アイシ×おお振り【お題:思い出15】

【残酷な思い出】

小早川セナは、店内に掛けられた時計を見上げて時間を確認した。
ランチタイムの営業時間は午前11時から午後2時まで。
ディナータイムの午後5時まではまだたっぷりと時間がある。
本来はその時間、客は入れない。
夕方の営業に向けての準備と、休憩だ。
だが今日はアルバイトの面接がある。
だからセナは仕込みや掃除などを終わらせても、奥で休むことなく待っていた。

「バイトの面接なんざ、俺がやっとくぜ」
この店のオーナーであるヒル魔がセナに言った。
大学でトップクラスのアメフト選手であるセナは日々厳しい練習がある。
その合間の時間をすべてこのヒル魔の店の仕事に費やしていた。
いつも疲れ気味のセナを、ヒル魔なりに気遣っているのだ。
アルバイトを増やすのも、そんなヒル魔の優しさだった。

気持ちはありがたい。
いつもの疲れのほかに、今日は寝不足だった。
それもヒル魔にはお見通しだろう。
だけど、やはりバイトの面接は自分がやらないといけないとセナは思う。
逆立てた金髪、尖った耳に二連のピアス。そして姿に違わぬ毒舌。
そんなヒル魔が面接などしたら、大抵の人間はビビって逃げてしまうだろう。

「大丈夫ですよ。どんな人が来るか、僕も知りたいし。」
セナは笑顔でヒル魔に答えた。
ヒル魔はフンと鼻を鳴らして、店の奥のテーブル席でカチャカチャとノートパソコンを叩く。
自分の店なのだから、足をテーブルの上に乗せ上げるのは止めて欲しい。
セナはいつもそう思うのだが、いくら言ってもヒル魔が改めないので諦めた。
そしてもう1度時計を見上げた。
まだ約束の時間までは、たっぷりと時間がある。

*****

セナの寝不足の原因は、悪夢だった。
かつてはヒル魔も大学でトップクラスのアメフト選手だった。
そのヒル魔と同じフィールド上で試合をしていたとき、ヒル魔は倒れた。
同じ高校でプレーをしていたときには、右腕を骨折した。
違う大学になって、敵同士で対戦したときには左足だ。
その2つの残酷な思い出をセナは忘れることが出来ない。
それは時折、悪夢となって、セナを苛み続けていた。

昨晩の夢はそのどちらだったのか、わからない。
セナは担架で運ばれるヒル魔に取り縋り、泣き喚いていた。
現実にはセナをただ呆然と担架を見送っていただけだったのに。
夢の中では、感情のままに取り乱していた。
目覚めて夢から現実へ戻ったとき、セナはいつも涙と冷たい汗で全身が濡れていた。

セナの横で眠るヒル魔は、何も聞かない。
ただうなされるセナをそっと起こして、震えるセナを抱きしめるだけだった。
そしてただ黙って、セナを見つめる。
言葉はないが、その優しい視線が「大丈夫」とセナに伝える。
そして健全な眠りにつくのが、常だった。

*****

ヒル魔が大学アメフト界から退いたのは、今から約1年前だった。
セナは大学に入ったばかりだったし、ヒル魔は2年生だ。
ヒル魔は大学を中退して、ここに「カフェ・デビツバッツ」を開店した。
何も大学まで辞めなくても、と言う者も多かった。
でもヒル魔にとって、アメフトを辞めたら大学に通う意味がなかった。

「カフェ・デビルバッツ」は風変わりな店だった。
彼らの高校のアメフト部の部室を彷彿とさせるカジノ風の外見。
店内の壁面を埋めるスロットマシンやダーツコーナー。
店内の大きなテーブルはリバーシブル。
昼こそ普通のテーブルだが、夜になるとひっくり返してカジノテーブルへと変わる。

それでも一般の客でもさほど入りにくくないようになっているのは、セナの懸命な努力の賜物だ。
設計の段階で窓を大きく取るようにしたし、照明も明るいものを言い張った。
だから店内は明るい雰囲気だし、セナは時間さえあれば掃除をして店内を磨き上げた。
メニューも工夫して、常に美味しい物を安価で出そうと、努力を惜しまない。
ヒル魔はそんなセナに「アメフトより熱心だな」と呆れた様子だった。

当のヒル魔は、パソコンがあればいくらでも大金を得られる才能を持っている。
店はあくまでもヒマ潰しくらいにしか考えていなかった。
アメフト選手時代の仲間の溜まり場くらいに思っていて、儲けなどどうでもよかったのだ。
それでもセナが楽しそうに店を切り盛りしているのは、見ていて楽しいらしい。

やる気のないオーナーと一生懸命な雇われ店長。
店でのヒル魔とセナはそんな感じだった。
それでも「カフェ・デビルバッツ」は思いのほか繁盛した。
今ではネットやグルメ雑誌のランキングなどでも紹介されるほどだ。

*****

「こ、こんにちは」
そろそろアルバイト面接の約束の時間という頃、入口のドアが開いた。
そして1人の少年がオドオドと開いたドアから顔を出している。
あまりにも挙動不審な様子に、セナとヒル魔は顔を見合わせた。
ヒル魔があからさまに不愉快な様子で顔を顰めて、チッと舌打ちをした。
少年がそれを聞きつけて、ビクリと身体を震わせた。

「アルバイトのことで、電話くれた人でしょ?どうぞ入って」
セナは慌てて少年を店内に招きいれた。
そして窓際の席へと案内しながら、少年を観察する。

小柄で細身の少年だった。
セナ自身も小柄で細身の身体にコンプレックスを感じているが、この少年もいい勝負だ。
そして色が白い。というより色素が薄いのだろうか。
真っ白な肌と、明るい茶色がかったフワフワした髪。同系色の大きな瞳。
可愛らしい印象の少年だった。

「ええと、三橋くん、だったよね」
セナは努めて明るい声で少年に声をかけた。
セナ自身もアメフトを始める前の中学時代は気弱な少年だった。
それにつけ込まれて、苛められたり、パシリにされたりした。
その頃の自分と何となく雰囲気が似ている気がする。

この少年も何か残酷な思い出を抱えているのではないか。
そしてそれを乗り越えようとしているのではないだろうか。
それはまるで予感のように、セナの心を締め付けた。

「三橋、廉です。」
少年は大きく息を吸い込むと、セナとヒル魔に自分の名を告げた。

【続く】
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