アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス×図書戦【お題:仄かに暗い15題-2】

【矛盾】

「今日はこれで終わりだよ~!」
郁は子供たちを見回しながら、明るい声でそう言った。
子供たちは「え~!?」と不満の声を上げたが、郁は「また明日ね!」と笑った。

デビルバッツの3号店のコインランドリーカジノ。
ここは3階建てになっており、1階がコインランドリースペースだ。
通常の洗濯機や布団などが洗える大型洗濯機が並んでいる。
そしてスニーカーが洗えるものや、スーツを吊るしておけばにおいやシワが取れる優れモノもある。

洗濯が終わるのを待つためのスペースも広く取っていた。
オシャレな北欧風のテーブルや椅子があり、飲食もできる。
通りの向こうの「カフェ・デビルバッツ」のメニューも注文可能だ。
また壁には大きな書架があり、常に1000冊以上の書籍が収められていた。
これは全て本好きの黒子の蔵書で、洗濯を待つ間は自由に読んでも良いことになっている。

「黒子君。自分の本なのにいいの?」
郁はこの書架を見た時、思わずそう聞いていた。
検閲撤廃で価格が安くなりつつあるとはいえ、まだまだ本は高い。
それに中には検閲対象の本も結構あったりする。
客の中には雑に扱う者もいるかもしれないし、盗難の恐れだってある。

自分の気に入っている本を、多くの人に読んで欲しい。
だけど多くの人に貸し出して、お気に入りの本が傷むのは嫌だ。
矛盾しているけれど、本好きとしてはどちらも当たり前の考え方だ。
だが黒子はあっさりと「別にいいですよ」と答えた。

「これだけあると、結構部屋の場所をふさぐんですよ。」
「そんな理由?」
「それにたくさんの人に読んでもらった方が、本だって嬉しいと思いますから。」
「そっちの理由は納得できるかな。」

かくして書架は1階の壁に鎮座している。
不要の本を持ち込めば洗濯料金の割引をするとしているので、本はどんどん増えていく。
意外によく持ち込まれるのは、絵本の類だ。
子供が成長すれば読まなくなるのだろう。

郁がそんな絵本を子供たちに読み聞かせするようになったのは、郁本人が言い出したことだ。
コインランドリーの2階はカジノスペースになっている。
ピンボールやスロットマシーン、ルーレットテーブルなどが並ぶ不思議な空間。
だが本格稼働するのは、やはり夜だ。
そこで昼間は子供たちが遊べるスペースにしようと提案したのだ。
しっかりとした防音仕様になっているから、少々騒いでも問題ない。
郁は持ち込まれた絵本の読み聞かせをするようになったのは、ごく自然な流れだった。

「郁ちゃん、またね~!」
今日も読み聞かせが終わり、郁は子供たちを送り出した。
この後はディナータイムで忙しくなるメインダイニングの助っ人だ。
黒子が「郁さん、充分休憩を取ってくださいね」と気遣ってくれる。
だが図書隊で過酷な訓練をしていた郁にとっては、物足りないくらいの運動量だ。

「大丈夫です!行ってきます!」
郁は笑顔でコインランドリーを出ると、道向かいのメインダイニングに向かった。
図書隊とは違う、新しい居場所。
だけど毎日が充実していて、すごく楽しかった。

*****

「これ!納得がいかないんだけど!」
火神はスマホの画面を向けると、開口一番文句を言った。
だがセナは笑顔のまま「火神君、声が大きいよ」と言い返した。

閉店後のデビルバッツは、例によって賄いタイム。
この日のメンバーはセナ、阿部、三橋、鈴音と黒子だった。
郁は堂上の帰宅に合わせて、早上がり。
ヒル魔は早々に部屋に引き上げて、もう休んでいる。

そこへ飛び込んできたのは、火神だった。
従業員ではないが黒子の恋人である火神大我は「カフェ・デビルバッツ」の2階に住んでいる。
2メートル近い長身に、野生の虎のような風貌。
威圧感たっぷりな火神と、無表情で影が薄い黒子の組み合わせはシュールの一言に尽きる。
だがかつてバスケでコンビを組んでいた頃は、このミスマッチを利用した作戦が功を奏したという。

