アイシ×おお振り【お題:思い出15】
【悲しい思い出】
姉崎まもりは「カフェ・デビルバッツ」の前で、大きくため息をついた。
伝えなくてはならないことがある。
言えばセナもヒル魔も悲しむだろう。そう思うと気が重い。
ヒル魔が大学のアメフト選手だったころ、まもりはそのチームのマネージャーだった。
だがヒル魔がアメフトを辞めて店を開くと、まもりもまた部を退いた。
そして「カフェ・デビルバッツ」で厨房担当に収まった。
まもりは時間さえあれば、店に顔を出した。
さほど大きくない店だが、最近では客の数も多い。
だがテキパキと働き、次々に料理を出していく様は圧巻だ。
元々まもりの料理の腕前は、かなりのものだった。
しかも「デスマーチ」と呼ばれたかの夏合宿で、部員たちの食事の世話を一手に担った。
大食いで、しかも意外と味にうるさい部員たちの胃袋を満足させた実績は折り紙つきだ。
大学は辞めていないまもりは毎日来られるわけではない。
だが来られない日のために下ごしらえをして、レシピを作り、しっかりと引き継ぐ。
その合間には、季節や旬の日替わりメニューを考えたり。
しかもセナや三橋に、料理の手ほどきをしたり。
とにかくよく働く。
まもりの手ほどきを開店当初から受けていたセナも、料理の腕前がかなり上がった。
夏休みのアルバイトである三橋も、8月に入ると飲み物と軽食くらいは出来るようになった。
さすが教師志望は伊達ではないなと、ヒル魔は感心していた。
無論まもり本人に素直にそう言うようなことはなかったが。
*****
その日まもりはランチタイムが終り、いったん店を閉めた直後に現れた。
ヒル魔は相変わらず、奥のテーブルでパソコンをいじっていた。
セナと三橋は、店内を掃除し、夜の部の営業に備えている。
「おはよう、ございます。まもりさん」
「おはよ、レンくん」
三橋がまもりに声をかけ、まもりが三橋に笑いかける。
三橋は怪訝な表情で、セナを見た。
いつもなら三橋より先にセナが「まもり姉ちゃん、おはよ」などと言うのに。
セナは何処か祈るような顔で、まもりの顔を見ていた。
「ごめん、セナ。駄目だった。」
まもりは申し訳なさそうな顔で手に持った紙袋を、テーブルの上に置いた。
「そうか。こちらこそ迷惑かけてごめんね。まもり姉ちゃん」
まもりにそう告げるセナの声が震えている。
その声にセナの顔を見た三橋が驚いた。セナの目に涙が光っていた。
「悪いけど、レンくん。掃除頼んでいいかな。」
今にも泣きそうなセナに、三橋は頷いた。
するとセナは店の奥にあるスタッフ専用のドアへと小走りに入っていった。
ドアの向こうは2階に繋がる階段だ。
2階はスタッフが着替えたり休んだりするスペースになっている。
住み込んでいるヒル魔やセナや三橋の部屋もここだ。
その階段をバタバタと駆け上がる足音は、いつもの穏やかなセナらしくない。
ヒル魔がパタンとパソコンを閉じて、何かを訴えるようにまもりを見た。
まもりがゆっくりと頷くと、ヒル魔もセナの後を追うようにスタッフ用のドアへと姿を消した。
*****
「レンくん」
手伝うというまもりと三橋は2人で店の掃除をしていた。
床にモップをかける三橋と、テーブルを拭くまもり。
黙々と手を動かしていたが、ふいにまもりが三橋を呼んだ。
「セナとヒル魔くんのことは知ってるんだよね。」
まもりの言葉に、三橋は頷いた。
ここを訪れた面接の日、ヒル魔に「採用のたった1つの条件」だと前置きされて三橋は聞かされた。
ヒル魔とセナが恋人同士であることを。
それがもし気持ち悪いと思うのだったら、ここで働くのはやめておけと言われたのだ。
「セナのご両親、それを許してなくてね。今セナは勘当状態なの」
「カンドー?」
「ああ、親子の縁を切られたって事。もう二度を顔を見せるなって家を追い出されたの。」
三橋は驚いて、モップから手を離してしまった。
柄の部分が床に叩きつけられて、カタン、と大きな音がする。
「ごめんなさい!」と慌てる三橋に、まもりは笑って「大丈夫」と答えた。
