アイシ×おお振り×セカコイ×黒バス×図書戦【お題:仄かに暗い15題-1】
【思想】
「君が、黒子君?」
やたらとスタイリッシュな男2人が、笑顔で黒子を見ている。
黒子が無表情なまま首を傾げる様子が、妙にシュールだった。
阿部や三橋の高校時代のチームメイト2人が「カフェ・デビルバッツ」に来店した。
巣山尚治と栄口勇人だ。
彼らは今、スタイリストとヘアメイクアーティストとして、組んで活躍している。
高校時代から、服のセンスの良さに一目置かれていた巣山。
そして人間観察が得意で、その人のキャラを見抜く力に長けた栄口。
2人がこういう道に進んだのを聞いて、かつてのチームメイトたちは妙に納得したものだ。
彼らのセンスの良さは、業界では評価されている。
作り出すスタイルは単にカッコよさだけではない、タレントのキャラや思想的なものまで浮き彫りにする。
そんな2人には仕事のオファーは引きも切らず、やむを得ずことわってしまう仕事も多い。
全てを受けるのは、物理的に不可能なのだ。
今、芸能界で彼らに衣装やメイクを担当させられるのは、一流の証とさえ言われている。
そんな2人は、実は恋人同士だったりする。
敢えて言い回っていないが、別に隠してもいない。
阿部も三橋も、もちろん知っている。
それに業界関係者も案外すんなりと受け入れていた。
オネエと呼ばれるタレントがいるし、比較的性には自由な業界だ。
一緒に暮らし、仕事でもコンビの2人は「よく飽きないねぇ」と茶化されるほどラブラブだった。
阿部たちのかつてもチームメイトたちの中で、水谷を除けば一番店に多く出入りするのもこの2人だ。
仕事関係の打ち合わせで、よく利用するのである。
美味しいものを食べれば、良い関係が作りやすいから。
そんな理由で「カフェ・デビルバッツ」を利用してくれる友人を、阿部も三橋もありがたいと思っている。
「君が、黒子君?」
彼らは来店するなり、初対面の黒子に親し気に声をかけた。
黒子は表情を変えないまま、首を傾げた。
なかなかシュールな温度差に、阿部が苦笑する。
「オレらの高校時代のチームメイトだ。巣山と栄口。」
阿部が紹介すると、黒子が「ああ、こちらが」と頷いた。
スタイリストとヘアメイクアーティストになった2人の話は、何となく聞いていたからだ。
そして「黒子テツヤです」と頭を下げる。
巣山がすかさず「こちらこそ」と答え、栄口が「聞きしに勝る影の薄さだなぁ」と笑った。
テーブルに案内された2人は、向かい合わせではなく並んで座った。
おそらく待ち合わせをしており、その相手が向かいに座るのだろう。
阿部も気を利かせて、2人の前に紅茶のカップを置いた。
オーダーは待ち人が来てからという2人のルーティーンは、よく理解しているからだ。
「誰が来るかな?」
セナがワクワクした顔でそう言った。
彼らの待ち合わせ相手は、おそらく芸能人だからだ。
阿部が「セナさん、ミーハーっすね」と笑いながらも、どこか嬉しそうだ。
だが扉が開いた瞬間、2人は顔を見合わせた。
彼らが反応する前に、黒子が深いため息をついたからだ。
「ど~も、お待たせしました~!」
いかにもチャラい感じで現れたのは、黒子の昔馴染みだった。
モデルから俳優に転身し、バラエティ番組でも人懐っこいキャラで大人気。
かつて「キセキの世代」に名を連ねた黄瀬涼太だった。
*****
「何だか賑やかだね。」
小牧はダイニングの方から聞こえてくる声に微笑する。
スタッフの女性が「騒がしくてすみません」と詫びたので「怒ってるわけじゃないよ」と答えた。
公休日、小牧は妻と共に「カフェ・デビルバッツ」に来店していた。
妊娠中の妻は、ここ最近、どことなく元気がないように見える。
そこで部下であり、友人の妻である郁に聞いたのだ。
以前、郁と柴崎が一緒に出掛けた時に、ケーキを差し入れてくれた。
妻の毬江はそれがすごく気に入ったようで「すごく美味しい!」と喜んだのだ。
そこで郁に店を聞き、車で出かけて来たのだった。
「ああ、郁さんと麻子さんのお友だちですか。」
スタッフの女性は、2人の名を出すだけで話が通じたらしい。
笑顔で毬江を見ると「妊娠なさっているならカフェインレスのお茶もありますよ」と笑う。
出されたメニューもまた良かった。
チョコレートケーキとか、イチゴのムースとか、商品名が全てシンプルだからだ。
スイーツにはまったく詳しくない小牧は、英語だがフランス語だかわからないお菓子の名前など知らないのだ。
それをスタッフの女性に告げると、彼女はカラカラと笑った。
「うちのケーキ作り担当が、頭悪いからですよ。」
「は!?」
「ややこしい横文字名前のケーキなんて、何だかわからないって」
「パティシエさんですか?」
「そんな御大層なもんじゃないですよ。ケーキ作ってるオッサンです。」
