アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス×図書戦【お題:仄かに暗い15題-2】

【錯乱】

「あ~もう!いいかげんにしてくれないかな。」
セナは鳴り続ける電話にウンザリとため息をつく。
阿部は「大変っすね」と苦笑し、三橋が何度もコクコクと頷いた。

「カフェ・デビルバッツ」は、今日も大繁盛だ。
阿部と三橋が切り盛りする1号店は、美味い料理と酒を楽しめる。
スイーツメインの2号店は水谷夫妻が頑張っている。
そしてついに開店した3号店は、黒子が仕切るコインランドリーカジノ。
開店当初はいろいろあったが、今はどうにか軌道に乗りつつあった。

この日の夜も閉店後の1号店、メインダイニングで全員が賄い飯を楽しんでいた。
今日のメンバーはセナと鈴音、阿部と三橋、そして黒子と郁。
さらに今夜は体調が良いからとヒル魔も加わり、合計7人のディナータイムだ。

だが食べ始めてすぐに、店の電話が鳴った。
セナはウンザリとため息をつくと、食べかけの皿を置いて席を立つ。
開店前や閉店後、このところ毎日のようにかかって来る電話は、全てセナ宛てだった。

少し前に大学アメフトの試合で、事件が起きた。
ある大学のDLの選手が、ボールを持っていない相手チームのQBの選手にタックルした。
最初は興奮して錯乱した選手による単なるラフプレーかと思われた。
だがアメフト部内のパワハラ、しいては大学の経営方針にまでおよび、世論を巻き込む大問題になったのだ。
有名なアメフト選手だったヒル魔もセナも、この問題には大きな関心があったのだが。

世の中が過熱していくにつれ、セナと接触しようとするマスコミや関係者が増えた。
かつて一世を風靡した光速のランニングバック、アイシールド21。
マスコミはセナのコメントを欲しがったのだ。
一番多いのはテレビ局で、ワイドショー等でこの問題を語って欲しいと言う。

「ええ。この問題についてコメントはありません。テレビにも出ませんので。」
セナは切り口上でそう言い放つと、電話を切った。
そして席に戻ると「まったくもう」と文句を言いながら、再び食べ始めた。
すかさず郁が「怒りながら食べると、消化に悪いですよ」と笑った。

「セナさん、テレビに出たらいいのに。」
「阿部君。ボクが現役の頃なんて、パワハラありまくりだよ?」
「そうなんすか?」
「うん。いきなり拉致られてアメフトやらされて、石蹴りでアメリカ横断させられたりメチャクチャだった。」
「ハァァ?」
「そんなボクがパワハラについて何を言えるっていうの?」

セナが苦笑すると、全員が唖然とした。
連日のオファーをことわっているのが、まさかそんな理由とは予想外だ。
それにしても「拉致られて」とか「石蹴りでアメリカ横断」など、この時代なら論外だ。

「オレら、モモカンにウメボシされたり、不味いプロテイン食わされたのはパワハラか?」
「そう言えばボクも、高校時代カントクに平手打ちされたり、渾身の握力で頭を掴まれたりしました。」
阿部と黒子もセナに同調して、そんなことを言い出した。
どうやらそこそこスポーツに打ち込んでいたアラフォー世代は、そこそこパワハラと思しき経験があるらしい。
強いて彼らの特殊性を上げるなら、男子よりもパワフルな女性監督だったということだ。

「あ、あたしは篤さんからしょっちゅう拳骨食らってました。」
「え?女性なのに?」
「いいの?それって!」

郁も乗っかって来たが、さすがに一同は驚いた。
そりゃ自衛隊より厳しいと言われた図書隊。
ましてや郁がかつて所属していたのは、その中では戦闘の最前線に立つ特殊部隊。
訓練は厳しいとは思うが、まさか。
だが郁はケラケラと笑うと「あたしもやり返してたし~」と笑った。

「新人の時には、背後からドロップキック食らわしてやりましたし。」
「「「「「えっ!?」」」」」
「あとですね」
「「「「「いや、もういいです!」」」」」

どうも違う方向に話が動き出したことを悟り、総員でそれを回避した。
そして話題はさりげなくライトな方向に代わり、一同は笑いながら賄いタイムを楽しんだ。

*****

「久々の『カフェ・デビルバッツ』にカンパ~イ~!!」
店内で一際華やかなテーブルから、明るい声が響く。
セナと阿部は顔を見合わせて苦笑しながら、彼らのテーブルに料理を運んだ。

