アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス×図書戦【お題:仄かに暗い15題-2】

【死のプログラム】

何だ、そりゃ。バカじゃねーの?
黛は心の中で思いっきり悪態をつく。
だが表面上はあくまでも「何も聞こえていません」と言わんばかりの無表情だった。

黛千尋にとって、これは非常に良い話だった。
かつては「木島ジン」という名で、その後は本名で何作か本を出した。
おかげさまでまずまず売れており、当面暮らせるくらいの蓄えはある。
だから今は気ままな充電期間だった。
このところ少々ハイペースで新作を出したのだし、しばらくはのんびりしよう。

それに次の本は検閲撤廃後に出したいと考えていた。
違反語などに気を取られず、心のままに書きたいと。
だから今は新作のネタを考えつつ、フラフラしていようと思っていたのだ。
そんなところに黒子から「バイトしませんか?」と声がかかったのだ。

どうせヒマでしょう?
一般的なサービス業のバイトと比べると、割りがいいと思いますよ?
それに食事は無料です。

黒子には相変わらずの無表情で告げられたが、黛にはこの上ないドヤ顔に見えた。
しかも「人間観察もできますよ」などと小憎らしいことを言う。
もちろんその言葉の真意は「新作のネタ、拾えますよ」だ。

美味しい話であることは間違いない。
だけど同時に「俺はまた乗せられるのか」と思わないでもなかった。
高校時代、バスケの名門校で試合どころかベンチ入りもできなかったあの頃。
赤の帝王に「ボクの言う通りにすれば試合に出られますよ」と声をかけられた。
あの頃の黛は迷うことなく、その誘いに乗ったのだ。

結局やらされたのは、黛の名の通りの「代わりの黒」。
黒子そっくりのプレイをコピーすることを命じられたのだ。
コピーなんて言うのは簡単だが、一挙手一投足を真似るというのは至難の業だ。
毎日黒子の試合のビデオを見て、研究した。
しまいにはもう黒子の顔を見るだけで、吐き気がするほどに。

そして今、その黒子の口車に乗せられるのか。
まるで死のプログラムがループしているような気分だ。
だが結局、黛はアルバイトを引き受けた。
確かに仕事の割りに、給料はいい。
賄いとして食べ放題の「カフェ・デビルバッツ」の食事は魅力的だ。
何よりコインランドリーには、新作のネタになりそうな人間がウヨウヨしている。

今もそんな人間たちが来店していた。
キョロキョロと辺りを見回している、女性の2人組だ。
黒子同様、本好きの黛には見覚えがあった。
あれは確か武蔵野第一図書館で働いている図書隊員だ。

「笠原、いないね。いたらまた嫌味を言ってやろうと思ったのに。」
「ホントに。今度こそ別れさせてやるつもりだったのにね。」
「だいたい堂上三監は騙されてるのよね。挙句に図書隊まで辞めちゃって。」
「別れたら戻って来てくれるとか、ありかなぁ。」

何だ、そりゃ。バカじゃねーの?
黛は心の中で思いっきり悪態をつく。
コインランドリーの3階で暮らす堂上夫妻は、黛から見てもバカップル上等夫婦だ。
こんな女たちが騒いだところで、傷1つつかない。

「あ、あの人たち。何かすごくカッコよくない!?」
「うんうん、ステキ!こっちも2人だし声かけてみようか?」
女たちの興味は、大型洗濯機に衣類を放り込んでいた2人組の男性客に移ったようだ。
黛は心の中でもう1度「バカ」と悪態をついた。
こんな女たち、まともな男なら相手にしない。

だがこんな連中だって、小説のネタにはなりそうだ。
まぁせいぜい引き立て役、脇役モブキャラ止まりだが。
いや主役に抜擢して、思いっきりゲスい小説ってのもありか?
とにかく覚えておこう。ついでに黒子に報告もしておくか。
黛は「何も聞こえていません」という無表情のまま、心の中ではそんな算段をしていた。

*****

「こんにちは!」
「いらっしゃいませ。雪名さん。木佐さん。」
来店した常連客を、セナは笑顔で迎え入れた。
年齢を重ねても絵になる2人の登場に、店内は一気に明るい雰囲気になった。

