前哨戦
「ヒル魔さんはアメフトにはずっと、ずっと」
セナはヒル魔に敬意を込めて、そう言った。
その気になれば、脅迫手帳でどうにだってできるのに。
ヒル魔はことアメフトに関してだけは、真摯でフェアだったからだ。
セナとヒル魔、勝った方がMrドンのチームの練習生の椅子を得る。
つまりNFLプレイヤーのスタートラインに立てるのだ。
ヒル魔とMrドンが炎馬大学に訪れ、セナにそれを告げた。
甲子園ボウルの決勝という舞台で、どちらが夢への切符を手にするのだと。
そしてその帰り道、セナとヒル魔は2人並んで歩いていた。
「ヒル魔さんとの勝負、アメフトの試合で良かったです。」
セナはおもむろに切り出した。
ヒル魔が手段を選ぶことなく勝負に出れば、セナはあっさり負けてしまうだろう。
愛用の黒い手帳を駆使されたら、試合などせずに決まる。
セナがそれを告げると、ヒル魔はゴミ箱に手帳を放り捨てた。
「俺がテメーに勝って、頂点のプロにいくからな」
もうこんなもんも必要ねぇと、実にヒル魔らしい宣戦布告をした。
セナは一瞬驚いたけれど、すぐにこれがこの人だと笑う。
そして「倒しに行きます。全力で」と返して、2人は別れた。
1人で歩き出したセナは、次第に我に返った。
突然NFLへの道が開けたことで、高揚していた。
さらにヒル魔に「勝つ」と宣言したことで、舞い上がっていたのだ。
だけどしばらく夜の冷気で頭を冷やしたとところで、思い至った。
ヒル魔がゴミ箱に放り捨てたあの手帳は、どうなる?
あの手帳にはさまざまな人間の脅迫ネタ、つまり弱みが書かれているはずだ。
それを通りがかりの道端のゴミ箱に無造作に放り捨てた。
ちゃんとゴミとして処理されるなら良い。
だけどもしも第三者に拾われてしまったら?
そしてその人物がそれをネタに良からぬことを企んだら?
セナはくるりと踵を返すと、元来た道を戻り始めた。
走りながら、想像は悪い方向へ進む。
ゴミ箱は大きなバケツのような形で、網目タイプのものだった。
つまり外から丸見えなのだ。
その中に「脅迫手帳」なんて表紙の黒い手帳は目立つ。
どうか誰も拾っていませんように!
セナは光速の足を無駄遣いして、全力疾走だ。
そしてたどり着いた先程のゴミ箱の中に、黒い手帳はまだあった。
セナはホッとため息をつき、拾い上げる。
そして戸惑いながら手帳を開いたセナは「え?」と声を上げた。
その手帳は1ページ目にたった1行、殴り書きされていただけだったのだ。
2ページ以降はまったくの白紙だ。
人の手帳を覗き見るとは、いい根性してんな!糞チビ!
それを読んだセナは、思わず噴き出した。
そしてこらえきれずに、笑い出す。
そうだ。ヒル魔はそういう人だった。
絶対勝つと言いながら、不測の事態に備えている。
だから脅迫ネタを安易に捨てたりしない。
「それにしても、だよね」
セナは見慣れたヒル魔の文字を指でなぞりながら、独り言ちた。
手帳のことを口にしたのも、そこにゴミ箱があったのも偶然のはずだ。
なのにそんな場合に備えて、こんな小道具を用意していた。
しかも我に返ったセナが、わざわざ拾いに来ることさえ読んでいる。
そんな相手に勝たなければ、NFLには手が届かないのだ。
「でもやっぱり、僕が勝ちますから」
セナは笑顔のまま、手帳をポケットに落とした。
いくら白紙とはいえ、知らない人がこの表紙を見たら驚くだろう。
余計なトラブルのネタは、撤収した方が良い。
そして再び歩き出したセナは知らない。
少し離れたところで、ヒル魔がこっそりとセナを見ていたこと。
セナの背中に向かって「いや。俺が勝つ」と言い放ったことも。
わざわざ手帳を回収に来た予想通りのお人好しっぷりに、苦笑していたことも。
全てはヒル魔の胸の内だ。
程なくしてついに決戦の日がやって来た。
セナとヒル魔は夢を賭けた最高の舞台、甲子園ボウルに挑む。
【終】
セナはヒル魔に敬意を込めて、そう言った。
