空10題-青空編
【飛行機雲】
右打ちと左打ちの違い?
オレは三橋から投げかけられた問いを、繰り返した。
オレは西浦高校野球部でただ1人のスイッチヒッターだ。
試合では場面によって、右打ちと左打ちを使い分けている。
う~ん、基本は右投手には左打席、左投手には右打席かな。
その方がボールが見やすいから。
あと相手がうちのデータを持っていないときは、打席によって変えると混乱するだろ?
埼玉との試合のときは、最初に右でその後左にしたら、甘い球が来たから。
多分バントだと思ってくれたんだと思う。
そこまで言ってから、オレは答えが簡単に想像できる問いをあえて三橋に投げてみる。
三橋は何で左打ちなの?と。
普通は右投げの人は右打者に、左投げの人は左打者になる。
ボールを投げるときと、バットを振るときには、腰の回転方向が同じなのが自然な動きなのだ。
田島の左打ちは、多分右投げ左打ちの人のもっともポピュラーな理由だと思う。
右投手が圧倒的に多いから、左打席の方が絶対に有利だからだ。
おそらくは所属していたリトルチームの監督とかと相談して、決めたものだろう。
将来的には高校、大学、プロも視野に入れている場合、子供のときに左打ちにしてしまうのはよくある話だ。
だが三橋が左打ちである理由は、田島のものとは絶対に違うと思う。
一塁、に。近いから。
三橋の吃音気味の答えは、オレの予想通りのものだった。
小学校ではただただ的に投げていて、打席に立つことになったのは中学からだという三橋。
投手であるのに投球指導さえ受けたことがない三橋が、打席について指導を受けたとは思えない。
打撃には自信がない三橋は、少しでも出塁率を上げるためにと考えたのだろう。
その結果、一塁により近い左打席を選んだんだと想像できる。
オレ、も、やり、たい!
三橋が不意にそう意気込んだときには、オレは驚いた。
やりたいって、右打ち?
聞き返すと、三橋はブンブンと首を振って「両打ち!」と答えた。
驚いた。三橋、スイッチヒッターになりたいって?
いやいやオレだってまだまだ成長途中だから、決してエラそうな事はいえない。
だけど三橋に関しては、どう考えても今両打ちに転向することがよいとは思えない。
例えばモモカンに相談したって、まずは基本をしっかりやった方がいいと言うだろう。
阿部にでも言おうものなら「お前は投げることだけ考えてろ」と怒るだろう。
阿部のウザい怒りはともかく、どっちも正解だ。
バッティングを改善したいというなら、もっといいやり方があると思う。
昨日、西広君、モモカン、言ったら、打撃、増やすって。
でも、オレ、投げるの、減らすの、イヤ、で。
確かに昨日の練習のとき、西広がモモカンにもっと打撃のレベルを上げたいと相談していた。
モモカンは西広に「じゃあ守備は少し減らして、バッティングのメニューを増やそうか?」と言ってた。
ああ、なるほど。
三橋は打率をもっと上げたいけど、投球練習は減らしたくないんだ。
考えた結論が、スイッチヒッターってことか。
オレ、もっと、チームに、こーけん、したい!
身を乗り出すようにして、大きな声で宣言した三橋。
デッカイ目は、これでもかってくらいキラキラしてる。
あ~あ、オレも田島もお前のそういうトコに弱いんだよ。
真剣で健気で、卑屈なくせに前向きで。
どこかズレてるのに一生懸命だから、ついつい手を貸してやりたくなる。
兄貴が昔「何だかんだ言っても弟はかわいい」とか言ったことがあって、そん時はただキモかったけど。
もしかしてこんな気持ちだったのかと思うと、何だかくすぐったい。
オレね、泉、君が、一塁、走ってくの、見るの、好き、だ。ヒコーキ、雲、みたいで。
飛行機雲?と聞き返したオレに、三橋がニコっと笑う。
一瞬で、空を、走るの、早く、て、キレイ、見つける、と、と、得した、気に、なる。
三橋は聞いてて恥ずかしくなるようなことを、平気で言うんだ。
最後に「泉、君、みたいに、なりたい!」と、とどめの一撃。
恥ずかしい。
オレは「そうか」と努めて素っ気なく受けると、三橋の頭をガシガシと撫でた。
やっぱり、左打席の強化だよ。
投球練習を減らさずにやりたいって、モモカンに相談しようぜ。
そう言うと、三橋はちょっとがっかりしたのだろう。
目に見えて俯いてしまい、視線が足元に落ちた。
左だろうと、右だろうと、打てなきゃ意味ねーだろ?
田島もオレも協力するから、頑張ろうぜ。
オレが慌ててそう言うと、どうやら「協力」というのが嬉しかったらしい。
ご機嫌が直った三橋は「うん!」と力強く頷いた。
そしてまた「泉、君、い、いい人!」と恥ずかしくなるようなホメ言葉も忘れない。
飛行機雲なんて、考えても見なかったけど。
確かにキレイだし、見られるとちょっと得した気分になるよな。
でもそういう意味なら、三橋の方が飛行機雲だと思う。
三橋がバッティングを頑張るなら、オレもだな。
本当は「打つのはオレらに任せて、三橋は投げることだけ考えろ」って言いたい。
でも今のオレじゃ、まだまだそんなことを言えるほどの野球センスも技術もない。
目の前にはいつもの笑顔。
オレを飛行機雲だなんて、臆面もなく言う三橋。
この笑顔に報いるためにも、オレはもっともっと頑張らなくちゃいけないな。
【終】三橋が左打ちの理由を勝手に捏造。
右打ちと左打ちの違い?