夕刻、そろそろ混み始めた「カフェ・デビルバッツ」。
そこに現れたのは、もうすぐ個展をひかえて忙しい雪名とその秘書兼恋人の雪名皇だ。
現在の雪名はこの近くにアトリエを構えており、2人はもちろん常連だ。
だが最近はテイクアウトの注文が続いていた。
買いに来るのはもっぱら木佐であり、雪名が来店するのは久しぶりだった

「実はコインランドリーで洗濯している最中で、その合間に寄らせてもらいました。」
雪名は笑顔でそう言った。
個展の準備で忙しい2人は、なかなか時間に余裕がない。
そのせいで溜めてしまった洗濯物を、3号店の大型洗濯機で一気に片づけにきたのだ。
そしてその合間に食事という忙しいスケジュールだ。

「さっきコインランドリーで逆ナン?されちゃいました。」
案内された席につくなり、雪名はセナにそう言った。
セナは「え?そうなの?それは申し訳なかったね。」と頭を下げる。
3号店だって「カフェ・デビルバッツ」の一部なのだから、客が不愉快な思いをしたなら詫びる。
すると雪名は慌てて「あ、クレームとかじゃないっすから」と答えた。

「あの黒子さんによく似た雰囲気の人が諌めてくれたんで。」
「あ、なるほど。」
黒子とよく似た雰囲気。
もちろん最近アルバイトに加わった黛のことだ。
最初に彼を見た時は、セナも驚いたものだった。
黒子の影の薄さだって相当驚きだったのに、同じ雰囲気を持った男がもう1人いるなど。

「かしこまりました。少しお待ちください。」
注文を受けたセナが去っていくのを見て、雪名は早々にスケッチブックを取り出した。
木佐が「こんな時くらい休めば?」と諌める。
だけど雪名は「せっかくの良い題材なんですから」とさっさと鉛筆でデッザンを始めてしまった。

「まぁ、いいけど。」
雪名が絵に集中し始めたのを見て、木佐はこっそりとため息をついた。
個展の準備は順調であり、作品数も足りている。
だが雪名はまだ新作を加えたいと思っているようだ。
何しろ雪名としては初めての大規模な個展なのだ。
今後この規模で出来るかどうかの確証もなく、いくらでも欲張っておきたいのだろう。

「うわ、マジか。」
5分程経過したところで、デッサンを覗き込んだ木佐は声を上げた。
それはキラキラと美しい画風が持ち味の雪名にしては、珍しい絵だった。
2人の女が棒を振り上げ、可愛らしい少女を殴ろうとしている。
邪悪な表情は、さながら魔女か鬼か。
だがその背後には無表情な死神が大きな鎌を振り上げて、女たちを狩ろうとしていた。

それはついさっきコインランドリーで起こった出来事をモチーフにしていた。
木佐たちは2人の女が気分の悪い話をしているのを聞いた。
言いがかりをつけてやろうとしていた笠原とは、確か堂上郁の旧姓だったはずだ。
その証拠に堂上という名も出てきたし、どうやら図書隊員だろう。
しかもあろうことかその女どもは、雪名と木佐に逆ナンを仕掛けてきたのだ。

怒鳴りつけてやろうか。
木佐はそう思ったし、雪名はまさにそうする寸前だった。
だがそこへコインランドリーの店員が割って入ってくれたのだ。
無表情で抑揚のない、黒子によく似た雰囲気の男。
だがその内面に、何かドス黒いものを感じた。
愚かな女たちはそれを感じ取れなかったらしく、悪態をつきながら去って行ったのだが。

雪名はその光景をデフォルメして、描いていたのだ。
服装などは中世ヨーロッパ風にしているし、本人が見ても自分だとはわからないだろうが。
いやあの黒子に似た雰囲気の男は、これを見たら気付くかもしれない。

「タイトルは『死のプログラム』って感じでどうでしょう?」
「・・・いいんじゃね?」
自分たちの所業によって死神に狩られる愚か者。
それが「死のプログラム」とは言い得て妙だ。

