アイシ×おお振り【お題:思い出15】

【嬉しい思い出】

モン太こと雷門太郎が「カフェ・デビルバッツ」にやってきた。
勝手知ったるここは、尊敬する先輩であるヒル魔と親友であるセナの店。
店構えは高校時代の部室を彷彿とさせるカジノ仕様だし、憧れ続けたまもりの料理も食べられる。
それにここにいれば、アメフトで繋がった昔馴染みたちが頻繁に顔を出す。
モン太にとっては、自宅より落ち着ける大好きな場所だった。

だからセナに、渡米するからその間の店を手伝ってほしいと言われたときにはすぐに快諾した。
元々客として頻繁に来店しており、シーズンオフには何度もバイトをしていた。
少し残念なのは、初めてセナがいないこの店で働くということだ。
でもそれも働き始めてすぐに、綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。
理由は、この夏休みにここに住み込んでいる高校生のアルバイトの少年だった。

最初はモン太も驚いたのだ。
昨年、創部2年目で甲子園出場を果たした西浦高校。
ほとんど1人で投げぬいたエース・三橋廉が、まさか「カフェ・デビルバッツ」にいるとは。
しかも現在3年生であるのに、彼は今年の夏の大会には出場していないという。
怪我なのか。それとも何か事情があるのか。

「レンには、野球の話はしない方がイイんスか?」
モン太はこっそりとヒル魔に聞いた。
セナは現在渡米しているので店にはいないからだ。
するとヒル魔は「ケケケ」と声を上げて笑った。
ヒル魔がアメフトを辞めてから、その不敵な笑いを久しく聞いていなかったモン太は驚いた。

「そんなにヤワなヤツじゃねぇから、気を使うな」
ヒル魔はそう言ってまた笑った。
モン太もあの不器用だけど、骨惜しみをせず一生懸命働く三橋は気に入っていた。
どこか昔のセナに似ているような気がしている。
モン太でさえそう思っていたのだから、ヒル魔にしたらなおさらだろう。

*****

「レンは高校卒業したら、どうすんだ?」
ランチタイムの営業を終えた後、モン太と三橋は遅い昼食を食べていた。
まもりが用意した本日の日替わりランチの残り。いわゆる賄いだ。
それを口いっぱいに頬張っていた三橋は、モン太を見ながら目を白黒させていた。
「ああ、悪かった。ゆっくりでいいからさ」
モン太が苦笑すると、食事を喉に詰まらせそうになった三橋がガブリと水を飲む。
「本当にレンくんの食べっぷりって、すごいわね」
まもりが笑いながら、空になった三橋のグラスに水を注ぎ足した。

「俺、できれば、ここ、で働きたい、です」
ようやく息をついた三橋が、ボソリと言う。
「え?」
意外な答えにモン太は、マジマジと三橋の顔を見た。
三橋は思い切り凝視してしまったモン太の視線を避けるように目を伏せる。
モン太は奥のテーブルでパソコンを叩いているヒル魔を見た。
三橋の言葉が聞こえていただろうに、ヒル魔はそ知らぬ顔だ。

「ふぅん。大学とかは?行かねぇの?」
モン太はさりげない口調で続けた。
「俺、アタマ、悪いから」
「アタマ、ねぇ。俺も悪ぃけどな。」
モン太が自分の言葉に、ゲラゲラと笑った。
「レンくん、どんどん食べて」
手が止まってしまった三橋に、まもりが優しくフォローを入れた。

*****

「なぁ、もしもう野球やんねぇなら、アメフトやんねぇ?」
食事を終えたモン太は、切り出した。
三橋が「フヘ?」と間の抜けた声を上げた。
モン太が1人前を食べる間に、おかわりをして倍の量を平らげた三橋は見るからに幸せそうな表情だ。
だがその正体は、9分割の奇跡のコントロールを持つ投手。
甲子園出場を果たしたこともある三橋の投手としての実績は有名だ。
投げることに関しての素質は間違いないものがあるし、根性だってある。
モン太はかねてからそんな三橋に目を付けていたのだった。