「・・・悪かったな、頭悪いオッサンで!」
小牧と店員の女性が喋っていると、キッチンから声がかかった。
毬江が笑顔になるのを見て、また小牧の評価が上がる。
キッチンでケーキを作っている男も身も蓋もないことを言うスタッフの女性も、毬江を見ながら大声で喋っている。
毬江が耳に障害があることを初見で見抜いて、そうしてくれているのだ。
「ルイボスティーです。郁さんのお友だちってことでサービスです!」
2人が席に着くと、早速ノンカフェインのお茶が運ばれてくる。
そう言えば郁は「儲けが出ているのかどうか不安になるほど気前がいい」と言っていたっけ。
そして小牧と毬江はケーキを選んで、食べ始める。
すべてのケーキはガッツリ甘いタイプと、あっさりした甘さひかえめの2タイプがある。
ケーキ好きの恋人や妻と一緒に入る男性の気持ちまで、しっかりと考慮されているようだ。
「ごめんなさい。幹久さん。あたし、最近ちょっと落ち込んでて。」
久しぶりに心からの笑顔を見せた毬江は、おかわりのお茶を飲みながらそう言った。
小牧も「少しは気分転換になった?」と笑った。
毬江が揺れている理由を、小牧は何となく察していた。
堂上夫妻も手塚夫妻も、まだ子供を作ってはいない。
はっきりとその話をしたことはないが、検閲撤廃を待っているのではないかと思う。
夫婦ともに図書隊員である彼らは、やはり思想というか信念が強いのだ。
また一度別れてから再会した緒形夫妻は、年齢的なところから子供はもう諦めているらしい。
そんな中で暮らす毬江は、自分だけが妊娠していることを申し訳なく思っているようなのだ。
「笠原さんも柴崎さんも毬江のこと、大切だと思ってくれてるよ。」
「はい。こんな美味しいお店のケーキをお土産にしてくれるんですものね。」
毬江の心からの笑顔を見て、小牧はホッと息をついた。
どうやら小牧のなぐさめより、ケーキの方が効いているようだ。
それはそれで少々悔しいが、妻が笑顔になるなら微々たる問題だった。
そのとき通路でつながるダイニングの方から、賑やかな声が聞こえた。
どこかで聞いたような男の声が「お待たせしました~!」と響き、女性の甲高く黄色い声が重なる。
毬江でさえ聞き取れるほどの喧騒だ。
小牧はスタッフの女性に「何だか賑やかだね。」と微笑する。
すると彼女は「騒がしくてすみません」と詫びた後「芸能人が来店したようです」と告げた。
その芸能人が黄瀬涼太と知り、毬江のテンションはますます上がった。
毬江が大好きな小説が映画化されたとき、黄瀬も出演していたのだ。
そして生の黄瀬涼太と対面し「かわいい赤ちゃんを産んでくださいね」と声をかけられ、さらに機嫌が良くなった。
小牧としてはますます複雑だったが、妊娠中の妻に嫉妬をぶつけるのも大人げない。
まぁ今は母子共に元気ならいいと、必死に自分に言い聞かせることになるのだった。
*****
「黄瀬涼太だ~!」
恋人は驚きの声を上げながらも、目をハートマークにしている。
そうだ。俺の恋人は面食いだった!
それを思いだした雪名は、心の底から「ハァァ」とため息をついたのだった。
雪名皇と聞くと、大抵の人間は「イラストレーターの?」と聞き返すだろう。
商業デザインを多く手掛け、人気商品のパッケージイラストなどで名を馳せている。
だが雪名当人からすれば、本意ではなかった。
本業は油絵の画家であり、こちらで成功したいのだ。
だが残念ながら、そちらだけでは食べていけないのが実情だった。
それでも世間一般的には恵まれている方だろう。
副業とはいえ、絵の仕事だけで世間並み以上の収入があるのだから。
イラストレーターとしては売れっ子であり、充分成功者と言える。
絵の世界を断念する者が圧倒的に多い中で、それはかなり幸せなことだ。
もちろん弊害もある。
画壇の中には雪名を「しょせんイラスト止まり」などと評する者もいる。
だけどこれはまったく気にならなかった。
油絵だから上、イラストは下などという偏った思想の持ち主は、放っておけばいい。
とはいえ、そんな幸運もこの「カフェ・デビルバッツ」あってのこと。
少なくても雪名は、そう思っている。
まだ絵だけでは到底食べられなかった頃、この店に絵を飾らせてもらったことがある。
それをたまたま見かけた広告代理店の人間がいて、声をかけてもらったのだ。
そしてそこから雪名のサクセスストーリーが始まった。
ちなみに店に飾っていた絵は、もうすべて雪名に返却されている。
セナ曰く「値が上がっちゃったから、盗難が怖い」とのこと。
雪名としても思い入れのある絵なので、今は貸金庫に預けている。
そして今でも、雪名は「カフェ・デビルバッツ」の熱烈な常連の1人だ。
この店にいると、創作意欲が湧くのだ。
