、1つにまとまられるけど、シュンは2つ貰うし。
あれ?なんだかシュンが憎たらしくなってきた。
三橋が弟みたいっていうのは、どうも違う気がする。
もしかして、動物的なカワイイってことか?
ペット。アイちゃんみたいな感じか?
そうだ、それ!そうに違いない。
いい投球したときに、アイちゃんにするみたいに頭をグリグリ撫でてやったりしてるし。
オレがグリグリするときに、気持ちよさそうに目を細めるのもアイちゃんぽいし。
三橋の髪ってクセが強いのにやわらかくて、気持ちいいんだよな。
いつまでもさわっていたいと思うし。
いつまでもさわっていたい?
それって、カワイイよりもヤバくねぇ?
阿部、君。
オレを呼ぶ声にそちらを見ると、三橋は困ったような目でオレを見ていた。
どうやらオレは考え込みながら、三橋をガン見していたらしい。
阿部、君も、3個、食べ、たい?
三橋はそう言いながら、齧りかけのおにぎりをオレに差し出した。
ガン見の理由を、オレがもっとおにぎりが食べたがっていると思ったらしい。
いやいや、そんなんじゃねーよ。
いいからお前が食いな、とオレは言った。
三橋が「でも」と言いながら、オレと差し出したおにぎりを交互に見る。
差し出しながら未練たっぷりな表情すんなよ。
たまたま考え事してて、そっちを向いてただけだ。おにぎりが欲しいんじゃねーから。
オレはそう言って、三橋の頭をグリグリと撫でた。
やわらかい髪。
やっぱりカワイイし、いつまでもさわっていたいと思う。
青空がなぜ綺麗かと問うようなもんだ。
考えてもわからないし、わからないから困ることもない。
そこにあって心地がよくて、それだけで充分満たされるんだ。
ならば無理に結論を出さなくてもいいだろう。
オレはそう思いながら、青空のような笑顔の三橋に「はやく食っちゃいな」と声をかけた。
この気持ちの正体が何なのか。
オレがそれに気づくのは、まだまだずっと先のことだ。
【終】
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