「火神君。何か、食べる?」
調理担当の三橋が声をかけると、火神は「食べる」と即答だ。
かつて「肉食のリス」と称された火神は、とにかくよく食べるのだ。
三橋がキッチンに立ち、手早く残り物を皿に盛りつけている。
火神はその間にスマホを取り出すと、セナの顔の顔の前に突き出した。

「これ!納得がいかないんだけど!」
火神が怒りの感情を隠すことなく、そう言った。
それは都内のレストラン情報などを載せている、グルメガイドのサイトだ。
そこには「カフェ・デビルバッツ」が酷評されていたのだ。

材料が古くて、美味しくない。
従業員の接客が不親切で、感じ悪い。
料理の割りに値段が高い。
ここ1ヶ月くらいの間に、そんなコメントがやたらと書き込まれているのだ。

「火神君、声が大きいよ。」
セナは笑顔のまま、平然とそう答えた。
実はセナも阿部も三橋も、そのことを知っていた。
それにおそらくヒル魔も知っているだろう。
ヒル魔に至っては、多分もう書き込みをした人物を特定しているに違いない。

「別にいいよ。うちはこういうサイトを見て来てくれるお客様に頼ってないから。」
「ですね。最近週末なんか入れないお客様もいらっしゃるし。少し減ってくれるくらいでちょうどいい。」
「その分、常連さん、大切に!」

セナと阿部、三橋が口々にそう言った。
実は「カフェ・デビルバッツ」は過去にもネットに誹謗中傷を書き込まれたことがある。
だがこの店を愛する常連客は、通い続けてくれた。
そもそもこの店はヒル魔が仲間内で騒げるようにと、半ば道楽で始めた店なのだ。
基本的には赤字さえでなければOKというスタンスで営業している。
どんなお客様でも歓迎するという、デビルバッツの基本スタンスとは矛盾するかもしれない。
だがこの程度の書き込みで来なくなるような客は、正直なところどうでもいい。

「火神君。怒ってくれてありがとう。」
セナはニッコリと笑顔でそう言った。
三橋が「食べて」と火神に賄いを勧め、阿部がお茶を淹れてくれる。
完全に毒気を抜かれた火神は、半ばヤケ気味に箸を取ると猛然と食べ始めた。

この時、気にする必要もないと思っていた悪意の書き込み。
その犯人の正体や動機を知って一同が驚くのは、もう少し先のことだ。

*****

「いらっしゃい。鈴音さん。」
今はこの2号店を取り仕切る水谷が迎え入れてくれる。
鈴音も笑顔で「こんにちは」と答えると、空いているテーブルについた。

少し前まで、このスイーツメインの2号店は十文字が仕切っていた。
鈴音はそのサポートとして、ここで働いていたのである。
十文字と鈴音の共通点は、セナに恋をしているということ。
だからヒル魔とセナが恋人同士であることも承知の上で、ここで働いていた。

だが十文字はここを出て行ってしまった。
今はヒル魔と赤司が立ち上げた警備会社で働いている。
しかも最近スタッフに加わった郁の夫、堂上の部下になっているという。
十文字は時折メインダイニングに立ち寄り、郁に「オタクのダンナ、鬼だ」と愚痴っている。

何だかなぁ。
鈴音は十文字のこの転身を喜びながら、複雑な思いだった。
十文字が新天地で頑張っているのは嬉しいし、応援する気持ちはもちろんある。
だが十文字がここを去ったのは、セナへの恋心を捨てるためだ。
裏切られたという気持ち、そして恋敵が減ったという昏い喜びの気持ち。
矛盾する感情を抱えて、鈴音の心は微妙だ。

そして休日、鈴音は自宅の掃除や洗濯などをした後、2号店にやって来た。
甘いもの好きの鈴音にとって、休日にここに来るのはささやかな贅沢だ。
それにここならサービスしてくれるというぶっちゃけた本音もある。

「ご意見、聞かせて下さい。」
水谷が予想通り、試作品だというチョコレートケーキを出してくれた。
上品で控え目な甘さに、香りの良い紅茶。
鈴音は至福の時間を楽しんでいたのだが。

