経済観念
「まったく。アメリカはいろいろ高すぎます!」
画面の中のセナは切羽詰まった表情で訴える。
だがヒル魔は「ケケケ」と笑った。
流石のヒル魔もアメリカの物価はどうにもならない。
NFLチームの練習生となったセナは、アメリカで頑張っている。
そしてヒル魔は日本でNFL入りを目指して、努力する日々だ。
そんな遠距離恋愛中の2人は、ときどき画面越しでデートをする。
主に近況を語り、たまには愚痴り、稀に愛を囁く。
ヒル魔にとっても、セナにとっても、貴重な時間だ。
セナは、アメリカでは物価について愚痴っている。
アメリカは物の値段が高く、しかも今は円安ドル高なのだ。
例えばちょっとした店でランチをするにも、3000円は軽く超える。
とにかく衣食住に金がかかるのが、セナの今のところの悩みのようだ。
「にしたって、切り詰め過ぎじゃね?そのシャツとか」
ヒル魔はパソコンの中のセナに向かって、指をさした。
正確には今、セナが来ているTシャツ。
それはセナが高校生の頃から着ていたものだ。
確か最初に見たのは、デスマーチ。
それ以降も練習着として愛用しており、ヒル魔の記憶にも残っていたのだ。
「物持ちが良いにも程があるだろ。」
「気に入ってるんですよ。ヨレヨレですがまだ着られます。」
「高校生の頃の服が普通に着られるデメェに驚くしかねぇ。」
ヒル魔は深々とため息をついた。
それなりに鍛えて筋肉もついているのに、ピチピチという感じではない。
つまりシャツは洗濯を繰り返して、伸びてしまっているのだ。
しかも色もかなり褪せている。
つまりかなりくたびれたTシャツなのだ。
「新しいシャツくらい買えるだろ?」
「練習生の給料じゃ、そんな余裕ないですよ。」
「は?」
「切り詰めないと、とてもやっていけません。」
「あ?」
「住居や食事はチーム持ちだから、何とかなってますけど。」
セナは窮状を訴えている。
だけどヒル魔は首を傾げた。
確かに練習生の給料は安いと言えなくもない。
だがそれはトップ選手と比べたら、ということだ。
エースのパンサーなら、おそらく年俸は軽く億単位でセナは遠く及ばない。
だけどNFLの給料は他のスポーツに比べたら、総じて高い。
今年の練習生の給料の最低保証額は、日本のプロ野球やJリーグに劣らないはずだ。
「まさかと思うが、テメェの給料はいくらだ?」
「え?僕の給料は週に1万2千円。。。」
「違う。ドルだ。」
「はい?」
「テメェの給料は、日本円に換算するとだいたい週に170万だ!」
「うっそぉぉ!」
驚くセナに、ヒル魔は盛大に頭を抱えた。
セナはドル建ての給料を、円建てと思い込んでいた。
つまり週給1万2千ドルを、1万2千円と勘違いしていたのだ。
抜けているところがあるが、経済観念はしっかりしていると思っていたのに。
渡米して数ヶ月経つのに、こんな間違いをしているなんて。
いくら生粋の庶民とはいえ、ヤバ過ぎる。
「週、170、万、円?」
「カタコトになってんぞ?」
「練習生で、そんなに?」
「それがNFLだ。」
画面の向こうのセナは、驚愕の表情で固まっている。
ヒル魔は心の底からため息をついた。
とりあえず今、セナに命じることは1つだけ。
「とりあえず新しいTシャツを買え。最低50ドルだ。」
「50ドルって!7500円?無理です!」
「無理じゃねぇ。NFL選手がヨレヨレの服着んな。それが義務だ。」
「義務」
「そうだ。NFLはすごいんだって夢を見させるのも仕事だ。」
セナはヒル魔の言葉を噛みしめている。
そう、NFLは憧れの場所でなければならないのだ。
末端の練習生だって、贅沢ができるのだと。
ボロボロの服なんて、間違っても着ていてはダメなのだ。
「わかりました。ありがとうございます。」
ヒル魔の言葉をしっかりと受け止めたセナは律義に頭を下げた。
こういうところは昔のままのセナだ。
立場は逆転したというのに、きちんと先輩への敬意を忘れない。
そういうところが可愛いのだとヒル魔は苦笑した。
こうして2人はこの日のオンラインデートを終えた。
ちなみにくたびれたシャツを着るセナを、NFL界隈はアンティーク好きと見ていた。
年代物の服の愛好家は一定数おり、ヨレヨレの古い服がバカみたいに高かったりする。
だからセナもそういう類の者だと思われていたのだ。
こうしてセナの間抜けな勘違いは、ヒル魔とセナだけの笑い話となったのである。
【終】
画面の中のセナは切羽詰まった表情で訴える。
