遠くて近いバースディ

*甲子園ボウル、クリスマスボウルの日程等は2025年に準拠しております。

誕生日おめでとう。
日付が変わるなり送られてきたメッセージに、セナは苦笑した。
ヒル魔にしてはシンプルな文面だったのは、きっと試合観戦中だから。
そんな時でも祝ってくれる気持ちが嬉しかった。

12月上旬、甲子園ボウルが終わった。
今年は史上初の関西勢対決である。
昨年から変則トーナメント形式となった結果だ。
甲子園ボウルと言えば大学アメフトの集大成であり、関東と関西の決戦だったのに。
関東出身のセナとしては、寂しい限りである。
ちなみに結果はヒル魔率いる最京大学の圧勝だった。

そして12月21日は高校アメフトの頂点を決めるクリスマスボウル。
クリスマスの名を冠しているが、実際はクリスマスに近い日曜日開催だ。
残念ながら、母校である泥門デビルバッツは出場しない。
これまた寂しい限りである。

身近な2つの大会、とはいえ今年は熱狂する心の余裕がなかった。
NFLチームに所属するセナは、今はシーズンの真っ只中。
チームがスーパーボウルに出場できるか。
そしてセナがその試合のフィールドに立てるか。
これからが勝負の佳境なのである。

「うわ!決まった!」
練習を終え、寮の部屋に戻ったセナは思わず叫んでしまった。
そして時間帯を考え、慌てて口を閉じる。
今は12月20日深夜。
あと少しで日付が変わり、誕生日を迎える。
ちなみに日本時間ではすでに21日の昼過ぎで、クリスマスボウルの試合中。
セナはその生配信を見ているのである。

画面の中で帝黒アレキサンダーズのランニングバックがゴールラインを駆け抜けた。
むずかしい位置からのタッチダウンに会場が湧く。
盛り上がる選手たち、そして観客席が映った。
その中に見知った顔を見つけて、セナは目を見開く。
高校時代のチームメイトの中に、見慣れた金色の髪が輝いていた。

「いいなぁ」
思わず声が出た。
日本の大学アメフトはもう甲子園ボウルが終わり、シーズンオフ。
気の置けない仲間たちと、こうして観戦を楽しむこともできる。
なのにセナは異国で1人、厳しい勝負の中にいる。
一瞬だけ見えたヒル魔が、ひどく遠く感じた。

ダメだ。ダメ。
セナは両手で頬をパンパンと叩いた。
NFLの世界にいられることこそ、恵まれているのだ。
弱気は禁物。
こんなことで羨ましがるなんて、論外だ。

気合いを入れ直したところで、スマホが鳴った。
軽快なメッセージの着信音。
だけどセナは驚き「うわ!」と声を上げた。
まるで弱気な自分を咎めるようなタイミングだったからだ。
慌ててスマホを手に取り、メッセージを確認する。

「何やってるんですか」
メッセージを読んだセナは、呆れてツッコミを入れた。
たった一言「誕生日おめでとう」。
スマホ画面の左上を見て、日付が変わっていることに気付いた。
それにしても。

メッセージの送り主は、ヒル魔だった。
先程一瞬映った観客席にいたはずなのに。
予約送信?
セナは一瞬そんなことを思ったが、すぐに首を振った。
考えるのは無粋なことだ。
時差をものともせず、観戦中なのに真っ先にメッセージをくれた。
それを素直に喜べば良い。
遠く感じた距離が一気に近くなった気がした。

セナは短いメッセージを返して、笑った。
クリスマスボウル、この試合の間だけは恋人のことだけを想おう。
そして明日からはまた勝負。
スーパーボウルに進み、その試合に出場する。
セナのシーズンはまだ終わらない。
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