きっとスタッフたちの熱いエネルギーが、漲っているせいだろう。
美味い食事をして、人々の笑顔に触れると、筆を取りたくてたまらない気分になる。
そんな雪名の傍らには、必ず恋人がいた。
以前はエメラルド編集部にいた、木佐翔太だ。
すでに丸川書店は退職して、今は雪名のマネージャーをしている。
最近、仕事が増えすぎて、いろいろと手が回らなくなった。
そこで木佐と一緒に暮らして、スケジュール管理や家事などを任せている。
木佐の人生を奪ってしまったと思うこともある。
だがそれ以上に、一緒に暮らせる口実ができたことは喜ばしい。
雪名は順当に年を重ね、それなりの風貌になっている。
だが木佐ときたら、時々人間じゃないのかと疑いたくなるほど、歳を取らないのだ。
出逢った時には30歳を越していたが、酒を飲むときには時々身分証の提示を求められていた。
アラフォーの今でも、20代前半で通用するほど、若々しい。
しかも美人となれば、まったく油断できないのだ。
四六時中一緒にいて、常に身辺に目を光らせていないと、安心できない。
そして今も、雪名をざわつかせる事態が起こった。
例によって、2人で「カフェ・デビルバッツ」に来店したが、そこには有名人の先客がいた。
元モデルで俳優の黄瀬涼太だ。
女性客がきゃあきゃあと黄色い声を上げているのを見て、雪名は嫌な予感がした。
木佐は極度の面食いであり、特に王子様系美男子に弱いのだ。
つまり黄瀬は、木佐の好みドストレート。
予想通り、木佐の目は見事なハートマークになっている。
雪名は「ハァァ」とため息をつくと「浮気はダメですよ」と念を押した。
「バ~カ。ただの目の保養だ。」
木佐はシレッとそう言い放つと、悪戯っぽく笑った。
まったく、小悪魔め。
心の中で文句を言いながらも、雪名はそんな年上の恋人が愛おしいのだった。
*****
「ったく、相変わらずチャラくて、ウザいですね。」
黒子は平坦な声で、あっさりとぶった切った。
黄瀬が「そんなぁ。黒子っち~!」と情けない声を上げるが、口調ほど狼狽えているようには見えなかった。
「カフェ・デビルバッツ」に、黄瀬が現れた。
黒子にしてみれば、特に感慨深いということもない。
頻繁に会っているわけではないが、メールや無料通話アプリのメッセージはしょっちゅう送られてくる。
会えて嬉しい!という感情が湧いてこないのは、無理もないことだ。
「打ち合わせの場所が、黒子っちが働く店って聞いて、俺、運命だと思ったんすよ!?」
黄瀬は相変わらず、ワザとらしいほど大袈裟だ。
黒子は「ただの偶然ですよ」と素っ気なく答える。
だが黄瀬は「その塩対応、何か逆に萌えるっすよ!」と訳が分からないことを言った。
黒子としては「萌える」という思想は理解できず、ただただウザい。
「それにしても、黒子君と黄瀬君の関係って」
セナは呆れとも困惑ともつかない声で、そう言った。
とりあえず黄瀬の来店に興奮した女性客の黄色い声も収まり、黒子のとツンデレなやり取りも済み。
黄瀬は巣山、栄口と向かい合い、何やら打ち合わせを始めた。
セナや黒子たちスタッフはもとより、通常営業モードだ。
「元チームメイトってだけですよ。」
「それにしては、熱烈な感じだけど」
「彼は誰にでもあんな感じですよ。」
黒子は苦笑すると、黄瀬たちのテーブルを見る。
すると黄瀬は「巣山っち~」などと甘えた声を上げていた。
ちなみに彼は親しい人間を呼ぶとき、名前の後に「っち」をつける。
栄口だと「さかえぐっち」になるようだ。
セナは「確かに誰にでもあんな感じっぽいね」と、笑った。
そんな感じで、黄瀬は賑やかに過ごしていた。
打ち合わせの途中、意味なくティールームの方に顔を出した。
すると向こうから「きゃああ」と黄色い声が聞こえてくる。
程なくして戻ってくると、満面の笑みで感想を述べた。
「妊婦さんがいたんですよ。すごい美人の。可愛い赤ちゃん、産んでほしいなぁ。」
「まさか余計なことを言ってないでしょうね?」
「え~?応援しただけっすよ!」
「不快にしてなければ、それでいいですけど」
黄瀬は相変わらず塩対応の黒子とそんな会話を交わすと、今度は他のテーブルを見て「あ!」と声を上げた。
そしてそのテーブルの客に「イラストレーターの雪名さんっすよね?俺、ファンで!」と声を上げた。
雪名本人はイラストレーターではなく画家だと思っているので「どうも」と言いながらも渋い顔。
だがそのマネージャー兼恋人の木佐は、ホクホク顔だ。
彼はイケメン好きの面食いであり、どうやら黄瀬は好みのタイプらしい。
「ったく、相変わらずチャラくて、ウザいですね。」
一連の様子を見ていた黒子は、あっさりとぶった切った。
黄瀬が「そんなぁ。黒子っち~!」と情けない声を上げるが、口調ほど狼狽えているようには見えなかった。
