アイシ×おお振り×セカコイ【お題:春5題 夏5題 秋5題 冬5題】
【夏/照りつける日差し】
「すみません。助かります。」
桐嶋はホッと安堵しながら、電話を切った。
恋人の横澤は、3日間の出張に出てしまった。
そして桐嶋も仕事が忙しく、どうやら今日は徹夜になりそうだ。
日和のことをどうしようか?
高野か律に頼んで、都合がつかないようなら母親に頼むしかない。
そんな心配をしていた矢先に、カフェ「デビルバッツ」から電話があったのだ。
最初は「小早川です」と言われて、誰だかわからなかった。
だが「デビルバッツのセナです」と言い直されて、わかった。
カフェ「デビルバッツ」のひときわ身体が小さくて、人懐っこい笑顔の店員だ。
『うちで日和ちゃんをお預かりしても、よろしいですか?』
「は?」
突然の申し出に、桐嶋は思わず間抜けな声を上げてしまった。
あのカフェのスタッフはみな親切だし、何より小野寺律の10年来の知り合いだ。
日和を預けるに当たって、充分信用はできる。
だがいくらなんでも、そこまで頼んでしまっていいものだろうか?
『一応男ばっかりの所帯なんですが、今夜は知人の女性もいますので。』
桐嶋の沈黙を違うように解釈したらしい。
セナはそう言った後、電話を誰かに渡したらしい。
今度は女性の声で『姉崎と申します』と名乗った。
その名前にも覚えがある。
カフェ「デビルバッツ」の常連で、確か高校で教師をしているという女性だ。
日和が懐いていて、よく宿題を教わっていた。
どうやら彼女も店に泊まるから、心配は要らないということなのだろう。
いかに子供とはいえ、女の子である日和が男ばかりのところに泊まれば確かに心配だ。
『パパ、泊めてもらってもいいでしょう?』
最後に日和が電話口に出てきて、強請るようにそう聞いてきた。
桐嶋は盛大にため息をつく。
この様子ではどうやら日和が泊めてほしいと頼んだのだろう。
店のスタッフはわざわざそのために、知り合いの女性に声をかけてくれたようだ。
そこまでしてもらうと、逆にことわるのも失礼な気がしてきた。
「わかった。迷惑をかけないようにしろよ。あと何かあったらすぐ連絡しろ。」
桐嶋は諦めてそう言うと、もう1度セナに代わってもらい「よろしくお願いします」と頼んだ。
セナは明るい口調で「大したおもてなしはできませんが」と笑いながら、引き受けてくれた。
「すみません。助かります。」
桐嶋はホッと安堵しながら、電話を切った。
申し訳ない気はするが、ありがたいのも間違いない。
何か礼でしなくてはいけないと思いながら、桐嶋はパソコンに視線を戻した。
とりあえずは仕事をさっさと片付けてしまうことが優先だ。
*****
「パパ、泊めてもらってもいいでしょう?」
日和は電話の向こうの父親に向かって、必死に訴えた。
カフェ「デビルバッツ」のスタッフたちに迷惑をかけているのもわかっている。
だが今日はどうしても、家に帰りたくなかった。
昨日、日和は桐嶋と横澤と共にプールに行った。
めいっぱい泳いだり、水遊びを楽しんだ。
休日を割いてくれた桐嶋と横澤には大いに感謝している。
日和はずっと夏休みだけど、2人にとっては貴重な休みだ。
だからせめて2人にも喜んで欲しくて、張り切って弁当も作った。
ショックなことは最後に起こった。
そろそろ帰ろうということになり、日和は「最後にひと泳ぎする!」と1人でプールに向かった。
そして2人を驚かしてやろうと、背後に回って近づいた時に見たのだ。
手を握り合って、お互いの目をじっと見つめ合う桐嶋と横澤を。
照りつける日差しの下で、2人の間には明らかに単なる友人とは思えない雰囲気があった。
見てはいけないものを見たと思った。
