アイシ×おお振り×セカコイ【お題:春5題 夏5題 秋5題 冬5題】
【夏/夏空ヒマワリ】
ヒマワリの背がかなり伸びて、花が開き始めている。
ヒル魔妖一は部屋の窓からヒマワリを見下ろしながら、夏の訪れを実感した。
カフェ「デビルバッツ」の2階の東側の端はヒル魔とセナの部屋だ。
その窓の下には大き目の花壇があり、セナと三橋が手入れをしている。
元々は三橋が店で使うためのハーブを植えていた。
セナが余った場所を使って、花を植えるようになったのは最近のことだ。
理由はヒル魔のためだった。
最近体調を崩すことが多くなったヒル魔は店には出ずに、部屋で過ごすことが増えた。
窓際のベットに上半身を起こして、パソコンをしながら過ごすことが多い。
セナはそんなヒル魔を少しでも楽しませようと、部屋の真下に花を植えるのだ。
もちろんセナはそんなことは口に出さず、あくまで客の目を楽しませるためだと言う。
だがヒル魔も三橋も阿部も、セナの意図には気付いていた。
きっかけはヒル魔のためであるが、このヒマワリを楽しんでいる者は多い。
三橋は「ヒマワリの、種って。食べられるん、ですよ!」と妙な意気込みを見せている。
常連客の少女漫画家は、このヒマワリで何かネタを閃いたらしい。
嬉々としてデジタルカメラで写真を撮ったり、花壇の横でスケッチなどをしていた。
このヒマワリを覚えておこう、とヒル魔は思う。
夏色のヒマワリの花も、セナや三橋が手入れしている様子も、常連客の笑顔も。
あと何回夏を迎えられるかはわからないが、美しくて優しい思い出なのだから。
そしてこの夏、ヒマワリのような笑顔の少女がカフェ「デビルバッツ」に小さな風を巻き起こす。
それもまた美しい思い出として、ヒル魔の心に刻まれることになった。
*****
「『ホモ』と『ゲイ』ってどう違うの?」
小野寺律は、小学生の少女から発せられた言葉に思わずむせて咳き込んだ。
おそらくギャルソンの阿部やセナにも聞こえただろう。
だが2人も何もなかった顔で、おしぼりを持ってきてくれた。
少女の名前は桐嶋日和。
最近このカフェ「デビルバッツ」によく顔を出すようになった。
彼女の家は父子家庭で、父親は漫画雑誌を束ねる編集長であり、超多忙だ。
ちょっとした縁から律が世話を頼まれることがあるのだが、律はその度に日和を連れて来店する。
律はもっぱらコンビニ弁当愛好家で、料理の腕前には全然自信がない。
ましてや成長期の子供である日和に変なものは食べさせられない。
だからこうしてこの店で、一緒に夕飯を食べるのが常となっていた。
2人はカフェ「デビルバッツ」特製のディナーを堪能し、デザートまで平らげた。
そして律は食後のアイスコーヒー、日和はオレンジジュースを飲みながらおしゃべりを楽しんでいる。
その最中に不意に発せられたのか、冒頭の「ホモ」と「ゲイ」の話だ。
律は驚き、思わず口に含んだアイスコーヒーを吐き出してしまった。
「ご、ごめん!ちょっとビックリしちゃったから。。。」
律はこぼれたコーヒーを拭く素振りで、動揺しているのを誤魔化した。
彼女の父親である桐嶋と横澤のことを言っているのか?
それともまさか律自身のことを言っているのだろうか?
