アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス×図書戦【お題:仄かに暗い15題-1】
【共存】
「黒子がいるとは聞いてたけど、火神までいるのかよ。」
黒子とどこか似た雰囲気を持った男が、店に入るなり文句を言った。
火神はモグモグと食事を頬張りながら「いちゃ、悪りぃのかよ!」と怒鳴った。
「いらっしゃいませ!」
セナは来店した2人組の客に声をかけた。
1人は常連の小野寺律、もう1人は初めて見る人物のはずだ。
だがセナは思わずパチパチと瞬きをした。
律の同行者に、奇妙な既視感を感じたからだ。
だがその原因はすぐに明らかになった。
黒子がその同行者に「黛さん」と声をかけたからである。
セナが思わず「似てる」と呟くと、律が「だよね」と苦笑した。
「俺も驚いたんだよ。黒子君に雰囲気そっくりでさ。」
「似てねーよ!」
「似てませんよ。」
律の言葉にかぶせるように、2人の男の声が重なった。
セナは思わず吹き出し、律は「リアクションまで似てる」と笑った。
律の同行者の名は、黛千尋。
高校時代、黒子とバスケで対戦した相手。
現在は作家で、編集者の律に黒子が紹介したのである。
「どうぞ、こちらへ」
セナが2人を席に案内する。
だがその途中で、黛がとあるテーブルの前で足を止めた。
そのテーブルで食事をしていたのは、最近「カフェ・デビルバッツ」に転がり込んだ男。
店のスタッフではないが、黒子の恋人であるならとヒル魔がここに住むことを許可した火神である。
「黒子がいるとは聞いてたけど、火神までいるのかよ。」
「いちゃ、悪りぃのかよ!」
「火神君。黛さんは先輩ですよ。敬語を使いましょう。」
2人のやり取りに、黒子が割り込んでツッコミを入れた。
その絶妙で妙にコミカルな間に、律は「すごく仲が良いんだね」と笑う。
するとすかさず「良くねぇ!」「良くないです」「良くないから」と3つの声が重なった。
やっぱり仲良いじゃん。
律は心の中で、そう思った。
うっかり口に出せば、また否定の三重奏が返ってきそうだからだ。
そしてそんな彼らを羨ましいと思う。
出版社の社長の息子である律は、本に囲まれて育ち、就職先も出版社。
つまりここまでの人生は、本との共存とも言えるものだ。
学生時代、放課後は部活などもせず、図書館で過ごした。
だから黒子たちのような、仲間の絆を知らない。
10代後半の多感な時期に、純粋にがむしゃらに仲間と共に勝利を目指して戦う。
そんな経験をした彼らは、律にはないものをたくさん持っている。
でも俺の人生だって、そんなに悪くない。
律はそう思い直した。
好きなことを仕事にしているし、両想いの恋人もいる。
今はある意味、孤独な戦いの最中だが、これはこれでやりがいがある。
「それじゃ、打ち合わせしましょうか。」
テーブルにつくなり、律が黛に声をかける。
黛は「お手柔らかに」と言いながら、黒子によく似た瞳で真っ直ぐに律を見た。
*****
「再び三兄弟、結集だな!」
十文字がそう宣言すると、黒木と戸叶が笑った。
昔は「ハァハァ三兄弟」と括られることが嫌だったが、今は妙に愉快だった。
夜の「カフェ・デビルバッツ」のティールーム。
スイーツ類は全て売り切れ、後は片付けと明日の仕込みだ。
この後はコーヒーやお茶だけでいいという客のみ、受け入れる。
そんな静かな時間帯に現れたのは、黒木浩二と戸叶庄三。
十文字やセナのかつてのチームメイトであり、現在は武蔵工務店で働いている。
実は「カフェ・デビルバッツ」にとっても、黒木と戸叶はありがたい人材だった。
急に誰かが休むとか、予想外に店が混むとか。
そんなアクシデントの時には、来てもらったりする。
彼らの雇い主である武蔵によると「こっちも好都合だ」と言う。
建設の仕事は仕事の受注にムラがあり、閑散期に他所で働くことにも理解があるのだ。
「ちょっと話そうぜ。」
黒木に声をかけられた十文字は鈴音に「ちょっとすまん」と声をかけた。
片づけをしていた鈴音は「わかった」と頷いたのを見て、エプロンを外して客席に座る。
