アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス×図書戦【お題:仄かに暗い15題-2】

【迷惑】

「大丈夫なの!?」
セナは驚き、スタッフらしからぬ動揺した声で叫んだ。
十文字は「大袈裟だ」と顔をしかめると「あまり騒がないでくれ」と苦笑した。

ランチタイムの「カフェ・デビルバッツ」に久しぶりの男が来店した。
かつての2号店の主であり、現在は警備会社で堂上班に所属する十文字一輝だ。
訓練に実務に忙しいらしく、退職後もほとんど顔を出すことがなかった。
そんな男が久しぶりにやって来たのだが。

懐かしい顔を迎え入れたはずのセナの第一声は「大丈夫なの!?」。
それもそのはず、十文字の右腕の肘から先は包帯でグルグル巻きにされていたのだ。
しかも指先まで、しっかりと固められている。
利き腕がこの状態では、日常生活にかなり支障が出るだろう。

「とりあえずこの状態でも楽に食えそうなもの、くれよ。」
「わかった。じゃあこっち。」
セナは、十文字を一番奥の人目につきにくい席に案内した。
シャツの袖を捲り上げているのは、ケガをした腕を圧迫しないようにだろう。
だがそのせいで包帯は妙に目立っていたのだ。
だからせめて少しでも落ち着いた雰囲気にしようというセナの配慮だった。

「ケガをしたとは聞いたけど、実際に見るとやっぱりインパクトあるね。」
セナはそんなことを言いながら、十文字の前に水のグラスを置いた。
十文字は「そうか?」と首を傾げる。
実のところ、十文字的には大したことはないと思っている。
これでも若い頃は「不良」などと呼ばれ、ケンカも多くしたし、ケガには慣れている。
だがセナが心配してくれるのは、嬉しかった。

十文字のケガは、職務の中で負ったものだった。
雪名皇の個展の警護中、会場に暴漢が侵入した。
そこであろうことか、一番の力作である絵を焼こうとしたのだ。
お茶のペットボトルに入れたオイルと、ボールペン型のライター。
子供だましのようなしかけで、まんまとやられかけた。
額縁のフレームを焼いたが、絵は何とか無事。
だが素手で火を消し止めた十文字は、肘から下に火傷を負った。
かくして今は任務を外され、治るまで療養中の身となったのだ。

「お待たせしました。」
程なくして運ばれてきたのは、ビーフシチューだった。
肉と野菜がゴロゴロ入っており、スプーン一本で食べられる。
本来は夜のメニュー用だが、三橋が気を利かせたのだ。
添えられているのは、一口サイズのおにぎりが10個ほどだ。

「助かった。ありがたい。」
「そうなの?シチューならパンの方がって思ったけど。」
「米が食いたかった。このケガしてからサンドイッチばかり食ってたんだ。」
「それはよかった。」

セナは笑顔で「ごゆっくり」と離れていく。
十文字は猛然と食べ始め、シチューもおにぎりもガッツリおかわりした。
ケガをしてからしっかりと食事をしていなかった十文字にとって、至福の時間となった。

「十文字君。あんまり無茶しないでよ?」
食後のコーヒーを運んできたセナが、そう言った。
十文字は芳醇な香りを楽しみながら「でもなぁ」と苦笑する。
多少無理をしてでも、守らなければならない仕事に就いたのだ。

「本当に心配したんだから。早く良くなってね。」
セナはニコリと笑うと、テーブルを離れていく。
十文字はそんなセナの後ろ姿を見送りながら「ったく」と呟いた。
セナへの想いを振り切るために、新天地を選んだのだ。
それなのに今さら優しい言葉をかけられては、その決意も揺れる。
心のどこかで迷惑だとさえ思ってしまう。
だがやはり「カフェ・デビルバッツ」に来てしまうのは、セナの笑顔が見たいからなのだ。

「コーヒー、おかわりいかがですか?」
不意に声をかけられた十文字は「うわぁ!」と声を上げた。
気配もなく目の前に立っていたのは、黒子だった。
手にはコーヒーのポットを持っている。
十文字は思わず「いつの間に!?」と声を荒げたが、あっさりと「よく言われます」と返された。