小野寺律は丸川書店を去り、小野寺出版に戻った。
約十数年振りの古巣への帰還である。
予想通り、戻って来た社長令息への風当たりはそれなりに強い。
だが律ももう大学を卒業したばかりの青臭い子供ではないのだ。
丸川書店で充分な実績も積んだし、それに見合う苦労だってしている。
こそこそと陰口を叩かれたところで、今さら眉1つ動かない。
表立って文句を言う輩には、正々堂々と受けて立つ。

そんな律が配属されたのは、編集部門がある出版部ではなく事業部だった。
販売戦略や企画など、会社の方向性を決める部署だ。
それは律の希望である。
本を作る仕事からは、当面離れることにする。
今は検閲撤廃に伴い、出版業界が大きく変わろうとしている。
その新たな時代の礎を作ることに、力を尽くしたいと思ったのだ。

律が丸川書店を退社する際には「カフェ・デビルバッツ」で盛大なお別れパーティをした。
元エメラルド編集部のメンバーたちが集まり、律の新たな門出を祝ったのだ
だがそれから数ヶ月、律はここに来ることがなかった。
余程忙しいのかと心配していたところで、律は高野と共に来店してくれた。
2人とも相変わらずの美貌で、店の雰囲気は一気に華やかになった。

「やっと来られたよ~!セナさん!」
「お忙しかったのかと心配してましたよ。」
「忙しいもあるけど、親がうるさくってさぁ。」

律はまるで親友にでも会うノリで、セナの顔を見て喜んだ。
阿部や三橋、鈴音にも同じように笑顔で挨拶をしている。
ちなみに黒子と郁は3号店のコインランドリーにいる。
セナがそれを教えてやると「帰りに挨拶しに行こう!」と楽しそうだ。

律は結局、実家住まいに落ち着いている。
家事などの雑用はしないですむし、食事の心配もない。
何より社長である父の車に便乗すれば、通勤だって楽だ。
いい歳の大人が親元でぬくぬくしていると見えるのはわかっている。
それでもそういう悪評さえ無視してしまえば、仕事に没頭できる理想的な環境なのだ。

だがそうなると、さすがに外には出づらくなるらしい。
特に律の母親は未だに過保護で、律が外食するのに良い顔をしない。
それが高校にしてファーストフードを初めて食べたという小野寺家の文化だ。
やや錯乱気味とも思える愛情に、若い頃はウンザリしたこともあった。
だが1人暮らしを経験した今は、息子の健康を気遣ってくれる母に感謝している。

「でも『カフェ・デビルバッツ』だって言えば、母も笑顔でOKなんだ。」
「それは光栄です。お母様はランチでよくいらしてくださってますし。」
律の実家からも近いし、何より野菜多めのヘルシーメニュー主体だからだろう。
実は律の母親はかなりの頻度でここに来ており、その都度同年代の友人が一緒だ。
ぶっちゃけ店にとって、上得意な客なのである。

「どうぞ。こちらへ。」
セナは笑顔で、律と高野をテーブルに案内する。
ちなみに高野は時折1人で来店していた。
高野は武蔵野第一図書館に来ることも多く、そのたびに立ち寄ってくれるのだ。

「こんな良い席でいいの?」
「もちろんですよ。久しぶりに来ていただいたんですから。」
セナは奥の窓際、店の中では一番落ち着く席に2人を案内した。
久しぶりだから良い席に案内したのは間違いないが、実は打算もある。
この席は店の中からも外からも見やすい場所なのだ。
それに美青年2人を置けば、実に見栄えがいい。
客寄せとまでは言わないが、そこそこの演出効果はあるだろう。

さてその分はしっかりサービスしますか。
セナがキッチンをチラリと見ると、全てを心得た三橋が笑顔で頷いた。
すでに律や高野の好物を準備しているのだろう。
阿部は2人が良く頼んでいたワインのボトルを氷バケツにセットしている。
セナはそんな2人のコンビプレイを見ながら、クスリと笑った。

「久々の『カフェ・デビルバッツ』にカンパ~イ~!!」
やがて2人のテーブルから、明るい声が響く。
セナと阿部は顔を見合わせて苦笑しながら、彼らのテーブルに料理を運んだのだった。

*****

「あ、律さん。お久しぶりで~す!高野さんもこんばんは!」
郁は店に入って来た美青年カップルに笑顔で挨拶をする。
黒子は「郁さん。声が大きいです」と注意した後「こんばんは」と頭を下げた。

黒子が企画立案した3号店。題して「コインランドリーカジノ」。
あまりにも意表を突いたアイディアに、あのヒル魔でさえも驚いた。
常連客の中には「何を錯乱したんだ?」となどと言う者さえいた。
セナや阿部も内心「繁盛するのかな?」と首を傾げていたほどだ。