何だかんだで顔を合わせることが多い3人だが、こうしてしっかりと向き合うのは久しぶりだ。
「十文字、ここ辞めるんだってな。」
「ああ。」
「で、警備会社に行くんだ。」
「そうだ。ヒル魔も口添えしてくれるそうだから。」
2人の問いに、十文字は答えていく。
十文字はここを辞めて、ヒル魔が新しく立ち上げる警備会社に籍を移す。
元々は検閲撤廃後、行き場を失う図書隊防衛員の採用を見越してスタートした話だ。
だが別に採用は図書隊員に限った話ではない。
「悪い。もっと話が進んだら、話すつもりだった。」
「別にいいよ。俺らも行くつもりだし。」
「だな。こんな面白そうな話、やらない手はないだろ。」
「ハァァ!?」
十文字は驚き、久しぶりの叫び声を上げた。
黒木と十文字は「驚いた?」「驚いただろ!」としてやったりと言わんばかりのニンマリ顔だ。
十文字は驚いた表情のまま10秒ほど固まっていたが、やがて「ハハハ」と声を立てて笑った。
そして「再び三兄弟、結集だな!」と高らかに宣言したのだった。
アラフォーと呼ばれる年齢。
新しいことを始めようとするなら、最後のチャンスだろう。
そして黒木、戸叶とは昔から助け合い、足りないところを補い合ってきた。
もはや友情を越えた共存関係だ。
人生の大勝負をそんな彼らと共にするのは、幸せなことだ。
いやむしろここで再び人生が交差するのは、必然なのかもしれない。
「ここから逃げるの?」
黒木と戸叶が帰った後、鈴音は十文字に言い放った。
十文字はセナに恋をしている。
それを諦めて逃げるのかと聞いているのだ。
十文字は鈴音の挑発的な態度に怒ることなく、苦笑した。
「今まで逃げてたんだよ。セナが好きだって気持ちに」
「え?」
「まぁ気の持ち方1つで、いくらでも言い様がある話だけどな。」
十文字はこれで話は終わりとばかりに肩を竦めると、エプロンをつけた。
まだ片づけと仕込みは残っている。
だがふと窓の外を見て「どうなることやら」と呟いた。
向かいの3号店には、十文字の次の勤務先について話し合いがされていたのだ。
*****
「ヒル魔さんはいるか!?」
まるで道場破り、はたまた殴り込み。
予想外の珍客には、そんなツッコミを入れたくなるほど無駄に迫力があった。
「いらっしゃいませ。」
声をかけた阿部は、思わず顔をしかめた。
タレ目のくせに目つきが悪いと、仲間内では不評の表情だ。
思わず営業用の笑顔が外れてしまうほど、現れた客は不穏な空気を放っていたのである。
もちろんここのスタッフは、そんなことでビビるほどヤワではないが。
「ヒル魔さんはいるか!?」
「申し訳ありません。他のお客様のご迷惑になりますので」
「関東図書隊ってのは、営業妨害も平気でやるのか?」
応対しようとしていた阿部を遮ったのは、当のヒル魔だった。
殴り込みよろしく声を張ったのは、関東図書基地の玄田。
図書特殊部隊の礎を作った人物である。
そして現在の特殊部隊の隊長であり、長いこと玄田を支えてきた緒形が影のように付き添っている。
「話を聞く。セナ、頼む。」
「わかりました。」
ヒル魔の意図を一瞬で理解したセナは「とりあえずあちらで」と道の向こうを指さした。
改修も8割以上終わり、開店日も決まった3号店である。
セナは「ご案内します」と先に立って歩き出した。
玄田と緒形は怒りのオーラはそのままに、セナの後に従った。
「よろしければ、どうぞ。」
テーブルについた玄田と緒形の前に、セナはミネラルウォーターのボトルを置いた。
彼らはわかりやすく怒っているように見えたからだ。
どうやら「カフェ・デビルバッツ」自慢のコーヒーやカクテルを楽しんでくれる気はなさそうだ。
「新会社の件だ。うちの退職する防衛員を使ってくれるのはありがたい。」
「そりゃよかったな。」
「一般人も入社可能。これもいい。」
「そりゃ何よりだ。」
「だが良化隊からも受け入れるってのが気に入らねぇな。っていうか無理だ。」
玄田はヒル魔を睨みつける。
今回立ち上げる警備会社は赤司が出資し、ヒル魔はコンサルティングという形をとる。
そして社員には、検閲撤廃後の図書隊防衛員と良化隊員を多く採用する予定だった。