「コーヒーくれ」
十文字は気を取り直すと、そう言った。
黒子は空になったカップにコーヒーを注ぐと、一礼して離れていく。
十文字はそんな黒子を見ながら、苦笑した。
セナやヒル魔だけではない、曲者揃いの「カフェ・デビルバッツ」。
どんなに心が揺れたって、十文字にとってここはホームなのだ。

*****

「はっきり、言って、迷惑、です!」
三橋はきっぱりとそう言った。
こんな風に拒絶するのは、三橋にしては珍しいことだ。
阿部は冷静に「本当に嫌なんだな」と分析していた。

阿部と三橋は「カフェ・デビルバッツ」の客席に並んで座っていた。
休日でもないのに彼らが客席にいるのは、実はかなりレアだ。
2人とも表情が硬く、阿部に至っては眉間にしわが寄っている。
それもそのはず、2人の前にはここ最近ストーカーのように付きまとっている男が座っていた。

「あの。どうぞ」
セナはおずおずと、3人の前にコーヒーを置いた。
あまりの険悪な雰囲気の前に、やや引き気味なのだ。
「カフェ・デビルバッツ」が誇るスペシャルブレンドの香りも、場の空気を盛り上げてはくれない。
阿部と三橋はセナの手を煩わせたことに恐縮していながら、コーヒーを啜る。
だが男は、せっかくのコーヒーに手を付けることさえなかった。

「本当にもったいないと思うんです!」
男は無駄に爽やかな笑顔で、詰め寄って来た。
三橋は「はぁ」と曖昧に言葉を返し、阿部は不機嫌な表情を崩さない。
正直なところ、阿部も三橋も少しももったいないなどとは思っていない。

男は高級フレンチレストランのオーナーシェフだった。
有名なレストランガイドで星を取り、ネットのグルメサイトでも高得点を取る店だ。
男自身もまずまずのイケメンで、テレビなどにもよく登場している。

「ぜひともお二人に来ていただきたいんです!」
男は反応の薄い阿部と三橋相手に、さらに力説する。
店舗を増やすので、そこを三橋と阿部にまかせたい。
そう言って何度も足を運び、勧誘するのだ。

「カフェ・デビルバッツ」が庶民的な雰囲気だからわかりにくいが、阿部と三橋の力は大きい。
元捕手だった阿部は人の心理を読むのに長けていて、客のニーズを読んで接客する。
そして食べることが大好きな三橋は、実は天性の味覚を持っていた。
素材の味を生かして旨味を引き出すことを、あっざりとやってのける。

「カフェ・デビルバッツ」は積極的に宣伝などしない。
元々は仲間内が集まる店としてオープンし、赤字さえ出なければいいというスタンスだ。
ホームページで店の紹介はしているが、所在地などははっきりと書いていない。
それでも料理と接客は申し分のないものだから、口コミでなかなか繁盛している。
そして今さらのように、三橋の腕や阿部の接客が注目され始めているのだ。
2人が高校時代からの付き合いであることも有名になり、セットでスカウトする者が後を絶たない。

もしも移籍したいなら、そうしていい。
それがヒル魔やセナのスタンスだった。
正直なところ、2人が抜けるのは店としては相当痛い。
だけど阿部や三橋の可能性の芽を摘むようなことはしないつもりだろう。
だが2人はそういうヒル魔とセナがいるこの店が好きなのだ。
いくら説得されても、金を積まれても、移籍などしない。
「カフェ・デビルバッツ」がある限り、ここにいると決めている。

「この店も悪くないけど、もっと上を目指してもいいんじゃないかな。」
男は悪びれた様子もなく、グイグイと押してきた。
きっとこの男にとっては、それが真実なのだろう。
有名な高級店を切り盛りしてこそ、料理人だと思っている。
それを否定するつもりはないが、押し付けないで欲しい。
だがそう思えば思うほど、そういう人間がスカウトに来るのは皮肉なことだ。

