アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス×図書戦【お題:仄かに暗い15題-1】

【破壊】

「いっそ寿退社、したい!」
女は半ばヤケ気味にそう叫んだ。
すると連れの男も同じくらいのテンションで「俺も~!」と雄たけびを上げる。
そしてスタッフたちは内心ツッコミを入れつつも、営業用の笑みを崩さなかった。

吉田達也と安達萌絵は、武蔵野第一図書館で防衛員を務めている。
明るく元気な2人は、良くも悪くも目立つ存在だった。
どんなときでも隊を明るくするムードメーカー。
多くの隊員は、2人のことをそんな風に位置付けている。

そんな吉田と安達が「カフェ・デビルバッツ」に来店した。
隊内では、この2人が付き合っているのではないかと噂する者もいる。
お互いに憎まれ口ばかり叩いているのだが、他の者が割り込めないような雰囲気があるからだ。
ケンカするほど仲がいい。
世に言う俗説を地で行くような2人なのだ。
2人の上官である堂上郁からは「面倒だから付き合っちゃえば?」と言われたほどだ。

こいつと!?冗談じゃない!!
吉田も安達も、頑強に噂を否定していた。
実際のところ、吉田も安達も相手にそんな気持ちなど露ほども抱いていない。
だが否定のコメントが見事にハモったりするので、噂を完全に消し切れないのだ。

「さっすが、堂上教官がオススメの店!お酒も料理も美味しい~!」
安達は上機嫌で、飲んで食べている。
吉田は渋々ながらも「まぁ確かにいい店だよな」と同意する。
堂上教官こと郁は吉田の新人時の錬成教官であり、しごかれた記憶から未だに苦手意識がある。
だからその郁のオススメを、素直に受け入れられないのだ。

そんな2人が初めての店に来たのは、ありがちな理由だった。
同期の気の合う仲間で飲み会をすることになった。
だが図書基地近辺の店は、もうすでに行き尽くしており、マンネリだ。
困った安達が郁に「いい店、知りませんか?」と聞いたところ、ここを教えてくれたのだ。
そこで吉田と安達で、まずは下見とやって来たのである。

「吉田は図書館業務研修、受けるの?」
「ああ。まぁ一応な。」
ひとしきり酒と料理が美味であることに喜んだ2人の話題は、いつしか真面目な方向にシフトした。
もうすぐメディア良化法が廃案になると言われている。
世間の評価的には、おそらく3年以内。
図書隊陣営は未来企画と共闘する形で、それを少しでも早めたいと動いている。
同時に隊内では、防衛員向けに図書館業務の研修が行われていた。
メディア良化法がなくなれば防衛部は縮小となるわけで、そのための準備なのだろう。

「あ~あ、特殊部隊入りできなかったなぁ。」
「当たり前だろ。お前なんか。」
「あんただってそうじゃないの!」
「防衛部がなくなったら、俺、やっていけるかな。図書館業務なんて今さら自信ねーよ。」
「それはあたしもだよ。この先、どうなるんだろう?」
「・・・だよなぁ」
「いっそ寿退社、したい!」

下見という目的を果たした2人は、酒と共に次第に本気モードの悩みを話し始めていた。
だがそんな話に聞き耳を立てていた者がいた。
その男は2人の会話をヒントに行動を起こし、それは彼らの将来にも関わるものとなる。
だが吉田も安達も、その事実を知ることはなかったのである。

ちなみに吉田たちの同期会が「カフェ・デビルバッツ」で行なわれることもなかった。
同期たちもきっと気に入り、口コミで評判が広り、図書隊員が多く来店するようになる。
それでは店の雰囲気が破壊されそうで、嫌だった。
とっておきの店は大事な時のために秘密にしておきたいということで、吉田と安達の意見が一致したのだった。

*****

「新しい編集とはうまくやれてるか?」
「全然!小野寺さんがよかったよぉぉ!」
羽鳥が近況を問うと、吉野からは不満が返って来た。
久しぶりだというのに、吉野は相変わらず羽鳥に気を使う様子はない。
羽鳥はそれが忌々しく、だが同時に嬉しかった。

吉野千秋と羽鳥芳雪は「カフェ・デビルバッツ」に来店していた。
同い年で、幼い頃から親しい2人の性格は真逆。
冷静でしっかり者、面倒見のいい羽鳥と、わりと直情型で思考より行動が先に立つタイプの吉野。
羽鳥が過保護なまでに吉野の世話を焼くようになったのは、ある意味必然だった。