玄田たちはその「良化隊員」の部分にクレームを付けに来たのだ。
だがヒル魔はまったく動じなかった。
それどころか「ケケケ」といつもの不敵な笑みさえ浮かべている。
相手が年長者だろうと戦闘職種だろうと、関係ない。
正しいと思うことはキッチリと主張するのが、ヒル魔流だ。
「良化隊だって人は余る。優秀な人材を欲しいと思うのは当たり前だろ?」
「理屈はわかる。だがついこの間まで戦ってきた相手と簡単に仲間にはなれん。」
「そんなの知ったことか。」
「良化隊と共存しろと言うのか!?」
玄田の巨体から発せられる怒声が、店内に響き渡る。
だがヒル魔は表情を変えることなく「そうだ」と言い放った。
玄田と緒形が驚き、目を剥いたが、ヒル魔はおかまいなしだ。
「図書隊と良化隊、両方のノウハウが欲しい。その方がより強固な警備ができるだろ。」
「いまさら良化とは手を組めないってヤツはたくさんいる。」
「できるヤツだけ来ればいい。防衛員はつぶしが効かないし背に腹は代えられない者もいるだろ?」
「しかし」
「本を守るって理念はもういらなくなるんだ。柔軟に思考を切り替えられるヤツだけ選んでくれ。」
「・・・わかった。」
「その中にあんたらがいようがいまいが、こちらはかまわない。」
ヒル魔はきっぱりとそう言い切ると、セナに「後は頼む」と告げて、席を立った。
セナは「わかりました」と答えながら、チラリと窓の外を見る。
すると道向こうの2号店で、十文字と黒木、戸叶がテーブルを囲んでいるのが見えた。
あっちは楽しそうで、いいなぁ。
セナはこっそりとため息をつきながら、視線を戻す。
そして玄田と緒形がむずかしい顔をしているのを見て、もう1度ため息をついた。
*****
「レンレン~♪」
三橋とよく似た顔の女性は、店に入ってくるなりキッチンに駆け寄った。
黒子は「そっくりですね」と呟き、阿部もセナも思わず吹き出した。
「いらっしゃいませ。瑠里さん。」
勢いよく飛び込んできた女性に、セナが声をかけた。
瑠里は三橋の従姉妹だが、兄妹と言っても通るほどよく似ている。
もっとも本人たちはひどく嫌がる。
黒子と黛のように似ていないと思っているのではない。
似ていることがわかっており、それが嫌なのだ。
「廉君、代わります。」
黒子が気を利かせて、キッチンに入った。
もちろん三橋が従姉妹と話せるようにという配慮だ。
三橋は「あり、がと」と答えて、キッチンを出た。
そして店奥のテーブルで瑠里と向かい合った。
「何か御馳走してって言いたいけど、そんなに時間がないんだ。」
「東京、に、用事だったの?」
「うん。仕事でね。」
「そ、か」
瑠里は実家が経営する三星学園で働いている。
かつては三橋の祖父が理事長であったが、今その座は瑠里の父親が継いでいた。
三橋の父は副理事だ。
いずれは瑠里かその弟の瑠が、理事長になるのだろう。
こうして三橋の一族は結束し、共存しながら、三星学園を支えている。
三橋にはまったく入る余地はない。
祖父母も両親も、三橋に三星学園に関わることを希望していた。
だが三橋はそれをことわり、敢えて距離を取っていたのだ。
理由は簡単、三橋の恋人が同性の阿部であるからだ。
三星学園の経営陣の中に同性愛者がいるなどと噂になれば、問題になる可能性がある。
三橋としては別に何も恥じ入ることなどない。
だが多感な時期の少年少女が集う学校、生徒や父兄が騒ぐかもしれない。
だから群馬にも埼玉にも滅多に帰らず、疎遠にしていた。
だけど三橋の家は寛大だった。
おっとりタイプの両親は「廉が幸せならいい」と鷹揚だ。
祖父母も「まぁ仕方ない」と諦めているようだし、従姉妹はこうして東京に来るたびに寄ってくれる。
店のスタッフは言わずもがなであるし、同性愛者としては理解ある環境だと思う。
「あのさ、レンレン。」
アラフォーになっても昔の呼び名を使う瑠里に、三橋はもはやツッコミを入れることもない。
三橋は「何?」と答えながら、いつになく真剣な表情の瑠里が気になった。
何だか嫌な予感。
そして切り出した瑠里の話は、その予感に違わぬものだった。
「おじいちゃんなんだけど。多分もうそんなには。」
「そ、か。わかった」