「ところで黒子っち、帰らないんですか?火神っち、心配してるっすよ?」
黄瀬は帰りがけに、黒子にそんな声をかけた。
黒子は「そうですか?」と澄ました顔だ。
聞く耳を持たないという意思表示に、黄瀬は「わかりましたよ」とため息をついた。
「でも連絡だけでもしてあげた方がいいっすよ?」
黄瀬は最後にそう念押しすると、店を出て行った。
その後もいつも通りの営業だったが、スタッフたちは妙に店内が静かになったような気がした。
かつての「キセキの世代」の一翼を担った男のオーラは、それほどまでに強烈だったのだ。
*****
「ったく、何なんだ。」
十文字は、悪態をついた。
すると鈴音がウンザリした顔で「こっちのセリフ」と答えたのだった。
「カフェ・デビルバッツ」に俳優の黄瀬涼太が来店した。
十文字はもちろんそんなことは知らず、ただメインダイニングの方が騒がしいと思っただけだ。
だが当の黄瀬が、ティールームの方にも現れたのだ。
女性客はきゃあきゃあと黄色い声を上げて、色めき立った。
彼はサインや写真の求めには笑顔で応じた。
妊婦の女性客には「かわいい赤ちゃんを産んでくださいね」などと、如才なく声をかけている。
さすが人気俳優、そつがない。
常連客の友人だという妊婦の女性客は、すっかりテンションが上がったようだ。
もっとも彼女と一緒に来店した夫と思しき男性は、どことなく不機嫌になったように見えたが。
スタッフの鈴音は、その男性客と話し込んでいた。
その会話の中で、十文字のことを「頭悪いオッサン」などと落としている。
思わず「悪かったな!」と文句を言ったが、もちろん本気で怒ってはいない。
それで客が盛り上がるなら、全然問題なかった。
その夫婦の客が帰り際に「お似合いですね」などと言ったのには閉口したが。
閉店後に、ティールームに黒子が現れた。
これは非常に珍しいことだった。
黒子はここで働き始めてそれなりに日数は経つが、用がなければほとんど来ない。
セナや阿部、三橋などはしょっちゅうケーキをつまみにやってくるのに。
「今日はボクの友人がお騒がせして、申し訳ありません。」
黒子は十文字と鈴音に頭を下げた。
鈴音が「友人って、黄瀬涼太?」と聞くと「はい」と頷く。
そんなのは黒子のせいではないと思うのだが、意外と律儀な性格らしい。
「別に迷惑なんか、なかったよ?」
「うん。お客さんのテンションも上がってたしね。」
鈴音も十文字も、そう言った。
別にフォローでも何でもなく、事実だ。
黒子は「そうですか」と素っ気なく告げると、そのままメインダイニングへ戻ろうとしたのだが。
「あれ、黒子君。ここにいたの?」
メインダイニングの方から現れたのは、セナだった。
来月、仲間内でアメフトの試合をすることになっている。
セナはその打ち合わせのために、来たのだった。
「セナ、ケーキの残り、食うか?」
「ぜひ。甘いものを食べたかったんだよね~!」
「わかった。ああ、黒子も食っていけよ」
「いいんですか?」
「もちろんだ。だいたい少しは残ってるから、気が向いた時には食いに来ればいい」
十文字が鷹揚に笑うと、鈴音が「お茶入れるね」と笑った。
セナと黒子は空いている席に座り、喋り始めた。
「十文字さんと鈴音さんって付き合ってたりするんですか?」
黒子が不意にそんなことを言い出した。
十文字と鈴音が「「ない!!」」と叫ぶ声が、綺麗に重なる。
そして十文字が「ったく、何なんだ」と悪態をつき、鈴音がウンザリした顔で「こっちのセリフ」と応じた。
どうしたらそんな思想が湧いてくるのか、理解不能だ。
実は昼間に、あの妊婦の女性の夫にもそう聞かれ、地味に嫌な話題だったのだ。
セナは「そういう揃う感じが、付き合ってる疑惑につながるんだよ」と笑った。
そこへ十文字がケーキ、鈴音がお茶を運び込み、夜のティータイムとなった。
「ところでさ。瀧君が来られないみたいなんだけど。」
「マジか。」
セナと十文字は、来月の試合メンバーの話を始めた。
泥門高校のOBを中心にチームを作り、ライバルだった王城学園OBチームと戦う予定だった。
だけど今はみんな社会人であり、なかなか人数が集まらないのだ。
「QBは廉がやってくれるんだろう?」
「うん。あとレシーバーに阿部君も。でもそれでも足りないんだよね~」
セナがそんなことを告げるのを聞き、十文字は「こいつは?」と黒子を指さした。
黒子が「ボク、アメフトはやったことないんですけど」と言うが、スルーした。
かつて中学、高校で頂点を極めたバスケ選手がアメフトをすればどうなるか、興味深い。
「っていうか、やろうよ。黒子君。バスケも楽しいだろうけど、アメフトもいいよ?」
セナと十文字が熱心に誘い続け、黒子はようやく「わかりました」と答えた。
