アイシ×おお振り×セカコイ【お題:春5題 夏5題 秋5題 冬5題】

【夏/トキメキロマンス】

「合コンに行きません?」
ふとそんな会話が耳に入って、桐嶋はそちらを見た。
声をかけられたのは「月刊エメラルド」通称乙女部の最年少編集部員、小野寺律だ。
律は困ったような表情で「俺、そういうの苦手なんで」と答えている。

桐嶋は書類を届けに、営業部に来ていた。
ジャプン編集部として営業に出す書類は、基本的には桐嶋が自分で持ってくる。
これは横澤と個人的に付き合うようになってからの習慣で、単に横澤の顔が見たいが為だ。
だが少々後ろめたいので「最近、運動不足で」などと言い訳したりする。
だが周りが「責任感が強いですね」などと、勝手に勘違いしてくれたりする。

残念ながら今日は横澤は出張で、不在だ。
だが横澤がいないから習慣を変えるのも妙だろう。
変に勘ぐられるのも面倒なので、自分で書類を持参した。
そこで横澤の部下である逸見が、律に声をかけているのを見かけたのだ。
律も多分何かの書類を、営業に届けにきたのだろう。

「小野寺さん、行きましょうよ。人数が足りなくて困ってるんです。」
「いえ、本当に、無理なんで。」
桐嶋は内心秘かに笑いながら、2人の会話を聞いていた。
逸見の執拗な誘いをあくまでも真面目に、そして必死に断っている律が面白い。
会社関係の合コンなどに参加したら、すぐに恋人の耳に入ってしまう。
何しろ律の恋人は同じ社内にいて、しかも直属の上司なのだから。

「本当は横澤さんを誘ったのに出張で。多分わざと出張を今日に変えたんですよ。ひどいでしょ!」
「それって横澤さんも合コンが苦手なんじゃ。。。」
「総務の子にぜひ横澤さんを引っ張ってきてって言われたのに!」
仕事中にもかかわらず、逸見は大きな声で律を合コンに誘う。
多分上司の横澤がいないことで、少々気が緩んでいるのかもしれない。
律は「あはは」と引きつった笑顔で、懸命に逃れるタイミングを計っているようだ。

最初は面白がっていた桐嶋だったが、途中からは動揺しながら聞いていた。
横澤のことは好きで、ずっと一緒にいるつもりでいた。
だがそれは横澤にとって幸せなことなのだろうか?

横澤は桐嶋と付き合っている限りは独身で、きっと表向きは恋人の存在も隠さなければならない。
しかも桐嶋には日和という娘がおり、恋人というよりむしろ親代わりのようなことをさせている。
合コンにでも何でも出してやって、かわいい女性の恋人を作った方がいいのではないか?
そうさせてやるのが横澤のためではないか?

「小野寺さん!一緒にトキメキロマンスを見つけに行きましょうよ~!」
逸見の声が能天気に響き、笑い声があふれた。
だが桐嶋は逃げるように営業部のフロアを後にした。

*****

「難しいことはない。許せるか、許せないか。それだけだ。」
ヒル魔は淡々とした口調で、そう言った。
日和はヒル魔の言葉の意味を、じっと考えている。

昨晩日和は、カフェ「デビルバッツ」に泊まった。
そしてヒル魔とセナに、悩みを打ち明けていた。
父親の桐嶋とその友人である横澤は恋仲なのだと思う。
こんなことは学校の友だちや、祖父母などにはとても言えない。
だが何故か、出会ったばかりのスラスラと言葉が出た。

「難しいことはない。許せるか、許せないか。それだけだ。」
ヒル魔は淡々とした口調で、そう言った。
驚くかと思ったのに、ヒル魔もセナもまったく冷静だった。
もしかしてこの2人は、日和より先に2人の仲を知っていたのかもしれない。

「どうしても許せないならはっきりとそう言うべきだ。そうすればきっと何もなかったことになる。」
ヒル魔は表情1つ変えずにそう言った。
それはその通りだろう。
多分日和が嫌だと一言告げれば、桐嶋と横澤は離れる。
2人とも日和のことを何よりも大事に思って、優先してくれているのだから。