「うちのQBの雲水センパイ、来年4年だからさ。」
「こーたーばっく?投手?」
モン太はニンマリと笑った。そこまで知っているなら話も早いといわんばかりだ。
「うちの大学は、自分の名前が書ければ入学できるし!」
「う?」
「そりゃ野球とは勝手が違うけど、レンなら大丈夫!」
モン太は押しの強いセールスマンよろしくガンガンと攻め込んだ。
まさかQBにスカウトされるなどと夢にも思わなかったのだろう。
容量をオーバーした三橋の目が、グルグルと回り始めた。

「俺も中学までは野球少年だったんだ。でも野球ではダメでさ。奇跡のノーコンなんだ。」
「ノーコン」
「そう。で、野球部に入れてもらえなかったところを、アメフト部に拾われたんだ」
ふと気付くと、モン太の目が昔を懐かしむような表情に変わっている。
「ヒル魔センパイ、俺を縛り上げてケージに入れて、部室に連行したんだぜ!」
今となりゃ、嬉しい思い出だけどな、とモン太が笑う。
その豪快な笑い声に、三橋も笑顔になった。

*****

1日の営業が終り、通いの従業員であるまもりもモン太も帰宅していった。
今夜は三橋にとって初めてのヒル魔と2人で過ごす夜だった。
片付けもすべて終わった店内。
ヒル魔は相変わらず、ノートパソコンに向かって何やらデータを打ち込んでいる。
「ヒル魔さん」
何か飲み物でも用意しようかと声をかけた三橋の声に、ヒル魔が手を止めた。

「レン、昼間のモン太の話だけど」
「は、い」
ヒル魔の真剣な口調に、三橋は身構えた。
アメフトを、QBをやらないか、と言われたとき、嬉しかった。
でもモン太にとっては軽い冗談だったに違いないとも思う。
調子に乗ってはいけないと。だから。

「テメーがその気なら、QBでもやっていけると思うぜ」
ヒル魔がそう言ったとき、三橋は心の底から驚いた。
「うえええ?」
「間抜けな声」
ヒル魔がケケケと笑う。
「そりゃ、驚き、ます、よ」
三橋が抗議すると、ヒル魔はまた笑った。

「野球やるにしても、QBやるにしても、ここで働くんでも。ちゃんと考えろ」
ヒル魔がまっすぐに三橋の目を見ながら、言う。
「逃げずに考えろ。その上でここがいいなら。高校卒業した後、また使ってやる。」
その時、ヒル魔のポケットから携帯電話の着信音が響いた。
ヒル魔は携帯を取り出し、画面を覗く。
そして小さく「セナからだ」と言いながら、電話を取った。

*****

モン太さんて、何か田島くんに似てるなぁ。
豪快で、さっぱりしてて、でも相手の気持ちを気遣ってくれる。
それにヒル魔さんは、阿部くんに似てるかも。
言葉は荒いし、ぶっきら棒でちょっと怖いけど、実は優しい。
2階の自室に引き上げてベットに寝転んだ三橋は、そんなことを考えて微笑んだ。

それに今日は嬉しい思い出が出来た。
自分を必要としてくれたのだ。モン太もヒル魔も。
そんなことは野球を辞めてから、忘れていたものだった。

三橋は、高校卒業後の道は曲がりくねっていても1本の道だと思っていた。
成績はよくないから大学進学はありえないし、野球ももう辞めた。
だから卒業したら就職する。働く。それをぼんやりと思っていただけだ。
セナやモン太の大学が、本当に名前さえ書ければ入学できるかどうかはともかく。
まだ大学という選択肢もある。
また身体を動かすことは好きだが、野球以外のスポーツなど考えてもいなかった。
野球を辞めたのだから、もう終わったものと思い込んでいた。
未来は1本の道ではなく、別れ道なのだ。

ちゃんと考えろ。逃げずに考えろ。
ヒル魔の言葉が三橋の胸を打つ。
そうだ。まだ気がついていない道だってあるかもしれない。
一生懸命考えて、答えを出さなくてはいけない。

とりあえず今度、アメフトのボールの投げ方を聞いてみようか。
そんなことを考えながら、三橋は眠りに落ちていった。

【続く】
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