そして吉野は少女漫画家になり、羽鳥は担当編集になった。
羽鳥は仕事とだけでなく、生活能力のない吉野をしっかりとサポートした。
家事まで引き受けるその様は、健気でさえある。
2人は多くの人気作品を世に送り出し、やがて恋人になった。

だがそんな羽鳥と吉野が会うのは、久しぶりのことだ。
羽鳥が異動になり、漫画編集を離れたからだ。
かつて漫画家と担当編集だったときには頻繁に会い、会えない時にも連絡を取り合っていた。
でも今は1ヶ月会わなかったなんてことが、ざらにある。
羽鳥も忙しいこともあり、早々吉野に会う時間が取れないのだ。

そんな2人が久々のデートに選んだのが「カフェ・デビルバッツ」だ。
美味しいし、栄養バランスもいいし、値段もさほど高くない。
さらにスタッフは2人の事情を知っているので、気を使わなくていいのだ。

「俺はこの店、久しぶりだ。お前は?」
「小野寺さんがいた頃には、打ち合わせで時々。」
「新しい編集とはうまくやれてるか?」
「全然!小野寺さんがよかったよぉぉ!」

羽鳥の次に吉野の担当編集となったのは、小野寺律だ。
彼の名前が出るなり、吉野の口から泣き言が飛び出した。
羽鳥からは思わずため息が出る。
お世辞でもそこで「羽鳥がよかった」とは言えないものか。

「新しい編集さん、若くてしっかりしてるんだけど、面白くなくてさ。」
「面白さなんか、いらないだろう。」
「大事だよ!むしろ一番重要!あ~丸川書店に頼んだら小野寺さん戻してくれるかな?」
「やめとけ。あいつも今、新しい職場に慣れるので精一杯だ。」
「そっかぁ。電話してグチでも聞いてもらおうかと思ったけど」
「絶対よせ。」

羽鳥は強い口調で、吉野に釘を刺した。
文芸に異動した律が、苦労している話は羽鳥にも伝わっている。
漫画編集と違い、文芸は古い慣習も多い。
それを破壊しようと乗り込んだものの、なかなかすんなりとはいかないようだ。
時折見かける律は少し痩せたようだし、心なし元気もないように見えた。

「ねぇ、今日はトリの部屋に泊まりに行っていい?」
吉野は唐突にそう聞いてきた。
その目は童顔なくせに艶っぽく、媚びを含んでいる。
羽鳥は「もちろん」と答えたが、その声が震えていない自信がなかった。

離れていても、お互いの想いは変わらない。
この夜羽鳥と吉野は、それを確認することになった。

*****

「よぉ、調子はどうだ?」
武蔵は作業する手を止め、振り返った。
30年来の友人は相変わらず不敵な笑顔を見せていた。

武蔵厳は、世に言う二足の草鞋を履いている。
1つは大工。
武蔵工務店の若社長として、建築現場に出る。
そしてもう1つはアメフトプレイヤーだ。
武蔵工バベルズの監督兼キッカー、いわゆるプレイングコーチとして活躍している。

大工として現在担当しているのは「カフェ・デビルバッツ」3号店の改装だった。
業態はコインランドリーカジノ。
聞いた時には「なんだ、そりゃ」と呆れた。
そして実はこれがヒル魔ではなく、新入りスタッフ黒子の案だと聞いた時には驚いた。
いかにもヒル魔が考え付きそうなことだと思ったからだ。

とは言え、誰の発案だろうと関係ない。
武蔵はきっちりと、依頼通りの仕事をするだけだ。
職人の中には、改装を嫌う者もいる。
他人の作るものをいじるくらいなら、いっそ全部破壊して一から作りたくなるらしい。
だが武蔵は改装も嫌いではなかった。
建物を見れば、作った人間の性格がうかがえる。
ひどい手抜き工事を見ることもあるが、時には尊敬したくなるような丁寧な仕事に出逢えることもあるのだ。
ちなみにこの3号店は、まずまず合格点の仕事に見えた。

工事も終盤に差し掛かったある日のこと。
現場にフラリとヒル魔が現れた。
「カフェ・デビルバッツ」のスタッフは、毎日のように差し入れに来てくれる。
だがヒル魔がやって来たのは、初めてのことだった。