デッサンがそれなりに形になったところで、注文した料理が運ばれてきた。
まるで狙ったようなタイミングに、雪名も木佐も苦笑する。
だが美味しい食事はあっさりと、その苦笑を満面の笑みに変えた。
デリバリーやテイクアウト続きの2人は、久しぶりの出来たての料理を堪能したのだった。

*****

「急ですみませんが、明日の午後はオレら2人、休ませてくれませんか?」
不意にそう言われたヒル魔とセナはギョッとした。
阿部はともかく、三橋は思い切り泣き腫らした顔になっていたからだ。

閉店後の「カフェ・デビルバッツ」。
今日も平和に営業が終わり、住み込みスタッフも全員自分の部屋に引き上げた。
だがそろそろ寝ようかという時間に、ヒル魔とセナの居室がノックされた。
こんな夜中に何だろう?
セナが首を傾げながらドアを開けると、阿部と三橋が立っていた。
そして阿部が申し訳なさそうに、休みを申し出たのだった。

「いいけど、何があったの?大丈夫?」
セナは2人を部屋に招き入れながら、そう聞いた。
阿部は沈痛な表情だったし、三橋に至っては泣き過ぎて目が腫れている。
セナだけでなく、さすがのヒル魔も驚いた表情だった。

「う、た、たじ、ひぃ・・・じぃちゃんが、亡くなったって」
「え?廉君のおじいちゃんが?」
なおも涙声でしゃくり上げる三橋に、セナが仰天する。
三橋の祖父、確か群馬の三星学園の理事長だった人。
セナがそんなことを思っていると、阿部が慌てて「違うんです!」と声を上げた。

「亡くなったのはこいつじゃなくて、田島の」
「え?田島君のおじいちゃん?」
セナは意外な人物の名が上がり、驚いた。
三橋や阿部の元チームメイトの田島の実家は、農業を営んでいる。
その縁で格安で野菜を分けてもらっており「カフェ・デビルバッツ」にとっても大事な存在だ。

「あそこのじぃちゃんは元気です。亡くなったのはひぃじぃちゃん。田島の曾祖父です。」
「ひぃおじぃちゃん。」
セナは少々拍子抜けしながらも「それは残念だね」と答えた。
とはいえ、田島だってアラフォーでありその曾祖父なら100歳は超えていると思われる。
亡くなるのはもちろん悲しいし残念だが、大往生と言えるだろう。

「三橋はよく田島ん家に遊びに行ってて、ひぃじぃちゃんとも仲が良かったんで。」
「そっか。じゃあショックだね。」
「だから明日の午後は」
「っていうか1日休みなよ。大丈夫。店は何とかするから。」
「でも」
「いいから。だけど出かけるとき声をかけてね。うちの店からもお香典を出したいし。」

阿部と三橋は恐縮しながら、頭を下げて部屋を出て行く。
ドアが閉まると、セナは思わず長いため息をついていた。
誰にも訪れる死、あらかじめ決められたそのプログラムから逃れることは誰にもできない。
だけどどうしてと言いたくなる。
100歳超えまで生きる人もいるのに、どうしてヒル魔はこんなに早いのだろう。

「誰にでも死のプログラムは訪れる。それが早いか遅いかだけだ。」
ヒル魔がセナの心を見透かしたように、そう言った。
セナは慌てて我に返ると「そうですね」と答えた。
何を考えていたかなんてお見通し、取り繕っても無駄だろう。

「それより明日のキッチン担当、何とかしとけよ。」
「わかりました。まもり姉ちゃんに電話してみます。ダメだったら黒子君かな。」
セナはスマホを取り出すと、連絡先を開いて通話ボタンを押した。
誰がいなくても、店はいつも通りに開店する。
それが今セナがなすべきことであり「カフェ・デビルバッツ」のポリシーでもあった。

*****

「申し訳ないけど、朝から夕方までメインダイニングのキッチンを頼めるかな?」
セナから黒子に電話がかかってきたのは、深夜のことだった。
阿部と三橋が急に休むことになったのだそうだ。
夕方から閉店までは、姉崎まもりが駆け付けてくれることになったそうだ。
だがどうしても昼間の算段がつかないのだという。