日和は咄嗟にその場から遠ざかり、正面に回って2人のところへ戻った。
その後どうしたのか、日和はよく覚えていない。
ショックを受けたわりには、ごく普通に帰った気がする。
楽しかったと笑い、夕飯を食べて、床についた。
だが疲れているはずなのに、目が冴えてしまって眠れない。
結局明け方すこしウトウトしただけなので、疲れもあまり取れなかった。
桐嶋も横澤も会社に行ってしまった後、日和は逃げるようにカフェ「デビルバッツ」に来た。
とにかく1人でいるとグルグルと考え込んでしまいそうなのだ。
あの店の明るい雰囲気の中にいれば、気を紛らわすことができる気がした。
何も考えずに開店前に来てしまい、店の前でボンヤリしていたら、ヒル魔という青年に声をかけられた。
カフェのオーナーだと名乗った彼は、開店前なのに日和を店に入れてくれた。
「あ、日和ちゃん。おはよ。」
「今日は早いな。ジュースでも飲むか?」
店内に入ると、見知ったスタッフであるセナと阿部が笑顔で声をかけてくれる。
日和はホッとしながら「おはようございます」と挨拶をした。
日和はまるまる1日、カフェ「デビルバッツ」で過ごした。
食事やおやつをふるまってもらい、宿題をしたり、スタッフとお喋りをした。
偶然客としてやってきた姉崎まもりに、勉強も見てもらった。
寝不足でウトウト居眠りをしたら、2階のスタッフルームで昼寝までさせてもらった。
「今日、泊まっていい?帰りたくないんだ。」
夜になってそう言うと、セナと阿部は顔を見合わせる。
もちろん冗談だったし、真に受けてもらえるとは思っていなかった。
だがすぐにセナは「お父さんに頼んでみようか」と言ってくれた。
『わかった。迷惑をかけないようにしろよ。あと何かあったらすぐ連絡しろ。』
電話口の父の言葉に、日和は申し訳ないような気持ちになった。
今日は出張で、横澤はいない。
桐嶋と2人で向かい合ったら、挙動不審になってしまいそうな気がする。
昨日「あのシーン」を見てしまったことがバレてしまいそうで怖いのだ。
「大したおもてなしはできませんが」
セナが電話にむかってそう言っているのを聞いて、ホッとする。
とにかく今日は家に帰らなくてすみそうだ。
*****
「ああ?『デビルバッツ』に泊めるのか?」
横澤は電話口で思わず大声になった。
電話の向こうから「声、デケーよ」と桐嶋のウンザリした声がした。
横澤は出張先のホテルにいた。
今回は比較的日程に余裕がある出張で、思ったよりも早い時間にホテルに入ることができた。
正直言って、ホッとしている。
昨日プールに行ったせいで、火照りが取れていないのだ。
一応日焼け止めを塗っていたので、肌の色はほとんど変わっていない。
だが久しぶりの照りつける日差しに、肌は悲鳴を上げてしまったようだ。
ホテルの部屋でくつろいでいたら、携帯電話が鳴った。
相手は予想通りの桐嶋だ。
横澤は開口一番「ひよはどうしてる?」と訪ねた。
電話の桐嶋の声の背後からは編集部の喧騒が聞こえてきたからだ。
もう夕食などはとっくに終わっている時間だが、桐嶋はまだ仕事をしている。
『今夜はひよをカフェで預かってもらうことになった。』
「ああ?『デビルバッツ』に泊めるのか?」
横澤は電話口で思わず大声になった。
電話の向こうから「声、デケーよ」と桐嶋のウンザリした声がした。
『どうもひよが強請ったらしいんだ。』
「ひよが?」
『店の方でも女の子1人にならないように、わざわざ知り合いの女性を呼んだり気を使ってくれたらしい。』
「それにしても、なぁ」
さすがにいくら常連でも、そこまで店の厚意に甘えていいものか。
どうやら桐嶋もかなり迷った末の決断なのだろう。
