アイシ×おお振り×セカコイ【お題:春5題 夏5題 秋5題 冬5題】

【秋/焼き芋パーティ】

「すごい。。。」
セナは思わず息を飲んで、足を止めた。
カフェのホール中央に飾られた雪名の力作、アイシールド21の絵の前だ。

NFLのレギュラーシーズンが終わり、セナは帰国した。
残念ながら今年もポストシーズンには進めなかった。
帰ったらまず何と言えばいいのだろう。
少々重い気持ちで「カフェ・デビルバッツ」に戻った。
だが壁に飾られた絵に呆気に取られてしまい、挨拶すら出なかった。

「セナさん。お帰りなさい!」
ホールで接客をしていた阿部がセナに気付いて、声をかけてくれる。
セナはようやく我に帰って「ただいま」と答えた。
厨房にいた三橋も出てきて「お帰りなさい!」と声を上げた。
そしてスタッフ専用の扉へと走っていく。
2階にいるヒル魔を呼びに行ってくれたのだろう。

「すごい絵だね。綺麗だし、迫力があるし。実物よりも全然いい。」
「雪名君の画力は確かにすごいけど、モデルがいいせいもあると思いますよ。」
謙遜するセナに、阿部は至極真面目に答える。
セナはもう1度、絵に視線を向けた。

ボールを抱えて走る絵の中のアイシールド21は強く美しい。
雪名の誇張ではなく、こんな風に見えているなら嬉しいことだと思う。
ヒル魔の中で輝くランニングバックでいること。
それこそがセナの人生最大の目標だ。

「よぉ。帰ったか」
スタッフ専用の扉が再び開き、ヒル魔が出てきた。
セナはその姿を見て、ショックを受けていた。
しばらく見ない間にまた少し痩せた気がするし、顔色も悪い。

「帰りました。今年もポストシーズンに行けなくてごめんなさい。」
セナは内心の動揺を押し隠して、笑顔を作った。
来年のシーズンこそスーパーボウル。
だがとにかく今はヒル魔に寄り添っていたかった。

*****

「この絵は売りません。」
雪名はきっぱりとそう言った。
阿部は微妙な表情で「本当にいいの?」と聞き返す。
だが雪名は迷いのない笑顔で「はい」と頷いていた。

カフェ「デビルバッツ」に飾られた雪名の絵はちょっとした話題になっていた。
アメフトプレーヤーセナの魅力が、雪名の画力で力強く表現された力作。
客の間で評判になり、この絵を見るために来店する客も増えた。
最近では絵を買いたいと申し出る客も多く、中には自分の店で取り扱いたいという画商もいる。

開店前のカフェ「デビルバッツ」で、阿部は雪名に「どうする?」と聞いた。
絵の売買の判断をするのも、本来なら所有者であるヒル魔だ。
だがヒル魔は雪名の希望通りにすると言った。
画商に託せば、画家としての雪名の将来が開けるかもしれないからだ。
それでも雪名は、全てことわって欲しいと言った。

「この絵はヒル魔さんのために描いたんです。それにここにあるからいいんですよ。」
「そう。わかった。」
阿部はそう言いながらも、まだ微妙な表情だ。
この絵がここにあるのは嬉しいが、雪名の画家としての成功も案じてくれている。
だから嬉しいとも悲しいともつかない顔をしているのだろう。

そのときスタッフ専用の扉が開いた。
三橋が機嫌よさ気に「ムッフフ~ン」と鼻歌を歌いながら、店内に入ってくる。
手には丸めた画用紙を持っており、それを広げて壁に貼り始めた。

「焼き芋、パーティ?」
雪名は思わずデカデカと書かれたタイトルを読み上げていた。
三橋が壁に貼ったのは、季節メニューの案内だ。
横書きで「焼き芋パーティ」と銘打たれた手書きのポスターには、サツマイモ料理が並ぶ。
大学いもとかスイートポテトなど定番や、サラダ、スープなどアレンジメニューもある。

「すごい。サツマイモのオンパレードですね。」
「ああ。田島んトコ、今年は豊作だったそうだ。」
「言ってくれれば、ポスターは俺が描いたのに。」
「そうだね。頼めばよかった。将来値打ちが出そうだもんな。」