だがコインランドリーカジノはオープンした。
そして開店当初から当初の予想を上回る客が訪れたのを見て、懐疑的だった者たちも口を噤んだ。
この辺りは少し前まで古い住宅街だったが、最近はそれらが取り壊されマンションが増え始めた。
そこに若い世代が住み始めたことで、コインランドリーは大当たりしたのだ。

深夜まで仕事で働く者は、騒音トラブルを避けるためにわざわざ洗濯物を持って訪れる。
また布団を丸洗いできる大型や、スーツを吊るしたまま洗える特殊なものまで設備は充実。
そこが主婦や節約したい若者たちに受けたのだ。
しかも利用者は「カフェ・デビルバッツ」や提携する店の割引チケットをもらえる。
またカジノスペースで遊ぶこともできるのだ。
お得感と遊び心を満たすちょっと変わったコインランドリーは、たちまち人気店となった。

カジノなんて冗談じゃない。風紀上よくない。
近隣住民の中には、そんな風に騒ぐ者もいた。
そういう者たちは概ね頭が固く、説明をしても半ば錯乱気味に否定し続ける。
きっとああいう人たちって、メディア良化法には大賛成なんだろうな。
そう言ったのは郁で、セナたちも「確かに」と頷いた。
それでも何とか時間をかけて話をし、理解はされないまでも許容されるまでになった。

カジノタイムはあくまで夕方から深夜のみ。
明るい時間帯には時折、郁が小さな子供向けに絵本の読み聞かせをしていたからだ。
図書館では子供たちに圧倒的な人気を誇っていた郁は、ちょっとした有名人だ。
その郁の読み聞かせには、多くのギャラリーが集まった。
何でも批判するうるさ型の人々も、それを見て沈黙してしまった。

この日もコインランドリーは大繁盛だ。
洗濯を待ちながら、ピンボールやダーツで遊ぶ客がいた。
点数が出れば「カフェ・デビルバッツ」のドリンクやデザートの無料チケットが貰える。
店としては、お祭りの夜店感覚で遊んでもらえればいいと思っている。

郁はこの夜はこの3号店で、働いていた。
夫である堂上は図書隊を辞めて、警備会社で働き始めた。
それに合わせて、郁のシフトも調節してもらっている。
夜勤の時には、メインダイニングで閉店まで働く。
日勤の時は、ここで堂上が帰宅するまでの勤務だ。
住まいはこの3号店の3階のスタッフ専用スペースだ。
本当は黒子と火神が住む予定だったが堂上夫婦に譲ってくれて、彼らはメインダイニングの2階に住み続けている。
郁も堂上もこの住環境を気に入っており、采配してくれたヒル魔には感謝していた。

そんな中、店に入って来たのはメインダイニングの常連客。
最近すっかりご無沙汰だった高野と律だ。
変わらない笑顔で「黒子君、郁さん。こんばんは!」と手を振る。
相変わらず爽やかな美貌で、一気に店内の雰囲気が明るくなった。

「あ、律さん。お久しぶりで~す!高野さんもこんばんは!」
「郁さん。声が大きいです。こんばんは。」
「ごめんね。洗濯物はないんだけど、2人の顔が見たくて寄っちゃった!」
「律。お前も声がデカいぞ。騒がせて申し訳ない。」

予期せぬ再会に郁のテンションが上がった。
メインダイニングで食事を楽しんできたというほろ酔いの高野と律も笑顔だ。
黒子だけはいつもと変わらない無表情に平坦な声。
だがテンションが上がっているのだということがわかるくらいには、郁と黒子も親しくなった。

「カジノって2階なの?」
「そうです。」
「ちょっと遊んでもいい?」
「ええ、もちろん。どうぞ。」

黒子は郁に目配せをすると、2人を案内して2階へ向かう。
郁は1つ頷き返すと、カジノスペースに向かう3人を見送った。
そして何気なく外を見るなり、通りの向こうに見知った人物を見つけた。

「篤さんと。。。小牧教官?」
夫とかつての上官が、2号店に入っていくのが見えた。
郁は首を傾げながらも、後で聞けばいいと思い、仕事に集中した。

*****

「久しぶり。堂上。」
不意に声をかけられ、堂上は驚いた。
暗闇に潜むように待っていたのは、かつてバディを組んでいた男だった。

図書隊を辞めた堂上は、赤司とヒル魔が立ち上げた警備会社で働いていた。
当初は多くの図書隊員を受け入れる予定だった会社だが、今働いている元図書隊員は堂上だけだ。
この会社は良化隊員も受け入れるとしたため、玄田らが反発したのだ。
その結果、警備部門の重要部署は元良化隊員で占められている。