『とにかく俺もひよも大丈夫だ。お前も無理するな。プールの翌日に出張で大変だろうが』
「俺のことはいい。」
『そうか。じゃあな。愛してるよ』
「!!」
会社から電話しているというのに、何ということを言うのか。
横澤が動揺している間に、電話は切れてしまった。
昨日桐嶋は、日和が大人になったら2人の関係を話すと言った。
桐嶋は横澤との未来を考え、はっきりとそれを口に出したのだ。
そのうえこうして事あるごとに「好き」とか「愛してる」と言う。
どちらかと言えば、こと恋愛に関しては奥手な横澤にはちょうどいいのかもしれない。
まるで日陰から照りつける日差しの中へと導かれるように眩しい。
だがどうしても照れが先に立って、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
素直に愛情を表に出すことが、どうしても恥ずかしいのだ。
だがこんなことでいいのだろうかと、最近横澤はよく考える。
横澤に自分の全てを晒して、娘にまで紹介してくれた桐嶋だ。
自分も同じようにちゃんと愛情を返していかなくてはいけないのではないだろうか。
横澤はテーブルの上のコンビニの袋に手を伸ばすと、買い出してきた缶ビールを取り出した。
今それを考えることは、あまり得策ではない。
酒を飲んで、さっさと寝て、身体を休めよう。
今は出張中なのだから、仕事を優先させるべきだ。
*****
「俺とセナは恋人同士だ。気持ち悪いと思うか?」
あまりにも唐突に発せられた爆弾発言に、日和は驚き、目を見開いている。
セナはフォローすることも忘れて絶句し、手にしていたスプーンを取り落とした。
カフェ「デビルバッツ」はそろそろディナータイムが終わり、深夜のバータイムになる。
セナは店の2階の従業員スペースで、ヒル魔と日和とともに夕飯を食べていた。
今日の営業は三橋と阿部にまかせて、セナはもう上がりだ。
今日の日和は最初から様子がおかしかった。
そもそもヒル魔の話では、店の前で泣いていたという。
店の営業があるから、ずっと日和のそばにいられたわけではない。
だが急にはしゃいだり、かと思うといきなり沈んだり、とにかく不安定な様子だった。
阿部も同じ感想を言ったから、セナの思い込みではないだろう。
「何か悩んでるか?」
3人で夕飯を食べながら、セナはどうしたものかと考えていた。
だがその横からヒル魔は、単刀直入にそう言った。
そうだ、この人はそういう人だった。
セナは苦笑しながら、この場はヒル魔に任せることにした。
「1人で抱えてるのがつらいなら言えばいい。言いたくないなら何も言わなくていい。」
ヒル魔は淡々とスプーンを動かしながら、そう言った。
アメフトをしていた頃のヒル魔は、いつも会話で駆け引きをしていた。
だが今のヒル魔は正反対、必要なことをズバリと言う。
相手が子供だとか、そういうことは一切ない。
「実は昨日、プールで」
日和はヒル魔の言葉で、何か吹っ切れたようだった。
何が起きたのかをスラスラと語り始めた。
父親とその友人が手を握っていて、ただならぬ雰囲気だった。
カフェ「デビルバッツ」のスタッフたちは気づいていたが、やはり娘としてはショックだったようだ。
日和の話を黙って聞いていたヒル魔は、不意にセナの方を見てニヤリと笑った。
何だか嫌な予感がする、とセナが顔をしかめる。
「俺とセナは恋人同士だ。気持ち悪いと思うか?」
あまりにも唐突に発せられた爆弾発言に、日和は驚き、目を見開いている。
セナはフォローすることも忘れて絶句し、手にしていたスプーンを取り落とした。
もしかして気分を害したのではないかと、セナは慌てて日和を見た。