瑠里は言葉を濁したが、その意味はよくわかった。
もう長くないから、最後に顔を見せておけ。
そういうことなのだろう。
「それじゃ、レンレン。待ってるから。」
瑠里は最後にティールームでお土産をケーキを買って、帰っていった。
三橋はその後ろ姿を見送りながら「ごめん」と呟いた。
ここで毎日楽しく働いているうちに、いつの間にかアラフォー。
愛だ恋だとうつつを抜かしているだけではいられない年齢だ。
子供を持ったり、祖父母や両親の介護をしたり、世間の同年代の皆様は頑張っている。
そういうものに背を向けて、面倒なことはみな押し付けてきた。
両親や祖父母、従姉妹たちには、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「長期休暇、とろっかな。」
三橋はまたそう呟いた。
たまには帰省して親孝行して、祖父母孝行もしよう。
三橋はそんなことを思いながら、キッチンに戻ったのだった。
*****
「「「えええ~!?」」」
セナと阿部、そして三橋の驚きの声が重なった。
さすがのヒル魔も、眉間にしわを寄せている。
極めつけはいつも無表情の黒子さえ、呆然とした表情になっていた。
ある日の「カフェ・デビルバッツ」。
ランチタイムが終わり、ディナータイムにはまだ早い。
そんな穏やかな時間帯に現れたのは、常連客の堂上郁だ。
セナがいち早く気づき「郁さん、いらっしゃいませ」と声をかける。
だが郁はいつになく緊張した表情で「ヒ、ヒル魔さんは?」と聞いた。
「何だ?どうした?」
ヒル魔はいつになくガチガチの郁を不思議そうに見やった。
阿部や黒子、三橋も首を傾げている。
郁は「よし、女は度胸だ!」と言いながら、ヒル魔を見た。
「図書隊ってのは、殴り込み好きなのか?」
ヒル魔が皮肉っぽい口調でそう言ったのは、先日玄田が訪ねてきた件を指してのことだ。
だがそんなことは知らない郁は、何も言わなかった。
いやそもそも緊張しすぎていて、まともに聞く余裕さえなさそうだが。
かくして奥のテーブル、ヒル魔の指定席で、ヒル魔は郁と向き合って座った。
セナが郁の好きなミルクティーを出した。
ヒル魔は特に急かすようなことはせず、郁が口を開くのを待つ。
郁はミルクティーを一口飲むと「美味しい」と笑った。
どうやら少しは緊張が解れたようだ。
「それでこれ、履歴書です!」
郁は勢いよく叫ぶと、ヒル魔の前に滑らせた。
なにが「それで」なのかと、ヒル魔は首を傾げる。
すると郁は「ここで働かせてください!住み込みで!」と告げ、勢いよく頭を下げた。
鍛えられた腹筋から発せられたその声は、とても良く響いた。
店内はおろかキッチンの中までも。
聞くとはなしに聞いてしまったセナも阿部も三橋も思わず「えええ~!?」と声を上げていた。
「図書隊は?公務員は副業禁止だろ?」
「大丈夫です。除隊届を出しました!」
郁のきっぱりした答えに、一同はさらに驚愕だ。
本が好きで、仕事が好き。
この店のスタッフは全員、郁に関してそんな印象を持っていた。
本と図書隊がある限り、共存して生きていくと。
その郁が除隊して、この店で働きたいとは意外過ぎる。
「住み込みって、ダンナは承知してるのか?」
ヒル魔のツッコミに、今までハキハキと答えていた郁の顔が曇った。
どうやら夫である堂上には、話していないようだ。
さて、どうしたものか。
さすがのヒル魔もポーカーフェイスを装いつつ、内心頭を抱えていた。
郁が図書隊を辞めたということは、余程の決意なのだろう。
しかも夫に内緒で住み込みとは。
採用するのはやぶさかではないが、黒子のときとは違う。
ノリで安易に決めてしまうのは、まずい気がする。
「とりあえず通いなら、OKだ。」
「えええ~?なんでぇ~?」
「今、部屋がない。」
「表の貼り紙には、そんなこと書いてなかったですよ!?」
「悪いな。だけど住み込みならダンナの許可は取ってくれ。そうしたら考慮する。」
「わかりました!じゃあ早速今日から!」
ノリノリの郁にスタッフたちは「よろしく~♪」と笑顔になった。
何だかいろいろ経緯はありそうだが、ヒル魔が採用を決めればとにかく仲間。