「いったい、どうして、そんなこと。。。」
「同じクラスでね、すごく仲がいい2人がいるんだ。男の子同士なんだけど」
「へ、へぇぇ。。。」
「それで、クラスのみんなが『ホモだ』とか『いやゲイだ』とか言うの。でもどう違うのかと思って」
「そ、そうなんだ。。。」
懸命に冷静を装う律だが、語尾が震えてしまっている。
だがどうやら自分の身近な人物を指しているわけではないことにホッとした。
律は懸命に体勢を立て直しながら、果敢にこの話題に取り組むことにした。
「俺もその違いはわからないけど、仲がいいのはいいことだよ。」
「でもみんなにからかわれちゃって、最近一緒にいなくなっちゃったんだ。口も聞かなくて」
「ひよちゃんは、どう思う?」
「変だと思う。男の子なのに手をつないだり、腕組んだりしてるんだもん。」
律は内心の苦悩を懸命に押し隠して、笑顔を作った。
日和の言うクラスメイトのことはよくわからない。
だが桐嶋の娘である日和が、男同士の恋愛に偏見を持っているのは悲しいことだと思う。
「男の子が男の子を好きになるのは変じゃないよ。」
「でも普通と違うよ?」
「うん、普通とは違うかな。でも普通と違うからって変じゃないよ。」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。元々人を好きになるのはステキなことでしょ?」
「そうか。そうだよね!」
律の言葉はかなり苦しまぎれだったが、日和は納得したようだ。
ホッと胸を撫で下ろした律の前に「どうぞ」と淹れなおしたアイスコーヒーがそっと置かれる。
持ってきてくれた阿部は、心なしか同情するような表情だ。
律は「ありがとうございます」と礼を言うと、新しいアイスコーヒーをすすった。
*****
机の上の携帯電話から、メールの着信音が響いた。
恋人からの専用着メロに、桐嶋禅の表情が緩む。
締め切り前の作業に追われる編集部員たちも、少しだけホッとした雰囲気になった。
この着メロの後、編集長は少しだけ機嫌が良くなることをジャプンの編集部員たちは知っているからだ。
『こちらは今、仕事が終わった。ひよを迎えに行く』
恋人である横澤からのメールは、それだけの素っ気ないものだ。
だが今の桐嶋にとっては、何よりの心の支えになる。
今頃日和は、小野寺律とカフェで食事をしているはずだ。
桐嶋も横澤も忙しい時には、エメラルド編集部の高野や律が日和の相手をしてくれることが増えた。
ありがたいが、申し訳ない。
だが桐嶋の事情で、今は高野たちの力を借りなければならない事情があった。
元々こんな風に忙しい時には、近所に住む桐嶋の両親に日和を預けていた。
だが最近、桐嶋の両親は桐嶋と横澤の仲を疑い始めている。
横澤は毎日のように桐嶋家に通い、泊まっていくことも少なくない。
最初のうちは仲のよい友人と認識してくれていたが、どうもおかしいと思い始めたようだ。
そのことに気づいたのは、日和の何気ない言葉からだった。
「おばあちゃんね、いっつも横澤のお兄ちゃんのことをしつこく聞くのよ。お父さんと何してるかって」
基本的にはその日の出来事を何でも話す日和が無邪気にそう報告してきた。
桐嶋の両親も桐嶋同様、どちらかといえば勘がいい方だ。
その両親が「いっつも」「しつこく」聞くというのは、何かを感じているからだろう。
両親に横澤との関係が知られることは、特に気にしていない。
問題は日和だった。
横澤との関係は、いつか日和に打ち明けなくてはならないと思っている。
だが今の日和の年齢では、理解してもらうのは難しいのではないかと思う。
だから変に親に勘ぐられて、日和に知られるようなことになるのはまずい。
必然的に親に日和を預ける回数が減り、事情を知る高野や律に頼むことが増えていた。
『悪いが頼む。俺もなるべく早く帰る』
桐嶋も横澤に短いメールを返信した。
事務的なやりとりだが、恋人とのメールは楽しい。