オレは三橋から投げかけられた問いを、繰り返した。
オレは西浦高校野球部でただ1人のスイッチヒッターだ。
試合では場面によって、右打ちと左打ちを使い分けている。
う~ん、基本は右投手には左打席、左投手には右打席かな。
その方がボールが見やすいから。
あと相手がうちのデータを持っていないときは、打席によって変えると混乱するだろ?
埼玉との試合のときは、最初に右でその後左にしたら、甘い球が来たから。
多分バントだと思ってくれたんだと思う。
そこまで言ってから、オレは答えが簡単に想像できる問いをあえて三橋に投げてみる。
三橋は何で左打ちなの?と。
普通は右投げの人は右打者に、左投げの人は左打者になる。
ボールを投げるときと、バットを振るときには、腰の回転方向が同じなのが自然な動きなのだ。
田島の左打ちは、多分右投げ左打ちの人のもっともポピュラーな理由だと思う。
右投手が圧倒的に多いから、左打席の方が絶対に有利だからだ。
おそらくは所属していたリトルチームの監督とかと相談して、決めたものだろう。
将来的には高校、大学、プロも視野に入れている場合、子供のときに左打ちにしてしまうのはよくある話だ。
だが三橋が左打ちである理由は、田島のものとは絶対に違うと思う。
一塁、に。近いから。
三橋の吃音気味の答えは、オレの予想通りのものだった。
小学校ではただただ的に投げていて、打席に立つことになったのは中学からだという三橋。
投手であるのに投球指導さえ受けたことがない三橋が、打席について指導を受けたとは思えない。
打撃には自信がない三橋は、少しでも出塁率を上げるためにと考えたのだろう。
その結果、一塁により近い左打席を選んだんだと想像できる。
オレ、も、やり、たい!
三橋が不意にそう意気込んだときには、オレは驚いた。
やりたいって、右打ち?
聞き返すと、三橋はブンブンと首を振って「両打ち!」と答えた。
驚いた。三橋、スイッチヒッターになりたいって?
いやいやオレだってまだまだ成長途中だから、決してエラそうな事はいえない。
だけど三橋に関しては、どう考えても今両打ちに転向することがよいとは思えない。
例えばモモカンに相談したって、まずは基本をしっかりやった方がいいと言うだろう。
阿部にでも言おうものなら「お前は投げることだけ考えてろ」と怒るだろう。
阿部のウザい怒りはともかく、どっちも正解だ。
バッティングを改善したいというなら、もっといいやり方があると思う。
昨日、西広君、モモカン、言ったら、打撃、増やすって。
でも、オレ、投げるの、減らすの、イヤ、で。
確かに昨日の練習のとき、西広がモモカンにもっと打撃のレベルを上げたいと相談していた。
モモカンは西広に「じゃあ守備は少し減らして、バッティングのメニューを増やそうか?」と言ってた。
ああ、なるほど。
三橋は打率をもっと上げたいけど、投球練習は減らしたくないんだ。
考えた結論が、スイッチヒッターってことか。
オレ、もっと、チームに、こーけん、したい!
身を乗り出すようにして、大きな声で宣言した三橋。
デッカイ目は、これでもかってくらいキラキラしてる。
あ~あ、オレも田島もお前のそういうトコに弱いんだよ。
真剣で健気で、卑屈なくせに前向きで。
どこかズレてるのに一生懸命だから、ついつい手を貸してやりたくなる。
兄貴が昔「何だかんだ言っても弟はかわいい」とか言ったことがあって、そん時はただキモかったけど。
もしかしてこんな気持ちだったのかと思うと、何だかくすぐったい。
オレね、泉、君が、一塁、走ってくの、見るの、好き、だ。ヒコーキ、雲、みたいで。
飛行機雲?と聞き返したオレに、三橋がニコっと笑う。
一瞬で、空を、走るの、早く、て、キレイ、見つける、と、と、得した、気に、なる。
三橋は聞いてて恥ずかしくなるようなことを、平気で言うんだ。
最後に「泉、君、みたいに、なりたい!」と、とどめの一撃。
恥ずかしい。
オレは「そうか」と努めて素っ気なく受けると、三橋の頭をガシガシと撫でた。
やっぱり、左打席の強化だよ。
投球練習を減らさずにやりたいって、モモカンに相談しようぜ。
そう言うと、三橋はちょっとがっかりしたのだろう。
目に見えて俯いてしまい、視線が足元に落ちた。
左だろうと、右だろうと、打てなきゃ意味ねーだろ?
田島もオレも協力するから、頑張ろうぜ。
オレが慌ててそう言うと、どうやら「協力」というのが嬉しかったらしい。
ご機嫌が直った三橋は「うん!」と力強く頷いた。
そしてまた「泉、君、い、いい人!」と恥ずかしくなるようなホメ言葉も忘れない。
飛行機雲なんて、考えても見なかったけど。
確かにキレイだし、見られるとちょっと得した気分になるよな。
でもそういう意味なら、三橋の方が飛行機雲だと思う。
三橋がバッティングを頑張るなら、オレもだな。
本当は「打つのはオレらに任せて、三橋は投げることだけ考えろ」って言いたい。
でも今のオレじゃ、まだまだそんなことを言えるほどの野球センスも技術もない。
目の前にはいつもの笑顔。
オレを飛行機雲だなんて、臆面もなく言う三橋。
この笑顔に報いるためにも、オレはもっともっと頑張らなくちゃいけないな。
【終】三橋が左打ちの理由を勝手に捏造。
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