「あ、鈴音さん!」
店に入って来た女性客の2人組が、鈴音を見つけて声をかけて来た。
鈴音は「久しぶり~」と手を振る。
彼女たちは数年来のこの店の常連だ。
通い始めた頃は中学生だったが、今はもう大学生。
子供子供していた彼女たちが大人の女性になったのを見て、鈴音は年月を感じてしまう。

「大学、楽しい?」
「はい!もちろん!でも大学が遠くて、久しぶりに来ました!」
「鈴音さん、今日はお客さんなんですか?」
「うん。でも今はメインダイニングの方で働いてるの。モンジも辞めちゃったし。」
「「ええっ!?十文字さん、いないんですか~?」」

2人の声が悲鳴となり、重なった。
そう、何気に2号店の常連は、十文字のファンが多いのだ。
鈴音は思わず舌打ちしそうになり、慌てて踏みとどまった。
いくら休日とはいえ、客の前で従業員が舌打ちはまずいだろう。

「後任の水谷君も頑張ってるからさ。時間があったらまた来てね!」
鈴音が笑顔を作ると、女子大生2人組も「は~い!」と答えた。
そして鈴音に手を振ると、空いているテーブルに座る。
水谷の妻である篠岡がオーダーを取るのを見ながら、鈴音は「何よ」と小さく悪態をついた。

何、この意味不明な敗北感。
鈴音はわからない苛立ちを、チョコレートケーキと一緒に飲み込んだ。
みんなが頑張っているのに、自分だけ取り残されている。
そんな気がして、どうしてもモヤモヤした気分が消えなかった。

*****

「ヒル魔さぁ~ん。助けて~!」
吉野が甘えた声で、そう言った。
だがヒル魔は冷やかに「知るか」と一刀両断した。

コインランドリーのオープンに伴い、ヒル魔はここで過ごすことが増えた。
2階のカジノスペースだ。
元々ここのカジノ関係の品々は、ヒル魔の個人的なコレクション。
高校時代に勝手にアメフト部の部室をカジノ仕様にしたのである。

ヒル魔は体調が良いと、ここに来ている。
メインダイニングより人が少ないし、何よりカジノの雰囲気が好きだ。
それにここならテーブルに足を乗せるななどと、セナに口うるさく言われることもない。
こうしてここでノートパソコンを叩きながら、趣味の情報収集に勤しんでいようと思ったのだが。

「ヒル魔さん♪」
最初に声をかけて来たのは、常連客の桐嶋日和だった。
ヒル魔は思わず「どうした?」と聞いてしまう。
メインダイニングならともかく、日和がコインランドリーの2階まで来る理由がわからなかったからだ。
すると日和は「セナさんにヒル魔さんがここにいるって聞いたから」と言う。
そして「ねぇねぇ、聞いて」と話をするようになったのだ。

日和は一時、ある男性と婚約していたが、父親が同性の恋人を持っていることで破談にされた過去がある。
そんなこともあったし、子供の頃から知っていることもあり、ヒル魔は黙って話を聞いた。
今は常連客であり、堂上夫妻とも顔見知りだという吉川大河と良い関係になっている。
そんなノロケ話も「ケッ」と悪態をつきながらも、聞いていた。

それがきっかけになったかどうかわからない。
だがヒル魔と話をしたいという人間が、時折来るようになった。
ヒル魔だって別に、毎日ここにいるわけではないのに。
それに本当に話を聞くだけなのだ。
アドバイスを求められても「自分で考えろ」と言うだけ。
それなのに話をしたいという者が後を絶たない。

この日現れたのは、少女漫画家の吉川千春こと吉野千秋だった。
月刊エメラルドという少女漫画誌で、1000万部を売り上げた人気作家。
だがここ最近スランプなのだと言う。
彼を担当していた編集者、小野寺律が最近丸川書店を退社した。
そこからどうにもペンが進まないのだと訴えてきた。

「ヒル魔さぁ~ん。助けて~!」
「知るか。お前、プロだろ。」
「うわ~ん。ヒル魔さんが冷たい~!」

ひとしきり愚痴った吉野が引き上げていくのを見て、ヒル魔はため息をついた。
ずっと様子をうかがっていた黒子が「お疲れ様です」と声をかけてくれる。
ヒル魔は「まったくだ」と悪態をつきながら、思いっきり舌打ちをした。