日和にこの関係を秘密にしているのは心苦しいが、今幸せなのは間違いない。
*****
横澤隆史はカフェ「デビルバッツ」の扉を開けるなり、つかつかと窓際の席に向かった。
店の特等席であるそこで日和と律が向かい合って、食後の飲み物を楽しんでいた。
「こんばんは。横澤さん」
「いらっしゃいませ」
ギャルソンのセナと阿部が、にこやかに声をかける。
横澤は「いつもどうも」と答えると、日和たちの席の前に立つ。
「ひよ、迎えに来たぞ。」
横澤がそう声をかけると、日和が「お帰りなさい!」と手を振る。
律が「お疲れ様です」と言いながら、席を立った。
店の前の駐車スペースには見慣れた2シーターの車があり、運転席には高野が座ったままだ。
今日車で出勤した高野は律を迎えに来るついでに、横澤を送ってきたのだ。
「ここは俺が奢る。高野が待ってるぞ。さっさと行け」
財布を出そうとした律に、横澤はそう言ってやった。
仕事でもないのに日和の面倒を見てくれた律への感謝の気持ちだ。
律は「やった!ありがとうございます。」と頭を下げると、そのまま出口に向かう。
かつてはいろいろあった横澤と律だが、今はこうして軽口を叩ける仲だ。
すっかり良好な関係であることが嬉しいと思う。
「横澤さん、何か召し上がりますか?」
横澤が律がいた場所に腰を下ろすと、阿部がメニューと水の入ったグラスを持ってきて聞いた。
空腹だったが、日和はもう食事を済ませている。
満腹の日和の前で何か食べるより、桐嶋と一緒の夕飯の方がいい。
「持ち帰りで何か用意してもらえますか?2人分。」
「かしこまりました。」
阿部が笑顔でそう答えた。
このカフェはテイクアウトはしていないのだが、頼めば作ってくれる。
安くて量も多くて、野菜たっぷり健康的で掛け値なしに美味なメニューは文句なしだ。
店員たちも嫌そうな素振りもなく「丸川書店さんにはいつも贔屓にしていただいてますから」と笑顔だ。
「どうぞ。サービスです。」
阿部と入れ替わるようにテーブルに来たセナが、アイスコーヒーを置いた。
実は喉が渇いていたので、ありがたい。
まったくまるで心を読んでいるのかと思うほど、行き届いたサービスだ。
恋人がいて、良き同僚がいて、美味い食事があって。
血はつながっていないが、実の娘のように大事な少女もいる。
これがきっと幸せというものなのだろう。
横澤はタバコを吸いたくなったが、日和が前にいるのでやめておくことにする。
こんな我慢さえ楽しく感じるのだから、幸せとは不思議なものだ。
*****
「ヒマワリ、キレイ、ですね!」
「そうだね。お客様もよく綺麗だって褒めてくれるんだ。」
開店前のカフェ「デビルバッツ」の前で、仲良く話しているのは三橋とセナだ。
店先の花壇で三橋はハーブ、セナはヒマワリの手入れをしていた。
「日和ちゃんがね、夏休みの宿題にヒマワリの絵を描かせてほしいって言ってた。」
「ひより、ちゃん?」
「桐嶋さんのお嬢さんだよ。この前律君と一緒に来てたでしょ。」
「あ、あの、女の子!」
不思議そうな三橋に、セナは教えてやった。
セナや阿部と違って厨房にいることが多い三橋は、顔はわかっても名前まで覚えていない客もいる。
だからセナや阿部はホールであった出来事や客との会話などをこんな風に三橋に話すことが多い。
「桐嶋さん、って、横澤さん、と。」
「うん。聞いたわけじゃないけど、多分そうだろうね。」
さすがに店先でははっきり言えず、三橋とセナは言葉を濁しながらそう言った。
聞かされたわけではないが、店員たちは桐嶋と横澤が恋人同士であることに気がついている。
「どっち、が、受け、かな?」
三橋が声を潜めてそう呟くと、雑草を抜いていたセナの手が止まった。
2人が付き合っていることまでは察していたが、どっちがどっちかなんて考えたこともなかった。
セナはよく一緒に来店する2人の顔を思い浮かべる。