「気持ち悪くない。っていうかステキ!お似合いだと思う。」
しばらくじっと考えていた日和が、笑顔でそう答えた。
ヒル魔がすかさず「じゃあ親父さんのことは?」と聞いている。
まったくヒル魔にはかなわない。
セナはため息を1つつくと、取り落としたスプーンを手に取った。
せっかくの三橋特製の夕飯、味わわなければもったいない。
あとはヒル魔に任せて、セナは食事に専念することにした。
*****
「「いらっしゃいませ!」」
阿部と三橋の声が、綺麗にハモった。
先に入店した律が、笑顔で「こんばんは」と応えている。
律に続いてカフェに入った高野は、店内をゆっくりと見回した。
「日和ちゃんなら2階です。もう眠っちゃってると思いますが、お呼びしますか?」
高野の視線を読んだ阿部が、すかさず声をかけてくる。
阿部が察したとおり、高野と律は桐嶋に頼まれてきたのだ。
桐嶋もさすがに、常連とはいえ娘がカフェの店舗に泊まるのが心配したからだ。
「もし起きてたら呼んで下さい。寝ちゃってたらそのままで。」
高野が少し考えてから、そう言った。
一応頼まれたからには日和の顔は見るべきだが、寝ているのを起こすのもかわいそうだ。
「あと食事もしたいんですが。俺たち、夕飯まだ食ってないんで。」
「かしこまりました。どうぞ、お席へ」
阿部は笑顔で空いている窓側の席に高野と律を案内すると、厨房の三橋に声をかける。
そしてすぐに水とメニューを持ってきた。
「それにしてもいつもは俺の家に泊めてたのに。どうして今回はこちらに?」
高野は食事をオーダーした後、阿部にそう聞いた。
桐嶋も店に泊めることには抵抗があるようだったし、高野か律が迎えに来られない状態ではない。
何か事情があるのではないかと思うのも、無理がないことだ。
「うちのオーナーと意気投合したようです。」
阿部はそう言うと、律が思わず「ヒル魔さんとですか?」と聞き返す。
律は開店当時からの常連で、昔からヒル魔を知っている。
アメフト仲間の屈強な男たちと話しているのをよく見ていたから、日和とヒル魔の組み合わせは意外すぎる。
「大丈夫ですよ。きっと」
阿部は何かを確信しているような笑顔でそう言った。
この時点で阿部は何かあるとは察していたが、実際の日和の悩みを知らない。
だがヒル魔が相手をしているのだから、大丈夫なのだと思っていた。
今までこの店で起こった様々な出来事で、ヒル魔がからんで解決しなかったものはないからだ。
「日和、ちゃん、もう、寝ちゃ、てます。」
律が阿部に何が大丈夫なのかと聞き返す前に、日和を見に行った三橋が戻ってきて教えてくれた。
何だか煙に巻かれた気分で、高野と律は顔を見合わせた。
【続く】
「すみません。助かります。」
桐嶋はホッと安堵しながら、電話を切った。
恋人の横澤は、3日間の出張に出てしまった。
そして桐嶋も仕事が忙しく、どうやら今日は徹夜になりそうだ。
日和のことをどうしようか?
高野か律に頼んで、都合がつかないようなら母親に頼むしかない。
そんな心配をしていた矢先に、カフェ「デビルバッツ」から電話があったのだ。
最初は「小早川です」と言われて、誰だかわからなかった。
だが「デビルバッツのセナです」と言い直されて、わかった。
カフェ「デビルバッツ」のひときわ身体が小さくて、人懐っこい笑顔の店員だ。
『うちで日和ちゃんをお預かりしても、よろしいですか?』
「は?」
突然の申し出に、桐嶋は思わず間抜けな声を上げてしまった。
あのカフェのスタッフはみな親切だし、何より小野寺律の10年来の知り合いだ。
日和を預けるに当たって、充分信用はできる。
だがいくらなんでも、そこまで頼んでしまっていいものだろうか?