それが「カフェ・デビルバッツ」では絶対のルールなのだ。
【続く】
「黒子がいるとは聞いてたけど、火神までいるのかよ。」
黒子とどこか似た雰囲気を持った男が、店に入るなり文句を言った。
火神はモグモグと食事を頬張りながら「いちゃ、悪りぃのかよ!」と怒鳴った。
「いらっしゃいませ!」
セナは来店した2人組の客に声をかけた。
1人は常連の小野寺律、もう1人は初めて見る人物のはずだ。
だがセナは思わずパチパチと瞬きをした。
律の同行者に、奇妙な既視感を感じたからだ。
だがその原因はすぐに明らかになった。
黒子がその同行者に「黛さん」と声をかけたからである。
セナが思わず「似てる」と呟くと、律が「だよね」と苦笑した。
「俺も驚いたんだよ。黒子君に雰囲気そっくりでさ。」
「似てねーよ!」
「似てませんよ。」
律の言葉にかぶせるように、2人の男の声が重なった。
セナは思わず吹き出し、律は「リアクションまで似てる」と笑った。
律の同行者の名は、黛千尋。
高校時代、黒子とバスケで対戦した相手。
現在は作家で、編集者の律に黒子が紹介したのである。
「どうぞ、こちらへ」
セナが2人を席に案内する。
だがその途中で、黛がとあるテーブルの前で足を止めた。
そのテーブルで食事をしていたのは、最近「カフェ・デビルバッツ」に転がり込んだ男。
店のスタッフではないが、黒子の恋人であるならとヒル魔がここに住むことを許可した火神である。
「黒子がいるとは聞いてたけど、火神までいるのかよ。」
「いちゃ、悪りぃのかよ!」
「火神君。黛さんは先輩ですよ。敬語を使いましょう。」
2人のやり取りに、黒子が割り込んでツッコミを入れた。
その絶妙で妙にコミカルな間に、律は「すごく仲が良いんだね」と笑う。
するとすかさず「良くねぇ!」「良くないです」「良くないから」と3つの声が重なった。
やっぱり仲良いじゃん。
律は心の中で、そう思った。
うっかり口に出せば、また否定の三重奏が返ってきそうだからだ。
そしてそんな彼らを羨ましいと思う。
出版社の社長の息子である律は、本に囲まれて育ち、就職先も出版社。
つまりここまでの人生は、本との共存とも言えるものだ。
学生時代、放課後は部活などもせず、図書館で過ごした。
だから黒子たちのような、仲間の絆を知らない。
10代後半の多感な時期に、純粋にがむしゃらに仲間と共に勝利を目指して戦う。
そんな経験をした彼らは、律にはないものをたくさん持っている。
でも俺の人生だって、そんなに悪くない。
律はそう思い直した。
好きなことを仕事にしているし、両想いの恋人もいる。
今はある意味、孤独な戦いの最中だが、これはこれでやりがいがある。
「それじゃ、打ち合わせしましょうか。」
テーブルにつくなり、律が黛に声をかける。
黛は「お手柔らかに」と言いながら、黒子によく似た瞳で真っ直ぐに律を見た。
*****
「再び三兄弟、結集だな!」
十文字がそう宣言すると、黒木と戸叶が笑った。
昔は「ハァハァ三兄弟」と括られることが嫌だったが、今は妙に愉快だった。
夜の「カフェ・デビルバッツ」のティールーム。
スイーツ類は全て売り切れ、後は片付けと明日の仕込みだ。
この後はコーヒーやお茶だけでいいという客のみ、受け入れる。
そんな静かな時間帯に現れたのは、黒木浩二と戸叶庄三。
十文字やセナのかつてのチームメイトであり、現在は武蔵工務店で働いている。
実は「カフェ・デビルバッツ」にとっても、黒木と戸叶はありがたい人材だった。
急に誰かが休むとか、予想外に店が混むとか。
そんなアクシデントの時には、来てもらったりする。
彼らの雇い主である武蔵によると「こっちも好都合だ」と言う。
建設の仕事は仕事の受注にムラがあり、閑散期に他所で働くことにも理解があるのだ。
「ちょっと話そうぜ。」
黒木に声をかけられた十文字は鈴音に「ちょっとすまん」と声をかけた。
片づけをしていた鈴音は「わかった」と頷いたのを見て、エプロンを外して客席に座る。
何だかんだで顔を合わせることが多い3人だが、こうしてしっかりと向き合うのは久しぶりだ。
「十文字、ここ辞めるんだってな。」