「それでセナのお父さん、昨日倒れて入院したの。だから私が差し入れ持って行ったんだ。」
なるほど、と三橋は納得した。
昨晩店が閉店した後、セナは厨房で何か作っていた。
三橋が起きたときには、それを弁当箱に詰めていて。
「セナさん、徹夜?」と聞いたら照れくさそうに笑っていた。
昼前に顔を出したまもりが、仕込みだけして肝心のランチタイムに不在なのも謎だった。
つまりセナは、徹夜で病気の父親に差し入れを作った。
まもりはセナに代わって、差し入れを届けた。
でもそれは受け取ってもらえなかったのだ。
*****
「レンくん?」
まもりが驚いた声で叫んだ。
三橋はモップを握ったままで、ポロポロと涙を流していたからだ。
「ごめんね、ごめんね。レンくん。悲しい話しちゃって。」
まもりがオロオロしながら、謝った。
三橋は「うぇ」とか「えぐ」とかしゃくり上げながらまた泣いた。
まもりが心配して声をかけてくれるのに、涙が止まらない。
三橋は完全にセナに自分のことを重ねてしまっていた。
男同士だから。周りにそう言われて非難された恋心。
だから最初にセナとヒル魔のことを聞いたときは、嬉しかった。
同性であることを乗り越えて、幸せそうに笑う2人に心が温かくなった。
でもその笑顔の後ろには、悲しい思い出があったのだ。
それでもセナがヒル魔といるのは好きだからだ。
誰に反対されても好きだからだ。
では自分は?と三橋は思い、愚問だったと思い直す。
あの時、三橋も阿部も相手の手を離してしまった。
お互いにしっかりと相手を愛しているヒル魔とセナとは違う。
あの悲しい思い出を後悔しないために、三橋はここにいる。
「ご、めんなさい。。。」
しばらく泣いていた三橋が、ようやく泣き止んでまたモップを掛け始めた。
それを見たまもりが安堵した様子で、大きく息をつく。
「掃除が終わったら、夜の仕込み手伝ってね。夕方まで2人で頑張ろう。」
まもりの言葉に頷いて、三橋はモップ掛けを続けた。
【続く】
姉崎まもりは「カフェ・デビルバッツ」の前で、大きくため息をついた。
伝えなくてはならないことがある。
言えばセナもヒル魔も悲しむだろう。そう思うと気が重い。
ヒル魔が大学のアメフト選手だったころ、まもりはそのチームのマネージャーだった。
だがヒル魔がアメフトを辞めて店を開くと、まもりもまた部を退いた。
そして「カフェ・デビルバッツ」で厨房担当に収まった。
まもりは時間さえあれば、店に顔を出した。
さほど大きくない店だが、最近では客の数も多い。
だがテキパキと働き、次々に料理を出していく様は圧巻だ。
元々まもりの料理の腕前は、かなりのものだった。
しかも「デスマーチ」と呼ばれたかの夏合宿で、部員たちの食事の世話を一手に担った。
大食いで、しかも意外と味にうるさい部員たちの胃袋を満足させた実績は折り紙つきだ。
大学は辞めていないまもりは毎日来られるわけではない。
だが来られない日のために下ごしらえをして、レシピを作り、しっかりと引き継ぐ。
その合間には、季節や旬の日替わりメニューを考えたり。
しかもセナや三橋に、料理の手ほどきをしたり。
とにかくよく働く。
まもりの手ほどきを開店当初から受けていたセナも、料理の腕前がかなり上がった。
夏休みのアルバイトである三橋も、8月に入ると飲み物と軽食くらいは出来るようになった。
さすが教師志望は伊達ではないなと、ヒル魔は感心していた。
無論まもり本人に素直にそう言うようなことはなかったが。
*****
その日まもりはランチタイムが終り、いったん店を閉めた直後に現れた。
ヒル魔は相変わらず、奥のテーブルでパソコンをいじっていた。
セナと三橋は、店内を掃除し、夜の部の営業に備えている。
「おはよう、ございます。まもりさん」
「おはよ、レンくん」
三橋がまもりに声をかけ、まもりが三橋に笑いかける。
三橋は怪訝な表情で、セナを見た。
いつもなら三橋より先にセナが「まもり姉ちゃん、おはよ」などと言うのに。