「わかりました。じゃあ夕方から入ります。」
黒子はそう答えて、電話を切った。
コインランドリーは黛もいるし、昼間いなくても問題ないだろう。

明日は早起きだ。さっさと寝よう。だがその前に。
黒子は、黛から報告を受けた図書隊員の情報を手塚にメールした。
郁に言いがかりをつけようと、コインランドリーに来店したという女性2人組だ。

「ったく女としちゃ、完全に死んでるよな。」
黛はその女たちを評して、そう言っていた。
黒子は一応「死なんて軽々しく言わないで下さい」と窘める。
だが心の中では激しく同意だ。
そもそも今さらあのラブラブ堂上夫妻をどうこうしようとは。間抜けもいいところだ。
黒子は呆れながら、黛から聞いた会話の内容と店内の防犯カメラから拾った画像を送ったのだった。

ちなみにこの後2人の図書隊員にはかなり残念な将来が待っている。
考課も落とされ、昇任試験も見送られ、特殊部隊からは睨まれることになるのだ。
つまり女としてだけでなく、図書隊員としても死のプログラムが発動してしまったのだ。
だが当人たちがそれに気付くのは、いつになることか。

そして朝、黒子は通りを挟んだメインダイニングに出勤した。
基本的にセルフサービスのコインランドリーと違い、やはりこちらは慌ただしい。
だけど久しぶりに忙しく立ち働くのも悪くなかった。
そして夕方まで忙しく働き、まもりが来たので交代して3号店に戻ったのだが。

黒子はコインランドリーに出る前に、3階の堂上家に向かった。
妊娠が発覚した郁は体調がすぐれず、精神的にも不安定だ。
だから仕事の合間に顔を出して話をしたり、気分がよさそうなら散歩に連れ出したりしていた。
だがこの日はまったく顔を見ていない。
篠岡に頼んで、食事を届けがてら様子を見てもらってはいた。
朝は元気そうだったが、昼は寝ていたのか応答がないので食事を玄関前に置いてきたという。

弁当箱に夕食を詰めて、堂上家の前までやって来た黒子は顔をしかめた。
篠岡に頼んだ昼食は、まだ置きっぱなしだったからだ。
寝てしまっているだけならいいが、何だか嫌な予感がする。
黒子はドアフォンを連打し、それでも応答がないのでドアを叩いた。

「郁さん?大丈夫ですか?郁さん!」
声を張って、さらにドアを叩き続けても応答がない。
黒子は一気に階段を駆け下りると、メインダイニングに走った。
このオーナーのヒル魔が、堂上家の合鍵を持っているのだ。
それに中に入るなら、女性に頼んだ方が良いだろう。

黒子は合鍵を借り受け、鈴音を伴って戻って来た。
もう1度ドアフォンを鳴らし「郁さん!」と声を張る。
だが応答がないのを見て、黒子は合鍵でドアを開けた。
鈴音が頷くと「郁ちゃん、入るよ~!」と声を上げながら、部屋に駆け込んだ。

「郁ちゃん!大丈夫!?テツ君、ちょっと来て!」
程なくして鈴音の声が響いた。
黒子はこんなときでも律儀に「失礼します」と頭を下げると、堂上家に飛び込んだ。
すると郁がリビングに倒れているのが目に入った。
意識はないようだ。
そして呼吸が荒く、かなり苦しそうな様子が伝わって来る。

「郁ちゃん!大丈夫?郁ちゃん!」
「救急車を呼びます!鈴音さん付き添ってもらえますか?」
「わかった。一度メインダイニングに戻って支度してくる!」

付き添いもやはり女性の方がいいだろう。
そんな黒子の意図を読んだ鈴音が、部屋を飛び出していく。
黒子はスマホを取り出すと、救急車を呼んだ。

「郁さん、しっかりしてください。赤ちゃんのためにも頑張りましょう!」
黒子が声を張ると、郁の瞼がかすかに動いた。
やがて救急車のサイレンが聞こえ始め、辺りは一気に慌ただしい雰囲気になった。