男の説得はダラダラと続いた。
だいたい30分も話せば、大抵その気がないことがわかり、去っていく。
だがこの男の話は、そろそろ1時間になろうかとしている。
ウンザリした阿部が口を挟もうとしたところで、三橋が不意に声を荒げた。

「はっきり、言って、迷惑、です!」
終わりそうもない男の話を、三橋はきっぱりとぶった切った。
阿部は冷静に「本当に嫌なんだな」と分析する。
そして呆然とする男に「オレも迷惑だと感じています」と告げた。

「オレたちはこの店以外で働くつもりはないです。」
「そんな。もったいない。」
「逆ですよ。この店こそオレらにはもったいないんです。」
阿部はそう言って、静かに席を立った。
三橋も立ち上がり、2人揃って頭を下げる。
そして尚も何か言いたげな男を置き去りに、さっさと仕事に戻っていった。

少し離れたところからそれを見ていたヒル魔は、ニンマリと笑った。
その日からなぜか、この話は飲食業界に広まった。
最近注目の「カフェ・デビルバッツ」の名物シェフとギャルソンは、絶対に動かない。
2人を狙っていた店のオーナーは、あの有名店が口説いてもダメなら無理だと諦めた。

だが当の阿部と三橋は、そんな裏事情は知らない。
突然スカウト話が来なくなったことに首を傾げながらも、ホッとしていた。
そしてセナだけが「よかったですね」と、ヒル魔に意味あり気に耳打ちしたのだった。

*****

「もしご迷惑でなければ、一緒に」
吉野は遠慮がちに誘った。
小牧は一瞬考えたが、すぐに「俺でよければ」と笑った。

小牧幹久も図書隊を去り、警備会社に移った。
すると早々に班を持たされ、部下を3人付けられた。
それは小牧にとって新鮮な感覚だ。
その能力は高いのに、小牧はずっと堂上班の副班長だった。
つまり「長」と名がつく役職に就いたことがなかったのだ。

自分はそんなガラじゃない。
小牧は最初そう思ったが、やってみると案外楽しかった。
新しい部下3人はアクが強いが、能力は高い。
しかも技、スピード、パワーとタイプもまちまちだ。
そんな彼らの特性を見極め、作戦を立てるのは面白い。
今まで堂上の影に隠れて楽をしてきたが、これはこれでありだと思えた。

着任早々任されたのは、とある少女漫画家の警護だった。
丸川書店の看板人気作家、吉川千春こと吉野千秋。
新作に過度なラブシーンが多いと、脅迫めいた手紙が届いたのだ。
そして無言電話や、外出時に尾行されている気配を感じるなど、過激になってきた。
そこで小牧班が警護に当たることになったのである。

「吉川先生って男性だったんですね!」
任務初日の小牧の第一声はそれだった。
妻の毬江は吉川千春のファンで、小牧家にも代表作が揃っている。
だから小牧も読んだことがあったのだ。
いかにも乙女な作風で、作者は女性と信じて疑わなかった。
だが実際の吉川千春、いや吉野はごくごく普通の青年だ。
当の吉野は「すみません。こんな男で」と困ったように笑った。

吉野の警護は、むずかしくなかった。
仕事場兼自宅のマンションはオートロックの上、防犯カメラも数多く設置されている。
またインドア派で、日用品の買い出しは恋人がしてくれるのだそうだ。
つまり数少ない外出時だけ同行する。
後はマンションの管理会社に頼んで、防犯カメラ映像をチェックさせてもらうだけだった。
とりあえずそれで様子を見て、後は状況次第で考えることになった。

そしてこの日、吉野は丸川書店で打ち合わせだった。
小牧班は全員出動し、まず車で吉野を自宅から丸川書店に送り届ける。
そして打ち合わせが終わって帰宅途中、吉野は「あの」と口を開いた。

「ちょっと食事して帰りたいんですけど。」
「かまいませんよ。どちらで?」
「できれば『カフェ・デビルバッツ』で。あそこなら気楽に寄れるので。」
「了解しました。」

