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「セナ、動きが固い。あと表情も」
パンサーにダメ出しされて、セナは肩を落とした。
そしてこんなことを軽々とやってのける昨今の若者を心から尊敬した。

「一緒に動画を撮ろう!」
スーパーボウルの熱狂が去り、選手たちが次のシーズンに向けて静かに走り出した頃。
練習の合間に、スマホを持って現れたのはパンサーだった。
そしてセナに一緒にダンス動画を撮ろうと言い出したのだ。

もしもセナが学生の頃だったら、ブンブンと首を振って拒否しただろう。
ダンスなんて得意じゃないし、恥ずかしい。
だけど今のセナは、NFLチームの練習生。
こういうパフォーマンスも必要だと理解していた。
NFLプレイヤーたるもの、実力はもちろん最重要。
だがファンサービスも大事なのだ。
ダンスくらい笑ってこなせて、ナンボ。
少しでも人気が出れば、セナだけでなくチームのためにもなる。

そして覚悟を決めて、セナはダンスを振り付けを覚えることにした。
曲は人気のアーティスト2人のコラボで、少し前にかなり流行ったヤツだ。
確かある国の若者に人気の飲み会ゲームの掛け声が由来と聞いた気がする。
イントロ部分の耳に残るフレーズは、セナでも口ずさめる。
すでに多くの有名人がこの曲のダンス動画をアップしていると思う。

時間は15秒と短く、振り付けもさほど難しくない。
よし!と意気込み、さっそく踊ってみる。
スマホをチームスタッフに託し、パンサーと一緒に。
決して上手くはないが、間違えずにできたのではないかと思う。
だけど撮影した動画を再生したパンサーが「ん?」と首を傾げた。

「セナ、動きが固い。あと表情も」
パンサーにダメ出しされて、セナは肩を落とした。
その通りだったからだ。
動きも表情も固くて、ぎこちないのだ。
パンサーがリズミカルで秀逸な分、ことさら目立つ。

「もう1回、やろっか」
パンサーが再びスマホをセッティングする。
セナは「うん」と頷き、今度こそと意気込む。
そしてもう1度、踊り始めた。
あ~ぱとぅ、あぱとぅ。
とりあえず15秒、しっかりリズムに乗って!

「う~ん。まだ固い。でもこれはこれで面白いかな?」
2度目のダンスでパンサーは諦めモードに入ったらしい。
そこへ「ガハハ」な笑い声と共に、1人の男が乱入してきた。
チームメイトなのにおっさんの風格漂う男、Mr.ドンである。

「哀しいなぁ~。お前の才能は全部『走る』に寄ってしまっている。」
本当に哀しそうな顔で言われて、セナは肩を落とす。
するとパンサーが「ドンも一緒にやらない?」と誘った。
セナは「えええ~!?」と驚く。
だってどう見ても、ダンス向きの体型には見えないから。

そして三度目の撮影で、セナは「嘘だぁ」と呻いた。
ドンは大きな身体を揺すって、軽快に踊ったからだ。
しかもなぜか真顔、そのコントラストもあって、愉快な仕上がりである。
セナは素直にすごいと思った。
この人もアスリートなだけでなく、一流のパフォーマーなのだ。

ここで負けてられない。
ヒル魔を倒して、日本人の頂点として、ここにいるのだ。
ダンスくらいサクッと踊れなくて、何とする!

「セナ、声に出てる!」
「気負う場所を間違えてるぞ?」

呆れ顔のパンサーとドンに構わず、セナは再びダンスに挑んだ。
そして納得いくまで踊った。
2人から「もう勘弁してくれ」と泣きが入るほど。
そして完成し、SNSにアップされた動画を見て、セナは今さらのようにビビった。
アメリカのアメフト人気、パンサー人気に乗っかり、再生数はすごい数になったからだ。

どうか日本ではあまり注目されていませんように。
セナは心の中でそう祈った。
たかが練習生のくせにこんなことしている場合か!なんてネットで書かれそうだ。
そんな声が気にならないではないけれど、割り切るしかない。

だけどヒル魔にだけは、すぐに見つけて欲しいと思う。
いや、あの男の事だ。
きっともう見つけて「ケケケ」と高笑いしているだろう。
そしてアメフト以外の事も楽しむセナを見守って欲しかった。
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