*****

「郁!」
堂上は勢いよく、病室に飛び込む。
すると鈴音が苦笑しながら「堂上さん、病院では静かにね」と諌めた。

郁が部屋で、倒れていた。
堂上がそれを聞いたのは、郁が病院に搬送された1時間後だった。
黒子はすぐに連絡したのだが、仕事中の堂上はすぐに出られなかったのだ。
そこで黒子は赤司に連絡し、会社経由で伝言を頼んだ。
何しろ堂上の勤務する会社のトップは赤司なのだから、利用しない手はない。

堂上はすぐさま仕事を切り上げ、病院に駆けつけた。
そして病院内でもマナー違反の全力疾走で郁の病室へ向かう。
付き添っている鈴音から病室の番号までメールしてもらっていたので、一直線だ。
そのままの勢いで病室に飛び込み、愛する妻の名を叫ぶ。
すると鈴音が苦笑しながら「堂上さん、病院では静かにね」と諌めた。

「ちょっとした貧血だって。お腹の赤ちゃんも無事だって。」
「そうですか」
鈴音の簡潔な説明に、堂上はホッと胸を撫で下ろした。
そしてすぐに「ありがとうございました」と頭を下げる。
もしも様子を見に来てくれていなかったらと思うと、血の気が引く思いだ。
だが鈴音は「お礼ならあたしよりテツ君に」と答えた。

「部屋に入って様子を見ようって言ったのも、あたしに付き添いを頼んだのもテツ君だから」
「そうか。黒子君が」
「女性の方が郁ちゃんも堂上さんも気楽だろうって。そういうところ気が回るよね。」

鈴音はさっさと立ち上がると「それじゃ、あたしはこれで」と出て行った。
夫婦水いらず、長居は無用。
鈴音だってちゃんと気が回っている。
堂上は苦笑すると、今まで鈴音が座っていたパイプ椅子にそのまま腰を下ろした。

「篤さん、ごめんなさい。」
「俺はいい。」
堂上は言葉を切ると、郁の腹にそっと手を置いた。
そしてゆっくりと撫でながら「あやまるならこっちだ」と言った。

「そう、だね。」
「ああ。そうだ。この子はもう生きてる。だけど自分じゃ身を守れないんだ。」
「うん。本当にそうだね。」

郁は堂上の言葉に、グスンと鼻を鳴らして涙ぐんだ。
誰にでも訪れる死のプログラム。
それはまだ母親の胎内にいる赤ん坊だって、例外ではない。
そしてまだ自我さえない小さな命を守れるのは、母親だけなのだ。

「具合が悪くなったら、我慢するな。」
「うん。でも黒子君たちにはいつも助けてもらっちゃってるから。。。」
「それでも遠慮するな。本当は俺が駆け付けたいが、仕事中は無理だから。」
「うん。そうだね。この子のためにもう遠慮しない。」
「そうしろ。黒子君や鈴音さんだって迷惑だなんて思っていない。今回も心配してくれてる。」

堂上はスマホを取り出すと、メールの画面を見せた。
ここ1時間は黒子と鈴音からのものが並んでいる。
それに郁は朦朧とする意識の中で、黒子が呼びかけてくれた声を確かに聞いた。
赤ちゃんのためにも頑張りましょう!
かなり精神的にも弱っていた郁は、その声に力づけられたのだ。

「あたし、絶対に元気な赤ちゃんを産むから!」
郁はそう宣言しながら、声を上げて泣いた。
堂上は穏やかな表情で立ち上がると、右手で郁の髪をくしゃくしゃとかき回す。
そして左手は郁の腹に添えて、優しい手つきで撫でていた。
元気に産まれて来いと、エールを送るように。

結局郁は翌日に退院した。
堂上は仕事を休んでピッタリと寄り添った。
それを見た「カフェ・デビルバッツ」の面々は、最初は盛大に冷やかした。
だが開き直った堂上夫妻のラブラブっぷりに当てられて、結局見事に撃沈させられたのだった。

【続く】
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