アメフトに幻のプレイヤーが誕生した瞬間である。
【続く】
「君が、黒子君?」
やたらとスタイリッシュな男2人が、笑顔で黒子を見ている。
黒子が無表情なまま首を傾げる様子が、妙にシュールだった。
阿部や三橋の高校時代のチームメイト2人が「カフェ・デビルバッツ」に来店した。
巣山尚治と栄口勇人だ。
彼らは今、スタイリストとヘアメイクアーティストとして、組んで活躍している。
高校時代から、服のセンスの良さに一目置かれていた巣山。
そして人間観察が得意で、その人のキャラを見抜く力に長けた栄口。
2人がこういう道に進んだのを聞いて、かつてのチームメイトたちは妙に納得したものだ。
彼らのセンスの良さは、業界では評価されている。
作り出すスタイルは単にカッコよさだけではない、タレントのキャラや思想的なものまで浮き彫りにする。
そんな2人には仕事のオファーは引きも切らず、やむを得ずことわってしまう仕事も多い。
全てを受けるのは、物理的に不可能なのだ。
今、芸能界で彼らに衣装やメイクを担当させられるのは、一流の証とさえ言われている。
そんな2人は、実は恋人同士だったりする。
敢えて言い回っていないが、別に隠してもいない。
阿部も三橋も、もちろん知っている。
それに業界関係者も案外すんなりと受け入れていた。
オネエと呼ばれるタレントがいるし、比較的性には自由な業界だ。
一緒に暮らし、仕事でもコンビの2人は「よく飽きないねぇ」と茶化されるほどラブラブだった。
阿部たちのかつてもチームメイトたちの中で、水谷を除けば一番店に多く出入りするのもこの2人だ。
仕事関係の打ち合わせで、よく利用するのである。
美味しいものを食べれば、良い関係が作りやすいから。
そんな理由で「カフェ・デビルバッツ」を利用してくれる友人を、阿部も三橋もありがたいと思っている。
「君が、黒子君?」
彼らは来店するなり、初対面の黒子に親し気に声をかけた。
黒子は表情を変えないまま、首を傾げた。
なかなかシュールな温度差に、阿部が苦笑する。
「オレらの高校時代のチームメイトだ。巣山と栄口。」
阿部が紹介すると、黒子が「ああ、こちらが」と頷いた。
スタイリストとヘアメイクアーティストになった2人の話は、何となく聞いていたからだ。
そして「黒子テツヤです」と頭を下げる。
巣山がすかさず「こちらこそ」と答え、栄口が「聞きしに勝る影の薄さだなぁ」と笑った。
テーブルに案内された2人は、向かい合わせではなく並んで座った。
おそらく待ち合わせをしており、その相手が向かいに座るのだろう。
阿部も気を利かせて、2人の前に紅茶のカップを置いた。
オーダーは待ち人が来てからという2人のルーティーンは、よく理解しているからだ。
「誰が来るかな?」
セナがワクワクした顔でそう言った。
彼らの待ち合わせ相手は、おそらく芸能人だからだ。
阿部が「セナさん、ミーハーっすね」と笑いながらも、どこか嬉しそうだ。
だが扉が開いた瞬間、2人は顔を見合わせた。
彼らが反応する前に、黒子が深いため息をついたからだ。
「ど~も、お待たせしました~!」
いかにもチャラい感じで現れたのは、黒子の昔馴染みだった。
モデルから俳優に転身し、バラエティ番組でも人懐っこいキャラで大人気。
かつて「キセキの世代」に名を連ねた黄瀬涼太だった。
*****
「何だか賑やかだね。」
小牧はダイニングの方から聞こえてくる声に微笑する。
スタッフの女性が「騒がしくてすみません」と詫びたので「怒ってるわけじゃないよ」と答えた。
公休日、小牧は妻と共に「カフェ・デビルバッツ」に来店していた。
妊娠中の妻は、ここ最近、どことなく元気がないように見える。
そこで部下であり、友人の妻である郁に聞いたのだ。
以前、郁と柴崎が一緒に出掛けた時に、ケーキを差し入れてくれた。
妻の毬江はそれがすごく気に入ったようで「すごく美味しい!」と喜んだのだ。
そこで郁に店を聞き、車で出かけて来たのだった。
「ああ、郁さんと麻子さんのお友だちですか。」
スタッフの女性は、2人の名を出すだけで話が通じたらしい。
笑顔で毬江を見ると「妊娠なさっているならカフェインレスのお茶もありますよ」と笑う。
出されたメニューもまた良かった。
チョコレートケーキとか、イチゴのムースとか、商品名が全てシンプルだからだ。
スイーツにはまったく詳しくない小牧は、英語だがフランス語だかわからないお菓子の名前など知らないのだ。
それをスタッフの女性に告げると、彼女はカラカラと笑った。
「うちのケーキ作り担当が、頭悪いからですよ。」
「は!?」
「ややこしい横文字名前のケーキなんて、何だかわからないって」
「パティシエさんですか?」
「そんな御大層なもんじゃないですよ。ケーキ作ってるオッサンです。」