「俺のどこに悩みを話す要素があるってんだ。」
ヒル魔は思いっきり文句を言う。
金色に染めた髪は、もう昔のように逆立ててはいない。
それでも耳の二連のピアスも健在だし、間違っても親しみやすいタイプではないはずだ。

「でも威厳とか頼りになる感じはありますよ。教会で神父様に相談する感覚じゃないですか?」
黒子にそう言われて、ヒル魔はガックリと肩を落とした。
かつて「悪魔の申し子」と呼ばれたヒル魔が、まさか「神父様」とは。
もはや矛盾を通り越して、笑い話だ。

「もし面倒なら、誰も話しかけないようにしますか?」
「いや。別にかまわない。」
ヒル魔は苦笑すると、パソコンを叩き始めた。
何だかんだ言っても、誰かに必要とされるのは悪くない。
今そう思えるのはきっと幸せなことなのだろう。

*****

「ただいま」
コインランドリーカジノの3階、自宅に戻った堂上は郁に声をかける。
郁は「おかえりなさい」と笑顔で、愛する夫を出迎えてくれた。

図書隊を辞めた堂上は、警備会社で働いている。
所属する部署の半分以上は、元良化隊員だ。
それに対して元図書隊員は堂上1人だった。

最初は人間関係のトラブルも覚悟していた。
何しろ少し前まで、戦争をしていた相手なのだ。
相容れない部分もあるはずだし、嫌がらせなどもあるかもしれない。
だがそれは見事に杞憂に終わった。
元良化隊員たちは、堂上の経歴にはまるで無頓着だった。

「俺を憎いとは思わないんですか?」
堂上は思い切って、上司となった男に聞いてみた。
警備部の部長になったのは、尾井谷元。
良化特務機関の隊長だった男だ。

「個人的な感情なんかないさ。俺たちには大義などなかったからな。」
「大義がない?」
「良化隊員は法務省勤務の中から選ばれている。つまり自ら志願する者はほぼいないんだ。」
「そういうものなんですか?」
「ああ。本当に検閲に賛成の者は賛同団体に行く。俺たちは戦争を仕事と割り切るしかなかった。」

言われてみれば、もっともな話だった。
最初から本を守るという大義の元に集まったのが図書隊。
それに対して良化隊は法務省の中の1つのポジションに過ぎないのだ。
実際かつての元良化隊だった上官も、志願する者はほぼいないと言っていた。

では俺たちは何と戦っていたのだろう。
堂上の中に戸惑いがないと言えば、嘘になる。
だが元良化隊員たちは思ったよりも気さくで普通に接してくれる。
そのことにホッとしているのもまた事実だ。
矛盾する感情だが、トラブルがないに越したことはない。
かくして堂上は、新しい職場で順調にキャリアを重ねつつあった。

新しい職場は慣れないことも多く、苦労は尽きない。
だが急な検閲もなければ、書類を押し付けたり無茶振りをする上官もいない。
寂しいような気もするが、時間通りに帰宅できるのはよかった。
郁は堂上のシフトに合わせて仕事をして、毎日家で出迎えてくれる。

「今日の夕食も美味そうだな。」
「でしょ、でしょ!廉君にレシピ教えてもらったんだ。」
料理が並ぶテーブルを見て、堂上は頬を緩ませた。
ここに来て、郁の料理の腕前は上がっている。
「カフェ・デビルバッツ」のキッチンを仕切る三橋に料理を教えてもらっているからだ。

「いただきます!」
2人は向かい合って座ると、仲良く食べ始めた。
こんな時間が増えただけで、堂上は転職してよかったのだと思える。
今日も旺盛な食欲で食べ進める妻を見ながら、堂上は「そうだ」と切り出した。

「来週からちょっと忙しくなる。画家の個展の警護をすることになって。」
「画家って誰?」
「雪名皇って油絵の画家。確か『カフェ・デビルバッツ』の常連だ。」
「へぇぇ。大変だけど、頑張ってね!」

妻の心からのエールに、堂上の顔が笑み崩れた。
かくして堂上夫妻は、今宵もラブラブな時間を堪能していたのだった。

【続く】
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