控えめな吉野の申し出で、車は「カフェ・デビルバッツ」に向かった。
そして班員の実渕と葉山は正面入口、根武谷が従業員用の裏口周辺を見張る。
小牧は吉野と一緒に店内に入った。
だがどこで見張るかと店内を見回していると、吉野から遠慮がちな声がかかった。

「もしご迷惑でなければ、一緒に食べませんか?」
小牧は一瞬考えたが、すぐに「俺でよければ」と笑った。
確かに1人で食事し、それを小牧にじっと見られるのも味気ないだろう。
もしも警察のSPならば、警護対象と同席して食事など許されない。
だが今小牧が所属する会社は「臨機応変」がモットーだ。

「お待たせしました。」
程なくして、セナが料理を運んできた。
小牧も吉野も常連だが、一緒に来店したことなどなかった。
だが店のスタッフたちは「どうしたんですか?」などとは聞かない。
ちゃんと空気を読んで、ただ笑顔でもてなしてくれた。

「すみません。ありがとうございました。」
店を出たところで、吉野が頭を下げた。
わざわざこんな場所で食事をして、手間を増やしたことを言っているのだろう。
小牧は「いえ。大丈夫ですよ」と笑う。
そして2人で車を降りたところで、事件は起こった。

「公序良俗に反する作家め、思い知れっ!!」
数名の男が奇声を上げながら、小牧と吉野を取り囲んだのだ。
すぐに異変に気付いた班員たちが割って入って来る。
そして小牧班は吉野を背中で囲みながら、迎え撃った。

決着はものの1分も立たずに着いた。
小牧班は男たちを倒し、全員を拘束したのだ。
そしてすぐに警察に通報し、犯人グループは呆気なく逮捕された。

「カッコいい~!」
一連の逮捕劇を特等席で見守った吉野は、わかりやすく興奮した。
小牧は「いえ、仕事ですから」と笑顔で応じる。
だが吉野は女子高生よろしく、はしゃいでいた。
丸川書店の稼ぎ頭は、案外ミーハーらしい。
こうして小牧の新天地での初任務は、あっさりと終わったのだった。

*****

「おめでとう!乾杯!」
3人はグラスを掲げて、カチンと合わせた。
だが中身は残念ながら、ノンカフェインのお茶だ。
こうして楽しい女子会は、始まったのだった。

「カフェ・デビルバッツ」2号店は、今は水谷が仕切っている。
その奥のテーブルには堂上郁と小牧毬江、そして柴崎こと手塚麻子が集っていた。
柴崎はつい先日出産したばかり。
今日はそのお祝いの女子だけの集いだ。
ちなみに生まれたばかりの子供は、今日は夫の手塚が面倒を見ている。

「よかったね。元気な子が生まれて!」
郁はアラフォーとは思えない無邪気な笑顔で、そう言った。
毬江も「おめでとうございます」と嬉しそうだ。
柴崎は「ありがとう」と笑い「次はあんたの番よ!」と宣言した。

郁も予定日が近づき、お腹もかなり目立つ。
毬江が「楽しみですね!」と笑う。
郁が「ありがとう!」と喜びに目を潤ませたところで、水谷がケーキを運んできた。
クリームやチョコレート、フルーツなどさまざまな種類の大量のケーキ。
すべて一口サイズで、ちょっとずつたくさんの種類を食べられる。
水谷夫妻が考案してメニューに加えた人気商品だ。

「きゃー!可愛い!美味しそう!」
「食べるのが、もったいないですねぇ!」
「でも食べる!」
「食べる前に、写真撮ろう!」

3人はまるで少女のようにはしゃぎながら、スマホを取り出す。
角度や倍率を変えて、何度もシャッターボタンを押した。
水谷はそんな女たちに苦笑しながら「ごゆっくり」と一礼し、キッチンに戻っていく。
そして撮影に満足した女子たちは、早速ケーキに手を伸ばした。