「・・・悪かったな、頭悪いオッサンで!」
小牧と店員の女性が喋っていると、キッチンから声がかかった。
毬江が笑顔になるのを見て、また小牧の評価が上がる。
キッチンでケーキを作っている男も身も蓋もないことを言うスタッフの女性も、毬江を見ながら大声で喋っている。
毬江が耳に障害があることを初見で見抜いて、そうしてくれているのだ。
「ルイボスティーです。郁さんのお友だちってことでサービスです!」
2人が席に着くと、早速ノンカフェインのお茶が運ばれてくる。
そう言えば郁は「儲けが出ているのかどうか不安になるほど気前がいい」と言っていたっけ。
そして小牧と毬江はケーキを選んで、食べ始める。
すべてのケーキはガッツリ甘いタイプと、あっさりした甘さひかえめの2タイプがある。
ケーキ好きの恋人や妻と一緒に入る男性の気持ちまで、しっかりと考慮されているようだ。
「ごめんなさい。幹久さん。あたし、最近ちょっと落ち込んでて。」
久しぶりに心からの笑顔を見せた毬江は、おかわりのお茶を飲みながらそう言った。
小牧も「少しは気分転換になった?」と笑った。
毬江が揺れている理由を、小牧は何となく察していた。
堂上夫妻も手塚夫妻も、まだ子供を作ってはいない。
はっきりとその話をしたことはないが、検閲撤廃を待っているのではないかと思う。
夫婦ともに図書隊員である彼らは、やはり思想というか信念が強いのだ。
また一度別れてから再会した緒形夫妻は、年齢的なところから子供はもう諦めているらしい。
そんな中で暮らす毬江は、自分だけが妊娠していることを申し訳なく思っているようなのだ。
「笠原さんも柴崎さんも毬江のこと、大切だと思ってくれてるよ。」
「はい。こんな美味しいお店のケーキをお土産にしてくれるんですものね。」
毬江の心からの笑顔を見て、小牧はホッと息をついた。
どうやら小牧のなぐさめより、ケーキの方が効いているようだ。
それはそれで少々悔しいが、妻が笑顔になるなら微々たる問題だった。
そのとき通路でつながるダイニングの方から、賑やかな声が聞こえた。
どこかで聞いたような男の声が「お待たせしました~!」と響き、女性の甲高く黄色い声が重なる。
毬江でさえ聞き取れるほどの喧騒だ。
小牧はスタッフの女性に「何だか賑やかだね。」と微笑する。
すると彼女は「騒がしくてすみません」と詫びた後「芸能人が来店したようです」と告げた。
その芸能人が黄瀬涼太と知り、毬江のテンションはますます上がった。
毬江が大好きな小説が映画化されたとき、黄瀬も出演していたのだ。
そして生の黄瀬涼太と対面し「かわいい赤ちゃんを産んでくださいね」と声をかけられ、さらに機嫌が良くなった。
小牧としてはますます複雑だったが、妊娠中の妻に嫉妬をぶつけるのも大人げない。
まぁ今は母子共に元気ならいいと、必死に自分に言い聞かせることになるのだった。
*****
「黄瀬涼太だ~!」
恋人は驚きの声を上げながらも、目をハートマークにしている。
そうだ。俺の恋人は面食いだった!
それを思いだした雪名は、心の底から「ハァァ」とため息をついたのだった。
雪名皇と聞くと、大抵の人間は「イラストレーターの?」と聞き返すだろう。
商業デザインを多く手掛け、人気商品のパッケージイラストなどで名を馳せている。
だが雪名当人からすれば、本意ではなかった。
本業は油絵の画家であり、こちらで成功したいのだ。
だが残念ながら、そちらだけでは食べていけないのが実情だった。
それでも世間一般的には恵まれている方だろう。
副業とはいえ、絵の仕事だけで世間並み以上の収入があるのだから。
イラストレーターとしては売れっ子であり、充分成功者と言える。
絵の世界を断念する者が圧倒的に多い中で、それはかなり幸せなことだ。
もちろん弊害もある。
画壇の中には雪名を「しょせんイラスト止まり」などと評する者もいる。
だけどこれはまったく気にならなかった。
油絵だから上、イラストは下などという偏った思想の持ち主は、放っておけばいい。
とはいえ、そんな幸運もこの「カフェ・デビルバッツ」あってのこと。
少なくても雪名は、そう思っている。
まだ絵だけでは到底食べられなかった頃、この店に絵を飾らせてもらったことがある。
それをたまたま見かけた広告代理店の人間がいて、声をかけてもらったのだ。
そしてそこから雪名のサクセスストーリーが始まった。
ちなみに店に飾っていた絵は、もうすべて雪名に返却されている。
セナ曰く「値が上がっちゃったから、盗難が怖い」とのこと。
雪名としても思い入れのある絵なので、今は貸金庫に預けている。
そして今でも、雪名は「カフェ・デビルバッツ」の熱烈な常連の1人だ。
この店にいると、創作意欲が湧くのだ。
きっとスタッフたちの熱いエネルギーが、漲っているせいだろう。