堂上は仕事を終え、帰宅する途中だった。
勤務先は「カフェ・デビルバッツ」から徒歩で15分程度。
しかもシフトがしっかり決まっているので、夜勤はあっても残業はない。
郁も堂上の勤務時間に合わせて仕事をしているので、2人の時間が図書隊の頃より格段に増えた。
つまり妻を大事にしたい今の堂上にとって、理想的な職場だった。

コインランドリーカジノの灯りが見えてくれば、堂上の表情も変わる。
仕事モードの仏頂面から、プライベートの甘い顔へ。
今日も良く働いた。早く郁の笑顔で癒されたい。
だがその途端「久しぶり。堂上」と声をかけられた。
コインランドリーカジノの前の路地の前。
暗闇に潜むように待っていたのは、かつてバディを組んでいた男だった。

「小牧!偶然じゃないよな?俺に用事か?」
「うん。メールしたんだけど。」
「すまん!今日は忙しくて見てなかった!」

堂上は慌てて謝罪した。
すると小牧は「仕事も順調か。よかったね」と肩を竦める。
そこにわずかに皮肉っぽさを感じた堂上は、仕事モードの顔に戻った。
除隊して以降、小牧を含め図書隊とは疎遠になっていた。
なぜなら堂上は玄田らの反対を押し切るように、警備会社に籍を移したのだから。

「ちょっと話せる?」
「ああ。それならこっちだ。」
堂上は先に立って歩き出した。
目指したのは、通りの向こうの「カフェ・デビルバッツ」2号店だ。
堂上が先に立って歩き出すと、小牧はごく自然にその隣に並んだ。

「あ、堂上さん。お帰りなさい。」
予想通り、翌日の仕込みにかかっていた水谷は笑顔で迎え入れてくれた。
水谷夫妻が切り盛りするスイーツやお茶を楽しむ2号店。
この時間帯は作ったケーキなどを売り切るテイクアウトのみの販売という時間帯だ。
水谷は明日の仕込みをしており、出産したばかりの彼の妻は2階の住居スペースに引っ込んでいる。

「悪いけど、客席を使わせてくれ。」
「かまいませんよ。コーヒーでいいっすか?ケーキもありますが。」
「すまんな。ケーキはテイクアウトでくれないか?」
「了解です。小牧さんもよかったら奥様に。」

水谷は突然の来店にも、笑顔で応じてくれた。
すぐにコーヒーを持ってくると「お客さん来たら呼んでください」と言って、キッチンの奥に引っ込む。
店内の会話は聞こえない、つまり2人の会話は聞かないと言ってくれているのだ。

「実はお前を連れ戻せって言われてる。」
「悪いが、それは」
「うん。わかってる。だけどお前がこれ以上、悪く言われるのが耐えられなくて。」

小牧がコーヒーを啜りながら、肩を落とした。
堂上が玄田たちの反対を振り切るように除隊したのは、郁のためだった。
郁は医師から今後、子供は望めないと診断された。
そのことに郁は心を痛めており、今も明るく振る舞っているが心は傷ついている。

図書隊にいれば、どうしてもその傷が抉られる。
何も知らず「子供はまだか」などと声をかける者がいる。
また小牧の妻、毬江は出産したばかりだし、手塚の妻である柴崎も妊娠中だ。
それは郁にとってプレッシャーを与えるだろう。

でもその事情を知っているのは、隊内では小牧夫婦と手塚夫婦だけだ。
だから図書隊内では、堂上は図書隊より給料が良い民間会社に移ったと言われている。
そのために元良化隊員とも一緒に仕事をしている、錯乱した裏切り者だとも。
だが堂上は郁の身体のことを知られるくらいなら、それくらいの汚名は何でもなかった。

「せめて隊長たちには、喋ってもいいんじゃないかなと思って。」
「いらない。折口さんや加代子さんたちまで気にするだろ?」
玄田や折口、緒形や加代子も何度となく郁に「子供はまだか」と言った口だ。
彼らに悪気はなく、純然と可愛がっている堂上と郁の子供が見たいだけだ。
それでも事実を知ったら、きっと気に病んでしまうだろう。

「チョコレートムースとチーズケーキとが残ってました。いつもご来店いただいてますからサービスです。」
2人の会話が途切れてしまったのを見計らうように、水谷がケーキの箱を2つ持って来た。
堂上家用と小牧家用だ。
堂上と小牧は「ありがとう」と礼を述べると、静かに席を立った。