「結局あんたたちって、どこに住むの?」
郁は早々に柴崎に話題を振った。
一時は離婚話にまで発展した手塚の転職問題。
結局手塚は除隊し、堂上を追う形で警備会社に移ったのだ。
だが柴崎は図書隊に残って、検閲撤廃後の図書館を見守る道を選んだ。
そうなると現実的な問題として、どこに住むのかという話になる。

「今はまだ図書隊の官舎。でも警備会社で新しい社宅ができるらしいから」
「あたしと幹久さんも、そこができたら移ります。」
「あたしたちもそれがいいのかなぁ。。。」

警備会社は現在、マンションを一棟社宅として借り上げている。
だがそこは先に移籍した元良化隊員たちで、9割方埋まっていた。
そこで現在、もう一棟マンションを借り上げることになり、準備しているそうだ。
これから大量に流れてくる元図書隊員は、そちらに住むことになる。

「そっかぁ。そっちも楽しそうだね。ここも楽しいけどさ。」
「でも堂上家は引っ越すにしても、生まれてからですよね!」
「そうだね。このお腹じゃ引っ越しはきついかも。」

郁は笑いながら、パクパクとケーキを平らげていく。
柴崎や毬江は自分たちの倍以上のペースで食べる郁を見て、笑う。
郁の食べ方は豪快だが綺麗で、見ていて楽しくなる。

「あ、篤さんが手塚に迷惑かけたって言ってた。」
「あら、光は喜んでたわよ。あいつ堂上教官大好きっ子だから。」
郁と柴崎はニンマリと笑った。
手塚は入社早々、堂上の下で働かされている。
堂上班は十文字が負傷し、離脱したので、穴を埋める形で急遽編入されたのだ。
だから手塚も雪名皇の個展の警備で忙しい。

「篤さんは落ち込んでる。早々に部下にケガさせたって。」
「そうなんですか?」
「うん。あと小牧教官は早々に暴漢を確保したのにって、悔しがってた。」
「そうか。考えてみれば堂上教官と小牧教官が同じ職場で他班になるのって初めてなのよね。」
「ライバル心とかあるんですかね?」
「あると思うよ~!篤さんも小牧教官もなかなかの負けず嫌いだし。」

話題が完全に夫になったところで、色とりどりのケーキは綺麗になくなった。
郁はキッチンに向かって「水谷さ~ん、ケーキのおかわりください!」と叫ぶ。
柴崎がすかさず「やめてよ!恥ずかしい!」と声を上げる。
毬江も「ちょっと食べ過ぎかも」と及び腰だ。
だが実際ケーキが運ばれてくると、郁だけでなく柴崎も毬江もまた旺盛な食欲を発揮した。

甘いものは別腹。
女子の定番の説は、アラフォー女性にも通用するようだ。
こうして女3人は楽しい時間を過ごした。

*****

「また会えて嬉しいよ。」
「こうやって全員揃うことができたのは、実に感慨深いね。」
赤の帝王は、尊大な態度でそう言った。
だが黒子のみならず、このテーブルにいる全員が「このセリフ聞き覚えがある」と思っていた。

とある夜の「カフェ・デビルバッツ」中央のテーブルには、無駄に目立つグループがいた。
かつてバスケ界で「キセキの世代」と呼ばれた男たち。
青峰大輝、緑間真太郎、紫原敦、黄瀬涼太、そして彼らを束ねる主将だった赤司征十郎。
さらにこの日は休みの「幻の6人目(シックスマン)」こと黒子テツヤもだ。

「目立つなぁ、あのテーブル。」
「目立ち過ぎてむしろ迷惑って、初めてじゃない?」
阿部とセナはこっそりとそんなことを言い合った。
例えば小野寺律とか手塚麻子とか、わかりやすい美人は客寄せになる。
店の雰囲気も何となくオシャレになり、店としても何気にありがたい。
だがこの6人組は、その逆だ。
1人1人の存在感があり過ぎて、さらに集まって威圧感さえある。
ぶっちゃけ自分が客だったら怖くて近寄れない雰囲気なのだ。