美味い食事をして、人々の笑顔に触れると、筆を取りたくてたまらない気分になる。
そんな雪名の傍らには、必ず恋人がいた。
以前はエメラルド編集部にいた、木佐翔太だ。
すでに丸川書店は退職して、今は雪名のマネージャーをしている。
最近、仕事が増えすぎて、いろいろと手が回らなくなった。
そこで木佐と一緒に暮らして、スケジュール管理や家事などを任せている。
木佐の人生を奪ってしまったと思うこともある。
だがそれ以上に、一緒に暮らせる口実ができたことは喜ばしい。
雪名は順当に年を重ね、それなりの風貌になっている。
だが木佐ときたら、時々人間じゃないのかと疑いたくなるほど、歳を取らないのだ。
出逢った時には30歳を越していたが、酒を飲むときには時々身分証の提示を求められていた。
アラフォーの今でも、20代前半で通用するほど、若々しい。
しかも美人となれば、まったく油断できないのだ。
四六時中一緒にいて、常に身辺に目を光らせていないと、安心できない。
そして今も、雪名をざわつかせる事態が起こった。
例によって、2人で「カフェ・デビルバッツ」に来店したが、そこには有名人の先客がいた。
元モデルで俳優の黄瀬涼太だ。
女性客がきゃあきゃあと黄色い声を上げているのを見て、雪名は嫌な予感がした。
木佐は極度の面食いであり、特に王子様系美男子に弱いのだ。
つまり黄瀬は、木佐の好みドストレート。
予想通り、木佐の目は見事なハートマークになっている。
雪名は「ハァァ」とため息をつくと「浮気はダメですよ」と念を押した。
「バ~カ。ただの目の保養だ。」
木佐はシレッとそう言い放つと、悪戯っぽく笑った。
まったく、小悪魔め。
心の中で文句を言いながらも、雪名はそんな年上の恋人が愛おしいのだった。
*****
「ったく、相変わらずチャラくて、ウザいですね。」
黒子は平坦な声で、あっさりとぶった切った。
黄瀬が「そんなぁ。黒子っち~!」と情けない声を上げるが、口調ほど狼狽えているようには見えなかった。
「カフェ・デビルバッツ」に、黄瀬が現れた。
黒子にしてみれば、特に感慨深いということもない。
頻繁に会っているわけではないが、メールや無料通話アプリのメッセージはしょっちゅう送られてくる。
会えて嬉しい!という感情が湧いてこないのは、無理もないことだ。
「打ち合わせの場所が、黒子っちが働く店って聞いて、俺、運命だと思ったんすよ!?」
黄瀬は相変わらず、ワザとらしいほど大袈裟だ。
黒子は「ただの偶然ですよ」と素っ気なく答える。
だが黄瀬は「その塩対応、何か逆に萌えるっすよ!」と訳が分からないことを言った。
黒子としては「萌える」という思想は理解できず、ただただウザい。
「それにしても、黒子君と黄瀬君の関係って」
セナは呆れとも困惑ともつかない声で、そう言った。
とりあえず黄瀬の来店に興奮した女性客の黄色い声も収まり、黒子のとツンデレなやり取りも済み。
黄瀬は巣山、栄口と向かい合い、何やら打ち合わせを始めた。
セナや黒子たちスタッフはもとより、通常営業モードだ。
「元チームメイトってだけですよ。」
「それにしては、熱烈な感じだけど」
「彼は誰にでもあんな感じですよ。」
黒子は苦笑すると、黄瀬たちのテーブルを見る。
すると黄瀬は「巣山っち~」などと甘えた声を上げていた。
ちなみに彼は親しい人間を呼ぶとき、名前の後に「っち」をつける。
栄口だと「さかえぐっち」になるようだ。
セナは「確かに誰にでもあんな感じっぽいね」と、笑った。
そんな感じで、黄瀬は賑やかに過ごしていた。
打ち合わせの途中、意味なくティールームの方に顔を出した。
すると向こうから「きゃああ」と黄色い声が聞こえてくる。
程なくして戻ってくると、満面の笑みで感想を述べた。
「妊婦さんがいたんですよ。すごい美人の。可愛い赤ちゃん、産んでほしいなぁ。」
「まさか余計なことを言ってないでしょうね?」
「え~?応援しただけっすよ!」
「不快にしてなければ、それでいいですけど」
黄瀬は相変わらず塩対応の黒子とそんな会話を交わすと、今度は他のテーブルを見て「あ!」と声を上げた。
そしてそのテーブルの客に「イラストレーターの雪名さんっすよね?俺、ファンで!」と声を上げた。
雪名本人はイラストレーターではなく画家だと思っているので「どうも」と言いながらも渋い顔。
だがそのマネージャー兼恋人の木佐は、ホクホク顔だ。
彼はイケメン好きの面食いであり、どうやら黄瀬は好みのタイプらしい。
「ったく、相変わらずチャラくて、ウザいですね。」
一連の様子を見ていた黒子は、あっさりとぶった切った。
黄瀬が「そんなぁ。黒子っち~!」と情けない声を上げるが、口調ほど狼狽えているようには見えなかった。
