アイシ×おお振り×セカコイ【お題:春5題 夏5題 秋5題 冬5題】

【冬/別れは必然?】

「すごいですね。」
律は呆然と目の前の光景を見ている。
高野もまた「確かにすごい」と答えて、彼らの姿を目で追った。

彼らはカフェ「デビルバッツ」前の駐車スペースで、なにやら動き回っていた。
三橋がスペースの端に立ち、楕円のポールを投げる。
それをセナが追いかけてキャッチするのだ。

店の入口のところには、阿部がメモパッドとストップウォッチを持って立っている。
セナがボールを捕るたびにストップウォッチを見て、何やら書き留めていた。
ヒル魔だけは店内、窓際の客席でこの様子を見ている。
決して一人だけサボっているわけではなく、ヘッドホンタイプのマイクになにやら喋っていた。
どうやら阿部にはセナのスタートの立ち位置、三橋には投げるボールのコースを指示しているようだ。
三橋と阿部が頷き、阿部がセナに「あと2メートル後ろです」などと叫んでいる。

「これは遊びじゃなくて、ちゃんとした練習ですね。」
「そうだな。」
律も高野も何度も繰り返されるボールキャッチを見ながら、そう言った。
NFLプレーヤーであるセナの脚力には圧倒される。
三橋の後ろからスタートして、遠くに投げられたボールに追いつく。
または三橋からかなり離れた場所から走り寄って、短いパスをキャッチするのだ。

地味にすごいのは三橋の制球力だ。
楕円のボールをほぼ狙い通りの場所に投げているようだ。
逆に三橋にそれができるからこそ、可能な練習方法と言える。

「なぁ小野寺。彼らがこんなことしてるってことは、店、休みなんじゃねーの?」
「ええ。今日は月1の定休日ですね。」
「じゃあ何でここでメシ食おうって誘った?」
「忘れてました。」

実は入稿が遅れに遅れて、高野と律は朝ようやく解放されたのだ。
そこで帰る前に美味しいものを食べようとカフェ「デビルバッツ」に寄った。
だが間が悪く、店は月に1度の定休日。
そしてもうすぐプロボウルのために渡米するセナの練習に出くわすことになった。

「で、小野寺。俺らのメシは?」
「コンビニでも行きましょうか?」
そうは言いながら、入稿ですっかり疲れ切っている2人にとって「定休日」はショックが大きい。
動く気力も湧かず、ぼんやりと投げる三橋と走るセナを見ていた。

*****

「どうして日本のスポーツニュースって偏ってるんでしょうね?」
セナは、三橋特製のランチプレートと格闘しながら文句を言う。
ヒル魔は素っ気なく「知るか」と答えた。

練習を終えた後、シャワーを浴びたセナは当然と言う顔でヒル魔の正面に座る。
するとすかさず三橋がセナの前に食事を置いた。
通常のカフェメニューよりボリュームが多い。
もうすぐ試合に出るセナのために、しっかり栄養やカロリーを考えたものだ。

ちなみにヒル魔たちの隣のテーブルでは、高野と律が食事をしていた。
定休日と知らずに来店してしまったらしい。
練習をしているセナたちを見ながら呆然としている2人に阿部が声をかけたのだ。
簡単な有り合わせでよかったら食事を用意します、と。
何日も徹夜をした後だという2人は、その言葉に涙ぐみそうな目で頷いた。

営業中は店内には音楽が流れているが、今はテレビがついている。
昼のニュースでフィギュアスケートの大会の結果を告げていた。
日本の女子選手が優勝したようだ。

「日本人が全員スケートが好きだと思ったら、大間違いです。」
セナはまたブツブツと文句を言いながら、パクパクと食べている。
確かに日本ではスポーツニュースと言いながら、種目が偏っている。
野球やサッカーなどはかなり時間を割くのに、アメフトなどは冷遇されている。
何と言っても甲子園ボウルやライスボウルなんて、ほんの数分のダイジェスト。
それなのにフィギュアスケートは大会がない日でも特集が組まれていたりする。

「別に、浅田真央ちゃんは、悪くないですよ」
おかわりの皿を持ってきた三橋が苦笑した。
セナの練習に付き合って、その後すぐに全員の食事を用意する三橋こそタフだ。
ヒル魔はそんな三橋や阿部の気遣いをいつもありがたいと思っている。

「レンくんは野球やってたからわからないんだよ。アメフトってホントに冷遇されてるんだから!」
セナは猛然と、三橋が持ってきたおかわりの皿に手をつけた。
ここ最近のセナは本当によく食べる。
いろいろ悩んでいたのが吹っ切れたようだし、今はプロボウルに向けて燃えているからだろう。

「そう言えばセナさん。何で、アメフトって、フットボール、なんですか?」
「え?」
「いつも思ってて。ボール、手で持ってるのに、何でフットボールかなって。」
三橋が素朴な疑問を口にした瞬間、フォークを持つセナの手が止まった。
パソコンを叩いていたヒル魔の手も止まる。
確かにアメフトはキックプレーもあるが、手でボールを扱うことが多い。
それなのに「フットボール」というのが、納得いかないらしい。

「レンくん、美味しい!」
正解がわからないセナは誤魔化すことにしたようだ。
会話を聞いていた高野と律が肩を震わせて、笑っている。
ヒル魔もニヤニヤと笑いながら、一転して黙々とフォークを動かすセナを見ていた。