『一応男ばっかりの所帯なんですが、今夜は知人の女性もいますので。』
桐嶋の沈黙を違うように解釈したらしい。
セナはそう言った後、電話を誰かに渡したらしい。
今度は女性の声で『姉崎と申します』と名乗った。
その名前にも覚えがある。
カフェ「デビルバッツ」の常連で、確か高校で教師をしているという女性だ。
日和が懐いていて、よく宿題を教わっていた。
どうやら彼女も店に泊まるから、心配は要らないということなのだろう。
いかに子供とはいえ、女の子である日和が男ばかりのところに泊まれば確かに心配だ。
『パパ、泊めてもらってもいいでしょう?』
最後に日和が電話口に出てきて、強請るようにそう聞いてきた。
桐嶋は盛大にため息をつく。
この様子ではどうやら日和が泊めてほしいと頼んだのだろう。
店のスタッフはわざわざそのために、知り合いの女性に声をかけてくれたようだ。
そこまでしてもらうと、逆にことわるのも失礼な気がしてきた。
「わかった。迷惑をかけないようにしろよ。あと何かあったらすぐ連絡しろ。」
桐嶋は諦めてそう言うと、もう1度セナに代わってもらい「よろしくお願いします」と頼んだ。
セナは明るい口調で「大したおもてなしはできませんが」と笑いながら、引き受けてくれた。
「すみません。助かります。」
桐嶋はホッと安堵しながら、電話を切った。
申し訳ない気はするが、ありがたいのも間違いない。
何か礼でしなくてはいけないと思いながら、桐嶋はパソコンに視線を戻した。
とりあえずは仕事をさっさと片付けてしまうことが優先だ。
*****
「パパ、泊めてもらってもいいでしょう?」
日和は電話の向こうの父親に向かって、必死に訴えた。
カフェ「デビルバッツ」のスタッフたちに迷惑をかけているのもわかっている。
だが今日はどうしても、家に帰りたくなかった。
昨日、日和は桐嶋と横澤と共にプールに行った。
めいっぱい泳いだり、水遊びを楽しんだ。
休日を割いてくれた桐嶋と横澤には大いに感謝している。
日和はずっと夏休みだけど、2人にとっては貴重な休みだ。
だからせめて2人にも喜んで欲しくて、張り切って弁当も作った。
ショックなことは最後に起こった。
そろそろ帰ろうということになり、日和は「最後にひと泳ぎする!」と1人でプールに向かった。
そして2人を驚かしてやろうと、背後に回って近づいた時に見たのだ。
手を握り合って、お互いの目をじっと見つめ合う桐嶋と横澤を。
照りつける日差しの下で、2人の間には明らかに単なる友人とは思えない雰囲気があった。
見てはいけないものを見たと思った。
日和は咄嗟にその場から遠ざかり、正面に回って2人のところへ戻った。
その後どうしたのか、日和はよく覚えていない。
ショックを受けたわりには、ごく普通に帰った気がする。
楽しかったと笑い、夕飯を食べて、床についた。
だが疲れているはずなのに、目が冴えてしまって眠れない。
結局明け方すこしウトウトしただけなので、疲れもあまり取れなかった。
桐嶋も横澤も会社に行ってしまった後、日和は逃げるようにカフェ「デビルバッツ」に来た。
とにかく1人でいるとグルグルと考え込んでしまいそうなのだ。
あの店の明るい雰囲気の中にいれば、気を紛らわすことができる気がした。
何も考えずに開店前に来てしまい、店の前でボンヤリしていたら、ヒル魔という青年に声をかけられた。
カフェのオーナーだと名乗った彼は、開店前なのに日和を店に入れてくれた。
「あ、日和ちゃん。おはよ。」
「今日は早いな。ジュースでも飲むか?」
店内に入ると、見知ったスタッフであるセナと阿部が笑顔で声をかけてくれる。
日和はホッとしながら「おはようございます」と挨拶をした。
日和はまるまる1日、カフェ「デビルバッツ」で過ごした。
食事やおやつをふるまってもらい、宿題をしたり、スタッフとお喋りをした。
偶然客としてやってきた姉崎まもりに、勉強も見てもらった。
寝不足でウトウト居眠りをしたら、2階のスタッフルームで昼寝までさせてもらった。
「今日、泊まっていい?帰りたくないんだ。」
夜になってそう言うと、セナと阿部は顔を見合わせる。
もちろん冗談だったし、真に受けてもらえるとは思っていなかった。