「ところで黒子っち、帰らないんですか?火神っち、心配してるっすよ?」
黄瀬は帰りがけに、黒子にそんな声をかけた。
黒子は「そうですか?」と澄ました顔だ。
聞く耳を持たないという意思表示に、黄瀬は「わかりましたよ」とため息をついた。
「でも連絡だけでもしてあげた方がいいっすよ?」
黄瀬は最後にそう念押しすると、店を出て行った。
その後もいつも通りの営業だったが、スタッフたちは妙に店内が静かになったような気がした。
かつての「キセキの世代」の一翼を担った男のオーラは、それほどまでに強烈だったのだ。
*****
「ったく、何なんだ。」
十文字は、悪態をついた。
すると鈴音がウンザリした顔で「こっちのセリフ」と答えたのだった。
「カフェ・デビルバッツ」に俳優の黄瀬涼太が来店した。
十文字はもちろんそんなことは知らず、ただメインダイニングの方が騒がしいと思っただけだ。
だが当の黄瀬が、ティールームの方にも現れたのだ。
女性客はきゃあきゃあと黄色い声を上げて、色めき立った。
彼はサインや写真の求めには笑顔で応じた。
妊婦の女性客には「かわいい赤ちゃんを産んでくださいね」などと、如才なく声をかけている。
さすが人気俳優、そつがない。
常連客の友人だという妊婦の女性客は、すっかりテンションが上がったようだ。
もっとも彼女と一緒に来店した夫と思しき男性は、どことなく不機嫌になったように見えたが。
スタッフの鈴音は、その男性客と話し込んでいた。
その会話の中で、十文字のことを「頭悪いオッサン」などと落としている。
思わず「悪かったな!」と文句を言ったが、もちろん本気で怒ってはいない。
それで客が盛り上がるなら、全然問題なかった。
その夫婦の客が帰り際に「お似合いですね」などと言ったのには閉口したが。
閉店後に、ティールームに黒子が現れた。
これは非常に珍しいことだった。
黒子はここで働き始めてそれなりに日数は経つが、用がなければほとんど来ない。
セナや阿部、三橋などはしょっちゅうケーキをつまみにやってくるのに。
「今日はボクの友人がお騒がせして、申し訳ありません。」
黒子は十文字と鈴音に頭を下げた。
鈴音が「友人って、黄瀬涼太?」と聞くと「はい」と頷く。
そんなのは黒子のせいではないと思うのだが、意外と律儀な性格らしい。
「別に迷惑なんか、なかったよ?」
「うん。お客さんのテンションも上がってたしね。」
鈴音も十文字も、そう言った。
別にフォローでも何でもなく、事実だ。
黒子は「そうですか」と素っ気なく告げると、そのままメインダイニングへ戻ろうとしたのだが。
「あれ、黒子君。ここにいたの?」
メインダイニングの方から現れたのは、セナだった。
来月、仲間内でアメフトの試合をすることになっている。
セナはその打ち合わせのために、来たのだった。
「セナ、ケーキの残り、食うか?」
「ぜひ。甘いものを食べたかったんだよね~!」
「わかった。ああ、黒子も食っていけよ」
「いいんですか?」
「もちろんだ。だいたい少しは残ってるから、気が向いた時には食いに来ればいい」
十文字が鷹揚に笑うと、鈴音が「お茶入れるね」と笑った。
セナと黒子は空いている席に座り、喋り始めた。
「十文字さんと鈴音さんって付き合ってたりするんですか?」
黒子が不意にそんなことを言い出した。
十文字と鈴音が「「ない!!」」と叫ぶ声が、綺麗に重なる。
そして十文字が「ったく、何なんだ」と悪態をつき、鈴音がウンザリした顔で「こっちのセリフ」と応じた。
どうしたらそんな思想が湧いてくるのか、理解不能だ。
実は昼間に、あの妊婦の女性の夫にもそう聞かれ、地味に嫌な話題だったのだ。
セナは「そういう揃う感じが、付き合ってる疑惑につながるんだよ」と笑った。
そこへ十文字がケーキ、鈴音がお茶を運び込み、夜のティータイムとなった。
「ところでさ。瀧君が来られないみたいなんだけど。」
「マジか。」
セナと十文字は、来月の試合メンバーの話を始めた。
泥門高校のOBを中心にチームを作り、ライバルだった王城学園OBチームと戦う予定だった。
だけど今はみんな社会人であり、なかなか人数が集まらないのだ。
「QBは廉がやってくれるんだろう?」
「うん。あとレシーバーに阿部君も。でもそれでも足りないんだよね~」
セナがそんなことを告げるのを聞き、十文字は「こいつは?」と黒子を指さした。
黒子が「ボク、アメフトはやったことないんですけど」と言うが、スルーした。
かつて中学、高校で頂点を極めたバスケ選手がアメフトをすればどうなるか、興味深い。
「っていうか、やろうよ。黒子君。バスケも楽しいだろうけど、アメフトもいいよ?」
セナと十文字が熱心に誘い続け、黒子はようやく「わかりました」と答えた。
アメフトに幻のプレイヤーが誕生した瞬間である。
【続く】