焼き芋パーティのポスターの余白には、三橋がサツマイモのイラストを描き入れている。
それはそれでかわいらしい仕上がりだが、やはり雪名の画力には及ばない。
それでも三橋は楽しそうに、反対側の壁にも同じポスターを貼っている。
阿部はそんな三橋を横目に見ながら「まかないもきっと芋三昧だな」と苦笑した。

やはりセナの絵はここに置きたい。
阿部や三橋が作り出すこの暖かい雰囲気の中が、一番ふさわしい居場所だ。
雪名は三橋の鼻歌を聞きながらそう思った。

*****

「雪名が有名になったら、距離ができるかもって思って。俺、嫌なヤツですね。」
「別に。普通だろ。」
自嘲気味に笑う木佐に、ヒル魔は静かに口を開いた。

雪名の希望により、セナの絵はそのままカフェ「デビルバッツ」に置かれることになった。
絵の作者が雪名であることも、しばらくは秘密にするという。
それはかつてヒル魔がアイシールド21の正体がセナであることを隠した手法と同じだ。
秘密にすることで人々に興味を持たせ、そのカリスマ性を高めるのだ。

営業中のカフェ「デビルバッツ」で、木佐はヒル魔と向かい合っていた。
今日は久々にホールにヒル魔がいたのだ。
店にはいるなり手招きされ、木佐は吸い寄せられるようにその向かいに腰を下ろした。
ヒル魔と話をしたいと思った木佐の心は見抜かれていたらしい。

「雪名が絵を売らないって言って、俺、ちょっとホッとしてるんです。」
木佐はポツリとそう言うと、ガックリと肩を落とす。
ヒル魔はパソコンを叩いていた手を止めて、木佐を見た。

「雪名が有名になったら、距離ができるかもって思って。俺、嫌なヤツですね。」
「別に。普通だろ。」
恋人が成功して有名になれば、忙しくなって一緒にいる時間も減るだろう。
一気に華やかな世界の人になってしまい、心が離れてしまうかもしれない。
自嘲気味に笑う木佐に、ヒル魔は静かに口を開いた。

「絵のことは詳しくないが、雪名はきっと有名になるだろ。つらいことが延びただけのことだ。」
「そう思いますか?」
「思う。だから今のうちに心の準備をしておいた方がいい。」
「ヒル魔さん、はっきり言うなぁ」
つまらない気休めなど言わないのが、ヒル魔流だ。
だがそれにしても余りにも冷静な意見に、話をしたことを少々後悔した木佐だったが。

「俺もそうだからな。」
ヒル魔が事もなげにそう言うので、木佐は思わず「え?」と声を上げた。
確かにヒル魔の恋人のセナだってNFLプレイヤー、つまり有名人だ。
だがそのことでヒル魔が焦ったり、つらそうにしているのなど見たことがない。

「ヒル魔さんでもつらいんですか?全然平気に見える。」
「平気に見せてるだけだ。一応年上のプライドってやつ。」
「信じられない。。。」
「内心は嫉妬だらけ。好きなら当たり前だろ。」

木佐はマジマジと、ヒル魔を凝視した。
こんなに綺麗で余裕たっぷりな人でも、嫉妬する。
ならば木佐など嫉妬の固まりでも、当然だ。
でも好きなのだ
どんなに嫉妬しても自己嫌悪に陥っても、雪名とは絶対に離れられない。
ならばヒル魔のように、苦しみと折り合いをつけてやっていくしかない。

「ありがとうございます。何かふっ切れちゃいました。」
「そうか。」
ヒル魔がパソコン画面に視線を戻す。
木佐はコーヒーを飲みながら、絵の中のアイシールド21に見入った。

*****

「これが裏メニュー?」
不思議そうな顔で聞き返したのは、もう10年来の友人だ。
阿部はそのリアクションをもっともだと思いながら、頷いた。

「サツマイモフェア開催中なんだって?」
営業中のカフェ「デビルバッツ」に現れたのは、高校時代の級友にしてチームメイト。
水谷文貴とその妻の千代だ。
千代はカフェ「デビルバッツ」の厨房で働いているが、現在は産休中。
その腹部はゆるやかにふくらんでおり、2人とも幸せそうだ。