セナは何処か祈るような顔で、まもりの顔を見ていた。
「ごめん、セナ。駄目だった。」
まもりは申し訳なさそうな顔で手に持った紙袋を、テーブルの上に置いた。
「そうか。こちらこそ迷惑かけてごめんね。まもり姉ちゃん」
まもりにそう告げるセナの声が震えている。
その声にセナの顔を見た三橋が驚いた。セナの目に涙が光っていた。
「悪いけど、レンくん。掃除頼んでいいかな。」
今にも泣きそうなセナに、三橋は頷いた。
するとセナは店の奥にあるスタッフ専用のドアへと小走りに入っていった。
ドアの向こうは2階に繋がる階段だ。
2階はスタッフが着替えたり休んだりするスペースになっている。
住み込んでいるヒル魔やセナや三橋の部屋もここだ。
その階段をバタバタと駆け上がる足音は、いつもの穏やかなセナらしくない。
ヒル魔がパタンとパソコンを閉じて、何かを訴えるようにまもりを見た。
まもりがゆっくりと頷くと、ヒル魔もセナの後を追うようにスタッフ用のドアへと姿を消した。
*****
「レンくん」
手伝うというまもりと三橋は2人で店の掃除をしていた。
床にモップをかける三橋と、テーブルを拭くまもり。
黙々と手を動かしていたが、ふいにまもりが三橋を呼んだ。
「セナとヒル魔くんのことは知ってるんだよね。」
まもりの言葉に、三橋は頷いた。
ここを訪れた面接の日、ヒル魔に「採用のたった1つの条件」だと前置きされて三橋は聞かされた。
ヒル魔とセナが恋人同士であることを。
それがもし気持ち悪いと思うのだったら、ここで働くのはやめておけと言われたのだ。
「セナのご両親、それを許してなくてね。今セナは勘当状態なの」
「カンドー?」
「ああ、親子の縁を切られたって事。もう二度を顔を見せるなって家を追い出されたの。」
三橋は驚いて、モップから手を離してしまった。
柄の部分が床に叩きつけられて、カタン、と大きな音がする。
「ごめんなさい!」と慌てる三橋に、まもりは笑って「大丈夫」と答えた。
「それでセナのお父さん、昨日倒れて入院したの。だから私が差し入れ持って行ったんだ。」
なるほど、と三橋は納得した。
昨晩店が閉店した後、セナは厨房で何か作っていた。
三橋が起きたときには、それを弁当箱に詰めていて。
「セナさん、徹夜?」と聞いたら照れくさそうに笑っていた。
昼前に顔を出したまもりが、仕込みだけして肝心のランチタイムに不在なのも謎だった。
つまりセナは、徹夜で病気の父親に差し入れを作った。
まもりはセナに代わって、差し入れを届けた。
でもそれは受け取ってもらえなかったのだ。
*****
「レンくん?」
まもりが驚いた声で叫んだ。
三橋はモップを握ったままで、ポロポロと涙を流していたからだ。
「ごめんね、ごめんね。レンくん。悲しい話しちゃって。」
まもりがオロオロしながら、謝った。
三橋は「うぇ」とか「えぐ」とかしゃくり上げながらまた泣いた。
まもりが心配して声をかけてくれるのに、涙が止まらない。
三橋は完全にセナに自分のことを重ねてしまっていた。
男同士だから。周りにそう言われて非難された恋心。
だから最初にセナとヒル魔のことを聞いたときは、嬉しかった。
同性であることを乗り越えて、幸せそうに笑う2人に心が温かくなった。
でもその笑顔の後ろには、悲しい思い出があったのだ。
それでもセナがヒル魔といるのは好きだからだ。
誰に反対されても好きだからだ。
では自分は?と三橋は思い、愚問だったと思い直す。
あの時、三橋も阿部も相手の手を離してしまった。
お互いにしっかりと相手を愛しているヒル魔とセナとは違う。
あの悲しい思い出を後悔しないために、三橋はここにいる。
「ご、めんなさい。。。」
しばらく泣いていた三橋が、ようやく泣き止んでまたモップを掛け始めた。
それを見たまもりが安堵した様子で、大きく息をつく。
「掃除が終わったら、夜の仕込み手伝ってね。夕方まで2人で頑張ろう。」
まもりの言葉に頷いて、三橋はモップ掛けを続けた。
【続く】