だがヒル魔は「ケケケ」と笑った。
流石のヒル魔もアメリカの物価はどうにもならない。
NFLチームの練習生となったセナは、アメリカで頑張っている。
そしてヒル魔は日本でNFL入りを目指して、努力する日々だ。
そんな遠距離恋愛中の2人は、ときどき画面越しでデートをする。
主に近況を語り、たまには愚痴り、稀に愛を囁く。
ヒル魔にとっても、セナにとっても、貴重な時間だ。
セナは、アメリカでは物価について愚痴っている。
アメリカは物の値段が高く、しかも今は円安ドル高なのだ。
例えばちょっとした店でランチをするにも、3000円は軽く超える。
とにかく衣食住に金がかかるのが、セナの今のところの悩みのようだ。
「にしたって、切り詰め過ぎじゃね?そのシャツとか」
ヒル魔はパソコンの中のセナに向かって、指をさした。
正確には今、セナが来ているTシャツ。
それはセナが高校生の頃から着ていたものだ。
確か最初に見たのは、デスマーチ。
それ以降も練習着として愛用しており、ヒル魔の記憶にも残っていたのだ。
「物持ちが良いにも程があるだろ。」
「気に入ってるんですよ。ヨレヨレですがまだ着られます。」
「高校生の頃の服が普通に着られるデメェに驚くしかねぇ。」
ヒル魔は深々とため息をついた。
それなりに鍛えて筋肉もついているのに、ピチピチという感じではない。
つまりシャツは洗濯を繰り返して、伸びてしまっているのだ。
しかも色もかなり褪せている。
つまりかなりくたびれたTシャツなのだ。
「新しいシャツくらい買えるだろ?」
「練習生の給料じゃ、そんな余裕ないですよ。」
「は?」
「切り詰めないと、とてもやっていけません。」
「あ?」
「住居や食事はチーム持ちだから、何とかなってますけど。」
セナは窮状を訴えている。
だけどヒル魔は首を傾げた。
確かに練習生の給料は安いと言えなくもない。
だがそれはトップ選手と比べたら、ということだ。
エースのパンサーなら、おそらく年俸は軽く億単位でセナは遠く及ばない。
だけどNFLの給料は他のスポーツに比べたら、総じて高い。
今年の練習生の給料の最低保証額は、日本のプロ野球やJリーグに劣らないはずだ。
「まさかと思うが、テメェの給料はいくらだ?」
「え?僕の給料は週に1万2千円。。。」
「違う。ドルだ。」
「はい?」
「テメェの給料は、日本円に換算するとだいたい週に170万だ!」
「うっそぉぉ!」
驚くセナに、ヒル魔は盛大に頭を抱えた。
セナはドル建ての給料を、円建てと思い込んでいた。
つまり週給1万2千ドルを、1万2千円と勘違いしていたのだ。
抜けているところがあるが、経済観念はしっかりしていると思っていたのに。
渡米して数ヶ月経つのに、こんな間違いをしているなんて。
いくら生粋の庶民とはいえ、ヤバ過ぎる。
「週、170、万、円?」
「カタコトになってんぞ?」
「練習生で、そんなに?」
「それがNFLだ。」
画面の向こうのセナは、驚愕の表情で固まっている。
ヒル魔は心の底からため息をついた。
とりあえず今、セナに命じることは1つだけ。
「とりあえず新しいTシャツを買え。最低50ドルだ。」
「50ドルって!7500円?無理です!」
「無理じゃねぇ。NFL選手がヨレヨレの服着んな。それが義務だ。」
「義務」
「そうだ。NFLはすごいんだって夢を見させるのも仕事だ。」
セナはヒル魔の言葉を噛みしめている。
そう、NFLは憧れの場所でなければならないのだ。
末端の練習生だって、贅沢ができるのだと。
ボロボロの服なんて、間違っても着ていてはダメなのだ。
「わかりました。ありがとうございます。」
ヒル魔の言葉をしっかりと受け止めたセナは律義に頭を下げた。
こういうところは昔のままのセナだ。
立場は逆転したというのに、きちんと先輩への敬意を忘れない。
そういうところが可愛いのだとヒル魔は苦笑した。
こうして2人はこの日のオンラインデートを終えた。
ちなみにくたびれたシャツを着るセナを、NFL界隈はアンティーク好きと見ていた。
年代物の服の愛好家は一定数おり、ヨレヨレの古い服がバカみたいに高かったりする。
だからセナもそういう類の者だと思われていたのだ。
こうしてセナの間抜けな勘違いは、ヒル魔とセナだけの笑い話となったのである。
【終】
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