*****

「俺たち、籍入れた。」
老け顔の男が、不本意と言わんばかりの顔でそう言った。
だが昔馴染みのヒル魔には、それが照れ隠しであることはよくわかった。

堂上と小牧がケーキを手土産に帰宅した頃。
1号店であるメインダイニングには、武蔵厳と姉崎まもりが来店していた。
武蔵はヒル魔と中学高校と同じチームでアメフトをした旧友。
まもりはセナの幼なじみで、高校大学とヒル魔のチームのマネージャーを務めた。
しかも大学生の頃、この店でずっとアルバイトをしていた。
今はここでシェフなどと呼ばれる三橋に、料理の手ほどきをしたのはこのまもりなのだ。

「まもり姉ちゃん!武蔵さんもいらっしゃいませ!」
2人が入店するなり、セナは満面の笑みだ。
鈴音も「まも姉!むさしゃん!」と大喜びだ。
忙しい2人は、今では月に1度ペースの来店だ。
しかもそれぞれ1人で来ることが多く、一緒に現れたのは実に数年振りだった。

「いらっしゃいませ。今日はヒル魔さん、いますよ。」
阿部が声をかけると、武蔵とまもりが顔を見合わせて「よかった」と笑う。
そして彼らは阿部の案内をことわり、ヒル魔の指定席である奥のテーブルに向かった。

「よぉ。糞ジジィに糞マネ。」
テーブルに足を乗せ上げ、パソコンのキーを叩いていたヒル魔が手を止めた。
現役時代よりかなり痩せたヒル魔だったが、不敵な表情も口の悪さも変わらない。
ちなみにセナがテーブルには足を乗せるなと何度注意しても、それもついに直らなかった。

それでも対面に武蔵とまもりが座ると、ヒル魔は足を下ろした。
そしてパソコンを閉じて、隣の座席に置くと「ようやく決めたか」とニヤリと笑う。
それはかつて泥門デビルバッツの頭脳として、戦略が当たった時の顔だ。

「俺たち、籍入れた。」
武蔵は不機嫌さを顔に滲ませながら、そう言った。
中学生の頃、すでに老け顔だった武蔵は、今もほとんど同じ顔だ。
そしておそらく20年後も同じ顔なのだろう。
まもりはというと、綺麗に年を重ねていた。
こうしてツーショットを見れば、わかりやすく美女と野獣だ。

「何だ。結婚するって報告かと思ったら入籍済か。冷たいな。事後報告かよ。」
「別にいいだろう。結婚式もしないしな。」
「え~、結婚式しないの~!?」

ヒル魔と武蔵の会話に割って入ったのは、鈴音だ。
セナも鈴音も阿部でさえ、彼らの来店が結婚報告だと気付いていた。
だが入籍だけで済ませるのは、予想外だった。

「ダメよぉ、むさしゃん!結婚式は女の夢なのよ!!」
「そうですよ!まもり姉ちゃんの花嫁姿、ボクは見たいです!!」
鈴音とセナの予想外のテンションに、武蔵もまもりもヒル魔さえ怯んだ。
だが唖然とする3人の中で、一番早く我に返ったのはまもりだ。

「別にいいわよ。40になろうって女がウェディングドレスなんて」
「年齢なんか、関係ないって!」
「あるわよ。恥ずかしいわ。」
「恥ずかしくなんか、ない!」

鈴音は錯乱気味に、まもりに反論する。
よくよく考えれば、まもりより1歳年下の鈴音も独身なのだ。
意地にかけても、40女のウェディングドレスを否定したくないようだ。

「まぁまぁ。セナさんも鈴音さんも目立ってますよ。」
テンションと共に声も大きくなった2人に、阿部が声をかけた。
セナと鈴音は顔を見合わせると、店内の他の客たちに「失礼しました!」と声を張った。
そしてセナはちょうど出来上がった料理を運び、鈴音は別のテーブルのオーダーを取りに行く。
阿部は苦笑すると、まもりと武蔵に声をかけた。

「俺と三橋も見たいっすよ。まもりさんの花嫁姿。」
「ハァ?」
「まもりさんは今も綺麗だし、恥ずかしくなんかないです。」

阿部はそう言った後「とりあえず祝杯、用意します」とキッチンに向かった。
何はともあれ、久しぶりにめでたい話題。
その夜の「カフェ・デビルバッツ」は、一気にお祝いムードで盛り上がった。

【続く】
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