このメンバーを集めたのは、赤司だった。
相変わらずケレン味はたっぷりだ。
全員を呼び出したが、自分が登場するのは一番最後。
この状況下に、全員が同じことを思い浮かべた。
それは彼らが高校1年の冬、バスケの大会ウインターカップ開会式直後のこと。
赤司は会場前に全員を呼び出したのだ。

「また会えて嬉しいよ。」
「こうやって全員揃うことができたのは、実に感慨深いね。」
発した第一声まで、そのときと同じだ。
全員が「このセリフ聞き覚えがある」と苦笑した。
未だに連絡こそ取り合ってはいるが、全員が揃うことは早々ない。
だからこそ赤司は、懐かしい再会を演出したのだろう。

全員が揃ったところで、セナと阿部が料理と酒を運んだ。
事前に予約されていたので、もう準備はできている。
まずはたっぷりのオードブルとシャンパンだ。
すぐに乾杯となり、一同はしばし食事を楽しみながら歓談となった。

「さて、そろそろ本題だ。」
程良く腹が満たされ、酒も回った頃、赤司はパンと手を打った。
馬鹿話に興じていた一同も黙り込み、注目する。
これほど存在感が強い面々を一発で黙らせるのは、赤司の帝王たる所以だ。

「久しぶりにみんなでバスケをしないか?」
赤司の言葉は彼らの原点であり、だからこそ意外だった。
10年に1度の天才が、同時に5人集まった。
だからこそ「キセキ」と称されたのに、バスケを職業にしたのは2人だけ。
そこまでわかりやすくバスケから転身したというのに、今なぜバスケなのか。

「実はJBAから依頼があってね。」
「JBAって日本バスケットボール協会、ですよね?」
「そうだ。バスケ界を盛り上げるために我々の力を借りたいのだそうだ。」
「それは簡単ではないのだよ。」
「そうっすよね。一からトレーニングしないと身体が動かないっすよ。」
「なんかめんどくさ~い」
「それに忙しいしな。」

赤司の提案に、残る4人の「キセキ」からは否定的な言葉が漏れる。
だがそこで1人だけ「ボクはやりたいです」と前向きな答えが返ってきた。
全員の視線がその1人、黒子に集まった。

「最近、ボクの周辺で身体を動かす人が多くて。ちょっとウズウズしてたんです。」
黒子は正直にそう言った。
アメフトの試合に備えて、トレーニングするヒル魔とセナ。
野球部のコーチを引き受けて、ピッチング練習をする阿部と三橋。
そんな彼らを見て、黒子も秘かにバスケがしたいなどと思っていた矢先だった。

「テツがやるなら、やってもいいか。」
「黒子っちがやるなら、オレも~!」
「仕方がない。やるのだよ。」
「練習、めんどくさいけど、やる~!」

一気にやる方向に傾いた一同を見て、赤司は苦笑した。
きっかけは黒子の言葉だが、それはたまたまだ。
何だかんだ言って全員バスケ好きであり、こんな話がくればやらないはずはない。
だがそのとき赤司の背後、となりのテーブルから声がかかった。

「テメーらだけで話を進めるの、やめてくんねーか?」
不機嫌さを露わにからんで来たのは、火神だった。
「キセキならざるキセキ」などと呼ばれた男は、わかりやすく入れてもらえなかったことに拗ねていた。

「みなさん、申し訳ありません。火神君も入れてあげてもらえますか?」
黒子はフォローのつもりでそう言った。
だがその声はあまりにも平坦で、聞きようによっては揶揄っているようにさえ聞こえる。

「テツがそういうなら、仕方ないか。」
「黒子っちの推薦なら」
「入れてやるのだよ。」
「どうでもいいかも」
「火神、特別に入れてやる。」
上から目線攻撃に火神は「んだよ!」と悪態をつく。
だが黒子が冷静に「そこはお礼を言うところじゃないですか?」と追い打ちをかけた。
全員火神の実力は認めているが、それをそのまま口にするほど素直ではないのだ。

かくして久しぶりにチーム「VORPAL SWORDS」の再結成が決まった。
かつて「キセキ」と呼ばれた男たちは、その喜びを肴に楽しく飲んだのだった。

【続く】
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