だがすぐにセナは「お父さんに頼んでみようか」と言ってくれた。
『わかった。迷惑をかけないようにしろよ。あと何かあったらすぐ連絡しろ。』
電話口の父の言葉に、日和は申し訳ないような気持ちになった。
今日は出張で、横澤はいない。
桐嶋と2人で向かい合ったら、挙動不審になってしまいそうな気がする。
昨日「あのシーン」を見てしまったことがバレてしまいそうで怖いのだ。
「大したおもてなしはできませんが」
セナが電話にむかってそう言っているのを聞いて、ホッとする。
とにかく今日は家に帰らなくてすみそうだ。
*****
「ああ?『デビルバッツ』に泊めるのか?」
横澤は電話口で思わず大声になった。
電話の向こうから「声、デケーよ」と桐嶋のウンザリした声がした。
横澤は出張先のホテルにいた。
今回は比較的日程に余裕がある出張で、思ったよりも早い時間にホテルに入ることができた。
正直言って、ホッとしている。
昨日プールに行ったせいで、火照りが取れていないのだ。
一応日焼け止めを塗っていたので、肌の色はほとんど変わっていない。
だが久しぶりの照りつける日差しに、肌は悲鳴を上げてしまったようだ。
ホテルの部屋でくつろいでいたら、携帯電話が鳴った。
相手は予想通りの桐嶋だ。
横澤は開口一番「ひよはどうしてる?」と訪ねた。
電話の桐嶋の声の背後からは編集部の喧騒が聞こえてきたからだ。
もう夕食などはとっくに終わっている時間だが、桐嶋はまだ仕事をしている。
『今夜はひよをカフェで預かってもらうことになった。』
「ああ?『デビルバッツ』に泊めるのか?」
横澤は電話口で思わず大声になった。
電話の向こうから「声、デケーよ」と桐嶋のウンザリした声がした。
『どうもひよが強請ったらしいんだ。』
「ひよが?」
『店の方でも女の子1人にならないように、わざわざ知り合いの女性を呼んだり気を使ってくれたらしい。』
「それにしても、なぁ」
さすがにいくら常連でも、そこまで店の厚意に甘えていいものか。
どうやら桐嶋もかなり迷った末の決断なのだろう。
『とにかく俺もひよも大丈夫だ。お前も無理するな。プールの翌日に出張で大変だろうが』
「俺のことはいい。」
『そうか。じゃあな。愛してるよ』
「!!」
会社から電話しているというのに、何ということを言うのか。
横澤が動揺している間に、電話は切れてしまった。
昨日桐嶋は、日和が大人になったら2人の関係を話すと言った。
桐嶋は横澤との未来を考え、はっきりとそれを口に出したのだ。
そのうえこうして事あるごとに「好き」とか「愛してる」と言う。
どちらかと言えば、こと恋愛に関しては奥手な横澤にはちょうどいいのかもしれない。
まるで日陰から照りつける日差しの中へと導かれるように眩しい。
だがどうしても照れが先に立って、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
素直に愛情を表に出すことが、どうしても恥ずかしいのだ。
だがこんなことでいいのだろうかと、最近横澤はよく考える。
横澤に自分の全てを晒して、娘にまで紹介してくれた桐嶋だ。
自分も同じようにちゃんと愛情を返していかなくてはいけないのではないだろうか。
横澤はテーブルの上のコンビニの袋に手を伸ばすと、買い出してきた缶ビールを取り出した。
今それを考えることは、あまり得策ではない。
酒を飲んで、さっさと寝て、身体を休めよう。
今は出張中なのだから、仕事を優先させるべきだ。
*****
「俺とセナは恋人同士だ。気持ち悪いと思うか?」
あまりにも唐突に発せられた爆弾発言に、日和は驚き、目を見開いている。
セナはフォローすることも忘れて絶句し、手にしていたスプーンを取り落とした。
カフェ「デビルバッツ」はそろそろディナータイムが終わり、深夜のバータイムになる。
セナは店の2階の従業員スペースで、ヒル魔と日和とともに夕飯を食べていた。
今日の営業は三橋と阿部にまかせて、セナはもう上がりだ。
今日の日和は最初から様子がおかしかった。
そもそもヒル魔の話では、店の前で泣いていたという。
店の営業があるから、ずっと日和のそばにいられたわけではない。