「許すのなら、また2つに1つ。気付いていることを教えるか、隠し通すか。」
考え込んでいる日和に、ヒル魔はまた淡々とそう続ける。
意味がわからず首を傾げる日和に、ヒル魔は少しだけ頬を緩めて微笑した。
ヒル魔のそんな表情を知っているのは、セナの他には阿部と三橋くらい。
親しいごくわずかな人間だけなのだが、日和は知る由もない。

「親父さんはいつか打ち上げるつもりなのかもしれない。隠し通すつもりかもしれない。」
「パパから言うのを待つか、自分から気付いてるって言うか?」
「そういうことだ。」
ヒル魔はきっぱりとそう言い切ると、一転して口を噤む。
日和はグルグルと悩むばかりだったのに、ヒル魔にかかると単純な選択問題に変わってしまった。

日和はヒル魔が決して自分を子ども扱いしないことが嬉しかった。
変に同情することも、桐嶋や横澤の気持ちを代弁するようなことも言わない。
冷静に日和が取るべき道をいくつか示しただけだ。
だが1人の人間として、対等に接してくれる気がする。

「そろそろ寝ようか?」
しばらくの沈黙の後、セナが静かにそう言った。
本当はもっとヒル魔と話したかったが、日和は小さく「はい」と答えた。
せっかく大人として扱ってもらっているのに、子供のようなわがままは言いたくない。

*****

「なぁ、阿部も三橋も行こうよ~!」
ベロベロに酔っ払った旧友が、高校時代そのままの明るさで笑う。
厨房で片づけをしていた水谷千代は「やめてよ。恥ずかしい!」と本気で怒っていた。

千代の夫である水谷文貴がカフェ「デビルバッツ」に現れた時には、すでに酔っていた。
水谷は今日、母校である西浦高校野球部の試合の応援に行ったのだ。
高校野球は夏の大会が佳境を迎えている時期であり、埼玉では今日準決勝だ。
西浦は何度か甲子園に行ったことがある強豪校と熱戦を繰り広げ、劇的な逆転勝利をおさめたのだった。

「花井と、栄口も、来ててさぁ。帰りに久しぶりに、飲んだんだぁ!」
旧友と飲む酒、しかも母校の勝利を肴となれば、さぞかし美味いだろう。
そのままの勢いで、妻の千代の仕事場に来たのだ。
阿部も三橋も千代も、仕事があったので観戦は出来なかった。
だが試合結果はネットで欠かさずチェックしている。
母校の快進撃のニュースは嬉しいものだった。

「なぁ、阿部も三橋も行こうよ~!」
水谷はすっかり上機嫌だ。
明日は決勝なので、観戦に行こうと誘っているのだ。
ホールで水谷の相手をしていた阿部は「アホか。店があんだよ」と一蹴する。
厨房でその声を聞いた三橋は、困ったような表情だ。

「やめてよ。恥ずかしい!」
厨房で片づけをしていた千代は本気で怒っていた。
単に醜態を晒す夫を恥ずかしく思っただけではない。
阿部と三橋の恋愛はメディアで騒がれたことがあり、知っている後輩も多い。
その中には少なからず嫌悪の目で見る者もいるのだ。
そのせいで2人は、未だに卒業生の集まりなどには一切顔を出さない。
つまり行きたくても行けない状態なのだ。
水谷だって知らないわけではないのに、酔っ払っているせいで自制がきかないようだ。

「今、西浦ってエースとマネジが付き合ってるんだって。トキメキロマンスだよね~!」
「お前、明日も観戦だろ?そんなに酔って平気かよ?」
ますますテンションが上がる水谷の声に、阿部の呆れたような声が重なる。
三橋はそんな2人のやりとりを聞きながら「ウヒ」と笑い声をもらした。

「篠岡、さん。明日、休んで、いいよ。」
三橋は相変わらず千代を旧姓で呼んだ。
千代は「え?でも」と声を上げるが、三橋は首を振って「2人で応援!ね?」と諭すように言った。
自分たちの分まで観戦してほしい。
三橋は無言のうちに、目だけでそう語っていた。

「っていうか、二日酔いで起きられないかも。」
「そのとき、は、看病、だ!」
三橋と千代は顔を見合わせて、笑う。
そして千代は「ありがたく休ませてもらいます。」と三橋に頭を下げた。