*****

「着いたら起こしますから、寝てていいですよ。」
阿部がそう言いながら、ワゴン車のエンジンをかける。
高野は曖昧な表情で「いえ」と答えた。

ワゴン車のハンドルを握るのは阿部。
助手席には、渡米に備えて買い物をしたいというセナ。
高野と律は後部座席に座っていた。
セナの買い物のついでに家まで乗せてくれると聞き、ありがたく便乗したのだった。

阿部もセナも寝てかまわないと言ったが、さすがにそれは失礼だろうと思う。
定休日のカフェで食事をさせてもらい、しかも車で送ってもらっている。
そこまでさせておいて、本人たちは寝ているなんて。
だが徹夜明けで満腹、程よくエアコンが効いた車内。
寝てくださいと言わんばかりの状況だ。
いつしか高野もついついウトウトとまどろんでしまっていた。

「セナさん、絶好調ですね。この調子でプロボウルも」
「うん。阿部くんとレンくんのおかげ。あと鈴音かな?」
「鈴音さん?」
「うん。この前、鈴音と律君が飲んだ時、話してたのを聞いて、何か吹っ切れちゃった。」
「ああ。あれは豪快でしたね。」

2人のやりとりが聞こえ、阿部が苦笑する気配がする。
高野は朦朧としながら、薄く目を開けた。
前方の信号は赤だ。
どうやら赤信号で車がブレーキをかけた拍子に目を覚ましたらしい。
隣に座る律はブレーキでも起きなかったようで、コクリコクリと首が揺れている。

「別れは必然って思ったら、後悔がないようにしたくて。」
「別れは必然。。。ですか。」
「まぁね。どんなカップルだってどっちかが先に死ぬわけだし。」

何だかかなり重い話をしているようだ。
だが高野はそれ以上睡魔に勝てず、再び眠りに落ちた。
そして自宅マンション前で声をかけられるまで、ぐっすりと眠った。

*****

「ヒル魔さん、寒く、ないですか?」
三橋が窓際の席に座ったままのヒル魔に声をかける。
ヒル魔は小さく首を振ると「大丈夫だ」と答えた。

「それより肩は大丈夫か?随分投げただろ?」
ヒル魔が逆に三橋に聞き返してくる。
三橋は「へーき、です!」と笑顔で答えた。
投げたと言っても、数十球だ。
高校や大学の頃、1日に100球以上投げるのが当たり前だった三橋には物足りないくらいだ。

「レン、ありがとな。」
「何、ですか?」
「お前と阿部が頑張ってくれるから、セナはアメフトに専念できる。」
「そんな。俺、なんか」

いつになく真剣なヒル魔に、三橋は寂しい気持ちになった。
何だかまるで別れのようだ。
だだこの人はそう遠くない未来、カフェ「デビルバッツ」を出て行ってしまう。
その別れは必然であり、避けることはできない。

「俺は、恩返し、だから」
「恩返し?」
「野球してる頃、みんなに応援して、助けて、もらった。それを返したい。」
「そうか。」
「それにセナさん、スーパーボウル。ヒル魔さんと一緒に、喜びたいから。」
「そうか。」

三橋は自分の気持ちを短い言葉に込めた。
セナがスーパーボウルで活躍するまでは、ヒル魔にはここにいて欲しい。
そんな思いだ。

「まだまだ俺は平気だ。」
「わかって、ます!」
どうやらヒル魔に三橋の思いは伝わったようだ。
三橋はホッと安堵すると、厨房に向かう。
後回しにしていた自分のための食事を用意するためだ。

*****

「別れは必然?」
「うん。セナくんがそう言ってた。お前と鈴音さんが飲んだときにそんな話になったんだろ?」
「そう、だったかな?」
律はしきりに首を傾げている。
高野は「そうか。お前酔ってたもんな」とため息をついた。

高野と律は、阿部が運転するワゴン車で自宅マンションに戻った。
そして当然のように律は高野の部屋にいる。
2人でシャワーを浴びて、ベットに入る。
再会したばかりの頃はすごく拒否反応を示した律だったが、最近は素直だ。
特に今日は自分から「高野さんのお部屋に行っていいですか?」などと言い出した。
あの鈴音との飲み会以来、律は実に素直だった。

「カレに飽きられないように努力しろとは言われましたけど。」
「ああ?」
「あと失恋してもくじけちゃダメ、だったかな?あとアンチエイジング。。。」
「それはもういい!」

抱くと凄まじい色香を発揮する律だが、ピロートークはさっぱりだ。
ベットで恋の話をしているのに、少しも色っぽくない。
それに肝心な聞きたい話は酔っていて覚えてないらしい。

「いつ別れが来ても悔いがないようにちゃんと恋愛しよう。鈴音さんはそう言ってました。」
不意にストレートな答えが返ってきて、高野は戸惑った。
そして思い出す。
確かセナは「どんなカップルだってどっちかが先に死ぬ」などと言っていた。
それならば開き直って、精一杯恋愛するということなのだろう。

「それって漫画のネタになりそうですよね。」
律はまたしても色気のないことを言い出した。
編集者としては褒めてやりたいが、恋人としては寂しい。

「そろそろ寝るか」
高野は半ば強引に会話を打ち切ると、律の身体をそっと抱きしめる。
律はすぐにスゥスゥと寝息を立て始めた。
少し残念な気もするが、高野も体力の限界だ。
艶っぽいことは一眠りした後にとっておくことにした。

【続く】
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