Sweet Apple

何だ?
部室を開けた途端に漂う甘い香りに十文字は顔を顰めた。
香りのする方向、カジノテーブルの方に目をやる。
そこではまもりとセナと鈴音が並んで座り、せっせとリンゴを剥いていた。
3人の背後にはリンゴがぎっしりとつまったダンボール箱が積まれている。

秋の初戦、網野サイボーグス戦でバスを乗り間違えたセナと瀧夏彦。
セナは葉柱のバイクに乗せられて、試合途中ド派手な登場を果たした。
だが瀧は試合が終わった後、かなり遅れて電車で帰ってきた。
何やってたんだ、と怒る鈴音や呆れる部員たちなど、どこ吹く風だ。
「レディがリンゴを送ってくれるって」とヘラヘラと笑っていた。
どうやらこれが「レディのリンゴ」らしい。

どうやら味見をしようということになったのだろう。
マネージャーのまもり、表向きは主務のセナ、そしてチアの鈴音が皮を剥いていたのだ。


「ヒル魔くん、どうぞ」
まもりが綺麗に切ったリンゴの大皿を両手でヒル魔に差し出した。
甘いものが苦手なヒル魔はどうやらリンゴも苦手のようだ。
今日はわざわざ椅子を移動させて、離れた場所でノートパソコンを叩いていた。
いつもはカジノテーブルの一角を陣取っているのに。
きっとリンゴの香りから少しでも遠ざかりたいのだろう。

十文字は事の成り行きを興味津々の思いで見ていた。
ヒル魔とムサシが付き合っていること、まもりがヒル魔を好きであること。
デスマーチでセナから聞いた2つの予感。
最初は半信半疑だったが、今は間違いのない事実であることを確信している。
そしてちょうど今、部室の改装とやらでムサシもまたこの部室に現れたところだった。
さてヒル魔はこの事態をどう裁くのだろう。

「いらねぇよ。そんな糞甘ぇモン」
案の上、ヒル魔はにべもなく断った。
まもりが少し傷ついた表情になる。
その瞬間、ムサシがダンボール箱からまだ剥いていないリンゴを2つ手に取った。
そしてヒル魔とまもりの方へとつかつかと歩み寄る。
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