*****

「横澤のお兄ちゃん!どうしたの?」
カフェ「デビルバッツ」に現れた横澤を見て、日和は思わず声を上げた。
ホールにいた阿部もセナも、呆然と横澤を見ている。
注目を集めてしまった横澤は、決まりが悪そうに目を伏せた。

「どうぞお席に。荷物を置いて楽にしてください。」
いらっしゃいませより先に、セナはそう言った。
阿部がすかさず大きめのグラスに入れた氷水とおしぼりを用意する。
横澤は両手に大荷物を抱えており、そのせいで大量の汗をかいていた。

「出張は?明日までじゃなかったの?」
日和は汗だくで帰ってきた横澤を見て、目を丸くしている。
横澤は渡されたグラスを一気に飲み干すと、氷がカラリと鳴った。
阿部がすかさずグラスに水を注ぎだしながら「大丈夫ですか?」と聞いてきた。

思いのほか予定の仕事が早く片付いたので、横澤は予定より1日早く戻った。
そこで桐嶋の代わりに、カフェに泊まった日和を迎えに来たのだ。
大量の荷物は、単に仕事の資料と着替えだけではない。
日和のためにと、出張先の名物や土産などを買い漁った結果だった。

「ひよを預かってもらってすみません。よかったらこれ。」
横澤は阿部にこれまた出張土産の菓子折りを差し出した。
阿部は如才ない笑顔で「お気遣い、ありがとうございます」と言いながら受け取る。
カフェ「デビルバッツ」の分まで、しっかり土産を用意するあたりは横澤だって如才ない。

「横澤さん、お食事は?」
「いや今日は帰るついでに迎えに寄っただけなんで、すぐ帰ります。」
「じゃあ車で送りますよ。荷物が多くて大変でしょう?」
「そんな。申し訳ない。」
「いえ。お土産までいただいたんですから、それくらいさせてください。」

「横澤さんって日和ちゃんのお母さんみたいだね。」
阿部と横澤のやり取りを聞いていたセナは、日和の耳元でこっそりとそう言った。
何となく今日の横澤は所帯じみていて、まるで女親のように見えたのだ。
日和はクスリと小さく笑うと「パパによく言われる」と答えた。

多分日和は桐嶋と横澤の恋愛を許すのだろう。
そして3人で家族として、支えあいながら生きていく。
セナはそんな明るい未来予感しながら、日和と顔を見合わせて笑った。

*****

「大丈夫ですか?」
セナはベットに横たわるヒル魔に声をかける。
ヒル魔は「少し疲れただけだ」と答えた。

ヒル魔は店の2階の居室で横になっていた。
熱はないようだが、顔色はあまりよくない。
やはり日和がいた分、少々張り詰めていたのだろう。

「日和ちゃん、帰りましたよ。横澤さんが迎えにいらして。」
「そうか」
「ヒル魔さんによろしくって言ってました。」
「わかった」
ヒル魔は短く答えて、目を閉じた。
少しではなく、かなり疲れているのだろう。
セナはそんなヒル魔に「すみません」とあやまった。

「なんであやまる?」
「僕が日和ちゃんを泊めることにしたから。ヒル魔さんを疲れさせちゃいました。」
「セナのせいじゃない。面白かったしな。」
「それならよかったですけど。。。」
セナは言いかけた言葉を切って、ヒル魔の顔をのぞきこむ。
ヒル魔はもうウトウトと眠っていた。

「ひょっとして日和ちゃんは、ヒル魔さんのことを好きになったかもしれませんよ。」
セナは眠ってしまったヒル魔にポツリとそう呟いた。
日和はヒル魔が子ども扱いせずに話をしてくれて嬉しかったと言っていた。
そしてまたいつか泊まりに来て、ヒル魔と話をしたがっていた。

病気でもう余命が長くないことを覚悟しているヒル魔は、人との一期一会を大事にしている。
だから日和に対しても、子供だからと変に気を使うようなことをしなかったのだ。
この瞬間会えなくなっても後悔しないように、ヒル魔はいつも誰とでも真剣に向かい合う。

「いつか日和ちゃん本人のトキメキロマンスを聞きたいですね。」
セナはかすかに寝息を立て始めたヒル魔にまた呟いた。
それまでヒル魔が生きていられるのかどうかは、わからない。
だがセナはどうしてもそれを願わずにはいられなかった。

【続く】
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