2人の雰囲気だけ考えれば、間違いなく「攻め」は桐嶋だ。
だが横澤-あの熊のような風貌の男が組み敷かれている様子を想像するのは難しい。
というか想像することさえ、何だか怖い気がするのだ。
セナも三橋も思わずピタリと動きを止めて、顔を見合わせた。
三橋もあまり考えずにそれを口にしてしまい、想像して怖くなったようだ。
「お客様のことをあんまり詮索するのはよくないよ。」
「そう、ですね!」
微妙な空気を振り払うべく、セナが手っ取り早くこの話題を放棄する。
賢明な三橋はその判断を支持し、さっさにそれに従った。
セナと三橋は話題を店のメニューの話に変えながら、花壇の雑草を取り、水をやる。
夏色のヒマワリと店の2階にいるヒル魔が、そんな2人を見守っていた。
【続く】
ヒマワリの背がかなり伸びて、花が開き始めている。
ヒル魔妖一は部屋の窓からヒマワリを見下ろしながら、夏の訪れを実感した。
カフェ「デビルバッツ」の2階の東側の端はヒル魔とセナの部屋だ。
その窓の下には大き目の花壇があり、セナと三橋が手入れをしている。
元々は三橋が店で使うためのハーブを植えていた。
セナが余った場所を使って、花を植えるようになったのは最近のことだ。
理由はヒル魔のためだった。
最近体調を崩すことが多くなったヒル魔は店には出ずに、部屋で過ごすことが増えた。
窓際のベットに上半身を起こして、パソコンをしながら過ごすことが多い。
セナはそんなヒル魔を少しでも楽しませようと、部屋の真下に花を植えるのだ。
もちろんセナはそんなことは口に出さず、あくまで客の目を楽しませるためだと言う。
だがヒル魔も三橋も阿部も、セナの意図には気付いていた。
きっかけはヒル魔のためであるが、このヒマワリを楽しんでいる者は多い。
三橋は「ヒマワリの、種って。食べられるん、ですよ!」と妙な意気込みを見せている。
常連客の少女漫画家は、このヒマワリで何かネタを閃いたらしい。
嬉々としてデジタルカメラで写真を撮ったり、花壇の横でスケッチなどをしていた。
このヒマワリを覚えておこう、とヒル魔は思う。
夏色のヒマワリの花も、セナや三橋が手入れしている様子も、常連客の笑顔も。
あと何回夏を迎えられるかはわからないが、美しくて優しい思い出なのだから。
そしてこの夏、ヒマワリのような笑顔の少女がカフェ「デビルバッツ」に小さな風を巻き起こす。
それもまた美しい思い出として、ヒル魔の心に刻まれることになった。
*****
「『ホモ』と『ゲイ』ってどう違うの?」
小野寺律は、小学生の少女から発せられた言葉に思わずむせて咳き込んだ。
おそらくギャルソンの阿部やセナにも聞こえただろう。
だが2人も何もなかった顔で、おしぼりを持ってきてくれた。
少女の名前は桐嶋日和。
最近このカフェ「デビルバッツ」によく顔を出すようになった。
彼女の家は父子家庭で、父親は漫画雑誌を束ねる編集長であり、超多忙だ。
ちょっとした縁から律が世話を頼まれることがあるのだが、律はその度に日和を連れて来店する。
律はもっぱらコンビニ弁当愛好家で、料理の腕前には全然自信がない。
ましてや成長期の子供である日和に変なものは食べさせられない。
だからこうしてこの店で、一緒に夕飯を食べるのが常となっていた。
2人はカフェ「デビルバッツ」特製のディナーを堪能し、デザートまで平らげた。
そして律は食後のアイスコーヒー、日和はオレンジジュースを飲みながらおしゃべりを楽しんでいる。
その最中に不意に発せられたのか、冒頭の「ホモ」と「ゲイ」の話だ。
律は驚き、思わず口に含んだアイスコーヒーを吐き出してしまった。
「ご、ごめん!ちょっとビックリしちゃったから。。。」
律はこぼれたコーヒーを拭く素振りで、動揺しているのを誤魔化した。
彼女の父親である桐嶋と横澤のことを言っているのか?
それともまさか律自身のことを言っているのだろうか?