「ああ。」
「で、警備会社に行くんだ。」
「そうだ。ヒル魔も口添えしてくれるそうだから。」
2人の問いに、十文字は答えていく。
十文字はここを辞めて、ヒル魔が新しく立ち上げる警備会社に籍を移す。
元々は検閲撤廃後、行き場を失う図書隊防衛員の採用を見越してスタートした話だ。
だが別に採用は図書隊員に限った話ではない。
「悪い。もっと話が進んだら、話すつもりだった。」
「別にいいよ。俺らも行くつもりだし。」
「だな。こんな面白そうな話、やらない手はないだろ。」
「ハァァ!?」
十文字は驚き、久しぶりの叫び声を上げた。
黒木と十文字は「驚いた?」「驚いただろ!」としてやったりと言わんばかりのニンマリ顔だ。
十文字は驚いた表情のまま10秒ほど固まっていたが、やがて「ハハハ」と声を立てて笑った。
そして「再び三兄弟、結集だな!」と高らかに宣言したのだった。
アラフォーと呼ばれる年齢。
新しいことを始めようとするなら、最後のチャンスだろう。
そして黒木、戸叶とは昔から助け合い、足りないところを補い合ってきた。
もはや友情を越えた共存関係だ。
人生の大勝負をそんな彼らと共にするのは、幸せなことだ。
いやむしろここで再び人生が交差するのは、必然なのかもしれない。
「ここから逃げるの?」
黒木と戸叶が帰った後、鈴音は十文字に言い放った。
十文字はセナに恋をしている。
それを諦めて逃げるのかと聞いているのだ。
十文字は鈴音の挑発的な態度に怒ることなく、苦笑した。
「今まで逃げてたんだよ。セナが好きだって気持ちに」
「え?」
「まぁ気の持ち方1つで、いくらでも言い様がある話だけどな。」
十文字はこれで話は終わりとばかりに肩を竦めると、エプロンをつけた。
まだ片づけと仕込みは残っている。
だがふと窓の外を見て「どうなることやら」と呟いた。
向かいの3号店には、十文字の次の勤務先について話し合いがされていたのだ。
*****
「ヒル魔さんはいるか!?」
まるで道場破り、はたまた殴り込み。
予想外の珍客には、そんなツッコミを入れたくなるほど無駄に迫力があった。
「いらっしゃいませ。」
声をかけた阿部は、思わず顔をしかめた。
タレ目のくせに目つきが悪いと、仲間内では不評の表情だ。
思わず営業用の笑顔が外れてしまうほど、現れた客は不穏な空気を放っていたのである。
もちろんここのスタッフは、そんなことでビビるほどヤワではないが。
「ヒル魔さんはいるか!?」
「申し訳ありません。他のお客様のご迷惑になりますので」
「関東図書隊ってのは、営業妨害も平気でやるのか?」
応対しようとしていた阿部を遮ったのは、当のヒル魔だった。
殴り込みよろしく声を張ったのは、関東図書基地の玄田。
図書特殊部隊の礎を作った人物である。
そして現在の特殊部隊の隊長であり、長いこと玄田を支えてきた緒形が影のように付き添っている。
「話を聞く。セナ、頼む。」
「わかりました。」
ヒル魔の意図を一瞬で理解したセナは「とりあえずあちらで」と道の向こうを指さした。
改修も8割以上終わり、開店日も決まった3号店である。
セナは「ご案内します」と先に立って歩き出した。
玄田と緒形は怒りのオーラはそのままに、セナの後に従った。
「よろしければ、どうぞ。」
テーブルについた玄田と緒形の前に、セナはミネラルウォーターのボトルを置いた。
彼らはわかりやすく怒っているように見えたからだ。
どうやら「カフェ・デビルバッツ」自慢のコーヒーやカクテルを楽しんでくれる気はなさそうだ。
「新会社の件だ。うちの退職する防衛員を使ってくれるのはありがたい。」
「そりゃよかったな。」
「一般人も入社可能。これもいい。」
「そりゃ何よりだ。」
「だが良化隊からも受け入れるってのが気に入らねぇな。っていうか無理だ。」
玄田はヒル魔を睨みつける。
今回立ち上げる警備会社は赤司が出資し、ヒル魔はコンサルティングという形をとる。
そして社員には、検閲撤廃後の図書隊防衛員と良化隊員を多く採用する予定だった。
玄田たちはその「良化隊員」の部分にクレームを付けに来たのだ。
だがヒル魔はまったく動じなかった。