その気になれば、脅迫手帳でどうにだってできるのに。
ヒル魔はことアメフトに関してだけは、真摯でフェアだったからだ。
セナとヒル魔、勝った方がMrドンのチームの練習生の椅子を得る。
つまりNFLプレイヤーのスタートラインに立てるのだ。
ヒル魔とMrドンが炎馬大学に訪れ、セナにそれを告げた。
甲子園ボウルの決勝という舞台で、どちらが夢への切符を手にするのだと。
そしてその帰り道、セナとヒル魔は2人並んで歩いていた。
「ヒル魔さんとの勝負、アメフトの試合で良かったです。」
セナはおもむろに切り出した。
ヒル魔が手段を選ぶことなく勝負に出れば、セナはあっさり負けてしまうだろう。
愛用の黒い手帳を駆使されたら、試合などせずに決まる。
セナがそれを告げると、ヒル魔はゴミ箱に手帳を放り捨てた。
「俺がテメーに勝って、頂点のプロにいくからな」
もうこんなもんも必要ねぇと、実にヒル魔らしい宣戦布告をした。
セナは一瞬驚いたけれど、すぐにこれがこの人だと笑う。
そして「倒しに行きます。全力で」と返して、2人は別れた。
1人で歩き出したセナは、次第に我に返った。
突然NFLへの道が開けたことで、高揚していた。
さらにヒル魔に「勝つ」と宣言したことで、舞い上がっていたのだ。
だけどしばらく夜の冷気で頭を冷やしたとところで、思い至った。
ヒル魔がゴミ箱に放り捨てたあの手帳は、どうなる?
あの手帳にはさまざまな人間の脅迫ネタ、つまり弱みが書かれているはずだ。
それを通りがかりの道端のゴミ箱に無造作に放り捨てた。
ちゃんとゴミとして処理されるなら良い。
だけどもしも第三者に拾われてしまったら?
そしてその人物がそれをネタに良からぬことを企んだら?
セナはくるりと踵を返すと、元来た道を戻り始めた。
走りながら、想像は悪い方向へ進む。
ゴミ箱は大きなバケツのような形で、網目タイプのものだった。
つまり外から丸見えなのだ。
その中に「脅迫手帳」なんて表紙の黒い手帳は目立つ。
どうか誰も拾っていませんように!
セナは光速の足を無駄遣いして、全力疾走だ。
そしてたどり着いた先程のゴミ箱の中に、黒い手帳はまだあった。
セナはホッとため息をつき、拾い上げる。
そして戸惑いながら手帳を開いたセナは「え?」と声を上げた。
その手帳は1ページ目にたった1行、殴り書きされていただけだったのだ。
2ページ以降はまったくの白紙だ。
人の手帳を覗き見るとは、いい根性してんな!糞チビ!
それを読んだセナは、思わず噴き出した。
そしてこらえきれずに、笑い出す。
そうだ。ヒル魔はそういう人だった。
絶対勝つと言いながら、不測の事態に備えている。
だから脅迫ネタを安易に捨てたりしない。
「それにしても、だよね」
セナは見慣れたヒル魔の文字を指でなぞりながら、独り言ちた。
手帳のことを口にしたのも、そこにゴミ箱があったのも偶然のはずだ。
なのにそんな場合に備えて、こんな小道具を用意していた。
しかも我に返ったセナが、わざわざ拾いに来ることさえ読んでいる。
そんな相手に勝たなければ、NFLには手が届かないのだ。
「でもやっぱり、僕が勝ちますから」
セナは笑顔のまま、手帳をポケットに落とした。
いくら白紙とはいえ、知らない人がこの表紙を見たら驚くだろう。
余計なトラブルのネタは、撤収した方が良い。
そして再び歩き出したセナは知らない。
少し離れたところで、ヒル魔がこっそりとセナを見ていたこと。
セナの背中に向かって「いや。俺が勝つ」と言い放ったことも。
わざわざ手帳を回収に来た予想通りのお人好しっぷりに、苦笑していたことも。
全てはヒル魔の胸の内だ。
程なくしてついに決戦の日がやって来た。
セナとヒル魔は夢を賭けた最高の舞台、甲子園ボウルに挑む。
【終】
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