「いったい、どうして、そんなこと。。。」
「同じクラスでね、すごく仲がいい2人がいるんだ。男の子同士なんだけど」
「へ、へぇぇ。。。」
「それで、クラスのみんなが『ホモだ』とか『いやゲイだ』とか言うの。でもどう違うのかと思って」
「そ、そうなんだ。。。」
懸命に冷静を装う律だが、語尾が震えてしまっている。
だがどうやら自分の身近な人物を指しているわけではないことにホッとした。
律は懸命に体勢を立て直しながら、果敢にこの話題に取り組むことにした。
「俺もその違いはわからないけど、仲がいいのはいいことだよ。」
「でもみんなにからかわれちゃって、最近一緒にいなくなっちゃったんだ。口も聞かなくて」
「ひよちゃんは、どう思う?」
「変だと思う。男の子なのに手をつないだり、腕組んだりしてるんだもん。」
律は内心の苦悩を懸命に押し隠して、笑顔を作った。
日和の言うクラスメイトのことはよくわからない。
だが桐嶋の娘である日和が、男同士の恋愛に偏見を持っているのは悲しいことだと思う。
「男の子が男の子を好きになるのは変じゃないよ。」
「でも普通と違うよ?」
「うん、普通とは違うかな。でも普通と違うからって変じゃないよ。」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。元々人を好きになるのはステキなことでしょ?」
「そうか。そうだよね!」
律の言葉はかなり苦しまぎれだったが、日和は納得したようだ。
ホッと胸を撫で下ろした律の前に「どうぞ」と淹れなおしたアイスコーヒーがそっと置かれる。
持ってきてくれた阿部は、心なしか同情するような表情だ。
律は「ありがとうございます」と礼を言うと、新しいアイスコーヒーをすすった。
*****
机の上の携帯電話から、メールの着信音が響いた。
恋人からの専用着メロに、桐嶋禅の表情が緩む。
締め切り前の作業に追われる編集部員たちも、少しだけホッとした雰囲気になった。
この着メロの後、編集長は少しだけ機嫌が良くなることをジャプンの編集部員たちは知っているからだ。
『こちらは今、仕事が終わった。ひよを迎えに行く』
恋人である横澤からのメールは、それだけの素っ気ないものだ。
だが今の桐嶋にとっては、何よりの心の支えになる。
今頃日和は、小野寺律とカフェで食事をしているはずだ。
桐嶋も横澤も忙しい時には、エメラルド編集部の高野や律が日和の相手をしてくれることが増えた。
ありがたいが、申し訳ない。
だが桐嶋の事情で、今は高野たちの力を借りなければならない事情があった。
元々こんな風に忙しい時には、近所に住む桐嶋の両親に日和を預けていた。
だが最近、桐嶋の両親は桐嶋と横澤の仲を疑い始めている。
横澤は毎日のように桐嶋家に通い、泊まっていくことも少なくない。
最初のうちは仲のよい友人と認識してくれていたが、どうもおかしいと思い始めたようだ。
そのことに気づいたのは、日和の何気ない言葉からだった。
「おばあちゃんね、いっつも横澤のお兄ちゃんのことをしつこく聞くのよ。お父さんと何してるかって」
基本的にはその日の出来事を何でも話す日和が無邪気にそう報告してきた。
桐嶋の両親も桐嶋同様、どちらかといえば勘がいい方だ。
その両親が「いっつも」「しつこく」聞くというのは、何かを感じているからだろう。
両親に横澤との関係が知られることは、特に気にしていない。
問題は日和だった。
横澤との関係は、いつか日和に打ち明けなくてはならないと思っている。
だが今の日和の年齢では、理解してもらうのは難しいのではないかと思う。
だから変に親に勘ぐられて、日和に知られるようなことになるのはまずい。
必然的に親に日和を預ける回数が減り、事情を知る高野や律に頼むことが増えていた。
『悪いが頼む。俺もなるべく早く帰る』
桐嶋も横澤に短いメールを返信した。
事務的なやりとりだが、恋人とのメールは楽しい。
日和にこの関係を秘密にしているのは心苦しいが、今幸せなのは間違いない。
*****
横澤隆史はカフェ「デビルバッツ」の扉を開けるなり、つかつかと窓際の席に向かった。
店の特等席であるそこで日和と律が向かい合って、食後の飲み物を楽しんでいた。
「こんばんは。横澤さん」
「いらっしゃいませ」