それどころか「ケケケ」といつもの不敵な笑みさえ浮かべている。
相手が年長者だろうと戦闘職種だろうと、関係ない。
正しいと思うことはキッチリと主張するのが、ヒル魔流だ。
「良化隊だって人は余る。優秀な人材を欲しいと思うのは当たり前だろ?」
「理屈はわかる。だがついこの間まで戦ってきた相手と簡単に仲間にはなれん。」
「そんなの知ったことか。」
「良化隊と共存しろと言うのか!?」
玄田の巨体から発せられる怒声が、店内に響き渡る。
だがヒル魔は表情を変えることなく「そうだ」と言い放った。
玄田と緒形が驚き、目を剥いたが、ヒル魔はおかまいなしだ。
「図書隊と良化隊、両方のノウハウが欲しい。その方がより強固な警備ができるだろ。」
「いまさら良化とは手を組めないってヤツはたくさんいる。」
「できるヤツだけ来ればいい。防衛員はつぶしが効かないし背に腹は代えられない者もいるだろ?」
「しかし」
「本を守るって理念はもういらなくなるんだ。柔軟に思考を切り替えられるヤツだけ選んでくれ。」
「・・・わかった。」
「その中にあんたらがいようがいまいが、こちらはかまわない。」
ヒル魔はきっぱりとそう言い切ると、セナに「後は頼む」と告げて、席を立った。
セナは「わかりました」と答えながら、チラリと窓の外を見る。
すると道向こうの2号店で、十文字と黒木、戸叶がテーブルを囲んでいるのが見えた。
あっちは楽しそうで、いいなぁ。
セナはこっそりとため息をつきながら、視線を戻す。
そして玄田と緒形がむずかしい顔をしているのを見て、もう1度ため息をついた。
*****
「レンレン~♪」
三橋とよく似た顔の女性は、店に入ってくるなりキッチンに駆け寄った。
黒子は「そっくりですね」と呟き、阿部もセナも思わず吹き出した。
「いらっしゃいませ。瑠里さん。」
勢いよく飛び込んできた女性に、セナが声をかけた。
瑠里は三橋の従姉妹だが、兄妹と言っても通るほどよく似ている。
もっとも本人たちはひどく嫌がる。
黒子と黛のように似ていないと思っているのではない。
似ていることがわかっており、それが嫌なのだ。
「廉君、代わります。」
黒子が気を利かせて、キッチンに入った。
もちろん三橋が従姉妹と話せるようにという配慮だ。
三橋は「あり、がと」と答えて、キッチンを出た。
そして店奥のテーブルで瑠里と向かい合った。
「何か御馳走してって言いたいけど、そんなに時間がないんだ。」
「東京、に、用事だったの?」
「うん。仕事でね。」
「そ、か」
瑠里は実家が経営する三星学園で働いている。
かつては三橋の祖父が理事長であったが、今その座は瑠里の父親が継いでいた。
三橋の父は副理事だ。
いずれは瑠里かその弟の瑠が、理事長になるのだろう。
こうして三橋の一族は結束し、共存しながら、三星学園を支えている。
三橋にはまったく入る余地はない。
祖父母も両親も、三橋に三星学園に関わることを希望していた。
だが三橋はそれをことわり、敢えて距離を取っていたのだ。
理由は簡単、三橋の恋人が同性の阿部であるからだ。
三星学園の経営陣の中に同性愛者がいるなどと噂になれば、問題になる可能性がある。
三橋としては別に何も恥じ入ることなどない。
だが多感な時期の少年少女が集う学校、生徒や父兄が騒ぐかもしれない。
だから群馬にも埼玉にも滅多に帰らず、疎遠にしていた。
だけど三橋の家は寛大だった。
おっとりタイプの両親は「廉が幸せならいい」と鷹揚だ。
祖父母も「まぁ仕方ない」と諦めているようだし、従姉妹はこうして東京に来るたびに寄ってくれる。
店のスタッフは言わずもがなであるし、同性愛者としては理解ある環境だと思う。
「あのさ、レンレン。」
アラフォーになっても昔の呼び名を使う瑠里に、三橋はもはやツッコミを入れることもない。
三橋は「何?」と答えながら、いつになく真剣な表情の瑠里が気になった。
何だか嫌な予感。
そして切り出した瑠里の話は、その予感に違わぬものだった。
「おじいちゃんなんだけど。多分もうそんなには。」
「そ、か。わかった」
瑠里は言葉を濁したが、その意味はよくわかった。
もう長くないから、最後に顔を見せておけ。