「ああ。田島のジイちゃんの力作。食う?」
「食べたい!」
水谷より先に答えたのは、千代だ。
さすが妊婦、食欲は2人分らしい。

「メニューはあれ。あと常連さん限定の裏メニューがあるけど。」
水谷と千代が席に座ると、阿部は壁の手製メニューを指しながらそう言った。
すると千代が「裏メニュー下さい」と弾んだ声で言い、水谷が「じゃあ俺も」と続く。
水谷、すっかり尻に敷かれてるな。
阿部は秘かにそう思ったが、澄ました顔で「かしこまりました」と答えた。

「ステキな絵ですね。セナさん、すごくカッコいい!」
「ありがとう。」
千代は壁にかけられた絵を指差して、絶賛する。
アイシールド21からカフェのギャルソンに戻って、ホールにいたセナが礼を言った。

千代は長く店を休むことを申し訳なく思っているようだ。
もしかしたら様子を見るためにわざわざ客として来店したのかもしれない。
だが滞りなく営業していることに安心したらしい。

「お待たせしました!裏メニュー、です!」
程なくして三橋が料理を運んできた。
水谷と千代は顔を見合わせて「これが裏メニュー?」と聞く。
阿部はそのリアクションをもっともだと思いながら、頷いた。
皿に乗っているのは、どこからどう見てもそのまんま「石焼き芋」だった。

「これが一番、美味しいんだよ!」
三橋が得意気にそう宣言した。
水谷が「手抜きじゃないの?」と苦笑する。
だが千代はイモを手づかみで豪快に齧ると「美味しい!」と声を上げた。

*****

「すごいな。」
「レンくん、恐るべしですね。」
ヒル魔とセナはパソコンの画面を見ながら、思い思いの感想を言った。

もう季節は冬に差し掛かり、冷え込みの厳しい夜。
閉店後のカフェ「デビルバッツ」で、阿部は今月の売り上げとその内訳をまとめた。
売り上げは順調に伸びているが、決して気は抜かない。
日毎、そして時間ごとに注文されたメニューをチェックする。
そしてその日の客層や天候なども考慮して、売れ筋の傾向を調べるのだ。

今回は雪名の絵が大きく売り上げに貢献している。
絵を飾った日から少しずつ客は増えており、絵を見に来たのだと言い切った客もいた。
そこまでは予想の範囲内だ。
だが予想外だったのは、驚異的に売り上げを伸ばしたメニューだ。
焼き芋パーティと銘打った期間限定メニューの中で、1番売れたのは裏メニューの石焼き芋だった。

当初これをメニューに入れることを、阿部は反対した。
コンビニなどでも1本100円程度で焼き芋を売っているのだ。
わざわざカフェで注文するはずなどないではないか。
だが三橋はこれが1番美味いのだと言い張った。
ヒル魔もセナも阿部と同意見だったが、三橋の熱意に折れた。
阿部も渋々賛同すると、三橋はわざわざ専用の鍋と石焼用の石を取り寄せるという徹底振りを見せた。
かくして出来上がった石焼き芋は、ふっくらと美味しく焼けた。
そのままでも美味いし、添えられたバターをつけて食べるとまた味わい深い。
焼き芋パーティは大盛況で、幕を下ろしたのだった。

「この店の売り上げは、レンの味覚に頼る部分がデカイな。」
「それを言うなら食い意地ですよ。美味いものへの執念、凄すぎますから。」
「でも確かに、焼き芋すごく美味しかったですね」
ヒル魔と阿部とセナが、口々に評価する。
褒め言葉のはずなのに、全然褒めているように聞こえないのが不思議だ。
当の三橋は厨房で賄い用の食事を準備しており「ムッフフ~ン」といつもの鼻歌が聞こえてくる。

「もう秋も終わりですね。」
セナがポツリと呟いた。
その言葉にヒル魔も阿部もしみじみとした思いで頷く。

カフェ「デビルバッツ」の秋は終わった。
セナはスーパーボウルに出られなかったし、雪名の画家デビューもならなかった。
それでも木佐と雪名の絆は深まったし、三橋の料理のセンスも冴え渡った。
いろいろと悔いも残るが、確かに充実した季節だった。

そしてもうじき、カフェ「デビルバッツ」に冬が来る。
例年よりも冷え込みが厳しい冬、寒さが身に沁みる出来事が起こる季節だ。

【続く】
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