ギャルソンのセナと阿部が、にこやかに声をかける。
横澤は「いつもどうも」と答えると、日和たちの席の前に立つ。
「ひよ、迎えに来たぞ。」
横澤がそう声をかけると、日和が「お帰りなさい!」と手を振る。
律が「お疲れ様です」と言いながら、席を立った。
店の前の駐車スペースには見慣れた2シーターの車があり、運転席には高野が座ったままだ。
今日車で出勤した高野は律を迎えに来るついでに、横澤を送ってきたのだ。
「ここは俺が奢る。高野が待ってるぞ。さっさと行け」
財布を出そうとした律に、横澤はそう言ってやった。
仕事でもないのに日和の面倒を見てくれた律への感謝の気持ちだ。
律は「やった!ありがとうございます。」と頭を下げると、そのまま出口に向かう。
かつてはいろいろあった横澤と律だが、今はこうして軽口を叩ける仲だ。
すっかり良好な関係であることが嬉しいと思う。
「横澤さん、何か召し上がりますか?」
横澤が律がいた場所に腰を下ろすと、阿部がメニューと水の入ったグラスを持ってきて聞いた。
空腹だったが、日和はもう食事を済ませている。
満腹の日和の前で何か食べるより、桐嶋と一緒の夕飯の方がいい。
「持ち帰りで何か用意してもらえますか?2人分。」
「かしこまりました。」
阿部が笑顔でそう答えた。
このカフェはテイクアウトはしていないのだが、頼めば作ってくれる。
安くて量も多くて、野菜たっぷり健康的で掛け値なしに美味なメニューは文句なしだ。
店員たちも嫌そうな素振りもなく「丸川書店さんにはいつも贔屓にしていただいてますから」と笑顔だ。
「どうぞ。サービスです。」
阿部と入れ替わるようにテーブルに来たセナが、アイスコーヒーを置いた。
実は喉が渇いていたので、ありがたい。
まったくまるで心を読んでいるのかと思うほど、行き届いたサービスだ。
恋人がいて、良き同僚がいて、美味い食事があって。
血はつながっていないが、実の娘のように大事な少女もいる。
これがきっと幸せというものなのだろう。
横澤はタバコを吸いたくなったが、日和が前にいるのでやめておくことにする。
こんな我慢さえ楽しく感じるのだから、幸せとは不思議なものだ。
*****
「ヒマワリ、キレイ、ですね!」
「そうだね。お客様もよく綺麗だって褒めてくれるんだ。」
開店前のカフェ「デビルバッツ」の前で、仲良く話しているのは三橋とセナだ。
店先の花壇で三橋はハーブ、セナはヒマワリの手入れをしていた。
「日和ちゃんがね、夏休みの宿題にヒマワリの絵を描かせてほしいって言ってた。」
「ひより、ちゃん?」
「桐嶋さんのお嬢さんだよ。この前律君と一緒に来てたでしょ。」
「あ、あの、女の子!」
不思議そうな三橋に、セナは教えてやった。
セナや阿部と違って厨房にいることが多い三橋は、顔はわかっても名前まで覚えていない客もいる。
だからセナや阿部はホールであった出来事や客との会話などをこんな風に三橋に話すことが多い。
「桐嶋さん、って、横澤さん、と。」
「うん。聞いたわけじゃないけど、多分そうだろうね。」
さすがに店先でははっきり言えず、三橋とセナは言葉を濁しながらそう言った。
聞かされたわけではないが、店員たちは桐嶋と横澤が恋人同士であることに気がついている。
「どっち、が、受け、かな?」
三橋が声を潜めてそう呟くと、雑草を抜いていたセナの手が止まった。
2人が付き合っていることまでは察していたが、どっちがどっちかなんて考えたこともなかった。
セナはよく一緒に来店する2人の顔を思い浮かべる。
2人の雰囲気だけ考えれば、間違いなく「攻め」は桐嶋だ。
だが横澤-あの熊のような風貌の男が組み敷かれている様子を想像するのは難しい。
というか想像することさえ、何だか怖い気がするのだ。
セナも三橋も思わずピタリと動きを止めて、顔を見合わせた。
三橋もあまり考えずにそれを口にしてしまい、想像して怖くなったようだ。
「お客様のことをあんまり詮索するのはよくないよ。」
「そう、ですね!」
微妙な空気を振り払うべく、セナが手っ取り早くこの話題を放棄する。
賢明な三橋はその判断を支持し、さっさにそれに従った。
セナと三橋は話題を店のメニューの話に変えながら、花壇の雑草を取り、水をやる。
夏色のヒマワリと店の2階にいるヒル魔が、そんな2人を見守っていた。
【続く】