そういうことなのだろう。
「それじゃ、レンレン。待ってるから。」
瑠里は最後にティールームでお土産をケーキを買って、帰っていった。
三橋はその後ろ姿を見送りながら「ごめん」と呟いた。
ここで毎日楽しく働いているうちに、いつの間にかアラフォー。
愛だ恋だとうつつを抜かしているだけではいられない年齢だ。
子供を持ったり、祖父母や両親の介護をしたり、世間の同年代の皆様は頑張っている。
そういうものに背を向けて、面倒なことはみな押し付けてきた。
両親や祖父母、従姉妹たちには、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「長期休暇、とろっかな。」
三橋はまたそう呟いた。
たまには帰省して親孝行して、祖父母孝行もしよう。
三橋はそんなことを思いながら、キッチンに戻ったのだった。
*****
「「「えええ~!?」」」
セナと阿部、そして三橋の驚きの声が重なった。
さすがのヒル魔も、眉間にしわを寄せている。
極めつけはいつも無表情の黒子さえ、呆然とした表情になっていた。
ある日の「カフェ・デビルバッツ」。
ランチタイムが終わり、ディナータイムにはまだ早い。
そんな穏やかな時間帯に現れたのは、常連客の堂上郁だ。
セナがいち早く気づき「郁さん、いらっしゃいませ」と声をかける。
だが郁はいつになく緊張した表情で「ヒ、ヒル魔さんは?」と聞いた。
「何だ?どうした?」
ヒル魔はいつになくガチガチの郁を不思議そうに見やった。
阿部や黒子、三橋も首を傾げている。
郁は「よし、女は度胸だ!」と言いながら、ヒル魔を見た。
「図書隊ってのは、殴り込み好きなのか?」
ヒル魔が皮肉っぽい口調でそう言ったのは、先日玄田が訪ねてきた件を指してのことだ。
だがそんなことは知らない郁は、何も言わなかった。
いやそもそも緊張しすぎていて、まともに聞く余裕さえなさそうだが。
かくして奥のテーブル、ヒル魔の指定席で、ヒル魔は郁と向き合って座った。
セナが郁の好きなミルクティーを出した。
ヒル魔は特に急かすようなことはせず、郁が口を開くのを待つ。
郁はミルクティーを一口飲むと「美味しい」と笑った。
どうやら少しは緊張が解れたようだ。
「それでこれ、履歴書です!」
郁は勢いよく叫ぶと、ヒル魔の前に滑らせた。
なにが「それで」なのかと、ヒル魔は首を傾げる。
すると郁は「ここで働かせてください!住み込みで!」と告げ、勢いよく頭を下げた。
鍛えられた腹筋から発せられたその声は、とても良く響いた。
店内はおろかキッチンの中までも。
聞くとはなしに聞いてしまったセナも阿部も三橋も思わず「えええ~!?」と声を上げていた。
「図書隊は?公務員は副業禁止だろ?」
「大丈夫です。除隊届を出しました!」
郁のきっぱりした答えに、一同はさらに驚愕だ。
本が好きで、仕事が好き。
この店のスタッフは全員、郁に関してそんな印象を持っていた。
本と図書隊がある限り、共存して生きていくと。
その郁が除隊して、この店で働きたいとは意外過ぎる。
「住み込みって、ダンナは承知してるのか?」
ヒル魔のツッコミに、今までハキハキと答えていた郁の顔が曇った。
どうやら夫である堂上には、話していないようだ。
さて、どうしたものか。
さすがのヒル魔もポーカーフェイスを装いつつ、内心頭を抱えていた。
郁が図書隊を辞めたということは、余程の決意なのだろう。
しかも夫に内緒で住み込みとは。
採用するのはやぶさかではないが、黒子のときとは違う。
ノリで安易に決めてしまうのは、まずい気がする。
「とりあえず通いなら、OKだ。」
「えええ~?なんでぇ~?」
「今、部屋がない。」
「表の貼り紙には、そんなこと書いてなかったですよ!?」
「悪いな。だけど住み込みならダンナの許可は取ってくれ。そうしたら考慮する。」
「わかりました!じゃあ早速今日から!」
ノリノリの郁にスタッフたちは「よろしく~♪」と笑顔になった。
何だかいろいろ経緯はありそうだが、ヒル魔が採用を決めればとにかく仲間。
それが「カフェ・デビルバッツ」では絶対のルールなのだ。
【続く】