だが急にはしゃいだり、かと思うといきなり沈んだり、とにかく不安定な様子だった。
阿部も同じ感想を言ったから、セナの思い込みではないだろう。
「何か悩んでるか?」
3人で夕飯を食べながら、セナはどうしたものかと考えていた。
だがその横からヒル魔は、単刀直入にそう言った。
そうだ、この人はそういう人だった。
セナは苦笑しながら、この場はヒル魔に任せることにした。
「1人で抱えてるのがつらいなら言えばいい。言いたくないなら何も言わなくていい。」
ヒル魔は淡々とスプーンを動かしながら、そう言った。
アメフトをしていた頃のヒル魔は、いつも会話で駆け引きをしていた。
だが今のヒル魔は正反対、必要なことをズバリと言う。
相手が子供だとか、そういうことは一切ない。
「実は昨日、プールで」
日和はヒル魔の言葉で、何か吹っ切れたようだった。
何が起きたのかをスラスラと語り始めた。
父親とその友人が手を握っていて、ただならぬ雰囲気だった。
カフェ「デビルバッツ」のスタッフたちは気づいていたが、やはり娘としてはショックだったようだ。
日和の話を黙って聞いていたヒル魔は、不意にセナの方を見てニヤリと笑った。
何だか嫌な予感がする、とセナが顔をしかめる。
「俺とセナは恋人同士だ。気持ち悪いと思うか?」
あまりにも唐突に発せられた爆弾発言に、日和は驚き、目を見開いている。
セナはフォローすることも忘れて絶句し、手にしていたスプーンを取り落とした。
もしかして気分を害したのではないかと、セナは慌てて日和を見た。
「気持ち悪くない。っていうかステキ!お似合いだと思う。」
しばらくじっと考えていた日和が、笑顔でそう答えた。
ヒル魔がすかさず「じゃあ親父さんのことは?」と聞いている。
まったくヒル魔にはかなわない。
セナはため息を1つつくと、取り落としたスプーンを手に取った。
せっかくの三橋特製の夕飯、味わわなければもったいない。
あとはヒル魔に任せて、セナは食事に専念することにした。
*****
「「いらっしゃいませ!」」
阿部と三橋の声が、綺麗にハモった。
先に入店した律が、笑顔で「こんばんは」と応えている。
律に続いてカフェに入った高野は、店内をゆっくりと見回した。
「日和ちゃんなら2階です。もう眠っちゃってると思いますが、お呼びしますか?」
高野の視線を読んだ阿部が、すかさず声をかけてくる。
阿部が察したとおり、高野と律は桐嶋に頼まれてきたのだ。
桐嶋もさすがに、常連とはいえ娘がカフェの店舗に泊まるのが心配したからだ。
「もし起きてたら呼んで下さい。寝ちゃってたらそのままで。」
高野が少し考えてから、そう言った。
一応頼まれたからには日和の顔は見るべきだが、寝ているのを起こすのもかわいそうだ。
「あと食事もしたいんですが。俺たち、夕飯まだ食ってないんで。」
「かしこまりました。どうぞ、お席へ」
阿部は笑顔で空いている窓側の席に高野と律を案内すると、厨房の三橋に声をかける。
そしてすぐに水とメニューを持ってきた。
「それにしてもいつもは俺の家に泊めてたのに。どうして今回はこちらに?」
高野は食事をオーダーした後、阿部にそう聞いた。
桐嶋も店に泊めることには抵抗があるようだったし、高野か律が迎えに来られない状態ではない。
何か事情があるのではないかと思うのも、無理がないことだ。
「うちのオーナーと意気投合したようです。」
阿部はそう言うと、律が思わず「ヒル魔さんとですか?」と聞き返す。
律は開店当時からの常連で、昔からヒル魔を知っている。
アメフト仲間の屈強な男たちと話しているのをよく見ていたから、日和とヒル魔の組み合わせは意外すぎる。
「大丈夫ですよ。きっと」
阿部は何かを確信しているような笑顔でそう言った。
この時点で阿部は何かあるとは察していたが、実際の日和の悩みを知らない。
だがヒル魔が相手をしているのだから、大丈夫なのだと思っていた。
今までこの店で起こった様々な出来事で、ヒル魔がからんで解決しなかったものはないからだ。
「日和、ちゃん、もう、寝ちゃ、てます。」
律が阿部に何が大丈夫なのかと聞き返す前に、日和を見に行った三橋が戻ってきて教えてくれた。
何だか煙に巻かれた気分で、高野と律は顔を見合わせた。
【続く】