「よぉ、調子はどうだ?」
「わざわざオーナー様が視察か?」
学生の頃より痩せてやつれてしまったヒル魔だが、不敵な表情は変わらない。
武蔵は敢えて軽口で応じた。
例えば「大丈夫か」とか心配するような言葉をかけることは、この男にとっても本意ではないだろう。

「明日の夜、ここを使えるか?」
「は?オープンは来月だろ?」
「オープンは予定通りだ。ちょっとここで人と会いたい。」
「電気は通ってるから、茶を飲んで話し合うくらいはできるだろうが。」
「それで充分だ。」

ヒル魔はニヤリと笑うと、8割方仕上がっている室内を見回した。
そして「相変わらずいい出来だな。糞ジジイ」と武蔵の肩を叩く。
武蔵は「だろ?」とハードボイルドな笑顔を見せた。
高校生の頃から老け顔だった武蔵は「ジジイ」呼ばれりされていた。
だから今さら言われても、懐かしいばかりで腹など立たない。

「じゃあな」
立ち去ろうとしたヒル魔を、武蔵は「ちょっと待て」と呼び止めた。
ヒル魔が足を止めて「何だ」振り返る。
武蔵は一瞬逡巡したものの、すぐに意を決したように口を開いた。

「姉崎と結婚しようと思う。」
武蔵が一世一代の告白をすると、ヒル魔は「おせーよ、バカ」と答えた。
セナの幼なじみであり、かつてアメフト部のマネージャーを務めた姉崎まもり。
彼女はずっとヒル魔に恋していた。
ヒル魔がセナ以外に目をくれることはないとわかっていたから、決して想いを口にすることはなかったが。
武蔵はそんなまもりに惹かれたものの、やはり口に出せずに20年近い年月が過ぎた。

「幸せになれよ。」
ヒル魔はそう告げると、静かに出て行った。
武蔵はホッと息をつくと、心の中で「お前もな」と答えていた。

*****

思ってたのと、違うなぁ。
仕事を終えて「カフェ・デビルバッツ」を後にした水谷は、そんなことを思う。
何とかこの店でもっと地位を得たいと思うのだが、少しもうまくいかないのだ。

会社を辞めた水谷は、今「カフェ・デビルバッツ」のアルバイトとして働いている。
妻は産休中で働けない上、これから物入りになる。
だから「カフェ・デビルバッツ」で使ってもらえるのはありがたいと思う。
だが水谷には不満があった。

いずれは自分で店を出して、妻と2人で切り盛りする。
そんな夢はあるけれど、漠然としていて現実味はなかった。
どういう業態をやりたいとか、資本金はいくらとか。
実際に開店までの道筋がまるで思い浮かばないのだ。
むしろそういうのは、面倒だと思ってしまう。
そんなとき、ヒル魔が道向こうの空き店舗を3号店として購入したのだ。

この店をまかせてもらえないだろうか。
水谷は本気でそう思った。
雇われ店長ならリスクもほぼなく、周囲に「店をやっている」と言えるだろう。
上手く売り上げが稼げれば、給料も上がるかもしれない。

そんな期待を勝手にしていた。
それとなく阿部や三橋に、さりげなくアピールしてみたこともある。
だがそんな希望は、見事に破壊されてしまった。
3号店をまかされたのは、水谷ではなかった。
それどころか、水谷よりも後から現れた黒子にまかされることになったのだ。
全てはオーナーであるヒル魔の一存で決まる。
そこに水谷が文句を付けられる余地はなかった。

決められた時間まで勤務した水谷は、店を出た。
産休中の妻をいたわってやれと、夜のディナータイムが終わったところで返されるからだ。
毎回、賄いとして妻と2人分の食事を持たせてくれるのはありがたい。
このまま妻も仕事復帰すれば、何とか家族で食べていくことはできるだろう。
だけどこのままアルバイトとして働きつづけるのは、嫌だ。

そんなことをつらつらと考えていた水谷は「あれ?」と足を止めた。
オープン前の3号店に明かりがついていたからだ。
中は改装中だが、夜は作業をしていないはずだ。
いったい何事だ?
水谷は道を渡ると、3号店の中を覗き込んだ。

無人の店内はもうかなりでき上がっていた。
とはいえ今はまだガランとした空間だ。
これからインテリアなどが運び込まれ、店らしくなるのだろう。
ああ、この店、欲しかったなぁ。
水谷がそんな感傷に浸っているとき「この店の人?」と声をかけられた。

「うわ、あ、ええと」
振り返った水谷は、オロオロと狼狽えてしまった。
声をかけてきた男の存在感がハンパないものだったからだ。
ただ立っているだけなのに、オーラというか何というか。
とにかく向かい合っているだけで息が苦しくなるほどの威圧感に、水谷は混乱した。

「彼はうちのスタッフですよ。」
水谷を救うように割って入ったのは、セナだった。
その横にはヒル魔がおり、来訪者に「わざわざ来てもらってすまない」と告げた。
そしてヒル魔と来訪者は、3号店へと入っていく。

「水谷君、お疲れ様。」
最後にセナがそう告げると、2人の後を追うように3号店に入った。
そして水谷は半ば呆然としながら、帰宅したのだった。

*****

「うちのスタッフをビビらせてるんじゃねーよ。」
ヒル魔は来訪した客を揶揄うようにそう言った。
来客の男は「そんなつもりはないんだが」と苦笑していた。

まだオープン前の「カフェ・デビルバッツ」3号店。
ヒル魔はある男に会談を申し込み、ここへ呼び出した。
彼の名前は、赤司征十郎。
赤司財閥の御曹司であり、自身もすでにグループ内の会社をいくつか経営している。

本来なら簡単に会える相手ではない。
だが相手はあっさりと呼び出しに応じてくれた。
理由は簡単、黒子に仲介を頼んだからだ。
赤司と黒子は元チームメイトであり、今でも良き友人だった。

「どうぞ。」
向かい合って座るヒル魔と赤司に、セナが紅茶と茶菓子を出した。
紅茶は最高級の茶葉を使った。
茶菓子は十文字の力作で、ティルームで人気のケーキだ。
それらを出しながら、セナは「どうか手が震えませんように」と内心必死だった。
水谷がビビってしまったのも、無理はない。
この2人、それぞれ1人だけでも威圧感があるのだ。
ましてや2人並ぶと、何だか店内の空気が薄くなったような気さえした。

「ヒル魔さんか。黒子から話を聞いて、お会いしたいと思ってましたよ。」
「それは光栄だな。」
「ある会社を1つ、破壊しましたね?」
「何のことだ?」

ヒル魔はとぼけて見せたが、実は驚いていた。
最近とある会社をマークしており、弱点を見つけようとしていた。
すると社内システムのセキュリティが甘く、あっさりと侵入できたのだ。
さらに裏帳簿やらブラック企業と言えるほどの社員の勤務実態やら、表に出せないものがどんどん出てきたのだ。
そこでそれを警察とマスコミに送ってやっただけだ。
もっと手間がかかるだろうと思ったが、拍子抜けするくらいあっさりと終わった。

ちなみのその会社は、桐嶋日和の元婚約者の父親が勤務する会社だった。
父親はその会社の重役であり、息子はそのコネで同じ会社に就職していた。
だからちょっとした制裁をしてやったのだ。
件の会社はこの件が世間に明るみに出て、その価値を下げている。
このまま会社が維持できるのかどうかなど、ヒル魔の知ったことではない。

ただ日和の元婚約者の一家は、生活が一変するだろう。
同性愛を許さない常識人の彼らにとって、勤めている会社の醜聞は一大事のはずだ。
それを思い知ればいい。
だがまさかヒル魔の仕業と気付く者がいたとは。

「で、俺に相談とは何ですか?」
赤司は何事もなかったように、そう聞いてきた。
ヒル魔がセナに合図を送ると、セナが数枚の書類を赤司の前に置いた。
赤司は「事業計画」と銘打たれたその書類を、凄まじい速さで読んだ。

「もうすぐ図書隊で防衛員が大量に失業する。それを利用するんだ。」
「いいアイディアだと思います。」
ヒル魔の提案に、赤司が大きく頷いた。
それは先日、図書隊の吉田と安達が来店した時の話がヒントになっていた。
検閲撤廃後に不要になる防衛員たちを使い、事業ができないかと思ったのだ。

「この話、お受けしましょう。」
赤司は信じられないほどあっさりと了承した。
そして手を差し伸べて来たので、ヒル魔は握手で応じた。

【続く】
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